ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

【MDRT世界大会シリーズ】枠にハマらない生き方をするために自らを枠にハメて生きる

time 2013/06/20


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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※世界中の保険業界の代表選手が集まるMDRT Annual Meetingに出席するため、米国はフィラデルフィアとニューヨークに滞在していました。に関する思考の徒然をここ1週間ほど続けたいと思います。
MDRTアニュアルミーティングは、全世界から8000人以上がフィラデルフィアの街に集まり、それはそれは大量の人が溢れていました。初日に会議登録したあとはペラペラのバッジをつけて数日感に渡るセッションをはしごするのですが、ある日ひょんなことに気づきました。
『これって、会議登録してなくても(=お金払ってなくても)セッション聞けるんちゃうん?』
事実その通りでした。バッジはいちいちチェックされるものでもなく、また一定数はホテルに忘れてきていたりするため、厳正なチェックは不可能です。EXILEのコンサートのようなID読み取り機のようなものもありません。それでも形式的に肉眼チェックぐらいするだろう、と思ったものの、さすがは米国、付けてない人まで平気で通してました。だとしたらお前は何をチェックしとるんだ??その気になれば、渡航費はかかるものの、それなりに高額に登る会議登録費を払わなくても全セッションに届く、それが分かったのです。
が、恐らくですが、そんな卑怯者は8000人中一人もいなかったことと思います。みな各国を代表する保険マン/ウーマンであり、仕事を志事としている誇り高い人たちばかりです。その程度のチャチな詐欺を働くよりも、きちんとお金を払って100%の誠実さを持ってカンファレンスから学ぶ方が何百倍も自分にとってプラスになる、ということを知っていたのでしょう。
ところで、何度か書いている通り、特に大人になってからは、無料の学びで得られることはほとんど何もありません。それがどんなクオリティを誇っていたのしろ、タダで手に入る=自分にとって重要ではない、と無意識のうちにフィルターがかかってしまい、その学びの本来持つ価値が全くもって自身の中に蓄積していかないのです。仮にズルして無料で今回の素晴らしいセッションの数々を聞いた輩がいたとしても、それは当人がその情報を耳にすることが出来たという幸運があるだけで、何らその意図の成長に寄与するものではありません。ビックマックを買うのに数百円が必要なように、食べたいものがあるときはきちんとお金を払う必要があります。
小学生は素晴らしいカリキュラムのもとに、何も出来ない半小動物から見事理性的な人間に6年をかけて進化していきます。それは、無料ではあるもののほぼ絶対的な強制的環境があり、力も意志も弱い小学生たちは先生たちという支配者の下(笑)、勉強を強いられるのです。本国=家に戻っても、苛烈な追い上げが待っていて、あろうことか宿題をサボろうものなら、家庭内ですら兵站を切られます。それはご飯であったり、もはや必需品と化した携帯電話の充電器だったりします。
無料の学びには強制が必要です。子供の例を挙げましたが、これは大人も一緒。会社でお金を出すような研修であれば、その内容の習得とそれによるアウトプットの増大がなければ、場合によってはクビ、という程度まで強制力を働かせる必要があると僕は思っています。韓国企業の新入社員があれほど語学にすぐ適応するのは、苛烈な語学研修を入社後すぐ受けさせられるからです。
一方、大人になってからの学びというのは、基本的に自由が伴うものが多いです。行ってもいいし忙しければ行かなくても良い、お金さえ払えば出欠席は問わない、などなど。で、お決まりのように何も学ばない、あるいは学ぶスピードが絶望的に遅くなる、それが大人です。英語をかれこれ中学以来10年勉強してるのに一向に話せる人が出てこないというのは、明らかに国民能力の問題ではなく、国の教育政策の問題です。
自由というのは万人が目指すものですが、自由は必ずしも成長をサポートしません。自由は成長に対して協力する場合よりも非協力的であることがほとんどです。自由とは、それ以上の進歩を望まない者に与えられる堕落の勲章、そんなふうに言うこともできます。それでは、どうしたらよいか?それは、
『枠にハマらない生き方をするために、自らを敢えて枠にハメて生きる』
ことです。世の中には、一見して矛盾する二つの言葉を並べると、いつの間にか本質を言い表している表現というものがあります。それは、上述したように『枠にハマらない生き方をするために、敢えて自らを枠にハメて生きる』というような表現だったりします。誰かに管理される人生を送るぐらいなら、自分を管理できる強さを身につけなければいけません。そしてそれには、ある分野に関して敢えて自らに対する枠をハメる、すなわち強制と矯正が必要であるということです。
無料の学びにも、自由な学びにも、経験上ロクなものはありません。みな僕の効率の悪いコンピュータを素通りしていってしまいます。有料の学びですら、きちんとしたカリキュラムがなければ頭のなかに残らないでしょう。強制にしろ矯正にしろ、または両方同時にしろ、能動的に自分で枠をつくり、自分をそこにハメこむことが、一番成長を早めます。そうして成長してつけた力は、枠にハマらない生き方をつらぬくのに膨大な膂力を提供してくれます。一見不自由に見える『自らを枠にハメて生きる』という行為が、結果的に『枠にハマらない生き方』をもたらすというのは、早い話、ゴルフが上手くなりたければお金と時間をかけてまずゴルフスクールに行けってことです。我流が一番成長が遅いし、ゴルフを楽しいと感じるまでに時間がかかるってことです。
守破離の守から全ての物事は始まりますが、そこに強制と矯正がない分野というのは、実はひとつもないのです。子供も大人も一緒です。自らを枠にハメて学びましょう。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。