ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

となりのお姉様がたの吐きそうな会話

time 2013/03/13


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『となりのお姉さまがたの吐きそうな会話』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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先日、千葉で商談のあと、あまりの疲労具合に、一目散に不二家のレストランに駆け込みました。6枚もお肉がついた生姜焼き定食と、世界で一番旨いクリームを使っていると思える不二家のミルキーチックなショートケーキを食べ尽くしてやりました。もちろん32歳男一人で。
で、気になったのは横の二人の会話。昔お姉さまだったであろう女性二人が、自分の子供の受験について熱烈に話をしていました。ゾッとしてしまったので書き起こしてみたいと思います。下記のAさんがボス格で、Bさんがその侍従といった感じでした。Aさんは物知りげでした。恐らく中学生になる息子さん娘さんをお持ちなのだと推測します。いわゆる『それなりの中学』を目指す、もしくは目指していて二人目の受験に備えている、そんな感じです。
A『やっぱ私立(中学)ってのはさ、ギリギリで受かっちゃダメよ!』
B『あら!うちの子ギリギリなんだけどどうしよう??』
A『(焦りながら)ま、まぁ、ギリギリがダメなわけじゃないんだけど、上のレベルの高校に受からなかった子たちが落ちてくるのよ。だからそんな子たちが上にいるわけ。ギリギリで入っちゃったらさぁ、その子たちをずっと上に見ながらいなきゃいけないのよ。だからギリギリの子は難しいのよ。』
A『でも結局良い学校に受かっていく子たちってのはね、くどくどくどくどくどくど・・・』
B『ははぁ!!御意!!』
いいんです、別に小宇宙しか知らないくせに全宇宙をさも知ってるかのようにかぶりを振っても、エンジェルフォールの如く超高層域から見下ろしながら話をしても。僕が一番気になったのは、カエルの子はカエルのごとく、子供たちの成長や伸びを一切可能性から排除した話の仕方です。聞いていて、全てもっともらしく聞こえましたが、吐き気がしました。
親が一番やってはいけないことは、子供の可能性に蓋をすることだと僕は思っています。そしてその際親が一番やりがちなのは、自分の実績をもとに子供の可能性を決めつけたり、判断することです。『私の子だから』に代表される枕詞は、この世でもっとも唾棄されるべきクソ言葉の一つです。親と子には血のつながりはあっても、そもそも違う生命体であって、親の能力を子供が引き継ぐことは、遺伝子レベルを除いてはありません。人間の能力の大半は後天性にて身に付けることが出来るわけですから(証明されてないけどね)、親から引き継いだもので将来が左右されるなんてのは、本来あってはならないことなのです。
僕は日本人の両親から生まれましたが、生まれた国がアメリカであれば今英語をペラペラとしゃべっている自身がありますし、幼い頃から140kmのボールを毎日打たされていれば、恐らくプロ野球選手の入口ぐらいには立っていたことと思います。人は環境でつくられるものであり、それを究極的に極めようとした時に、残り1%を切るテリトリーの中で、親から引き継いだギフトが功を奏すということはあるかもしれませんが、そこまでたどり着かない者にとって、親から受け継いだ某を云々言うことは、あまり意味がないことだと思います。
このAさんとBさんの話の場合、進路を決めるのは子供であって、学習の環境を整えるのが親の仕事であるはずです。ギリギリで入学した子も、卒業の時にはトップになることすら、別に不可能ではないはずです。『あなたの能力とあなたのお子さんの能力はなんの関係もない。(だからあなたがどの程度だったとしてもお子さんがその程度に収まるかどうかは、別になんの因果関係もない)』と脳内でツイートしたことは秘密です。
人間は、成人するまでに137000回もの否定的な言葉を投げつけられて育つと言われています。そして当たり前のことですが、その大半が親によるものです。最大の理解者であることは疑いないのですが、一方で、親が自分の枠内でしか子供を判断できなくなり、子供が親の枠内でしか自分のことを判断できなくなるのが最大のリスクです。
今僕は、数名の仲間とともに、『人はどうやったら変われるか?』をテーマに勉強しています。そういうことをやっているせいもあり、『人は変われない!』と公然と決め付ける人を見ると、悪寒が走るというか、申し訳ないけど憎悪すら覚えるのです。だって人はいくらでも変われるし、現在値よりも未来へのベクトルの方が100倍大事であるということを、僕自身が証明してきたから。そして僕の周りも自分を変えてきた人たちばかりだから。
インフラを整えるだけでいいのに、個別企業の経営にまで口を出す政府は、果たして民衆の支持を得られるでしょうか?
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。