ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

ロールモデルの設定の仕方

time 2013/05/01


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『ロールモデルの設定の仕方』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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ここ1年ほど、近年にない成長意欲がむくむくと湧き上がってきている関係で、学ぶ質、量ともに膨大に増えていっている(くせに消化不良でほとんどモノに出来ていない?)わけですが、そんな中で、ロールモデルを持つことの重要性をひしひしと感じています。より正確に言えば、ロールモデルをどう設定すべきかということに関して、自分なりの考えが出来つつあります。それは、
『直接会えて息吹を感じることが出来る人』をロールモデルにすべきということです。
野球選手としてイチローがロールモデルだ、とか、経営者として松下幸之助がロールモデルだ、とか、目指すだけであればいくらでも高いレベルのロールモデルが見つかるものです。また、その方々に関する書籍は山のようにあるため、その研究をすることによって近づくことは多少であればできるかもしれません。
しかし実際に、彼らと会おうとしていつでも会える間柄、というのであれば別ですが、ほとんどの人はそんなステータスにないと思われます。松下翁は既に歴史の人ですし、イチロー選手はとんでもない高さのところにいます。であるならば、僕としてはそれなりに身近で、もちろん自分よりはずっと高いレベルの、そして敢えて自分の業界領域にこだわらずに人間として目指すべき地点にいる方をロールモデルにしたら良いのではないかと考えています。
直接会えて、その気になればその○○っぷり(野球の仕方っぷりや経営の仕方っぷりやもちろん仕事のしっぷり)を間近で見ることを許されるような『凄い方』に師事することの、メリットは以下の2つではないかと思います。
1、百聞は一見に如かず、百見は一験に如かず
言わずと知れた効能なのですが要するに、『受ける衝撃が本を介して接する比ではない』ということに尽きるかと思います。実物がどのように生き、行動し、決断し・・・というプロセスを垣間見ることができるのは、成長を願う自分の脳にとって最良の教材となります。
本というのは(最近だとブログやメルマガなども)大体において多少ならず脚色されており、また話が幾分盛られており、等身大の姿を映すものではありません。また、文章力がその人の能力そのものとイコールである場合もそこまで多くはないため、凄い人に限って、著作がつまらなかったりします。
なので、どれだけ著作なりブログなりを読んでも、正確な本人の姿や生き様や思考の枠組みまで看破できる人というのは、めったにいないと思います。私が師匠と仰いでいる方も、実際その方のセミナーに出てみたら想像していたのとは全然違う人でした笑。
2、意外とショボイということを知ることができる。
はい、大変失礼ながら、こちらの方が結構重要だったりします。多くの人は、ロールモデルとする人との間にある一定以上レベルの開きがあると、無意識のうちに境界線をひいてしまいます。『あの人は違う』という、よくあるアレです。
だからイチローの本をどれだけ読んでも、またイチローのビデオを見ても、イチローの練習風景を見ても、遠巻きから見てる限りは必ずどこかの時点で『こりゃムリだ』という絶望に打ちひしがれることになるのではないでしょうか。
実際に会えて、可能であれば御飯をご一緒し、更にフォーマルインフォーマルの話も含めて質問責め観察責めにできるような間柄になると、結構な確率で、『あ、この人も人間だ』と思えるものです。表現は悪いですが、『あ、意外とショボイやん』と思える部分も結構あったりするのです。
例えば、お近づきになる前は、へんなところまで神格化して考えてしまうものです。『イチローは寝る時もユニフォームなのではないか?』『松下幸之助は数字ではなく哲学のことしか考えてなかったんじゃなかろうか?』『こじはるはう○こしないはず・・・』などと、相手が人間であるにも関わらずへんなところまでレベルの差を認識して、結局『あーはなれない』という結論に落ち着いてしまう。そんなことが結構あります。
そうではなく、『この人意外と普段からビビリなのね』とか、『グリーンピース食べれないんや!』などといったしょうもない部分の欠点や苦手なことが発覚したりすると、やはりショボイところはショボイ、普通の人間であるこということが理解できます。
この『相手はただの一人の人間だ(やや特別だけど)』という認識って凄く重要で、これがあって初めて人はその地点を目指そうとします。その後、じゃあどんな差があるのかを認識し、因数分解し、取り組めるところから取り組んでいって、差を徐々に詰めていく、それが人間の成長のうちでもっともスピードが出るパターンです。
自分が過去にロールモデルを設定し、ある程度のところまでで諦めてしまった場合と、そうでなかった場合、二つの間を行き来する中で、見出した結論が以上のような形です。スポーツにしても教育にしても経営にしても、このロールモデルという考え方は、単なる憧れとは次元を異にする非常に重要な考え方なのではないかと、最近師匠の話を聞いて強く思いました。
ということで僕のロールモデルはラオウなのですが、そもそも実在しないため、上記ロールモデルの設定の仕方を編み出したのは良いのですが、どうしていいか迷っています。とりあえず牧場で黒くてデカイ馬を探すべきでしょうか。。。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。