ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

事前の痛みと事後の痛み

time 2013/02/11


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『事前の痛みと事後の痛み』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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子供を見ていると、痛みを徹底的に避けようとしているのが分かります。物理的直接的な痛みだけでなく、例えば野菜を食べたくない、予防注射をしたくない、歯磨きをしたくない、など、大抵は教育や躾によって矯正していくのですが、最近流行りの『子供の好きなように』をそのままさせてしまうと、それぞれに対して子供が自分から向き合う、ということはほぼ100%ないと言えるのではないでしょうか。それが人間だからであり、本能だからです。
ところで、痛みには、『事前の痛み』と『事後の痛み』があります。事前の痛みは、瞬間的で感知しやすく、また短期間で完治もしやすいのが特徴です。子供が嫌がるのはこの痛みであることが多いです。事後の痛みの特徴として挙げられるのは、それが継続的に続くものであり、その原因がずっと過去にあるということであり、そしてそれをすぐに消すことはなかなかに難しいということです。大人が苦しんでいる痛みは、後者であることが多いように思います。また、両者の関係性ということに焦点を当てると、前者の瞬間的な痛みを我慢することで、後者が将来的に発生して継続するであろうリスクを可能な限り高い確率で消し去ることができるようになっています。
歯医者に行く、予防注射を打つ、勉強をする、分からないことを人に(恥ずかしい思いをしながら)聞く、好きではないけれど必要なことに取り組む、スポーツにおける下半身のトレーニング、などは事前の痛みに部類されます。一般的に、誰でもイヤだろうなと思えることです。僕も痛いのは正直イヤです。だって痛いし。
しかしながら、痛みを避け続けると、それゆえにあとでもっと大きな、しかも止まない長く続く鈍痛に悩まされることになります。それは体が常に不調でずっと苦しみ続けなければならない人生かもしれないし、低収入に甘んじる人生だったりするかもしれません。友達が一人もいないという残念な状況かもしれませんし、こんなはずじゃなかった、と人生の最後に後悔する千秋楽かもしれません。
ここまでの長くはないけれど短くもない人生全般を振り返ると、事前の痛みに耐えて頑張った時は何かしらの結果を得ている一方で、事後の痛みが来るまで放っておいた事柄に関しては、ほぼまんべんなく例外なく、痛い目を見ています。それは経済的なことであったり人間関係的なことであったり健康管理的なことであったりするのですが、今思えば全て事前の痛みに直面するタイミングで、きちんとそれから逃げずに向き合っておけば良かったなと後悔することばかりです。
僕は勉強は大嫌いでしたし今も大嫌いですが、それを痛みを感じながらも強制してくれた(?)親には非常に感謝しています。おかげで僕はなんとなく安定した人生を送ることができています。お菓子は昔大好きで、今も大好きなのですが、おかげで今、『8ヶ月?』と奥さんに言われるぐらいのおなかに悩まされています。仕事柄、自分の職務に関するお話をするときにはとても勇気を必要とするのですが、そんな勇気を発揮したときに限って、良いご縁に恵まれたりしています。その勇気を振り絞らずに逃げ続けているときは、とんでもない劣績営業になってしまったりしています。
事前の痛みは事後の痛みより感知しやすく、具体的であるため、ともすればそれをせずに済むことならそうしたいと逃げがちになります。事後の痛みは、直接的な原因があるわけではなく、過去にあった意思決定が何層にも積み重なり、複合的化学反応的に痛みとして具現化するので、自分の責任として捉えることも、以後のアクションに方向修正を加えることも、意識しないととても難しい作業になります。ですから、いつも思うことですが、こういった二つの種類の痛みに対して、それを感じたときにどのように自分の中で意思決定をしていくのか、その痛みをどのようにカテゴリー分けしていくのか、という作業が、とても大事なことになってくるのではないかと考えています。
事前の痛みを察知したときは、それを我慢することにより、また乗り越えることにより、その後に訪れる事後の痛みをどれだけ緩和、軽減出来るのかを、具体的に自分のメリットと感じられる形でイメージする必要があります。事後の痛みを察知した時は、その原因がずっと過去から続いているものであり、習慣を変えることでしかそれは解消することが出来ないということを認識する必要があります。強い意志の力、もしくは仕組みの力を活用して、その後の人生における角度を何度か上向きに調整してみることにより、少し時間はかかりますが、その事後の痛みも消していくことができるのではないかと思います。逆にもしそうしなければ、事後の痛みはもっともっと大きく直接的な形で、以後の人生を脅かすダースベイダーになってしまいます。事後の痛みもダースベイダーも、小さいうちに強制的に矯正することが必要だったのではないでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日も良い一日を!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。