ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

二つの学び

time 2013/06/04


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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最近独立して起業した尊敬する友人Iとのフェースブックメールでの会話。
I:『ブログたまに読んでるよ。刺激をありがとう。』
羅:『刺激といえば、新たな刺激を受けにMDRTの世界大会に来週一週間逝ってくるよ。http://ihs.mdrt.org/imdrt/japanese/』
I:『へぇ〜、すごいね。どこいくの?』
羅:『フィラデルフィア』
I:『何を学びにいくの?』
羅:『わかんない。とりあえず空気吸ってくるわ。毎度のことながら回収できるかわかんない。』
I:『さすがチャレンジャー!学べることが分かってから挑むのは挑戦ではないからな。学びをいつも自ら引きずり出している羅王にリスペクト!!』
外資系ITの会社の同期なので、本人も知らず知らずのうちに若干ルー化しているところはありますが、上記のやり取り、最後の一文に非常に感銘を受けました。そう、『学べることが分かってから挑むのは挑戦ではない』のです。僕がずっと考えていて感覚としてもっていたことを、見事に言語化してくれました。
学びには、二つの種類があります。『何が学べるかが事前に分かっている学び』と、『何が学べるかが事前にまるで分からない学び』です。前者は例えば簿記や英会話の学校に通うというようなことを指します。簿記を学びたいから簿記を学びに行くわけです。具体的であり、即効性があり、単一的であり、定量的であり・・・なものです。
一方、『何が学べるかが事前にまるで分からない学び』は抽象的で、遅効性で、冗長的で、定性的なものが多いです。要するに『よく分からない』。だからこそ、お手軽さを求める人はここを避けて通る傾向にあります。が一方、この類の学びは本質論が多く、ある意味ココさえ学んでおけば、全ての応用できると言えるほど、物事の根幹を支えるものであるケースは多いです。ただし本質論ゆえに効果が出るまでに時間はかかります。より正確に言えば、効果が出たかすらその時になってみてもよく分かりません。
過去の自分の学びを前者と後者に冷静に分けてみると、20代後半までは『何が学べるかが事前に分かっている学び』が多かった気がします。ITの資格しかり、TOEICしかり。しかし20代後半を過ぎて現在まで、学びのほとんどは『何が学べるかが事前にまるで分からない学び』となりました。人間学や哲学、自己変革論、業界トップセールスとの交流といった、水蒸気で出来た雲を掴むような学びが多く、得てしてそういうものは効果測定ができません。確実に効果は出ているのですが、それは全人格的に能力が向上しているからであって、一問一答でどれがどれに貢献したなどと、答えられる類いのものではないのです。
一つ言えることがあるとしたら、『何が学べるかが事前にまるで分からない学び』は、事前に全てがまる分かりな前者と比べると、個人的感覚として10倍〜100倍も意味があります。結局、学びというのは自己を成長させるために行うものであって、それを自己の器内だけで行うか、自己の器の拡張を期して行うかで、全く違う結果が出てくるのです。
友人Iは、そんな僕の『勇気』に称賛を送ってくれたのでしょう。この『何が学べるかが事前にまるで分からない学び』に関しては、そうは言ってもかなりの『勇気』を必要とします。また、ある種の嗅覚も必要です。相対的に高額になっているケースが多いので、普通の人の感覚だと、『外す』わけにはいかないでしょう。またそれについてはツボやコツをそのうち詳しく書きたいと思います。色々あるんです、大体分かってきました。。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。