ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

人はいつからプロになれるのだろうか

time 2012/12/08


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『人はいつからプロになれるのだろうか』
プロとアマには、同じ仕事や競技をやっていても厳然たる違いがあります。住んでいる世界は似て非なるものです。同じ川を泳いでいても、流れが真逆だったり、同じスポーツをしていても、草野球と大リーグでは全てが違います。言うなれば、プロは生み出す人で、アマチュア与えられる人。プロは成功報酬で、アマチュアは賃金。
今日、久々に力のある人に全人格否定ばりにボコボコにされて、フラフラになったのですが、幾つかの点について至極ごもっとも思ったところがあるので備忘録代わりに。こういった、自分の見えないところを突いてくれる人とのコミュニケーションは本当に有難いです。その分ショックもでかいですが。。
お話をしている中で、自分がプロを自称していたにもかかわらず、アマチュアだったことを痛感しました。プロはプロを自認した時からプロで、そこに実力の優劣や経験の有無はカンケーありません。
勇者が神の『あなたは勇者ですよ、選ばれし者です』という啓示を受けて自分が勇者だと認識した時から、使える呪文が少なかろうが攻撃力が弱かろうが、勇者としての立場や行いを未熟ながらもしていく。そして本当の勇者になっていく。勇者が、『こうなったら勇者と名乗ろう』『これができないからまだ勇者じゃないな』と言ってたら、恐らく世界は永久に救われません。『僕は勇者だ、だから魔王を倒して世界を平和にしよう』ここから全ては始まります。そして伝説が生まれます。
これを世間では、『決断』と呼んだり『決意』と呼んだり、『アファーメーション』と呼んだりします。
平たく言うと、私にはこれが出来ていなかった。弱い勇者の勇気ある思い込みができていなかった。それなりの自信を持ちながらも、大きな話や目標になると、『いやいや私なんてまだまだ』と、謙遜ではなく無駄な卑下をしていました。何かが達成できないと、そういった無駄な卑下は、すぐさま言い訳に形を変えます。それの連続である程度まで来てしまいましたが、それは本当にプロの姿だったかというと、自分でも疑問符が湧いてしまいます。
解決策は意外とカンタンです。プロを目指すアマチュアとして一生懸命に前に進むのではなく、そもそも今既にプロの立場にあることを、改めて自分に叩き込むということです。アマチュアの延長線上にプロがあるのは、明確なプロテストがあるゴルフなどのわかりやすい競技だけです。少なくとも我々の生きる一般社会は、自分でプロだと言い張ったらプロになります。そこに必要なのは、とりあえず言っちゃう勇気と、それを現実にする行動だけです。至極カンタンな話です。しかしそこから逃げることも、また非常にカンタンです。私はいままでそれを選んでいました。
知識だけではなく、器としてのプロ。私が目指しているのはそんなところでしたが、『そもそも今プロなので目標とか言うのはやめます』。以上!

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。