ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

人間の器のレベル

time 2010/05/29


人間の器というのは、計れそうで計れない、でも絶対に人生には必要で拡張させていくことが求められているものだと思う。人生をより良く生きていくうえでも、他者との人間関係においても、仕事での成果でも、人間の器というのはいたるところで試されていると思う今日この頃。
とある新聞でその器で人間の対応がどう変わるかを記してあったので、備忘録の意味合いで記述します。
何か突然のハプニングが起きた時、どうしても感情に振り回されてしまうのが人間という生き物。しかしそんな人はD級の人。
でもそこでグッと耐えて、立て直すのはC級の人。
ハプニングを起こしてしまった相手を気遣うのはB級の人。
自分も気持ち良くなって、相手も気持ち良くさせる、これが出来るのはA級の人。

この瞬間対応力のレベルによって、人間の器のレベルがなんとなく垣間見える、というのがこの記事の主張。
自分だったらどうだろうか?と考えた場合、調子がいい場合でせいぜいB、ほとんどはC、まれにDというのが自己分析だろうか。
特にDは自分でも課題としていて、何かハプニングが起きた場合に、「ラッキーラッキーこれは試練だ。自分のせいだ。未来をどう変えるか考えよう。」と感情を制御するようにしているが、たまーに思い通りいかず、右往左往してしまう。
しかし、Aに関しては考えてもいなかったというのが正直なところ。
かの大金持ちの斉藤一人さんは自身の講演において、参加者の一人の着信メロディが鳴ってしまったときに、怒るでもなく無視するわけでもなく、こう言ったという。 勿論、講演前に携帯の着信音オフは周知されていた上でのチャラララーン、である。
普通ムッとすると思うのだが、
「いやぁ、ちょうど音楽が必要だなぁと思ってたところです、助かりましたよ。」
とのこと。携帯が鳴った参加者に怒りの目を向ける寸前だった会場は大爆笑。
日々あらゆることに思いを馳せ、何が起きても「アドリブ」がきくように余裕を持って生きている人の凄さを垣間見るような一場面だと思った。
人に配慮し、感情を害することなく全体の場を明るく楽しくマネジメントする。
自身の器の向上、人間力の向上、自己省察が大事だなぁと思った記事でした。

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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