ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

大人になると凪

time 2013/02/09


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『大人になると凪』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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人生は航海のようなものだとよく例えられますが、まさにその通りです。しかし、意外や人生のステージによって、航海に必要な要素も違うのではないかと最近感じています。
子供の頃は、僕たちの航海は小川に浮かぶ笹舟のようなものでした。流れに身を任せていれば前に進める時代でした。かなりの期間ぼーっとしていたと記憶していますが、それでもカリキュラムがあって、テストが定期的にあり、学年は上がっていきました。まぁ普通にしていれば小学校から中学生、高校生になるのも難しくはありませんでした。緩やかな川を選ぶか急流を選ぶか、それとも濁流を選ぶかは自分次第でしたが、それでも川の本数はそれほど多くなく、まぁ流れに任せておけば、大体他のみんなと同じ川を進んでいくことができました。この頃に必要なのは、周りの舟のスピードにあまり差をつけたり差をつけられたりしないように、みんなおんなじ感じで流されることでした。舟はやがて船になります。
大学生になる直前ぐらいから、川の幅は急に広がります。選択肢が広がるのです。三角州のような場所に流れることをやめた土砂が堆積するように、浪人をしたり留年をしたり、私がエジプトや南米でみた多くのバックパッカーのように沈没したりする人も沢山いました。学部の川、サークルの川、バイトの川、就職の川など、沢山の川がそれぞれの支流を持つようになり、どの川を流れるかでその後の人生がそれなりに変わるようになりました。この頃に必要なのは、どの川を流れたいのかという意志を、何も分からないながら体裁だけでいいから持つことでした。
就職をすると、それはそれである流れに身を任せるわけですが、川幅は更に広がり、ついに海へ出ます。沖へ沖へと流れる流れに乗って、新人教育を受けたりOJTで鍛えられたり、ある一定の流れに従いながら、ある一定の距離の沖までは誰かが連れて行ってくれます。この頃になると、自分の乗っている船が廃艦する頃にはどんな姿になっているのかを大体において知ることができますので、自分はそうはならないと心に誓うことが大事でした。
そうして社会人もいっぱし、いわゆる大人になると、とたんに流れは止まります。実はずいぶん前から流れが弱くなっていたことには気づいていたのですが、それでも少しの流れがあったので乗っていました。でも完全に止まりました。そう、『凪』です。現実の海での凪と違い、人生の海でのこの凪はずっと続きます。とある瞬間から、いや実は最初から、誰も何も方向ややり方を示してくれなくなります。見かけ上は仕事の指導があったりでなんとなく流れがあるように見えるのですが、何をどのように考え何を優先して何を劣後し、誰と付き合い何を大切にして、人生どう生きるべきかというのは、いつのまにやら誰も教えてくれなくなります。
今までとの違いは顕著です。今まではぼーっとしていても船は進みました。しかし、大人の凪に入ると、風がないので全く動きません。時間が経てば、本当に時間が経つだけです。つまり歳を取るだけです。誰かが船を動かしてくれるのを待っているのはいいのですが、そんな人はいつまで経っても現れません。
手漕ぎでもいいから自分の手で漕ぐ。移動するにはこれしかありません。目的地にたどり着くには移動せねばならず、そして誰も移動させてくれないとなれば、自分で漕いでいくしかないのです。人によっては途中から漕ぐのがうまくなってより速く進める人もいるでしょうし、オールという道具を手に入れてスピードを増すこともできるでしょう。もっと賢い人ならば、人夫を雇って漕ぐ人数自体を増やすことも可能かもしれません。いずれにせよ、どのように船を進めるのかということについて、凪である以上全て自分で考え、実行しなければなりません。くどいようですが、小さい頃から就職してすぐの頃まで自船を動かしてくれていた流れは、二度と現れません。
最近メディアなどで顕著だなぁと思うのは、結局のところ『誰かに船動かしてもらえんかなぁ。』という他力本願な考えが跋扈しているのではないかということです。これ、一番思考としてはラクなのですが、実際は一番悲惨な結末が約束されています。何故なら、凪ですから何かを期待して何もしなければ、結局のところ漂流して干上がっておしまいだからです。ですから、政治に期待はすれど依存はしない、景気上向きを願いこそすれ、それにすがらない、『誰か』ではなく『自分』に期待をし、足を動かしていくという、何よりも基本的なことをきちんとやっていくことが重要な時代になってきているのではないでしょうか。凪の時代にはまず手漕ぎから、そしてオールへ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日も良い一日を!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。