ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

尊敬するOさんとチャーリーチャップリン

time 2013/02/10


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『尊敬するOさんとチャーリーチャップリン』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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今日は3年前から購読している『致知』の勉強会を関西で主催している大切な仲間であるOさんが、新たな旅立ちのときを迎えるということで、仕事がてら関西出張に来ています。その壮行勉強会の中で、Oさんの半生の歴史に触れる機会があったのですが、いつも笑顔のOさんが、実はここまでずっと色々なことに苦しんできたということを初めて知りました。あまりに明るい笑顔でぽわーんとした感じのため、しかしトリリンガルというなかなかのやり手なのですが、『まぁあの明るさでいつもなんなくこなしてきたんだろうな』程度に今までは思っていました。
しかし、実際は全然違いました。人が気にしないような些細なことに傷つく日々、赴任したフランスの地でずっと溶け込めずにいた日々など、人並み以上に苦しんで苦しんで今日まで歩んでこられたのだということを初めてシェアいただき、どんなに明るく見える人にも色々なドラマがあるんだなということを改めて思い知りました。なんとはなしに何で自分だけがこんな思いをしなければならないんだと、半ば被害者意識を持たざるを得ない経験も過去何度もしてきましたが、Oさんのお話にもあったとおり、結局誰しもが通る道なのだということが分かりました。
チャーリーチャップリンの有名な言葉で、このようなものがあります。
『人生はクローズアップで見れば悲劇、ロングショットで見れば喜劇』
結局のところ、人生のどこかで良いことも悪いことも起きるものであり、特に悪いことは、ともすれば連続して起きたりします。それを一度も経ずに人生を過ごしていければそれはそれはラッキーなのですが、なかなかそうもいかないのが人生です。そんな時に、良いことに喜び、悪いことに悲しむのが人間であることは間違いありませんが、後者の振れ幅をどれだけ小さくできるかというのが、いわゆる幸せを不幸せを分けるのではないかと僕は考えています。とても素晴らしいことに喜びを感じられればそれは幸せである一方、とるに足らないことに怒ったり凹んだり傷ついたりばかりしていては、それはやはり不幸せです。それなりに大変なことが重なったりすると、僕も経験がありますが、ぶっちゃけ死にたくなります。そういう感情が湧いてきてしまうのも、また人間です。
そのためにどうすればよいのか、ということについて言えば、上記のチャップリンの言葉は非常に多くを示唆してくれているのではないかと思います。どんな悲劇も、後から振り返ればそれは喜劇にすることができ、すなわちそれは、ストーリー化することによって、自分の経験や血肉や美談にすることが出来てしまう、ということなのではないでしょうか。僕は一時期、笑ってしまうぐらい不幸にまみれていたことがありました。あらゆることが重なり、思い込みではなく、実際にかなり死に近いところまで追い込まれていました。しかし、その最中ですら、そこから一歩離れてロングショットで自分を見ることにより、『これ乗り越えられたら俺伝説やな』と、わずかな希望を頼りになんとかなんとか乗り越えられたものです。
Oさんが重ねてこられた様々な経験も、恐らくは一つ一つをクローズアップで見れば悲劇が多かったことと思います。しかしそれを今の段階では、全てが教訓溢れる喜劇と認識出来ているところに、Oさんの強さと優しさがあるのではないか、そんなふうに思いました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日も良い一日を!

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。