ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

時給800円の人と8万円の人の差はなぜ生まれるのか?について

time 2013/03/15


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『時給800円の人と8万円の人の差はなぜ生まれるのか?について』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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暇な方はこちらをお読み下さい。
時給800円と8万円――仕事をしていて、なぜ100倍もの差がつくのか
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/business_hacks/?id=6074054
こういう記事って、害悪でしかないと思うのは僕だけでしょうか。中身は、立派に見える経歴の方がこれからの時代を生きるために、はっきり言えば社会的敗者にならないために、どうすればよいかということをマックのアルバイトと戦略コンサル会社のコンサルタントを比較して述べています。
この記事において、言われていることは、大体次のことです。
・情報を整理するだけの人と情報を取りに行く人だと、これからは差ができますよ。前者は年収400万以下、後者は800万以上になりますよ。
・(暗に言っているのは)800円の人と8万円の人は仕事の効率が全然違うんですよ。
・(また更に言っているのは)僕は当然8万円の側の人間ですけどね。
多少なりとも期待をして『一体どんな差があるんだ?』と思って長々読んだら、残念ながら何も学ぶものがなかったのでつい書いてしまいました。結論から言うと、この方が言っていることは恐らくもっともなのです。にも関わらず何故僕が反感を覚えたかというと、それは、そもそもの大前提が違っていると感じたからです。
つまり、800円の人と8万円の人の差は、
『仕事を始めた結果、仕事の仕方を変えたことで100倍もの付加価値を出した』のではなく、
『たまたま前者は収入が著しく制限される仕事で、後者はその人間に多くの収入がもたらされる仕事だった』というだけだということです。入口の時点で違うのです。
逆に言えば、時給8万円を稼ぐコンサルタントの人が時給800円のマックのアルバイトをしたとしたら、どれほど優秀だとしてもやはり時給800円しかもらえないだろうということです。あるいは、マックのアルバイトの人の方が多くの点で、効率とか動線とかに関して無駄のない動きをしているのではないでしょうか。コンサルタントが時間や分で考えているとしたら、マックのアルバイトの人は秒、コンマ単位で物事を考えています。どちらが優秀でしょうか??
ただ、この記事はとても重要かつ残酷な事実を示唆しています。それは、入口を間違えるとその後の人生変わってきますよということです。具体的には、業種や職種によって収入が変わってくるということはやはり現実としてあるということです。泳ぐ川を間違えてしまっては、激流を遡る鮭が力尽きるのと一緒で、上っても上っても現在値から動くことがほとんど出来ないというです。
また別の側面から見るとすれば、こちらの方が本当に言いたいことなのですが、今収入が高かったり特別なはからいを受けられる立場にいるからといって、それはたまたまその仕事についたからであって、本人の能力とはあまり関係ないケースが多いということを、当事者たちがきちんと理解し他人に配慮すべきではないかということです。
例えば、親が膨大な教育費を拠出してくれたおかげで医者になれた人が、それを以て全人格的に優れているかといえば、それはちょっとどうかと思います。政治家の子が政治家なのは、小さな頃から薫陶を受ける機会が間近にあったり、立候補したときに地場を引き継ぐことが出来るケースが多いからです。運良く一流企業に合格してその後努力しなかった人と、運悪く一流企業に受からずその下受け会社に入って猛烈に努力した人とでは、残念ながら収入の逆転は難しいかもしれません。
人が今いる場所というのはそれぐらい相対的で偶然で不安定なものであって、改めてそのことに感謝しこそすれ、当たり前と思ったり、それを以て他者への優性を誇る道具となってはいけないのだと思います。僕達日本人も、日本に生まれたから何とかやりたいことがやれる最低限の位置にはいられるのであって、世界の紛争地帯で生まれていたら、恐らくはほとんどの夢も目標も、日々の些細なわがままも通ることはなかったでしょう。それぐらい偶然に過ぎないことを、それほど誇るべきでもないと僕は思うのです。
通りすがりの記事への怒りから、思わず書いてしまいました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。