ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

機械損失野郎にならない

time 2012/12/07


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『機械損失野郎にならない』
何かを始めようとした際に、人はとかく、それによるリスクを考えます。で、止めることしばしばです。冷静に考えれば、ほとんどの場合にやらないよりやった方が良いということが明確、明白にも関わらず、何故か目の前のリスクを過大評価し、得られるはずの果実を過小評価し、行動しないという選択をしたりします。天秤を書いてそれぞれの重さを比べてみれば大体において、得られるはずの果実の重量が、目の前のチャチなリスクをはるかに上回るはずなのですが、人はこれがうまくイメージできません。ここに、いわゆる機会損失が生まれます。それも膨大な機会損失が。
これは、前に触れた原始時代から20万年続いた人間の危機回避に対する本能、DNAレベルの話なので、仕方ないといえば仕方ありません。しかしながら前述の通り、今の時代は行動したせいでトラにいきなり食われたり、食糧を見失ったり、大切なものを奪われたり、ということは、少なくとも日本においてはあまりありません。よって、原始時代のDNAを引きずったまま現代に生きる我々は、ときにこういった機会損失を膨大な量生み出していても、それと気づかない、もしくは気づかないフリをしていることがとても多いのです。
(完全な蛇足ですが、この種の危機管理能力は、例えば南アフリカヨハネスブルクなどにおいては、いまだに生存のために必須の要素のようです。ヨハネスブルク駅を出るとそこは修羅の国。大通りを挟んで向こう側からこっちに約50mの巨大道路を渡るのに、強盗や力技の追い剥ぎに遭う確率が150%と言われています。これは、こちらに渡る際に100%襲われて、泣きながら戻る時にもう一度襲われる確率が50%もある、ということらしいです。恐ろしや。)
この原始時代からのDNAというのは、無意識のうちに、今までやったことがない行動ややらずに済んだ行動を新たに始めようとしたときに、『機械的』に『損失』を計算します。それはもう一瞬のことで、何かやろう、と頭で思い描いたコンマ0.1秒あとに、やっぱやめた、危ないし(金ないし、暇ないし、やる気ないし・・)と頭は考えます。頭の中に描かれた壮大なイメージは、ほんの一瞬先に現実との比較やギャップを見つけて、それが原因であっけなく瓦解するのです。勢いよく立ち上がった巨神兵が、強烈ビームを放ったすぐあとに溶けてなくなってしまうようなものです。
こうして機械的に損失を計算することで膨大な機会損失を日々生み出し、結果的に誰もが行動したほうが良いとわかっていながら、今日も何もしないという選択を、100もの言い訳役員会の結論として決議するのです。
ではどうしたらいいか。カンタンです。何かを決意した際にすぐに湧いてくるあの気持ち。萎えるようなささやきを生むあの気持ちは、実は本当の価値の10倍に評価されているということをまず認識し、もぐら叩きのようにぶっ叩いてしまうことです。また、行動したあとの得られる果実の量や味は、イメージしかない段階では1/10程度に圧縮されています。相当つまらなく見えているはずです。だからそういうもんだとまず認識することです。目の前の壁は高くみえ、遠くの海は小さく見えるのはしゃあない。でもそれを知覚することが第一歩です。
機械(的に)損失(を計算して過大評価し、行動しない理由付けの一番のエクスキューズにするつまらない)野郎にならない、これが最近のテーマです。そもそも頭悪いし計算苦手なんだから、損失ばっか一瞬で計算しなくてもええじゃないかと、自分に言いたい。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。