ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

正解ってなんなのさ

time 2013/07/06


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みなさんこんぬつわ~、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人
生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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人生は、誰かが用意した正解をなぞっていくことが大事なのではなく、自分で正解を見つけ出していくことが要諦です。なーんて、そんな程度のことは誰もが分かっているにも関わらず、意外と僕たちはそんな簡単なことができていません。
僕たちには親がいます。ほとんど何も出来なかった頃から、あれはしてはいけない、これは危険、などと親が正解を教えてくれました。小学生になると、基本的には正解のある問題を先生が提示してくれ、それに答えてきました。中学生も高校生も一緒です。ある程度選択の幅の出てくる大学生や社会人になっても、センパイや上司といった、自分よりも正解に近い位置にいる人が自分を正解に導いてくれます。
特に大企業にいると感じるのが、正解を教えてくれる上層部への過度な期待と信頼の存在です。メチャクチャ頭の良い上層部が考え出した戦略に則って働いていれば、自分の会社は大丈夫だろう、というもの。よく考えれば分かることですが、メチャクチャ頭の良い人が常に正解を出せるのであれば、MBAホルダーが上層部に一人でもいればこの世に潰れる企業はありません。が、現実はまたそうではありません。
国も一緒です。あれだけ国中からエリートを集めて、そのほんのひと握りの知能を持っている(と思われる)人たちが国を運営しているにも関わらず、債務不履行に陥る国がわんさかあり、かくいう僕たちの祖国もここ十数年危機的状況にあります。本当に頭の良い人たちが正解を用意できるのであれば、本来僕たちは国の行く末を心配しなくて良いはずですが、現実はそうなってはいません。
今現在当たり前のように存在しているあらゆる『正解』は、別に昔からあったわけではありません。また、その正解を誰か頭のメチャクチャ頭の良い人がある日いきなり見つけ出し、正解を正解たらしめる方法論で具現化したものかといえば、大抵はそうではありません。メチャクチャ頭が良かったのは事実かもしれませんが、そういった人たちがことごとく失敗する中からこれ以上ないぐらい頭を絞って体力気力を使ってたどり着いた膨大な結論のうちの一つ、それが今日『正解』という形で世間に広まっているものです。逆に言えば、今正解とされているものが、全然今の姿と違ったものになっていたとしても、全然不思議ではないのです。
世界で一番多い乗り物と言えば、一輪車でもなく二輪車でもなく四輪車ですが、それはモノや人が移動するに関して最も効率的だと多くの実験の結果判明したからです(たぶん)。ただその前に、例えば一輪車や二輪車だけなく、例えば五輪車や六輪車や八輪車というものが試されたはずだと僕は見ています。一輪車より二輪車が優れているのは、その安定性とスピードです。三輪車より四輪車が優れているのも、その安定性とスピードです。とすれば、昔の人が『じゃあ六輪車にすればもっと安定してもっとスピード出るんじゃねーの?』と想像したとしても、全く不思議ではありません。
結果的にはそれが功を奏しなかったため、四輪という『正解』に落ち着いたのではないかと思いますが、もしかしたらもしかして、四輪車すなわち僕たちの乗っている自動車が、今と全く違う形で世界中を走っていたとしても、全く不思議ではないのです。
今僕たちが毎日目にしている『正解』は、もしかしたらその過程で全然別の形のものになっていたかもしれないもののオンパレードです。単一民族でみんなが和を尊ぶことが正解の日本も、日露戦争でロシアに負けたり明治維新で外国の介入を許したりしていれば、全く違う国になっていたかもしれません。その明治維新すら歴史を後から見れば必然に見えますが、当時20代30代だった若者が血反吐を吐く思いで考え抜き、挑戦し失敗して最終的に落ち着いた先が維新という正解だっただけで、あそこで歴史上の人物の誰か一人でも欠けていたら、全く違う日本になっていたかもしれません。
全知全能、世の中の何でも知ってますよと顔に書いてあるように見える師匠に聞きました。『師匠は世の中のことをよく知っていて、ビジネスをはじめ何にしても常に正解が分かっているように見えるんですが、やっぱり常に正解に向かって効率的に一直線なんですか?』と。その時帰って来た答えは、『いや、行き当たりばったりですわ』との答えがすぐ飛んできました。
正解なんてそんなもの。どこかの誰かが必死こいて考え出したものがたまたま生き残っただけなのです。非常にFragileで、もしかしたらとっくの昔に消えていたかもしれない方法だったりやり方だったりするわけです。生き残って正解になれたのもほとんど偶然かもしれません。逆に言えば、今僕たちが何か真剣に挑んでいることの方法論やスタイルが、『正解』と呼ばれるようになる可能性も、全然ありえるわけです。
もちろん一発で『正解』を生み出すことは難しいと思います。五発でもそうでしょう。でも千発二千発、そして一万発もパンチを放てば、それが『正解』となる確立もぐっと上がるのではないでしょうか。そしてそれは必ずしも、今現在において『正解』と呼ばれていなければならないというわけではないのです。というかそんな必要性はどこにもないのです。
正解をつくるのは自分自身、当たり前の話ですが、まだまだ自分は人のつくった正解に従ってしまっているなと自戒しました。そして今急いでやってることを正解にデフォルメしています!
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。