ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

英語が話せると10億人と話せる、の結末

time 2012/12/10


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『英語が話せると10億人と話せる、の結末』
『英語が話せると10億人と話せる』という電車広告を一時期坂口憲二さん起用で英会話学校がやっていたことが数年前にありました。なるほどなるほど10億人としゃべれるのか、と当時は思ったものです。当時大学に入って帰国子女の英語力に圧倒されて魅了されていた私は、英語の勉強まっしぐらでした。元々受験時代から英語が比較的得意だった私は(なぜなら他の教科の最低偏差値は8でした。数学は20ぐらい。偏差値ですよ偏差値)、大学に入学してからはスピーキングとヒアリングの重要性に気づき、そこを重点的に鍛えてきました。大好きなインデペンデンスデイの大統領の演説を完コピし、勿論今でも全部言えますし、少し時が経ってオバマの2004年大統領選応援演説に感銘を受けたときは、CDまで買ってコピーしまくったものでした。
そんな時に例の『10億人と話せる』掲示板を見たのですが、同じく同じ時期に、それを冷静に計算した暇な人がいたそうです。生まれた時から英語が話せたとして、10億人と人生80年の中でマジで話そうとすると、一人あたりどれぐらいと話をできるのかと。
答えは・・・
『一人2.5秒』
しかもこれは、10億人の英語人口が全員自分の前に並んでくれて、一秒の隙もなく会話を途切れさせずに話を80年間話し続けて、という前提でです。当然食事もトイレも行けません。小学校にも行けないので足し算も引き算もできないまま死ぬことになります。それが10億人と話すということです。
何が言いたいかというと、仮に英語が出来ても10億人であれば一人2.5秒しか話せず、日本語だとしても1億人と仮定するとそれでも一人25秒しか話せないわけです。ですから、目の前の自分と会話してくれてる人が、いかに奇跡的に目の前に立ってくれてるかということを、改めて認識する、というか思い知る必要があると思うのです。
今自分がこの人と話を出来ていることが、どれほどの偶然と偶然と偶然の掛け算の産物なのか。家族はもとより、友人や、会社の同僚、その辺で会った人など、他の人との2.5秒ないし25秒の会話を犠牲にして、神様がこの人と話しなさい、と言ってくれてるのだとしたら、もっとそこに価値を見出してもいいのではないかなと。
そう考えると、厳しい言葉を投げかけてくる上司の言葉や、時にお客様のクレーム、タクシーの運転手さんとの会話、マックのお姉さんへの注文など、普通の人が普通にしていれば会話するはずの幾千もの人たちも、実は神様に選ばれて連れて来られて、そこでコミュニケーションを図るように意図されているのではないかと思えますし、それはどんな形であれ、大変有難いことだと思えます。このように解釈すれば、毎日会うコンビニのお姉さん@今までの人生で最もやる気がないし反応もない、との会話も、少し価値のあるものに思えてくる気がしてこないでもないこともないとは言い切れないこともありません。何度要らないといっても、『Tポイントカードお持ちですか?』と聞いてくるのはやめてほしいですが。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。