ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

駅弁女王とおバカな後輩F

time 2013/01/13


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『駅弁女王とおバカな後輩F』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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タイトルで卑猥な想像をしてしまった貴方の中身はブルシットです。今日はそういう話ではありません。
先日、休日ということで娘とテレビを見ていたら、『いままで食べた駅弁の数は5000個以上!駅弁女王の辛口新作駅弁評価!』というコーナーがやっていました。過去に5000個以上の駅弁を制覇し、1日の最高駅弁数は26個という驚異的なおばさまで、全国の駅弁の新作に辛口採点をするという番組です。ジャバザハットを少し小柄にしたような普通のおばさまが、伊勢海老の入った新作弁当etc.をもっともらしい言葉で採点していました。
やっている企画も普通、出てきている人も普通なのですが、『累計5000個以上』、『1日26個』というエッジの利いた数字により、視聴者の記憶にかなり残ったのではないかなと思います。駅弁といえばこの駅弁女王だと私の頭に刻まれた瞬間でした。
またある別の日に、おバカな後輩Fと一緒にランチをしました。愛すべきおバカな後輩Fは、そのまともな見た目とは裏腹に、『狂ってるよね』と色々な人から言われるほどの器の大きさを感じさせる言動が非常に多い傑物です。年始の初出勤の日だったため、『年始の景気づけに肉でも食うか!』言った私に、Fは全否定のニュアンスを目に込めて、私にある提案をしてきました。
『いや、羅王さん、それもイイんですが、ここは年始です。やはり一年の計は年始にありと言うじゃないですか。ということは、やはりここは肉初めではなくて、はなまる初めが良いのではないかと思いますがいかがでしょうか?』
なるほど、悪くない。肉初めであれば数千円かかってしまうが、倹約とダイエットを是とする今年の最初の出勤ランチがはなまるうどんということになれば、今年一年の出費も大幅に抑えられるのではないか、少なくともその決意ぐらいは固まるのではないか。
『なかなかの提案だ。俺の課題を的確に捉えている。年始からやるな。』
そう答えた私は、おバカな後輩Fに連れられて、駅前のはなまるうどんに向かいました。結論から言うと、おばかな後輩Fは、今年一番私を驚かせ、呆れさせ、また学びを与えたのでした。(1月4日なので4日間で最も驚き、呆れ、学んだということです。)
『羅王さんははなまるを恐らく分かっていないと思います。』おバカな後輩Fは言いました。
『なんだと貴様?はなまるなんて、オプションの種類はあるが所詮うどんだろう。』私は反論しました。
『それが分かっていないということです。今日私が、はなまるの本当の使い方をお教えしましょう。』いちいち癇に障る話し方で、はなまるにおいてリーダーシップを握ろうとするおばかな後輩Fは私を店内に導きます。
まず驚いたのは、彼がお盆を取ると同時に、オーダーもしていないのに『210円』をお盆に乗せ、列に並んだ瞬間に降りかかる会計を予測し、100%の正確さで資金準備をしたことです。これからとり天やなす天、たまご、おにぎり、かき揚げなどの魅力的なオプションが彼に伝説のローレライのような歌声を聴かせるであろうにもかかわらず、彼はそれらオプションの検討を一切無視した『210円』を用意したのです。あまりの躊躇のなさに、私はしばし呆然としました。軽く疑問を呈した私に対し、おバカな後輩Fは、
『私はですね、年間300日を越す日数、このはなまるでうどんを食べてます。まさにライフワークなのです。だからスマートな会計の仕方が決まっているんです。』
と、わけのわからない弁を聞かせてくれました。な、なるほど、確かに入社からあまり時間が経っておらず、家計的にはまだ苦しいおバカな後輩F、この選択はきっと倹約の姿勢の現れなんだろう、しかし300日超ってすげぇな、と思った私。値段表を見ると、なるほど210円とは、『かけ 中』の値段でした。そうか、かけの中を頼むんだな、質素で偉いな、と推測した私の頭を、おバカな後輩Fのオーダーする声が殴りつけました。彼は毅然とこう言い放ちました。
『かけの小を2つ下さい』
え???と一瞬呆気に取られた私は、急いで値段表を見ました。210円という値段には、それによって代替出来る価値の交換に、二つのソリューションがあったのです!一つ目は、私が想像した『中』を一つという選択、そしてもう一つは、彼の注文した『小』を2つという選択。コロンブスを卵を割って立たせた時に、それを目の当たりにした人間はこのように口をぽかんと開けたことでしょう。
颯爽と『小』を2つ受け取った彼は、具をあれこれ悩みながら選ぶ私を『この資本主義社会に巣食う似非ブルジョアめ!』と蔑みの目で見ながら、颯爽と薬味コーナーへ歩いて行きました。その姿を目の端で捉えていた私は、本日2回目の衝撃を受けました。薬味コーナーには、丼に山のようなショウガと胡麻と天カスを乗せ、ちょうど日本昔話の武士が食べるごはんのようになった薬味丼をお盆に乗せ、鬼気迫る表情で、また同時に嬉々とした表情で机に向かうおバカな後輩Fがいました。こんなにショウガと胡麻を 山盛りにしてるヤツ、見たことない。。
席に着いたおバカな後輩Fは、質問の山を頭の中に抱える私の目を見ながら、私が質問する前にこう言い放ちました。
F『分かります、羅王さん、その疑問。一つ一つお答えしていきましょう。何から聞きたいですか?』
羅『ま、まず、その丼はなんだ?』
F『これはですね、やはり食糧事情が逼迫するなか、栄養をきちんと採ろうとすると、必然的にこういう形になるわけです。そしてこのように使います。』と、おばかな後輩Fは、武士盛りになったショウガと胡麻と天カスを、2つあるうちの一つのうどんに全部かけ始めました。
うどんの倍ほどの薬味が乗った小うどんは、いままで見たこともないような姿になりました。それを何も言わずにすするおバカな後輩Fは、まるで屏風に描かれる餓鬼のようでした。衣食足りて礼節を知る、と言われている通り、インドでもメキシコでもエジプトでも感じましたが、最低限のものが満たされないと人は堕ちます。しかし今この飽食の時代の日本に、目の前に衣食足りてるのに常識を忘れたバカ者が一人、圧倒的な存在感を放って、うどんをすすっていました。ひとしきり1杯目を食べ終えたおバカな後輩Fは、私に再度投げかけました。
F『さて羅王さん、こうして1杯目を食べ終えたわけですが、私がなぜ210円を1つでなく、2つに分けたかわかりますか?明確なメリットがあるから、私はこうしているわけです。決して、意味もなく2つに分けているわけではありません。』
羅『そ、それは、味の違いを楽しめるからでしょうか。やっぱり1つだと同じ味になっちゃうし。新鮮味ということでしょうか。』この頃になると、衝撃的すぎる状況に頭の中の常識やくだらないプライドや序列といった概念を吹き飛ばされた私はおバカな後輩Fが後輩であるということもすっかり忘れ、半ば敬語になっていました。圧倒的な力量の差を見せられたことによる、一種のショック状態とでも言えるものだったでしょうか。
F『それだけではありません。もっときちんと考えて下さい。』Fは私の浅はかな回答を両断します。
羅『・・・。・・・。・・・。分かりません。それはFさんの気分的なものとかではなく、実質的、形而下的、現実的なメリットがあるということでしょうか?』
F『その通りです。』
私はしばし考えました。しばし考えました。しばし考えました。。。
羅『もしかして・・・。おつゆの量、でしょうか・・・???』
おバカな後輩Fは瞳孔を少しだけ拡張して、まっすぐに私の目を見ながら、そしてほんの少しの微笑をたたえながら、言いました。
F『その通りです。よく考えて下さい。中を頼んでしまったら、味が分けられない以上に、この小さな入れ物に小と同じ量のおつゆしか入れてもらえません。しかしここで器を分けるという画期的なソリューションを採用すると、あら不思議、おつゆが二倍になります。麺の量が変わらないのにおつゆが二倍。羅王さん、これってスゴイと思いませんか?』
きっとこの時の私は、豆が鳩鉄砲を食らった時のような顔をしていたと思います。Fは更に続けます。
F『このように薬味をこんもりと盛る私は、210円しか払っていないので、パッと見、不良顧客に見えるでしょう。しかしそれは多分に近視眼的な分析です。210円に対してお店に利益が出ているかというのは、オプション頼んだ頼まなかったという兼ね合いだけではなく、原価との兼ね合いの中でも分析すべきです。つまり、人を雇ったり店舗の家賃があったりうどんの原材料費がある中で、私一人がいようがいまいが、お店としてはかかるコストに大した違いはないわけです。一方で、私が一人いて、しかも210円とはいえほぼ毎日お金を落とすわけですから、いかに多くのショウガと胡麻と天カスを消費しているとはいえ、お店にしてみたら優良顧客の一人なんじゃないかと思いますがいかがでしょうか?』
羅『そ、そうですね。私もそう思います。』恭順の意を示すのがせいいっぱいの私。
そうして私はおバカな後輩Fとの会食が終わりました。およそ30分、はなまるに対する思い、そこでの最大の効用と満足感をもたらす戦略、財務分析、利益への貢献度、顧客マトリックス、薬味の盛り方と、ありとあらゆる角度からはなまるの活用方法を聞いた私は、正直、
どっと疲れました。。。
私は『はなまるうどんでランチを食べる』という些細な事柄の中に、これほどの情熱と戦略をもって臨んでいる私はおバカな後輩Fの話をひとしきり聞いたあとに、先ほどからずっと感じていた感想をおもむろに口にしました。
『・・・どうでもいいよ・・・』
しかし、私はおバカな後輩Fにこのように冷たく言い放ってから、少し後悔しました。それは、実は彼に言えないだけで、私の中にふつふつと湧き上がってきたある気持ちに、ウソはつけないと思い始めていたからです。それは、『尊敬』の二文字です。どんなおバカなこととはいえ、これほどに集中して物事に取り組める人を、私は無条件で尊敬します。負けた、という思いが、私の中にアメーバのように広がっていきました。
この日を境に、私ははなまるうどんの前を通る度に、私はおバカな後輩Fを思い出すことになりました。また、出張がいくつかあったのですが、駅弁を見る度に、駅弁女王を思い出すこととなりました。
これをマーケティングに照らし合わせると、駅弁女王にしても、私はおバカな後輩Fにしても、一定の価値を潜在顧客に提示したことになります。それは、
『○○と言えば○○』といったように、潜在顧客の頭の中に強制的に埋め込むことに成功したということです。
情報が錯綜する現代では、『何によって覚えられるか』という点において、1番先に思い浮かべられるのと、2番目以降に思い浮かべられるのとでは、天と地ほどの差があります。Googleでは、同じ単語で検索された際に、1番目に表示されるものが検索の6〜7割を受けるのに対し、2番目はなんとその1/3〜1/4程度、5番目以降に至っては、1番目の1/10以下であるそうです。Winner Takes Allと言っても過言ではありません。
そういう意味で、はなまるにおける、また駅弁における絶対地位を確率したこの両者は、マーケティング上、特異な地位を確立したといって良いでしょう。
またこの二人は、『まず数が大事である』というとても基本的で大切で、しかも対外参入障壁が実は高い教えを、私にもたらしてくれました。『累計5000個』の駅弁も、『1日26個』の駅弁も、『年間300日以上』のはなまる活用も、私にはできませんし、恐らくほとんどの方にとっても難しいでしょう。もし駅弁女王が食べた累計が5000で、うち駅弁の数が1000個程度、牛丼が1000個、ステーキが1000個・・と、バラけていたら、他にもそういう方がいたかもしれません。5000というエッジの利いた数字だからこそ、駅弁女王が特筆すべき対象として選ばれたのでしょう。
『単純な数の積み重ね』
が、一つのブランドを創った例だと思います。
この二人が成し遂げたことは、やろうと思えば誰でも出来ることだと断言できます。そして、それはいつからでも始められて、いつまででも続けられる、日常の一選択です。その日常を重ね合わせて偉大なるブランドを作り上げた二人には、圧倒的な尊敬の念と、少しの憧れと、そして残念ながら、
『やっぱ興味ないわ』
という、至極常識的な感想を抱いています。とりあえず『単純な数の積み重ねがブランドを創る』というところだけ真似してみようと思います。私はおバカな後輩Fに感謝します。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日も良い一日を!

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。