ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

高地トレーニングのすゝめ

time 2013/01/31


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『高地トレーニングのすゝめ』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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先日ご紹介したような講演会に参加すると、やはりテンションが上がります。もっとやったるで!となります。そうしてひとしきり盛り上がりが続いた後に、ふと気づきます。
『とは言っても俺今こんなもんやし・・・』
そう、現実は決して甘くはないのです。誰もがもっとよくなりたい、でもその『もっと』を達成できる人はそう多くはないというのが僕の実感です。
それでもこの数年、どうすれば人は変われるか、自分の望む場所までたどり着けるか、といったことを広く誰でも出来る形に噛み砕く形で研究してきた僕としては、一定の原理原則は理解出来ているつもりです。ぐうたらでルーズでダメダメで・・を自認する僕が出来るようになれば、それはきっと人類70億人、とは言わないまでも、1億2000万人-1人(=自分)の希望の光にはなるのではないだろうか、そんなことを考えています。
さて、そんなわけで、興奮したり変わりたいと思った瞬間に、そのテンションと勢いを維持すべくオススメしたいのが、
『高地トレーニング』
です。マラソンのあれです。それを人生において行う。
高地トレーニングとは、マラソン選手やサッカー選手がよくやる手法で、敢えて酸素の薄い3000mないし4000mの標高を誇る高地でトレーニングをすることで、心肺機能を劇的に高め、平地に戻った時に特にスタミナ面において、圧倒的なパフォーマンスを発揮する目的で活用されます。高地の多いアフリカ勢がマラソンに異様に強いことを受けて、取り入れられることが増えたトレーニングです。
原理的には、酸素の少ない高地で体をいじめぬくことにより、また高地順応することにより、呼吸機能と循環機能がアップし、赤血球やヘモグロビンが増えて酸素の運搬効率が上がるそうです。
そもそも、僕もペルーのクスコやボリビアのラパス(大体富士山ぐらいの高さ)などに旅しに行ったので分かりますが、高地というのは何もしなくてもツライです。走るのはもとより、高地に着いた当日は、2階に階段を登るのすら一苦労、息はゼェゼェ、頭はガンガン、死にそうになりました。そうして数日経つと高地順応が起きて体がラクになるのですが、この順応をしないままに暴れると、とんでもないことになります。
ですから、その異様な環境でトレーニングをハードに行うことがどれだけスゴイか、ということは想像に難くないのですが、もしもの好きな方がいらっしゃったら、疑似体験として、マスクをつけて走ってみると良いと思います。一般人がやると、死にます、はい。これに耐えられるのは、ボクサー級の肺活量を持つ人だけです。
さて、これを人生でもやる、とはどういうことか。
そのまんまの意味で、『今より高いところで自分を鍛える』ということです。
僕たちは、快感か不快感か、ということで言えば、当然のことながら快感を選びます。そしてその快感とは、全て
『自分の許容範囲内』
のものに対して感じるものと言っていいと思います。だってラクだし。
仕事にしても人づきあいにしても趣味にしても、自分が経験してきた範囲内で、自分が出来る範囲内で、自分がよく知ってる範囲内で、取り組む方がずっとラクです。
しかしながら、多少なりとも残酷なことを言うと、昨日一昨日と同じことをしていて、同じ人と会っていて、同じ程度の力しか入れていなければ、結局今日は何も変わらず、勿論明日も変わりませんし明後日も同じままです。ずーっと同じ。いつか変化が訪れる、というのは、人間特有の楽観的観測でしかありません。
一方で人は、もっと良くなりたいと思っているものです。もっといろんな人と知りあいたい、もっと稼ぎたい、もっと昇進したい、もっと色々やりたい。。
この現状を愛し、それでも変化を求める人間という不思議な生き物にとって大切にすべき感情は、
『快感ではなく不快感』
ではないかと思うのです。
何故なら、不快感だったり不愉快だったり負荷だったり、そんなようなものを感じる時の場や取り組みというのは、ほぼ例外なく自分の今いる位置よりも高い位置に置いて行われるということが言えるからです。自分にとっての『高地トレーニング』になっているからです。今までより少し上の基準の何かにへたくそながら取り組み、100%話が合うわけではない上のレベルの人たちと拙いながらコミュニケーションを図り、出来るか出来ないかで言えば全然出来ない部類に属する何かにチャレンジする。それは全て、高地トレーニングです。ラクじゃありません。キツイです。不快です。負荷もばっちりです。
でもそういう環境でこそ人は成長する、というのは、誰でもが分かっていることだと思います。よくよく考えれば分かることだったのですが、僕が当時一人旅で訪れて、初日死にそうに呼吸を荒くしていたクスコの町でも、がきんちょたちがものすごいスピードで走り回ってました。それは、彼らの心肺機能が僕よりも高かったからです。そしてそれは、彼らがそこに順応していて、僕はしていなかったからです。ですから数日後、すっかり順応した僕は、同じようにすごいスピードでクスコの町を走り回ることができました。そんなものなのです。
『高地トレーニング』とは、慣れてしまえばそれはもはや『高地』の字が取れてきます。しかしもともとの平地の状態に比べると、圧倒的なエンジンを身につけたのと同等の力を手に入れます。最初にかかってくる負荷に耐えれば、体は自然となれていきます。
僕たちの人生においても、結局はこの『高地トレーニング』をどれだけ積んで、『高地(不快感、不愉快、負荷)』→『平地(当たり前、普通)』のサイクルを回していくかで、行き着く先はいくらでも遠くに設定することが出来るのではと考えています。そしてその第一歩目は、不自然かもしれませんが、
『不快感、不愉快、負荷』
を感じた時に『あ、ラッキー!』と頭の中で拍手することなのではないかと思います。この一時的な感情の言うことを聞いてしまうと、『何もしなけりゃマイナスな感情もない』というところに落ち着いてしまうのですが、少しだけ踏ん張って、『不快感、不愉快、負荷』の感情を歓迎し、とりあえず馴れるまでやってみること、触れてみること。
そうしてしばらくすると、勝手に体が順応しているものです。『高地トレーニング』がツライのは最初だけ。物事のツライのも、最初だけ。左手は添えるだけ。
あ、そうそう、だからこそ、心地よいなと自分が感じている環境にすら注意が必要です。だってそれは、何も変わらない明日への、鉄の橋な可能性もあるのですから。。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日も良い一日を!

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。