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退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

AKBが好きな原始時代回想

time 2012/11/26


AKBラオウへの道ブログ 本日のお題
『AKBが好きな原始時代回想』
昨日の話の続きです。人間はプラスの話よりマイナスの話に興味を持つ、確定していない噂でも流布する、ということを原始時代と結びつけて勝手に推測しました。そんな感じで、行動経済学などでも人間というのはそもそも不条理な生き物だということが言われていたり、日常でもあれれへんだぞと思うことがあったりすると、実は私はあたまの中でいつも原始時代を思い浮かべながら、いろいろなことに対して自分なりの解釈をしています。
要するに、人類20万年の歴史で脈々と受け継がれてきた、培われてきた、あるいは叩き込まれてきた本能や習慣というのが、たかが数百年の法治国家、民主主義、生活習慣などで覆るわけがないということです。覆るわけがないから、今の基準で見るととても不条理に見えることが色々あっても、実は20万年前の世界ではそれが生死を分けるほど重要だったことなんじゃないだろうか、と想像できるわけです。
例えば、合理的に見えるアメリカでもよく見られる、足の引っ張り合い。世界平和とか国益、という意味では共通しているはずなのに、民主党と共和党は大統領選の前は熾烈かつ卑劣なネガティブキャンペーンを張りまくります。『外資』と呼ばれる会社では、日本の会社に負けないぐらい、もしくはそれ以上の足の引っ張り合いがあるといいます。力を合わせればそれ以上の結果を生み出せるということは誰もがわかっているのに、意地とか見栄とか既得権とか主導権とか、みんな自分のイニシアチブを大事にして他者を攻撃します。これは、パイ=食糧が限られていた原始時代の名残ではないかと思っています。要するに、人が食べるということは自分が食べられない可能性を意味していたということです。だから邪魔する。20万年も邪魔し続けたので、いざ文明社会になっても、おいそれと他者を応援出来ないのです。
また、いつまでも決めない日本の政治。これはムラ社会において、変に飛び出た存在になると村八分になってしまう=ほとんど死、という状況があったために、決めないことが、変化しないことが最善と考えられていた時代の名残かと思います。せっかく目の前にエサがあるのに、わざわざ動いてそれを失うことを考えたら、次にいつありつけるかも分からないし、結局やめようよという話になるであろうことは想像に難くありません。ちなみにこれは更なる勝手な推測ですが、当時も決めないリスク、変化しないリスクはあったと思います。エサ場が枯渇しかけているとか。そして実際に枯渇して全滅の憂き目にあった部族などもいたかもしれません。それでも、生物全体としてみたときには、各地で動かなかい方を選択したことにより、全体としての生存率が上がった、だからそれがDNAとしてプログラミングされた、と、そういうことではないでしょうか。
そういうわけで、我々は原始時代から受け継いでいる生物としての生存本能が、今の飽食で安全で(日本のみだけど・・)清潔な状況になっても生きているため、全く実情に合わない意思決定をしてしまうことが往々にしてあるような気がします。そしてそれに無理やり逆らえた人だけが、自分の人生を勝ち取れる、という、ある種ダーウィンの法則に則った状況になろうとしています。
ただこの場合、20万年受け継いできた本能とはそういうものだと感じながら、それに従ったり抗ったりするのと、何も意識せずに唯々諾々と不経済な意思決定に従うのでは、雲泥の差があります。本能に対する抗い方は、今私が自分を実験台にしていろいろ試しているところなので、ゆくゆく発表していきたいと思います。いずれにせよ、まずはそういう認識を持つことが一番最初かと思います。飽食の時代に飢餓感をもってお菓子を食べまくっていた自分に嫌気がさし、禁煙ならぬ禁菓をはじめて一日目です。

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。