ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

1人と100人と1000人の法則

time 2012/12/16


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『1人と100人と1000人の法則』
昨日の話の続きです。何かを続けようとすると、初期に夢を語り合った仲間や、競い合ったライバルたちとの別れを経験する場面が必ずやってきます。ホリエモンか三木谷さんか藤田さんかは忘れましたが、創業メンバーは自分しか残っていない、全員会社を去った、と言っていたのを思い出します。
また、巷には戦略論や経営を語る本が溢れていて、好きなので結構読むのですが、最近発見した法則があります。1人の実践者の周りには10人から100人の批評者がいます。その10人から100人の批評者の周りには、100人から1000人の傍観者がいます。
柳井さんがこれをやった、孫さんがこんなことを言い出した、ジェフイメルトのビジネスモデルはこんなだ・・・と、様々な分析があり、それを評価する株式市場やメディアがあります。当の本人にしゃべらせると『俺が言ってること、やってること、普通やん?』とのコメントしか出てこないことが多いのですが、その『普通』が周りにとっては極めて異常であるため、それは仕方ないこととして、周りがあーだこーだと表現したり批評したり噂したり傍観したり、ということになります。
ただ上に見る通り、この中で実践してる人は1000人のうちのたった一人です。周りはそれについてあーだこーだと言ってそれにすがっているだけ。頭の良いことを言う人もいますが、基本的にはぺちゃくちゃ言ってるだけです。多くの場合、それは批判や批評です。常にもっともらしい不可能な理由が出てきたり、不適格との烙印を押されたり、不適切との陰口を叩かれたりします。そんなものの全てを蹴散らすのが実践するたった一人の人です。
日常生活においても、自分が実践者でいるのか、それとも批評家になっているのか、それとも更に外側のただの傍観者になっているのか、は特に大きな仕事でなくても試されていることではないかと思います。優先席ではない席に座っていて、目の端に高齢者の方が立っている姿を目にしたとき、それが2歩の距離空いてたとしても、声をかけることができるか。外人さんが見るからに駅員さんとコミュニケーションが取れなくて困っている時に、さっと日本のイメージを良く帰ってもらうために助けることができるか。別に今日しなくてもいい募金を、今日できるか。他に友人で誰も書いてないブログを、毎日書き続けることができるか。そんなの意味ないよ、と自己投資を否定されて、それでも続けることができるか。
ありとあらゆる場面に、自分が実践者なのかそうでない二者なのか、判断出来るタイミングがあると思います。そしてその全てできちんと実践者であること、これこそが道を開く・・・のはわかっているのに、わりと多くの場合に批評者や傍観者になっている、という残念な現実もあります。これぞアマチュア。プロは実践者です。2012年の最後の決意として、本物のプロとなるべく、実践を唯一の人生ドメインとして、定義していきます。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。