ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

受験が必要だと思う理由あれこれ

time 2010/05/07


受験戦争については昔から色々な議論があります。

最近ではゆとり教育の反動もあり、塾をはじめとした受験のための投資額もうなぎのぼり、受験戦争はますます強烈になりつつありますが、僕は個人の能力開発の側面から、受験はした方がいい、というか、絶対にすべきだと思っています。

受験戦争に対する反論としては、以下のようなものがあります。

1、幼い(概ね小学校を指す)頃からの競争、競争に晒すのではなく、のびのびと育ってほしい。
2、受験をしたからといって、報われるとは限らない。

僕自身、受験はイヤというほど経験してきました。当時の鬼教官である母の勧め(命令?)もあり、中学受験時には当時羨望の的だったスーパーファミコンとドラクエⅤを買ってほしいがために頑張り、高校受験の際は好きな女の子と同じ高校に通うためだけに頑張り、大学受験の時には(同じく鬼教官にぶっちゃけ諭吉様数枚で釣られたりもしましたが)さすがに多少なりとも将来を見据えて頑張りました。

最終的に大学受験に際し取り組んだ科目は、現代文、古文、英語、数学、世界史、倫理、地学でしたが、現時点で血肉になってるたなと声高らかに言えるものは、なんと悲しいことに英語ぐらいしかありません。数学なんて高校時代0点を取ったこともあり、、途中で分からなくなって「サインコサインウソクサイン」なんて覚えてました。

結論から言えば、学ぶ科目の知識や体系それ自体の習得に(勿論少なからず意味はありますが)意味はなく、受験に取り組むその経験こそが、人生の血肉になるのだと、今思います。

人生は目標達成の連続です。特に男性であれば人生の大半を割くことになる仕事に置き換えると、経営者であれば利益と社会貢献、営業であれば売り上げ、IT部署であればシステムの稼動率など、各人の役割は違えど、求められることは目標達成です。

定量化できる目標と定性的に判断するしかない目標がありますが、そのいずれにしろ、目標を定めて現状とのギャップを認識し、それを埋める努力を手持ちのリソースを駆使して行う、というプロセスは共通しています。

そして、その目標達成の度合いが大きい人材がいわゆる、「付加価値の高い人材」と定義されます。付加価値付加価値と巷で叫ばれているその意味は、この目標達成能力のことと同義と思われます。

翻って、実はまさに受験戦争における勉強そのものが、この目標達成のための格好のトレーニングとなっています。仕事での目標もそうですが、広すぎる範囲の全てを網羅することは土台無理なため、想定される範囲の中から優先順位をつけ、学術的な追求をする場合を除いては、いかに効率的に点数を取るかが求められます。

例えば、教科書を一ページめから一生懸命読んだり、単語帳を一言一句暗記しようとする人は必ず受験に落ちます。そうではなく、出題者の意図を読み、大よそのターゲットを決めて集中的に勉強し、それ以外はある意味捨てる、という作業がどうしても必要です。

この作業は、営業においてお客様の嗜好を感じ取り、どのニーズに応えるかを商品に落とし込み、販売するという作業となんら変わりありません。

もうひとつの理由としては、「社会に出てからいきなり目標達成を求められること自体がキツイ」ということです。通常四半期ごと、下手をすれば毎月の目標達成の成果が問われる社会人という環境に、何のトレーニングも積んでない人間がいきなりほうりこまれることほどみじめなことはありません。

のびのびとだけ育てられた人間や、十分なトレーニングを積んできていない人間は、のびのびとしたまま社会人になります。そうして経験したことのないプレッシャーにさらされると、人は今流行の欝になります。

ジムで5kgのダンベルも持ったことない人が、いきなり工事現場で20kgの角材は持てないでしょう。それと同じことです。

社会での目標達成という要求に従わない限り給与が保証されない以上、この目標達成という作業について、出来る限り早くから取り組んでTry and Errorを繰り返しておくべきというのが僕の持論です。そしてその格好の場が、受験ということです。

一般に子供時代の失敗は、どんなに失敗してもそれが全て経験となり、成長に寄与します。しかし大人になってから、社会人になってからの失敗は、勿論経験にはなるものの、やはりしてはいけない種類の失敗というのもあります。

なので、間違いが許されるうちに、しかもどうせなら将来いいスタートラインに立つためにも、受験戦争は経験しておくべきと思うのです。

グローバル化が進む社会の本質は競争です。「共存」とか「共栄」という言葉が流行る言葉の背後には、どうしても競争が前提としてあります。受験戦争の最前線にいた昔の私ですら、世界的に見れば甘い甘~い受験と言われています。

中国や韓国の受験戦争の熾烈さは日本の比ではなく、欧米の大学の実社会に対する発言力は日本の比ではありません。
そんな中で経済も人材も国内海外問わず競争にさらされる日がもうすぐそこまで来ています。

日本の国力も学力も低下が叫ばれていますが、ひとつは日本人の目標達成能力の低下による部分があると思います。とするならば、理不尽ともいえる環境である一定のトレーニングを積んで、日本人として体幹を鍛えることも必要ではないでしょうか。

僕はそれが受験だと思うのです。1日15時間勉強に没頭した当時の思ひ出についてはまたいずれ書きます。

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。