シッテルとワカッテル


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『シッテルとワカッテル』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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昨日のエントリで、引越しに関することをお話しました。で、思ったこと。当たり前ですが、
『何事も、やってみなけりゃ本当には分からないな』
と思いました。
1時間の使い方を変えるのも、2住む場所を変えるのも、3付き合う人を変えるのも、字面で読んだ時には、『そうそう、そうだよね』としか思わなかった=知識知でしかなかったものが、実際に引越しという手段によって1〜3が強制されたことによって、『そうそう!そうだよね!』という体験知に変わりました。これは非常に大きなことです。知るだけであれば本でも伝聞でも構わないのですが、それは分かることとは全くの別モノだということです。
僕は職業柄、成功している方のお話をよく聞きます。それはビジネスに人間性が直結した場合が多いので、いわゆる本当に『成功』のことなのですが、そういった方の話というのは、大体において
1、その人にしか出来ないスゴイこと
と、
2、誰にでも出来る大したことないこと(を誰にも出来ないレベルで繰り返すとか注力するとかが必須なのは置いといて・・)
の2つに大別されます。それが有機的に結合してその方の人生を作り上げています。
このうち、2に関してはよくよく考えてみれば、誰にでも出来ることなのでぶっちゃけ僕にすら出来ることなのですが、人は誰しもが素直でないのと同様に、僕も昔はあまり素直ではありませんでした。結果、2に取り組むことなく、そして当たり前のようにこれまでと変わらない人生を続けていました。こういった部分というのは、実践してみれば『サルでも分かる』レベルのものですし、実践が伴わなければ『賢者でも分からない』ものなのです。僕は実践してきませんでした。なので、『サルなのに(だから?)分からなかった』のです。当たり前ですね。
今回は違います。大前さんの格言を、遅まきながら実践してみました。結果どうなりましたか?まぁ見てて下さい。たかが引越しで何が変わるか!と思っていましたが、実際既に色々なことが変わりつつあります。ああこうやって人間というのは変わっていくんだなと思うぐらいです。自分が変わろうとした場合、内部を変えるのが簡単ではないのが当たり前なのだから、まずは周りから変えてしまおうというのは、僕にとっても渡りに舟な方法でした。
今改めて思います。『実践が大事』という当たり前の格言すら、『実践してみなければその格言の本当の意味の片鱗すら分からない』のです。だから『実践が大事』という言葉を知っているだけの人と、実践して分かっている人の間には、長期間で見れば相当な開きが出来るのです。あるいは、その言葉を知っているだけだった自分と、実践を伴ってわかっている自分とでは、進みゆく未来に大きな差が出来るのです。
結構脳内でいろいろなことを完結させてしまうことが多かった僕ですが、これからは無駄に見えるかもしれないことも含めて、実践実践実践の毎日を過ごすことになりそうです。気づいたのが結構遅かったけどね。娘を見ていて実践こそが学びの一番の近道だなぁと、学びマニアの僕は今更ながらにして気づきました。
『シッテル』と『ワカッテル』どちらを選びますか?
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

大前研一さんの格言にふと思う


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『大前研一さんの格言にふと思う』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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尊敬する経営コンサルタントであり、日本一の経営コンサルタントと言えば大前研一さんですが、氏の有名な格言の一つに、『人間が変わる3つの方法』があります。
曰く、
人間が変わる方法は3つしかない。
1、時間の使い方を変える
2、住む場所を変える
3、付き合う人を変える
個人的な意見としては、最初にこれを目にした時、『おや?』と思ったことでした。『意識を変える』とか、『決断をする』のような、一見してありそうなことが触れられていなかったからです。ちなみにこの格言の後に続くのが、『最も無意味なのは、決意を新たにすること、だ。かつて決意して何か変わったかだろうか。行動を具体的に変えない限り、決意だけでは何も変わらない。』なのですが、読んだ瞬間にあんぐり口が開きました。
確かに決意してその瞬間に何か変わるかと言えば、そうではありません。行動が必要なこともわかります。しかしそれを実践する手段として、1と3は即座に理解出来たのですが、どうにもしっくりこなかったのが2でした。時間の使い方を変えれば人生が変わる、付き合う人が変われば人生が変わる、それは分かりますよ大前さん、でも、住む場所が例えば葛飾区から目黒区になっただけで、どーして人間が変わるのさ?とずーっと思っていました。
そんなわけで、結論から言うと引越しをしてみました。もともと名古屋から東京に帰って来た時に住む場所として決めた理由の一つが、『コスト』、もう一つが『勤務地まで乗り換えが少ない』、最大の理由が『奥さんの実家に近く子育てヘルプが頼みやすい』でした。犠牲にしたのは通勤時間と意外な頻度で発生していたタクシー代と、今思えば自己意識でした。1日2時間強の通勤は間違いなく人生の時間の相当分を消費していますし、たてこんでいて丑三つ時まで仕事して疲れているときはタクシーでぐったりしていました。が、一番犠牲となっていたのは、自己意識だったのです。これは引越しをしてみて初めて分かりました。
住みたい場所に住むというのは、住みたいわけではない場所に住むのと比べて何が違うか?それは、実際やってみて分かったのですが、全てが変わるといっても過言ではありません。目にする景色から実際に住む家から歩いている人の系統から吸う空気まで、全てが変わります。自分の細胞に働きかける周りの環境の全てが、当たり前ですが住む場所を変えることによって変わります。
そもそも大前さんの言う人間が変わる方法というのは、つまりは日常のレベルを変えましょうということです。当然、最終的には意識を変えることを目的とはしているはずなのですが、行動という前輪の方向性を変えることによって、意識という後輪もその方向に舵を切ることができます。その行動の何を変えるかということに関して、1〜3まで挙げられているわけです。そしてその練度如何によって日常が変わります。
1はやってみると分かりますが、日常の時間の使い方のレベルが今を規定しているとすると、当たり前ですがなかなか変えることは簡単ではありません。そして道程がどこまでも続くために、やろうと思えばカイゼンはどこまでもどこまでもすることができ、終わりがありません。3の付き合う人を変えるというのは、1と同様それなりの時間がかかります。いきなりは簡単ではありません。
ところが、2に関してはそれなりの費用と『決意』が必要にはなりますが、一番お手軽に、しかも即効で着手することができます。そして、日常を変えるという意味ではおそらく最も簡単な方法であると言えます。日常を変えるということは、本来ならば人間の内側から湧き出る意識やら何やらまで変えないといけないわけですが、それが実現する前からまずは外的影響力の源である周囲の景色を変えてしまおう、というわけです。あら簡単。
引越し後に誰にでもやってくるウキウキを考慮したとしても、確かに引越しをしたことによってこれから日常が大きく変わっていくであろうことは容易に想像できます。また、そこから芋づる式に1と3にも影響を及ぼしていくだろうこともわかります。住む場所を変えたことにより、通勤時間が変わります。これだけでも大きな変化となるでしょう。娘の幼稚園の場所も変わります。どうやって送り届けるかは細かい世界のタイムマネジメントでしょう。住む場所が変わるわけですから、僕の家のお隣さんも上下の階の人も変わります。同じファミリー層が多い地区とはいえ、やはり歩いている人の毛色も、若干違うようです。
2を変えたことによって、1と3にも変化が出てきました。それぞれに着手するよりも、もしかしたらですが一番コストを抑え、一番短期間で、一番効率的合理的に『人間が変わる』を実現できるのが、もしかしたら引越しなのかもしれません。
たかが引越し、されど引越し。何事も目的を持って執り行うのとそうでないのとでは雲泥の差が生じますが、今回の引越しについても、自分なりにただの引越しに終わらせずに、意義ある引越しになるよういろいろなことを考えていきたいと思います。
というわけでビバ新居!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

ある若武者のはなし


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『ある若武者のはなし』
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前回のエントリで『ノウハウを活用するノウハウ』が必要だという話についてお話しました。ノウハウは世の中に溢れており、既にみんなおなかいっぱい。しかも次から次へと新たなノウハウが出てくるので、更に消化不良になります。ノウハウそのものには価値があるというケースが多いのですが、それが顧客に対して適切に伝えられていなかったり、そもそもそんなノウハウがあるということが周知されていなかったり、まぁそんな感じが大半です。ノウハウを沢山知っているのにイマイチ仕事が上手くいっていないという人の原因は、そんなところにあります。
で、その『ノウハウを活用するノウハウ』について思うところがあったので書きます。今日、同志の方々との勉強会がありました。全員独立して会計、税務事業を営んでいる方です。侃々諤々の意見交換が9時間程(!)されましたが、その中に私が招待した若武者の姿がありました。彼はまだ若干26歳、僕を除く他の参加者との年齢差は、軽く10歳を超えます。しかもまだサラリーマンの立場で、独立などするとしても遠い未来の話。が、彼は来ました。
結局、こういう人間が『ノウハウを活用するノウハウ』を手に入れていくのだと、この時思いました。どういうことかというと、僕は事前にこの勉強会の意義を伝えていました。しかし一方で、サラリーマンの立場から見た時に、何を話しているのか分からなかったり、あまりに規模の小さい話をしているように見えることがあるかもしれない、とも伝えていました。大企業のサラリーマンから、独立して一から始めるというのは、当初は圧倒的な規模の大小の差に戸惑うことから始まるといっても過言ではありません。
つまり、この時この若武者が、僕達の勉強会に参加して得られるメリットは、『おそらく沢山あるだろう、でもないかもしれない』という状態だったのです。成功60%、失敗や無意味になる不確定要素率40%程だったのではないでしょうか。しかし彼は来たわけです。貪欲に学んで帰っていったわけです。リスクの40%を無視して突っ込んできたのです。
被る損失を許容範囲の中で許容し、得られる利益にフォーカスすることが出来る人というのは、実はそれだけでそうではない人に比べて『ノウハウを活用するノウハウ』を身に付けるスピードが段違いに変わってきます。なぜそうなるのかを論理的に説明することはまだ難しいのですが、でも周りを見ていると大抵そこに因果関係があるのです。被る損失を1ミリたりとも許容出来ない人は、結局のところチャレンジそのものの数が激減します。だから打席に立つ回数が減り、そしてバッティング技術そのものも上達しないのです。
人生の大体において、リスクである30%〜40%というのは、どうやっても消すことができません。どこかで決めるしかありません。そこを決められるか決められないか、ただそれだけなのです。こういった勉強会に関しても、意味や意義は大体分かる、でも実際は参加しない、という人がほとんどなのではないでしょうか。それが即効性のあるものでなく、下半身を鍛えるような地道な内容であればなおさらです。
自分が得られるものが推測の範囲でしか分からない、そういう不確実な状況に、進んで身を置ける度量や器量というのは、今後この若武者を大きく成長させていくであろうことは、想像に難くありません。至極ごもっともで当たり前の話ですが、『ノウハウを活用するノウハウ』というのは、こういった勉強会への姿勢一つから見ても、それを手に入れる人とそうでない人との差がよく分かるものなのです。もちろん、僕は常に前者でありたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

ノウハウを活用するノウハウ


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『ノウハウを活用するノウハウ』
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様々なノウハウが本にしろセミナーにしろ跋扈している昨今ですが、『ノウハウを活かすノウハウ』ということについては、あまり触れられていないように思います。ノウハウはあくまでKnow-Howであり、つまりHowをKnowしているだけなので、その運用ノウハウが必要なのです。言ってる意味ワカリマスカ?自分でもワカリマセン。
例えればこういうことです。サッカーで勝つには、そもそも負けないための組織を作る必要があるので、ディフェンダーが必要です。でも人数をおけばそれで良いかと言うと、当然それだけではダメです。センターには高さを持つヘディングに強いプレイヤーを、そしてサイドには速さやスタミナを持つ選手を用意する必要があります。
これが逆だと結構エライことになります。センターの選手が速さとスタミナを持っていても高さがなかったとしたら、そこで敵にポストプレーをやりまくられて拠点を作られ、点もヘッドでボコボコに入れられまくります。サイドの選手が高さはあっても速さもスタミナもないとなれば、そういう能力を持った相手の選手にサイドからザクザクに自陣を抉られることになります。守る戦略や人材がいても、配置を間違えればボロ負けするのです。
僕の仕事の保険も一緒です。保険に入ってれば安心でしょ、僕もう入ってるよ、という人に限って、よく中身を見せていただくとボコボコに穴だらけだったりします。保険に入っているかどうかが重要なのではなく、その入り方が重要なのです。
セミナーも同じです。自己啓発セミナーに行きさえすれば成功するか?と聞かれれば、十中八九無理と僕は答えます。なぜ十中八九かというと、たまに興奮したまま成功してしまう天才的な人を見るからです。でも僕は十中八九の人間なのです。多くの人もそうでしょう。だからセミナーで聞いてきた内容を後日どう日常に活かすかということがとても大事です。
そう、ノウハウをうまく活用するためのノウハウが必要のなのです。同じような例は他にもいくつもあります。ノウハウを活用するノウハウについては、自分の体を実験台にして色々と試していますが、もうすぐ体系化できそうです。いや、今この瞬間にも体系化が進んでいる感触ありありなのですが、一度で記すことは難しいので、ちょくちょく改めながら書きたいと思います。実際、毎日書いてあることにそれらが散りばめられている状態ですので、いずれシンプルな形にまとめたいと思います。今はまだ散乱状態で勘弁してくださいまし。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

W杯予選がイマイチ盛り上がらない理由


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『W杯予選がイマイチ盛り上がらない理由』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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W杯予選、敗けてしまいましたね。これが勝負。これがW杯ってことです。
先立つこと数時間、同僚と会社で、『W杯盛り上がってないね』という会話をしていました。もちろんザックの存在、海外組と国内組のコントラスト、W杯5回連続出場間近ということで一定の盛り上がりを見せているわけですが、なんというか、野人岡野がゴールを決めてW杯初出場が決定したあの頃と比べると、もう雲泥の差のテンションのように思えるのです。
なんで?という話をしていたのですが、僕が思ったのは、インパクトでした。1994、98年当時は、僕がまだ高校生だったこともあるかもしれませんが、インパクトの強い選手が沢山いました。カズ、ゴン、中田ヒデなどの完全実力売りの選手をはじめ、汗をかく北澤、無言の柱谷、鉄壁の井原、顔の濃いラモス、なんか仲良さそうな奈良橋と相馬、イケメン川口、野人岡野などなど、今でも明確に思い出せるような選手が沢山いました。おそらく僕だけではなく、日本国民から見てもそうだったのではないか、と思っています。
それに比べると、確かに本田香川レベルだと誰でも知っていますが、それ以外の選手はというと、相当なサッカー好きでなければ名前を知らないのが今の日本代表です。それすなわち、インパクトの差なのかなと思ったわけです。
一方、同僚の意見は明確でした。曰く、
『強くなったから』
とのこと。
なるほど、これは確かにその通りです。W杯に出たくて出たくてたまらなくて、でも出れなくて、といった西野カナの歌詞ばりにW杯に出ることを熱望していた94年、98年W杯予選と違い、今回はもう5回連続です。出場するのが当たり前の状態なのです。
考えてみれば、94年、98年当時に、現役で海外クラブで活躍していたのは中田ヒデただ一人でした。それが今は主力選手の大半が海外組です。98年W杯予選で一躍ヒーローになった野人岡野は、今のザックジャパンでは代表候補の候補にすら選ばれないでしょう。それぐらい、いつの間にか日本は強くなったのです。そして強くなってW杯予選突破が当たり前のものになったので、国全体としても予選『ごとき』で盛り上がらなくなったのです。
つまり、盛り上がっていないことは若干寂しいことですが、そのこと自体は日本サッカーのレベルアップを示唆しているのです。印象深い選手は昔に多かったとしても、実力は今が全然上なのです。だから我々は、W杯出場どころか1次リーグ突破でも、あまり喜べなくなっているのかもしれません。
3歳の子供がひらがなの『あ』を書けたらみんな拍手しますが、大人が『あ』を書けても、誰も褒めてくれません。それは一般的に、大人の方が全てにおいて実力が上だからです。同様に、何かをしていて盛り上がらなくなってきたり興奮しなくなったり驚かなくなったりうろたえなくなったりしてきたとすれば、それは大いなるプラスのマンネリである可能性がとても高いということになります。次の段階に行けというサインなのです。そうしてまた、興奮したり驚いたりうろたえたりするような何かに取り組むことで、自分のレベルをどんどん上げていくことができます。そしてまたプラスのマンネリに陥り、次なるチャレンジを始めるのです。
W杯はもはや、出場でも1次リーグ突破でもなく、ベスト16、いやベスト8を狙う時期に来ています。WBCはもはや優勝以外認められなくなってきています。浅田真央ちゃんは優勝以外の時は悔しそうな顔をしています。柔道で金メダルを取れない選手は誰からも注目されません。それぞれプラスのマンネリと解釈を乗り越えて、もうそういう段階に来ているものばかりです。僕たちの日常生活においても、プラスのマンネリを感じることはいくらでもあると思います。そういう時は、次なる段階に進む用意が出来たという啓示だと解釈し、歩を前に進める準備をする時期に差し掛かっているということなのではないでしょうか。
てなわけでかくかくしかじかでマラソン走ることにしました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『まずは知ること』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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昨日は久々に一睡程度しか出来ませんでした。被災地仙台市にお邪魔していたのですが、あまりに衝撃的で無力感と自分への怒りと罪悪感と、マイナス感情のフルコースが頭の中をぐるぐる駆け巡り、眠ることが出来ませんでした。ということで今ヘロヘロなので、超絶短いエントリで失礼します。ちなみに週内にまとめたものをアップします。
僕達は、とにもかくにもまずは『知る』ことから始めないといけないなと、今回の出張を通して感じました。僕達は、知るべきことを知らずに、知る必要のないことを知りたがる生活をしているような気がします。そして今僕達が東北に関して一番知るべきことは、おそらくこの一言に集約されると思います。
『まだ、何も始まっていない』
瓦礫などの目に見える障害物の撤去はほとんどの地で既に完了していますが。社会的な障害物や精神的な障害物の撤去にかんしては、まだまだスタートライン地点にすら立てていないとのことでした。
被害の大きさに比して、人間の卑屈さや矮小さと正面から向き合うことが必要だなと強く感じたのですが、詳細はまた明日明後日にでもアップしたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

寿司屋の大将と競輪選手と羅王


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『寿司屋の大将と競輪選手と羅王』
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今日は仙台に来ています。目的は2つ。1つは純粋に仕事、もう1つは被災地のその後を見るためです。夜は地元出身の方のオススメのお寿司屋さんに行き、カメラ禁止の頑固系大将と、地元出身の競輪選手であるSさんというよく分からない組み合わせで、初対面にも関わらず盛り上がってしまいました。
仙台には、実は去年も来ました。市内からわずか15kmほどにある閖上(ゆりあげ)という場所。そこは、『何もない』状態でした。本当に何もない。街一つが消滅したのです。しかも、少し高台にある高速道路たった一本を隔てて、そこより左側は無傷、右側は全滅、という、有り得ないことが現実に起きたことを見せつける景色でした。
十数人の生徒が亡くなったと言われる閖上中学校では、ついにこらえきれず涙したことを覚えています。生き残った生徒達が、旅立った生徒に向けて書いた机の寄せ書きがぽつんと置いてあり、そのメッセージの一言一言が、大いなる未来を奪われた友人への愛に満ち溢れていて、柄にもなく泣いてしまいました。
本当に何もない、という言葉が当てはまるほど、何もない地でした。たった市内から十数キロなのに、何もありませんでした。。
そんな景色を見たのが去年。今回その閖上には行けなかったので、大将に閖上のことやその他の地のことを色々と聞きました。東京では震災の情報が急激に少なくなってきているので、現地の本当の状況を教えてくれ!と頼み込んで、色々とお話を聞くことができました。印象に残ったことを書き留めておきたいと思います。
『俺たちはさ、実際問題ほとんど無傷だったんだ。だからいろんなところからボランティアの人がきてくれて、大変でしたね、って言ってくれるんだけど、ガスと水道程度が数日止まる被害しかなかったから、被災者ヅラしようと思っても出来なかったんだ。本当に大変なところとのギャップがあってさ、俺たちもどうしていいか分からなかったんだ。』
『バブルとか言われてるけどそれももう終わった。それで潤ったのも夜の街だけだよ。普通の人にはお金は行き渡ってない』
『復興しはじめてるのは、やられ方がまだマシだったところ。気仙沼とか三陸なんてのは、復興がわりかし早い。でも、閖上もそうだけど、本当になんにもなくなっちまったところってのは、復興のしようがない。だからどうするかってのが、未だになんにも決まってないんだよ。何か決めても、また何か起きたらどうせ流されるしって意見もあるし。』
『漁業関係者でも、魚を実際に取ってる漁師さんたちはもう復活してる。だけど加工業者とか、設備が要るようなところはダメさ。まだまだだ。』
『バブルである程度持ち直したとは言っても、それは地力が上がったということではなくてたまたまそういう波が来ただけ。地力が上がってないからバブルが過ぎたらまたダメになる。』
『俺は復興ボランティアとか行かなかった。行きたくなかったんじゃない。行ってもなんにもなくなっちゃったところばっかだから、行っても何も出来なかったんだ。あと、寿司をはじめ漁業関係者は全員、他人事にかまってられる暇はなかった。自分たちが壊滅寸前だったんだ。義援金とかはなんとか送ったけど、正直ボランティアどころじゃなかった。ボランティアってのは、何かを復旧できる見込みがあるところにいくもんなんだ。何もなくなったところに行くのは、ボランティアじゃない。ただの見物だ。』
何か大切なことを僕達は見過ごしはじめているんではないだろうか、と、大将の話を聞いていて思いました。結局のところ、何も終わっていないのです。それどころか何も始まってすらいないのです。震災の爪痕というのは、それだけ深く痛々しいものなのだということです。そんな当たり前のはずのことを、どこか楽観視して普段気にも止めずに暮らしている人がこの頃増えてしまっているのではないか、そんな危機感を覚えました。そして自分もそのひとりなのではないかと。。
僕は毎日募金をしていますが、それだけではない貢献を何かしたいとずっと考えてきました。全ては出来ないにしてもこうして定期的に震災のその後の本当の姿をきちんと知っておくことは、僕の人生の意味を確認する意味でもとても大切なことに思えてきました。
丸2年経っても何も解決していない日本の大きな大きな問題。僕たちは、距離は離れているかもしれないけれど、真剣に向き合わなければいけない未来への宿題に、有限な夏休みのどこかで机にきちんと座って取り組むということを考える必要があると強く思います。
それはそれとして、日本競輪界のトップクラスに20年に渡り君臨しているというSさんのお話でも大いに盛り上がり、『結局命かけて仕事するしかないよな!』的なノリで終わることとなりました。知るべきことを知ったら、あとは自分に出来ることを全力でやるだけです。そんなとても基本的で大切なことを改めて学ぶことができました。
最高のお寿司を提供してくれた大将、今まで不可知だった競輪というマチョメンな世界を語っていただいたSさん、本当に有難うございました!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

便器にキレてしまいました


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『便器にキレてしまいました』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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普段温厚な僕ですが、今日久々に便器にキレました。
以前お話したことがあると思いますが、僕は日本の(一定レベル以上のところに設置してある)便器は世界一だと思います。清潔で、温かくて、水量が多くて、詰まらなくて、そして何より水がハネない。貧乏バックパッカーで行くようなところは言わんやをやですが、海外では高級ホテルなどでも便器に不満を持つことが非常に多いです。毎回日本に帰ってきてホッとするのは、御飯と便器なのです、ココだけの話。
が!今日その信頼が裏切られました!しかも、某○善という大きな本屋さんのちゃんとした便器に裏切られました!日本製便器に全幅の信頼を置いている僕を裏切ったのです!
簡単に言うと、全幅の信頼を置いているため全幅の信頼のまま水を流しました。そしたらハネまくったのです。驚きよりもむしろ怒りと絶望が湧いてきました。あんなに信頼してたのに・・・。もちろん、ハネまくったからには、僕の臀部に飛び散りまくりました。許せない。許せない・・・
さてここで、僕はふとあることに気づきました。
『俺は何でこんなに怒ってるんだろう?』
よく考えてみましょう。裏切るもなにも、便器は普通の仕事をしただけです。水をハネさせないと確約するとはJob Descriptionに書いてないし、便器としての最低限の仕事である『流す』というミッションについては、完璧にこなしたわけです。水がハネるはずがない、俺を被弾させないだろうというのは、僕の思い込みに過ぎません。
なぜ僕はここまで怒ったか?それは、
『期待』
をしていたからです。期待をしていたのです。某○善ほどの場所に設置してある便器なら俺を攻撃することはないだろう、きっと温かいだろう、トイレットペーパーも優しいだろう、いつも空いているだろう、ドアはスライド式だろう、無臭だろう・・・
そう、期待していたのです。そして、期待がたまたま外れたのです。だから僕は猛烈に怒りました。
考えてみれば、今回の便器の例に限らず、期待をするということは、一見すると信頼の証のようにも見えますが、実は非常にリスキーな要素を含んでいます。それは、期待しているが故に、『期待が満たされない』という事態に対して、怒りや失望や呆れなどなどなどのマイナスフルコースな感情が出てきてしまうということです。
0歳児に何か出来ることを期待する親は誰もいませんが、3歳児にはある程度期待します。それは言うことを聞くことだったり、悪いことをしないことだったり。。そしてそれが破られたときには、親は怒ります。期待が満たされなかったからです。これは時間の経過とともに能力が向上しているであろうことを、勝手に期待することによって起こります。新入社員が出来ないことに怒りを覚えなくても、中堅社員が出来ないことに対して怒りが湧いてくるのも、それが理由です。
習慣に関しても、期待はリスキーです。今まで財政的に厳しいときには、お金がないなかで必死に考えて誕生日のお祝いをしてくれてた彼氏には、いつも感謝していた。なのに、ある程度の収入になってからはある程度のお祝い行事を経験し、それに慣れたことで、たまたま残業が削減された厳しい時期に質素な誕生日のお祝いをされた途端に怒る彼女、これも期待のダウンサイドです。
ギブアンドテイクに関しても言えることでしょう。電車の中で高齢者とお見かけした人に席を譲った場合、稀に一言も返してもらえないことがあります。よく考えれば善意とはいえこちらが勝手にやっていることなのですが、御礼を言うことを義務かのように感じ、それが履行されないことに対して怒りを感じてしまうことは、どの人にも起きうることだと思います。
そう、実は期待というのは、信頼の証であると同時に、非常にリスキーな面を持つものなのです。僕が某○善の便器に抱いた感情の揺らぎも、まさにコレです。
昔、とある自動車ディーラーのトップセールスの方に、『何でそんなに売れるの?』と聞いたことがあります。答えは明快かつ一瞬でした。
『お客様に期待しないこと』
当時は『は??』と思ったのですが、その意味はこうでした。お客様が『こちらから連絡する』と言っても、必ずこちらから連絡する。お客様が大丈夫と言っても、必ず確認する。お客様が来なくていいといっても、必ず伺う、など、お客様に期待しないとは、その実お客様任せにしないことや、お客様に依存しないということを指していたのです。そのトップセールスの方の表現は過激ですが、実に本質を突いているなと思います。
なるほどなるほど。信用はすれども期待はしない。何かを『やってくれるはず』、が『やってくれなかったとき』に怒りに変わるのであれば、そもそも『やってくれるはず』という期待をしない。
身近な人間関係にも、この期待のアンチテーゼはごろごろと転がっているのではないかと、便器に怒り散らしながら思った今日の出来事でした。ちゃんちゃん。
皆さん、便器は必ずしも温められているわけではありません。座ったとき冷たいからといって、ショックを受けないようにしましょう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

料理を始めろ!


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『料理を始めろ』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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ちょいと叫んでみたい気分なので、短い文章ですが思いの丈をぶつけてみたいと思います。言葉は乱暴ですが、普段ざーます調の口調でしかお話をしない僕なので、許して下さい。では・・・
旨いものが食べたかったら、いまこそ料理を始めろ!最初は下手くそだろう、マズイだろう、時間もかかるだろう。せっかく出来た料理はすっごくイマイチだろう。
しかし、一度旨いものを作る技術を手に入れれば、以後永遠に旨いものを食える。だって自分で作れるんだから。
ナイフとフォークを持って刺繍いりのテーブルクロスのかかった席に座って、大したお金も払ってないのに豪華なディナーを待ち望む幼児さながらの受けの姿勢ではダメだ。
自ら厨房に入り、皿を洗い、鍋を温め、仕入れた食材を調理し、自分の力で料理を始めるんだ。一日だけじゃなくて、毎日3食料理するんだ。何年も作り続けるんだ。
そしたらいつの日か、ナイフとフォークを持って刺繍入りのテーブルクロスのかかった席に座って食べる豪華なディナーよりもずっと旨いものが作れるようになる。
あ〜すっきりした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が人生に一片の悔いなし!

ラクになりたかったらやるべきこと


ラオウへの道 あしたのために 今日の北斗剛掌波
『ラクになりたかったらやるべきこと』
いつもお読みいただき本当にありがとうございます。一期一会に感謝します。
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本ブログは、8ケタを超える自己投資をしてきた羅王(ラオウではありません。似て非なる羅王です。)が、これまで学んできた知識、知恵、各業界のピークパフォーマー達からの教えを、備忘録兼ねて徒然なるままに記したものです。偏差値8を記録した高校時代から始まり、自らの秘孔を突いて隠された力を引き出し続けてきた我が軌跡が、迷える誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って、下記に今日のエントリをお送りします。我が人生に一片の悔いなし!
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今日は久々に自分改革の話をば。
何か新しいことを始めようとしたときに、人は悩みます。悩みます。悩みます。僕もつい最近、ひょんなことからマラソンを始めることになってしまいました。うっかりマラソンをしている人に話を聞いてうっかり同意していたら、うっかり自分も巻き込まれてしまった・・・ということです。やるからにはやったります。ええ、87kgですがやったりますとも。
さて、この悩みについてですが、その成分の大半は、『やるかやらないか』の天秤で出来ています。YesかNoかなのです。Howではありません。で、やると決まったらとってもラクになります。何故ならば、あとはやり方を考えるだけだからです。『どうやるか』だけです。
『やるかやらないか』というのは、言うなれば真反対のベクトルの間で右往左往することです。あっちゃ行ったりこっちゃ行ったり、天使が囁いたり悪魔が囁いたり、営業担当取締役が叫んだり製造担当取締役が叫び返したり・・・と、真逆のエネルギーが交錯するので、はっきりいってめっちゃ疲れます。めっちゃ疲れて、そして人は多くの場合思考停止に陥ったり、それを議題に載せること自体をやめます。そして先延ばしが繰り返されます。
ここでひと踏ん張りして頑張ってやると決めると、何が起こるか?そう、同じベクトルでの方法論の討議が自分の中で始まります。進む道は似た方向であって、囁くのは天使1と天使2であって、叫ぶのは首都圏営業担当取締役と地方営業担当取締役であって、どちらも目指す方向はそう大して変わりません。Howを討議するのは、それほど難しくはないのです。微差はあっても、大差はないのです。
僕もマラソンに関して言うと、はっきり言ってやったほうがいいのは分かっていました。増え続ける体重、増え続けるお肉、締まり続けるベルト、悲鳴をあげる心肺・・・。分かってはいたのです。しかし一方で、忙しいし、疲れるし、走るのキライだし、俺重いし・・・などなどの言い訳が100も200も出てきて、合理的回答を邪魔するのです。が、あの手この手で仲間に追い詰められた結果、決断することとなりました。するとどうでしょう?なんと晴れ晴れした気分!!いつの間にか自主的に本戦のスケジュールも決まり、どこに行ってどんなウェアを買おうかウキウキする始末。走ってからの苦労など、微塵もイメージ出来ていない馬鹿者です。。
『決断こそが経営者の最大の仕事である』とはよく言われていることです。別に経営者じゃなくても、なるほど決断が一番大変だなと今回思いました。それは、やるかやらないかの正反対のベクトルの意識が自分の中で戦っているから。だから早くラクになりたいのであれば、さっさとやると決めてしまって、あとはどうやるかに頭を振り分ければ良いのです。悩んでいる人は試してみれば良いと思います。僕も身をもって証明したわけですが、このあとにどれだけの努力が必要かなんて、今はナンオブマイビジネス!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
我が生涯に一片の悔いなし!