しかるべき時に流される勇気


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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今日は大阪に来ています。目的は二つあって、一つは『羅王さんてどんなアホ?』とブログ経由で興味をもってくださった方が二人も大阪にいらっしゃって、他の用事に合わせてセッティング。メッキが剥がれることは目に見えているのですが、明日お逢いしてきます。逢う前からお二方には謝っておきます。すみません!
さて、今回の出張の目的のもう一つは、『大阪で一番旨い一見さんお断りのお鮨屋さんに逝く』with『尊敬してるけど逢ったこと一回しかない経営者の方』です。これが最大のイベント。SEO業界では知る人ぞしる、そうじゃない業界の人も知る人ぞ知る、株)タナトスなど三社を経営される福原純さんと。(http://tanatos.ne.jp/index.html

福原さんとはセミナーで知り合いました。僕が受講生全体での自己紹介の時に『自己投資8桁超えなんだけど、成果の出し方が分かんなくて悩み疲れて来たんですわ』と言ったら会場が『おお〜!』となりましたが、あとで福原さんはボソっと、『オレ今年だけで800万使ってるよ』とあっさりトリプルスコアな発言をされててぶっ飛びました。『守りに入るとカサにかかったように攻めて来る』山王工業(byスラムダンク
)のように、終始爆裂気味で草食男子の僕なんぞ踏み潰されそうになるパワフルな方です。一方、ブログを見ていてもいつも情に厚い方だな、と素直に思います。
今回の出張は、グルメ王でもある福原さんが『大阪で一番旨い鮨屋にいってきました。久兵衛クラスです。一見さんお断りなので行きたい方は僕に言ってください』的ブログを書いていたので、額面通りに受け取って、一回しか逢ったことのない福原さんに、強引な付き添いをお願いしたことで決まりました。(どれぐらい図々しかったかは、きちんとブログに書かれてるのです。 http://tanatos.ne.jp/blog/2013/05/27/akaba/
)凄く楽しみです!
ちなみにこのブログをアップする頃には、食べ終わって満足しきってることでしょう。
さてだいぶ話は変わりますが、僕がいつも個人的に違和感を覚えるのは、保険の仕事でお話をしていて、『子供がやりたいことがあるなら大学に行かせる。もっとも、明確じゃなければ行かせない。』的なご意見です。これは善し悪しではなく価値観の問題なのですが、僕は『18歳の子供の時にやりたいことが1ミリも見えなかったガキンチョ』だったため、もし親がそういうバーを設定したとしたら、僕は今頃履歴書に大学の名前は書けなかったと思います。しかるべき人間(=親)がしかるべきタイミングまで適切と思われるレールを敷いてあげて、その上で子供に判断能力がついてきたら任せる、というのが、今の時代の日本における教育だと僕は考えています。(江戸とか明治なら別です。子供が考えざるを得ないような環境が幼少時からあったため、幕末に活躍した人の多くは20代〜30代でした。今の日本にそれを望むのはちと厳しい。。)何をやりたいかを明確に出来ない時期の子供に明確にしろと迫るよりも、『そんなことはいいから色々経験してこい』と送り出してあげて文字通り色々経験させる、それが、勉強以外の方が盛んになってしまう大学生活の意義じゃないでしょうか。僕はそのように思います。
さて、なぜこの話をしたかというと、僕はあまり『自分らしさ』とか、『オリジナル』という言葉があまり好きではないからです。人間は真似の集積だし、オリジナルも然りです。所詮は真似の組み合わせ、あるときそこにオリジナリティが発生しているだけです。能動的に自分で適切な道を選び、かつその道が正解で自分を輝かせることが出来る人もいれば、そうではない人もいる、それが世の中です。というか、後者がほとんどでわ?
『流されない生き方』みたいなのも同じです。流されたくなければ、とても簡単です。耳を塞げば良いだけ。人の話を聞かなければ良いだけです。自分が出来ることだけをその範疇でやっていれば、流されることもありません。だけどそんな奴、正直使えない人間になるのがオチですよね?よっぽどの力量のある人間以外は、『流されない生き方』によって失うものも結構あると思っています。
僕は大学に進学するときもその目的を間違いなく明確には語れなかったし、今も世の全てが分かるほど達観しているわけではありません。知ってることと知らないことの比率は、学べば学ぶほど反比例しているのではないでしょうか。『知っていることは、知らないということだけ』みたいな。
だったら、自分が知らないもの、理解出来ないもの、単純に出来ないことがあって、そしてそれらを知っていて、理解出来て、実現出来る人や方法が近くにあるのなら、それに流されてみるのも一つの手ではないか、僕はそう考えています。流されないためには耳を塞ぐというアクションさえあれば良いですが、流されるというのは結構リスクがあります。『流れる先が分かっている川』ではなく、『流れ行き着く先が北極海なのか紅海なのか日本海なのかすらわからない川』であればなおさらです。しかるべき時に流される勇気、そんなのが必要です。
今回はそんなわけで、明らかに僕とは異質な、(高い低いではなく)次元の違う世界に住む福原さんとの、異質な次元の違う環境下での会食が出来るということで、飛びついたわけです。完全に流されましたし、実は結構勇気も必要だったのですが、これによって得られるものは、恐らく自分が事前に想像をしていた範疇のものではないでしょう。だって、知ってることしか知らないのですから、知らない範囲のことはどうなるか分かりません。
こんなことを楽しめるようになると、人生の幅が格段に拡がることを実感できます。その証拠に、昨日もショックのあまり書きましたが、85kgと公言していた体重がいつの間にか88.3kgになっていました。一つだけ格言めいたものを残すとすれば、『効率は流されることの是非について考えるものではない。流された後に巧拙について効率化を考えるべきである』、コレです。福原さんと逢いたいだけだったら、東京ですぐ逢えるのです。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

スライムを倒し続ける、これ勇者にあらず


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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『オヤジの栄光時代はいつだよ?全日本の時か?オレは・・・オレは今なんだよ』と、スラムダンク最終巻にて、主人公の桜木花道は安西監督に言い放ちました。直前のクロスプレーで選手の生命線とも言える背中を痛めたにも関わらず、強行出場しようとしたときの名台詞です。
僕の栄光時代はいつでしょうか?やはり今です。久々に体重を測ったら、メルマガのアドレスはAKB85kgにして、対外的にも85kgとしているにも関わらず、実際は88.4kgありました。ショック。過去最大に成長しています。我ながらスゴイですね。90kgはもはや目の前です。このまま3桁を目指すべきでしょうか?
さて、体重だけかと言えばそうではありません。過去には浮き沈み色々ありましたが、2013年、今年が一番成長していると実感し、確信しています。今までで最も多くチャレンジをしているからです。かねてから加齢とともに小さく保守的になるような人間にだけはなりたくないなと思っていましたが、今のところ自分の器がどんどん拡張しているのが分かるほど、自分を鍛えるということについてはしっかりできていると思っています。(結果はまだまだ思い通り伴ってませんが!腹筋まだ浮き上がってこないし。。)
一つだけ、最近分かって驚愕して諦めるに至ったことがあります。かつては、成長すればするほど、問題解決能力が上がり、悩みなんてものはいつかどこかでなくなる日が来る、そう信じていました。信じていたからこそ自己投資に励み、人に逢い、様々な知識や知恵を書き込んできたわけです。今抱えてる悩みは、あの高みにいる人から見ればほんの些細なもので、そんな感じに下界の悩みをKick outできる日がいつか来るんだろうなぁ、そう思っていました。
が!!!そうではありませんでした。この会社に入った25歳の時と32歳の今と、どちらが自信に満ちていたかと言えば、断然前者です。悩みの多寡も、25歳の時の方が少なかった気がします。目の前に立ちはだかる問題の数々も、その大きさは当時と比べ物になりません。年齢とともに当然収入も格段に上がり、器も格段に拡張し、能力も格段に上昇している、それにもかかわらずです。当時は、自分の住む宇宙がどれぐらいの大きさなのか、ということを、全く分かっていませんでした。今は大きさの目処はついています。
これは登山に酷似していると思っているのですが、僕が人生をかけて目指しているのはエベレストの登頂です。自分が登ったことを自分に対して誇れるような山、それがエベレストだからです。今は富士山はじめ3000m級の山々を制覇しているところでしょうか。麓にいたときよりも、5合目にいたときよりも、高いところにいる分、はるかに強い風が吹いています。寒暖差も相当激しいです。これからエベレストに登るとしたら、それには多くの仲間と資金が必要で、登り始めたとして、そこには最大で死のリスクまでがあります。高さという勲章と引換に、抱えるリスクは指数関数的に大きくなっていきます。
人生も全く一緒。実は登ったら登ったで、そこで直面する問題というのは、自分がかつて処理してきた問題達とは大きさも次元も違うものになっていきます。その意味で、まさに人生に終着駅はありません。経営者が背負う借入金は、創業期には数百万で済みますが、会社が大きくなるといつのまにかその個人保証の額は数億円になります。予選よりは本選で強い相手が出てくるのは当たり前で、1回戦よりも決勝の方が強い選手を相手にしなければなりません。知れば知るほど、自分が知るのは知らないということばかりだ、という経験は、多くの人にあると思います。人生ってそんなもの。
ま、RPGみたいなもんですよね、人生って。いつまでもいつまでもスライムばかり相手にしていたのでは面白くもなんともない。武器を買って、経験値を上げて、強いボスを倒して世界を平和にして、それでやっと勇者です。だから、目の前に大きな障害や問題が出てきたときには、メタルキング(=破格の経験値が得られるモンスター)が出てきたと思って、悩むどころか喜び勇んで倒しにいく、そういう姿勢の方が人生楽しいんじゃないか、そう思います。
そんなわけで今年は念願の富士登山と、周りのプレッシャーで無理やりコミットするに至ったフルマラソンにチャレンジします!痩せます!
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

羅王のダイヤと隣のダイヤ


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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今日は、営業であれば他のライバルをぶっちぎれて、一般家庭であれば1000万ぐらいの節約になるであろうお話です。これは、最近僕が発見した世の中の法則みたいなものです。ま、誰でも知ってることだったら申し訳ありませんが!
結婚するときに思ったものです。僕が彼女=奥さんに買ってあげたダイヤの指輪と、それよりちょっとだけ大きい隣に展示されてるダイヤの指輪の値段が、倍ほども違う。大きさの違いはちょっとだけ大きく、輝きも恐らくちょっとだけ輝いていて、透明度?もちょっとだけ透明で・・・のように見えたので10万ぐらい違うならまだ分かるのですが、物凄い価格差なのです。なんじゃこりゃ!!!と思いました。
指輪のお返しに某ブランドの時計をもらったので、その関係でよくそのブランドの店に行きます。僕がもらった時計と、それよりちょっとだけ細工が細かいように見える時計、値段が2.5倍違うのです。同じくなんじゃこりゃ!!!と思いました。
僕はそれらメーカの人間ではありませんし、裏側は勿論知りません。しかしどうみても、普通のものに比較して10%程度しか違わないんじゃないの?と思うものが、倍かそれ以上の値段で売られている例というのが、探せばそれこそゴマンと世の中にはあります。ダイヤしかり時計しかり車しかり家しかりワインしかり・・・
価格差は、2倍〜10倍ほどでしょうか。それほど『10%の違い』が価格の違いとなって現れています。いましばらくこの意味を考えていたのですが、恐らくこういうことです。特にそれなりのレベルの買い物になると、10%の品質の差はプロなら目で見て分かる差ですが、素人レベルでも確かにちょっぴり雰囲気が違うなと思えるぐらいの違いはあります。しかし価格が数倍も違うのにそれになぜ高いお金を払うのか?を考えると、払っている対象が10%の品質の差異ではなく、10%という比較的有意な『他と違うということ』そのものにお金を払っているのだと推測できます。高い買い物であればあるほど、『他と違うこと』が重要になってくるのです。それによって満たされるプライドや矜持があるから、富裕層ビジネスというのは成り立つのでしょう。
ということで、一般家庭において1000万節約したければ、この逆を地で行けば良いわけです。すなわち、『10%程度の差は実質的悪影響がない程度の差だからそこを求めない』という方針をつらぬくことです。10%程度日当たりがよかったり、10%程度階数が上だったり、10%程度部屋が広いだけでは、そうではなかった場合と比べて暮らし始めてほとんど影響がないと言って良いかと思います。その10%をバッサリやるだけで、家を購入する価格はあっという間に数百万削ることができます。車も一緒ですね。何らかの10%を削るだけで同じく長期的には数百万です。合計1000万のコストを減らすのも、大した作業ではないでしょう。10%程度であれば、ちょっとしたプライドさえなんとかなれば、実生活に悪影響を及ぼすレベルの不便は生じないはずです。液晶テレビが10%インチ小さくなったって、別にいいじゃないですか。
ちなみに販売する側から考えると、10%品質を強化出来るのであれば、その『違い』についてお金を払ってくれる顧客というのはいるということになります。すると、価格的には決して10%の上乗せに留まらず、プレミアム感を出して、そうと分かる宣伝をすれば、価格は2倍〜つけてもおかしくないのではないでしょうか。何度聞いても機能が大して変わらないように聞こえるブルーレイ装置が、かなり幅のある値段でかなりの種類とともに売られていたときは辟易しました。
さて、では営業でぶっちぎるためには?という方面から考えたいと思います。いつも思うことですが、下記のQ&Aをご参照下さい。
Q:A君とB君、ほとんど同じ能力のビジネスパーソンです。ただし、A君の方が10%だけ顔が良く、10%だけ背が高く、10%だけ身だしなみがしっかりしていて、10%だけ性格が良く、10%だけ年収が高くて、10%だけ家柄も良くて、10%だけボランティアに熱心で、10%だけ趣味が多彩で、10%だけ勉強をしっかりして・・・という二人がいたとき、100人の女性がいたとして、順番にA君かB君に告白をねるとん式でしていきます。A君に行く女性とB君に行く女性、割合は何対何になるでしょう?A君とB君の差は上記の通り色々な面で10%違い、女性は全員がもの好きではなく合理的な判断をするものとします。
さて、もうわかりますね。。
A:全員A君に行く
能力の違いは10%でした。しかし、結果は100対0です。女性は残酷です。しかし、この話はそれなりに世の中の事実を表しています。たかが10%の違いが、A君とB君の婚期を決定付けるのです。それも比較にならないほどの差を生み出します。
営業という立場で見ても、この仮説通りにはいかないにしても、A君とB君で営業成績に大きな大きな差が生まれることは想像に難くありません。10%の差というのは、結果の10%の差を保証せず、それよりもはるかに大きな差を生み出します。ビジネスパーソン全体に言えることは、『10%だけあらゆる分野で努力してみる』が正解となるのではないでしょうか。
今日お話したいくつかの例は、いずれも『10%というわずかな差』が、『とんでもない差』につながるということのメタファーでした。人の2倍3倍努力することは難しくても、10%程度ならなんとかなるのではないでしょうか?僕はちなみに、このブログに関して普通の人の10%ならぬ50%程度努力していますので、そのうち結構な差として出てくるものと期待しています。収穫できるのはまだまだ先かもしれませんが。
だから知っておいた方がいいと思います。ファミマの『プレミアムチキン』なんて、全然プレミアムじゃないんだYO!!!
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

とあるパスタ屋さんでの話


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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今日は書きたい話があったのですが、急遽予定を変更します。感情が高ぶってしまったのを抑えた武勇伝?にしたいので。
最近仕組み化やシステム化を進めるにあたり、そもそもカラダも強くないといけないよねということで、以前のように極真道場にきちんと毎週通ったり、マラソンを申し込んでみたりしているわけですが、今日は道場での稽古でした。リハビリ中なのでぜぇぜぇいいながら稽古をこなし、当然のことながら栄養補給をがっつりするためにパスタ屋さんに飛び込みました。
ちなみにパスタ屋さんといえばお馴染み、ジョビジョバの『ボンゴレオ』が有名ですね。僕のカラオケの『19番』でもあるのですが、主旨としては、ある日パスタ屋さんに入ってボンゴレオを頼んだら、待てど暮らせど全然頼んだボンゴレオがこねーよ!!ふざけんじゃねーよ!!という哀愁をメキシカンなスペイン語風歌詞(だけどよく聞くと全部日本語)に歌った歌です。パスタを食べながらいつもこの歌を思い出してしまいます。(興味ある方は http://www.youtube.com/watch?v=JqRKuEEDIJk )ちなみに実話を元に作られているそう。
さて、今日に限ってはまさに僕がその憂き目に遭いました。待てど暮らせど僕より後に注文した人達のパスタが次々と運ばれていき、僕のパスタはスープが来て以来音沙汰なし。目の前を通り過ぎるパスタは、例外なく他の誰かのパスタでした。
ちなみに歌では『テンチョウドコ?』とか『ツクッタリーナチャッチャトコッチハマットンネンボケ』とキレるのですが、僕は耐えました。結局遅れに遅れたのに、店員さんはしらーっと伸びたパスタを僕のテーブルに置くだけ、しかも他のテーブルに一度置こうとしてました。文句の一つでも言っておまけのデザートを付けてもらうとか、淡々と理を説くとか色々考えたのですが、耐えました。そこでケチをつけることによる『残存嫌気』を避けたかったからです。(そんな言葉はありませんがご類推のほど。)
待たされた分の時間は本を読み、せっかく来たパスタが一度は他のテーブルに行った時も、怒りの場合とノン怒りの場合の天秤を比較して心を落ち着け、結局何も言わずにパクパク食べて出てきました。これで良かったと思います。何故ならば、クレームをつけたらつけたで『パスタが遅れたこと』に対する取り返しはついても、僕自身が犠牲にする労力や後味の悪さなどといったものがキングボンビーの如くくっついてくるからです。
結局のところ、僕は『反応』することをやめたわけです。キレるというのは、反応する生き方の一つの具現化された形です。すなわち、待てないからキレるのです。膝小僧を叩いた時と一緒、反応して動いてしまうのです。事態が時間の経過で進展したり、相手の譲歩で局面が変わったり、そういうことを待てないで『反応』してばかりいるからキレるわけです。能動的に働きかけるのではなく、『反応』ことにより、感情表現としては常にネガティブなものになります。
ちなみに学びに関してもこれと全く同じことが言えます。『反応』しちゃダメです。この場合の『反応』するとは、学んだ事柄に対する回収をいの一番にしなくちゃ気が済まないってことです。待てないってことです。植えた種が熟れた実となる前に焦って収穫しようとする、そんな生き方、学び方のことです。数日前のエントリにも書きましたが、例えば人間学のような、学ぶこと自体に数十年かかるようなものですら、1年2年での成果を追求する、これって、非常にカッコ悪い『反応』してしまってる学び方です。数学や物理のようなある程度解の決まった講義のクラスを取るなら、そこに関して成績のアップに関する効果測定をある程度短期に行っても良いでしょう。しかし人生における学びはそうではない、そんなことは皆わかっていることです。分かっているのに『反応』してすぐに回収を望んでしまっているとしたら、そんな自分の浅はかさに気づいた時点で、回収のレンジを1年〜10年、場合によっては30年というスパンで考え直すべきでしょう。
学びというのは、学んだことが直接何かの役に立つこともありますが、全く関係ない方面に関して10年前に勉強したことが、今本業にクリティカルに生かされている、なんてことも起きたりします。このあたりはスティーブジョブズのスタンフォードでのスピーチ’Connecting the dots’に詳しいですが、まさにそんな感じ。だから、『反応』してはいけません。『ほら!いつ!?いつ成果でるの!』と、学びに対してにじり寄ってはいけません。そんな姿勢で学んだことなど、大抵は脳みそから流れ出てしまいます。
そういうわけで今日僕が言いたかったことは本当にたった一つです。
パスタがこねーよ。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

ブログを毎日30分で書くということ


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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以前も書いた類のエントリかと思いますが、今日も『ブログを毎日30分で書くということ』について少し触れておきたいと思います。
今日でかれこれ半年間、180日に渡ってブログを連続更新してきたことになります。気づいてる人は気づいてくれてるかと思いますが、その中で僕は初期の頃と比べると、ブログのギアを2段階ぐらい上げてます。今3段階目に着手しているところですが、ちょいとチャレンジングなので今はこの程度でご容赦下さい。
さて、以前は20分程度で書いていたのですが、ここ1ヶ月程度は30分ほどかけて書いています。まぁ読む側の方にとっては恐らくどっちでも良いんですが、このエントリもおよそ30分となる予定です。ちなみに『毎日30分で書いてます』というと、ご覧になっている方のほとんどは驚かれるのですが(どっち側に驚いてるのかは知らない。それしかかかってないの!?なのか、そんなにかかってるの!?なのか)、今日はこの『毎日30分でブログを書く』ということの大小様々なメリットについてお話したいと思います。ざっと思いつくメリットを下に書いておきますので、何かご参考になれば。
①30分で書ける
ブログ初心者の方や、逆にブロガーとなってしまった方であれば一日に1時間でも2時間でもかけて構わないと思いますが、ブログを書くことが本業でもなんでもない一般人が、ブログを書く効用を理解したからといってそこまで多くの時間を割くのはなかなか難しいです。空き時間にでも書けるこの30分という時間は結構最適です。
②とはいえ年間にPDCAを結構回してることになる
一日30分とすると、1年間で約180時間。企業のKick off meetingでもここまで多くの時間、自分達の行動を振り返ることはないでしょうし、通常の方がPDCAサイクルを回すのは大体年に一度です。(大晦日に『今年はこれがアカンかったぁ』、元旦に『今年はコレ頑張ろう』)。自己省察の時間を180時間も年間に取れるということは、それだけ日々のバグを潰すことになり、生産性が上がります。
③実力がモロバレ
30分というと、下書きもできなければ体裁を整えることもできません。せいぜい誤字脱字を一回チェックするぐらい。そうすると、基本的には『出来ることしか書けない』ということになり、真なる実力がモロにバレることになります。これが結構厳しいのですが、また一方結構自己の成長にとっては大事なのです。要するに、毎日自分の現在値が見える。。1時間も2時間もかけて書いた大作というのは、およそ盛りに盛られた内容になっていることがあります。著書が本人の実力と大きく乖離している場合が多いのは、出版業界の常識かと思います。ブログではそんなことは基本的にできません。『お前の位置はココだよ!!!分かったか!!!』ということを、何を隠そう自分が書いた文章が教えてくれるのです。『俺何書いてんだろ?』と、自分の書いた何が言いたいか全く分からなくなってる文章を見て思ったことは、ブログを書いてる人なら一度や二度ではないはずです。
④出すから入ってくる
どの競技でも言えることですが、要するに毎日がモロバレということは、毎日自分の限界に挑戦させられてるわけです。そうすると、その競技に関しては間違いなく上手くなります。ブログもそう。モロバレに耐えて書き続けていると、必ず上手くなります。これは宇宙の法則とも呼ばれるものですが、物事の基本原理として、『出すと入ってくる』のです。『与えよ、さらば与えられん』しかり、『お降りの方を優先くださ〜い』の山手線しかり、人間の排泄しかり、出すと入ってくるのが宇宙の法則です。
⑤シナプスが増える
頭が良い悪いというのは、一般的に脳の処理速度の速い遅いではなくて、このシナプスと呼ばれる神経回路が脳にどれだけ張り巡らされているかによる、と言われています。しかも嬉しいことに、このシナプスは脳を沢山使えば増えるそうで、これなら元がアホな羅王さんといえどもなんとかなりそうです。で、ブログを書くと1ヶ月程で実感するのですが、確実に頭が良くなる(気がする)実感があります。考えがシャープになるとか、アイデアが湧くとか、言い方は色々あるでしょうが、これは間違いなく誰にでも起こり得ます。これ、結構嬉しいものです。
⑥アウトプットを経由することでアホでも脱アホできる
最近の結論ですが、インプットをいくら増やしても、衰えゆく脳みそからは次々にダダ漏れしていきます。とても悲しいことです。それを防ぐために有効なのがアウトプット、というのはよく言われてる話ですが、これも本当です。ブログに限って言えば、どこかで聞いた話やどこかのサイトをほぼパクリしてコピペすることも可能だったりするのですが、そんな浅はかな行為ですら、やらないよりはやったほうが良いと僕は思っています。何故ならば、そのパクリやコピペをするにあたり一回は自分の頭を通過し手で入力する必要があるので、その時点で結構なアウトプットになっているからです。アウトプットはアホな人でも脱アホできる、とても大事なファクターです。ほら、僕を見てください。アホからアポぐらいにはなったでしょう。
⑦アンテナが増える
30分で書くということは、30分で書かねばならないという時間的な制約もある一方、30分間書き続けなければいけないという量的な負荷もあります。気づいた時には30分書き続けているのですが、これも30分書いたからといって中身がペラペラ一反木綿なようでは、自分に自信がなくなります。ということで、与えられた30分という時間書き続けたとして、いかに良質のものを作り出せるかという思考が、いつの間にか頭を駆け巡るようになります。すると、普段なら見逃していたようなあんなことやこんなことも、『あ、コレ、ネタに出来るんちゃうか?』、『あ、コレもこういうふうにまとめたらインサイトになるな』などと考えるクセがつきます。極端な話、今の僕は犬のウ○コを踏んだとしても、そこから何らかのインサイトを導き出し、一通りのエントリに仕上げる自信があります。鍛錬の成果ですね。
⑧一種のブランドになる
僕の目指すところでもあります。著書のように何百時間もかけて一つの芸術をつくるわけではなく、『出来ることしか出来ない』中からなんとか形にする『実力モロバレ』なのがブログなので、逆にそのクオリティが高まった暁には、たった30分で人にインサイトを与える驚異のブログ!と題される日が来るかもしれないわけでもないとも言えないことも否定できないかもしれないとは限らないこともないわけです。
⑨困ったら・・・のよりどころとなる
何をしていいか分からない程追い込まれた時、とりあえず自分が積み重ねてきた『毎日更新』という実績が自分を支えてくれるものと思います。また、意外と過去のエントリを見直してみると、『おお!こいつ(=自分)めっちゃ良いこと言ってんじゃん!!!』と感動することもあります。ある瞬間ふと過去のエントリに目を通すことがありますが、なかなかどうして、俺やるじゃん、と思ったりしてます。
⑩ブログをやってる人とはなんか心がつながれる
ブログをやっていると必ず立ちはだかってくる壁というものが、いくつもあります。やっている人だから分かるなんとやらですが、最近はブログを書くということが、芸能人ではなく一般人の中でも重要視される傾向にあるような気がしていて、僕はその人たちが近い将来直面するであろう壁にいくつもぶち当たり、そして壊してきました。また、いまだ叩いているけど壊せていない壁もたっぷりあります。そんなわけで、自分との戦いであるのは間違いないのですが、並行してともに戦う仲間がいるというのはとても心強いことです。ブログやってる人達とのシンパシーというのは、どこか特殊で温かい感じがしています。
というわけで他にもいろいろあるのですが、まぁこんなところで。オチなくてすみません。これから書きたい!どう書いていいかわからない!という人はご一報下さいませ〜。出来ることしか出来ないので、出来る範囲でお話します。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
我が人生に一片の悔いなし!

タイタニック野郎にならない


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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保険という仕事はイマジネーションが必要です。死であったりそれを守る保険であったり、いずれも形のなく手にとって理解できるものではないため、その姿をお客様に伝える際に、色々な例えを使ったりします。その中の一つに、タイタニックの話があります。タイタニックは絶対に沈まない、だから景観を悪くする救命ボートは要らない、と、そういう理屈で乗員数よりはるかに限られた数のボートしか載せられなかったわけですが、それが結果的にタイタニックの歴史に類を見ない悲劇を生むことになりました。てなことをふと思い出していたわけです。
話変わりますが、このタイタニックに関してということで言うと、僕は『タイタニック野郎にならない』といつも心の中で唱えています。ディカプリオにならないとかそういう意味じゃないですよ。顔は似てるかもしれないけどなる気ないし・・・
タイタニックは、当時世界最大級の豪華客船で、当然のことながら設計も一流の人間が手がけました。上記にあるとおり救命ボートなんて不要なほど’unsinkable(絶対に沈まない)’と言われていて、後から思えばそのように考えていた人達は完全に’unthinkable(何も考えてなかった)’だったわけですが、それでも乗客の多くは沈没のその瞬間までタイタニックの絶対性を信じていたものと思われます。映画にもある通り、致命傷となった氷山との接触の時は少なからず大勢がその衝撃に動揺したのですが、驚くことにその後もパーティは続けられました。沈むまで2時間半強あったと言われていますが、そのうち本気で逃げようとした時間はラスト数十分だったことでしょう。
本来であれば、氷山と接触し、浸水しはじめた時点で(仮に沈む運命だったとしても)体裁を捨ててSOSや排水や避難を始めるべきだったと思われますが、世界最大規模の客船において『その程度』の事件が起きたからといって航海を止めるわけにもいかず、また乗客としても『大したことない』のに取り乱して我先にという気分にはなれなかったことでしょう。このエントリでは、このような危機的状況が足元で進行していてそれをきちんと認知しているにもかかわらず、変わらず高貴な雰囲気丸出しでパーリナイに勤しむ輩を『タイタニック野郎』と勝手に命名することとします。
さて、事件初期にもきちんとアンテナの立っている人というのはいます。が、彼らの良心溢れる警告は全て無視されるのがこういった巨大組織の常です。徐々に危機が本格化してくると、上記の『タイタニック野郎』たちは、突如『大パニック野郎』に変貌します。散々忠告を与えてきたにも関わらず耳を貸さないわりに、いざ危機が足元まで来ると途端にパニックになるのです。映画でもそんな人が何人もいましたね。また、最後まで演奏し続けた音楽隊のように、華麗に沈んでいくのもアリかなとは思いますが、それが一家を背負ってるお父さんや社員の家族も背負ってる社長さんだったりすれば、目も当てられないことでしょう。騒ぐなら、氷山と接触した時点で多いに叫ぶべきです。沈む時に叫んでも、それは避難の邪魔にしかなりません。
長々とタイタニックの例で話を続けてきましたが、ふと周りに目を向けると、特に現場ではこういう人ってとても多いのではないかと感じています。一般にトップセールスほど余裕があってそうではない人ほど余裕がない、と思われがちですが、事実は全く逆です。トップセールスほどせわしなく、いつもはぁはぁ息を切らせて焦ってます。それほど動いているのです。逆に、(言葉は悪いですが)ダメセールスほど余裕たっぷりです。大体飲みに行ってます。トップセールスは変化にとても敏感で、氷山にちょっとでも接触しようものなら、一目散にその穴を埋めにいきます。自分の力ではどうしようもない傷口の場合は、船を捨てて他の船に乗り換える努力をします。戦って勝つことも、戦って勝てない時はきちんと撤退することも、トップセールスの重要な能力です。ダメセールスというのはいつも自信たっぷりですから、勝てる戦いは勿論のこと、勝てない戦いまでしっかりと戦いに行き、そして討ち死にします。ちなみにその討ち死にの様も華麗である場合が多いです。氷山に接触しても、飲み会の予定が変わることはありません。
しかし上記に記したように、ある臨界点を超えると、『タイタニック野郎』は『大パニック野郎』に変貌します。しかしその時には全てが遅い、そんなタイミングとなってしまっています。当たり前のことを当たり前に言うようですが、『タイタニック野郎』にならないためには、どんな氷山と接触しようが、とりあえず船長に報告し、航海を続ける以外に最上と思われる方法があるのであれば迷わずそちらに舵を切ることです。乗客に氷山接触からのリスクをきちんと前広に説明することです。そして、勿論十分な数の救命ボートをあらかじめ積んでおくことです。要するに、カッコ悪くても良いから、最悪の結果=沈没だけは避けられるように、全ての手を打つ、という基本的なことを出来るかどうかです。間違っても華麗に演奏したまま沈んでいくということだけはないように!!
そうだ!そういえばジャックとローズの愛の話をするのをすっかり忘れてました!まいっか。
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神は細部に宿らないから大丈夫


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みなさんこんぬつわ〜、ご訪問有難うございます、羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、8桁超えの自己投資を通じて人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。貴方とのご縁に一片の悔いなし!
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昨日、面白いというか興味深いことがありましたのでシェアします。仕事関連でボランティアをしているある会議があったのですが、そこにいる人たちは全員が全員、会社のトップセールスで頭も超絶に良く、いわゆる『逆立ちしても敵わない』という言葉がぴったり似合うようなビジネスパーソンたちでした。
事前に用意されていた議題について話したのですが、毎度の課題は、議題となっているイベントの締切ギリギリまで色んなことが決まらないこと。今回もそうなる予感がしたので、事前に議長に提案し、『一度決めたことを後でちゃぶ台ひっくり返さないこと』や、『その場にいなかった人が後半から登場して、思いつきで提案するのは禁止』など、いくつか緊急時のルールを定めることとしました。大抵が重箱の隅をつつく話であり、本人たち以外は誰も気づかないような細かい細かい部分の手直しばかりで生産性が低くなることを恐れたからです。結果・・・
見事にその緊急避難措置を発動するに至りました。頭が良い人達の会話は、注意深く聞いているととても面白いです。もっともらしく聞こえるけど無茶苦茶なことを言ってる人(でももっともらしく聞こえるのがスゴイ)、結論を出すことが目的のはずなのに、自分の意見を通すことが目的になる人(これもいっぺん決まったことをなぎ倒してでも通そうとする意志力と説得力がスゴイ)、ある議題が決まっていないのに次の話題に行く人(その流れが自然に聞こえすぎてスゴイ)、自分の存在を誇示するためだけに発言する人、などなど、それぞれが一流ビジネスパーソンであるがゆえに弁舌さわやかかつ全てに説得力があり、何気なく聞いてるといつの間にか流されていたということも一度や二度ではありません。だからこそルールを事前に定めたわけですが。。
こういう会議というのは、各自が異様な説得力を持つがゆえに各自の頭がそれなりの満足感で満たされ、かつ脳みそが撹拌され、終わる頃には『はて何の話をしてたんだっけ?』とわけが分からなくなることが多い傾向にあります。頭の良さという意味では最高学府の集まる官僚や政治家の会議などは、まさにこの範疇かなと思います。業績不振の会社の会議も似たようなものでしょう。
さて、今回のこの化け物達の会議、非常に優秀な人達なのに会議に限っては何がそんなに非効率かというと、僕の理解としては『100%を目指し過ぎ』だからです。90%どころか95%まで来ているのに、あと5%を目指してしまっている。考え方としてはとても大切なことです。100%の完成度を以てデリバリをする。かっこいいです。しかし現実的に、それを目指すがゆえに犠牲になるものがあまりに多いとしたら、それはきっと優先するべきではないものなのです。90%で十分。
大人も子供も長所を伸ばしましょうという意見があります。これを尊重しつつ真逆の意見を言うとすれば、僕はむしろ短所を埋める努力をしたほうが早いんでない?と思います。30点しか取れない科目を90点にする方が、95点取れる英語を100点にするよりもずっとラクです。恐らく受験に受かる確率も増えます。英語の点数を5点上げるために必要な労力は、他の教科全てを80点台に乗せるよりも難しいのではないでしょうか。重箱の隅をつつくような勉強をしなければならないため、楽しいかといったらそうでもないのではないかと思います。
一回5時間もかけて子供の弁当を作る母親がいたとしたら、それはよっぽどの凝り性か、弁当作り以外の家事を全てお手伝いさんにやってもらえる身分の貴族階級主婦だけです。それより少しクオリティを下げても良いから、他の時間を使って家事をしたり子供の相手をしてあげたり、疲れたダンナさんの話を聞いてあげたり、あるいは自分の美を保つべくスキンケアをしたりしてみても良いでしょう。100%を90%に下げるだけで、それだけの余剰が生まれます。
芸術家という職業であれば、100%を目指すことは良いと思います。『神は細部に宿る』からです。時間を幾らでもかけ、納得いくまで細部にこだわって作品をつくることで、はじめてそれに命が吹き込まれる、そんなこともあると思います。が、大方の人はそういうことを日常において求められません。ビジネスの世界も家庭も、大体の場合は品質も大事ですがスピードはそれ以上に求められています。アップルがiPhoneという名の製品を年1つのペースで5つのシリーズに渡ってリリースしているは、5つのシリーズ全てを超える機能を持った逸品を5年に一回リリースするよりも、世に与える影響が大きいからです。はるかに小さい話ですが、パワーポイントの誰も気にしないようなレイアウトを直し直ししていたら夜があけて、結局寝不足でプレゼン失敗したという人は結構いるでしょう。少しズレる話ですが、打った後のフォロースルーをきっちりしているメジャーリーガーよりも、バットに球が当たった瞬間に、フォロースルーもそこそこにもう走り出しているイチローは、『塁に出ることが打者の使命』という野球の一番基本となる原理を最大限突き詰めているように見えます。決して、『格好良く打つ』ことにこだわっていません。
声を大にして言いたいのはこれです。普通に生きてる限り、『神は細部に宿らないから大丈夫』。
大丈夫なのです。
このブログも、今のところは毎日発信を肝としていますので、細かい論理破綻などはご愛嬌にて。
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カリキュラムを組め


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みなさんこんぬつわ〜、こちらは8桁超えの自己投資をしてきた羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。同じように悩み苦しむ誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って!大体30分で書いてますので瞬発力重視なのはご愛嬌。。
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メルマガで『超二流という生き方』というタイトルで発信させていただいたところ、『俺も俺も!』という皆様から結構な反響をいただきました。みんな自分のこと一流だと思ってないんですね、ほっ。さて、今日はこのことについて少し掘り下げてみたいと思います。
数日前のエントリにも書きましたが、日本を代表する経営コンサルタントの大前研一さんが残している言葉に、こういったものがあります。『人が変わるには三つしかない。住む場所を変えるか、付き合う人を変えるか、時間の使い方を変えるか。最も意味がないのは、決意することだ』。なかなか辛辣な言葉ではありますが、言い得て妙だなと思う経験は30代にもなると色々してきてます。
僕なりの思うところをこの格言のスタイルに合わせて表現すると、『超二流を自負する人が自らを成長させるのには三つしかない。カリキュラムに自らを放り込むこと、それを学ぶ仲間を作ること、それに関して期限を区切ることだ。最も意味がないのは、自分の能力を信じて自分で教科書の一ページ目から勉強することだ。』
大人になってから、自分の学びのスピードの遅さに辟易したことは一度や二度ではありません。簿記三級を取ろう!と決意し、教材と試験を申し込み、二度すっぽかして結局取らなかったのは数年も前の話です。英語を学校で10年にも渡って学び、社会人になってからも使っていないわけではないのに、未だしゃべれないことについて自分の能力を疑っている人は多いことでしょう。
一方で、いつも疑問というか不思議というか、凄いなぁと思うのは、なーんにも出来ない状態で入学した小学校一年生が、卒業する頃には足し算引き算掛け算割り算からひらがなカタカナ漢字までほとんど洩れなく習得するという事実です。幼稚園の娘を見ていても、いつのまにか『いただきます』のご挨拶やお祈りの歌、お昼寝など、数々の驚きのスキルを身につけています。これは、特定の優秀な子だけが身に付けることができているわけではなく、ほぼ全員が出来るようになっています。なぜでしょう?それは、
1、『カリキュラム』に身を投じているから
2、『カリキュラム』を同級生皆と共有しているから
3、(小学生で言えば)6年間という期限があるから
です。生徒が何十人もいて、教師が何十人もいれば、当然能力のバラツキは出ます。出来る子も出来ない子もいるでしょうし、教え方が上手い人も下手な人もいるでしょう。しかし、100%に近い確率で全員が一定以上の能力を身に付けます。これはカリキュラムがあるからです。
さてさて僕達『立派な』大人はどうでしょう?例えば英語を勉強しようとする際にありがちな行動としては、
1、とりあえず英語が出来ると有利そうだから始める
2、仲間募るのもめんどくさいから一人で始める
3、期限?まぁ少しでも上手くなれば昇進に有利かな・・・
ひどいですね。まさに『小学生以下』です。目標設定と目標管理に関して言えば、小学生の方がずっとずっと成果主義の原理原則に則っています。どちらがより多くの成果を短時間で手にするか、一目瞭然です。ちなみに、もし小学校に通わせることなく12歳まで自分の子供を家で育てたとしたら、恐らく多くの家庭が割り算までたどり着けず、漢字の習得が不十分なまま中学生になってしまうことでしょう。
そう、僕達は大人になったからこそ、『小学生を見習うべき』なのです。星少年のように、たどり着きたいどこかがあるなら(大人ならそれぐらいは見つけられるはず)そこに向けて最短距離を走るための『大リーグ養成ギプス』を身に付けるべきなのです。
英語であれば、さっさと一流とおぼしき語学スクールに行きましょう。移動時間でも勉強が出来るようにiPodの音楽を全て削除し、石川遼くん御用達の教材をインストールしましょう。語学スクールでは仲間を見つけて仲良くなりましょう。『同期』みたいな制度があればなおよしです。いつまでも勉強すると疲れるので、『100日でTOEIC400点アップ』みたいなコースにしましょう。さっさとTOEICのテストに申し込んでしまいましょう。それなりに休めそうな年末年始に2週間休みを取り、一人旅でカンザス地方とかに行きましょう。
ゴルフで言えばまずはラウンドでもなく打ちっぱなしでもなく、ゴルフクラブを買うのとゴルフスクールに行くのが早いでしょう。
僕はついに長年持っていなかった『私服』を揃える行動を開始しました。最初は自分で色々考えていたのですが、そもそも私服はかなり終わってるレベルと奥さんに言われ続けてます。何故かというと、ほとんど週七日スーツしか着ていなかったので、なにをどうしていいか分からず、そもそも一着も持っていなかったからです。すぐに悟りました。『一人でやるのは時間の無駄。能力もない、判断基準も分からない、まず何をしていいかも分からない』。
そこで、最近出逢ったおしゃれ王子の方に弟子入りして、めんどくさがられながらも伊勢丹についてきていただくことにしました。するとあれよあれよというまに僕の服が決まっていきます。おお!おお!!おお!!!という間に、目指していた『ちょっとイタリアンマフィアに見える休日のパパ』スタイルの出来上がり。時間がないので『1時間』で全て選びましたが、予想以上の大満足でした。カリキュラムの力、仲間の力、期限の力を思い知った経験となりました。
大人になればなるほど、『自由』とか『裁量』ということについて、過度な期待と主張をしがちです。でもちょっと立ち止まってみたほうがいいかもと思います。僕達が最も学びの速度を保っていたのは、ひょっとしてあの小学生の時代だったのではないかと。恐らく、いや間違いなくそうなんじゃないでしょうか。だったら、大人だからこそ、色んなことがわかっているからこそ改めて自分を目指すベクトルのカリキュラムに当てはめてみるのもいいんじゃないでしょうか。それが最近学ぶところの『時間を買う』ことであり、『逓増的成長』の一端となることは間違いありません。
誰も言ってくれないのが大人です。だから自分で自分をカリキュラムに放り込みましょう。感情が刺激されたもの、それが大体正解です。
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ライフルでもマシンガンでもなく、ショットガンを撃て


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みなさんこんぬつわ〜、こちらは8桁超えの自己投資をしてきた羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。同じように悩み苦しむ誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って!
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『恐らくだが大体正しいであろう方向』というのは、基本的なことをしっかりやっていればそうそう間違えることはないと最近思います。ビジネスで言えば、『三方よし』となる何か。自社が儲かるのはビジネスの前提のため当然としても、その商品によってお客様も大きなメリットを受け、それが拡がることは社会にとっても良い、そんな商品を売ることは、大体正しいビジネスと言えます。自社の利益が突出し、お客様が何もメリットを受けないものであれば、口コミの世の中では簡単に潰されます。また、自社の利益にも良いしお客様にもグッド、だけど麻薬のようなものであれば(バッドなんだけど気持ち的にグッドになっちゃう!)それはやはり摘発されます。
家庭で言えば、長幼の序や礼儀、躾、感謝といった概念を厳しく伝えていれば、子供がどんな職業につくにしろ、変な成長の仕方をしないであろうことは想像がつきます。親が勉強している姿をがっつり見せれば、子供も自然と勉強するようになるでしょう。
この『恐らくだが大体正しいであろう方向』を『正解エリア』と呼ぶことにしますが、この『正解エリア』がどちらの方向にあるのかぐらいまでは、先程言った通り原理原則に従っていれば、およそ間違わずに結論としてたどり着くことができます。問題なのはここからです。『正解エリア』ではなく、『正解ポイント』を探すことが難しい。それはとても小さなボタンで、研究開発で言えば、ほんのちょっとの思いがけない配合の誤差によって生まれた、非常にナイーブな偶然の産物だったりします。営業の極意だったり、大ヒットする商品というのは、こういった『正解ポイント』をしっかり抑えた人なり商品がたどり着く境地なのでしょう。が、ほとんどの人もモノもここに来れません。
巷に売っているほとんどのビジネス本も、『正解エリア』については解説できてますが、『正解ポイント』については、再現性のある回答を未だ示せていません。それほどこの『正解ポイント』というのは、探すのが難しいものなのです。では、この『正解ポイント』はどのように見つけてボタンを押せば良いのでしょう?僕の仮説ですが、
『ライフルを撃つな、マシンガンを撃つな、ショットガンを撃て!』
です。意味分かる人挙手!
ライフルは照準を合わせて一発で相手の急所を打ち抜く武器です。しかしこれだと、卓越したスキルをもっていれば良いのですが、イマイチな腕だとポイントを外します。更に距離が離れるほど正確性が落ち、それを補うには高額なスコープなどの機器が必要です。また、風など天候の影響をモロに受けます。連続発射は無理なので、一度外したら再度の装填と照準合わせに非常な時間を取られます。
ランボーのようにマシンガンであたり一面撃ちまくるのはどうでしょうか?弾数が多いのは良いことですが、無駄が極めて多いです。必要な場所も多く撃てますが、不必要な場所もそれ以上に多く撃ってしまうことになります。大抵の場合、本当に射止めなければならないポイントを撃つ前に、弾切れを起こしてしまいます。
というわけでオススメはショットガンです。ショットガンは、別名散弾銃。実包の中にあらかじめ多数の弾丸が封入されていて、一定範囲に向けて発射されて均等に散らばって着弾する銃です。『正解ポイント』は、『正解エリア』のどこかにあるはずで、そしてそれは概ね間違っていないはずなわけですから、ここではその方面に出来るだけ数多くの弾丸を叩き込むのが正解となります。これはまるでカラダのどこかに隠された秘孔を突くために放たれた北斗百烈拳のようなもので、とにかく当たりをつけたエリアに着弾させまくります。するとあら不思議、その中の一つが正解ポイントに着弾するわけです。
ショットガンの良いところは、大した腕を必要としないのに、数多く着弾させる中で正解にたどり着く可能性がかなり高いことです。『正解ポイント』を撃ち抜くことで飛躍的に能力が向上したり商品が売れるようになるのであれば、このようにライフルでもなくマシンガンでもなく、ショットガンを撃つのが正解となります。
実生活でショットガンを撃つと逮捕されてしまいますので、代わりにどうするか?それは、正解と思われる考え方、行動、やり方、スキル、など、大体OKと自分の中で想像されるエリアを大きく外さないよう、その範囲内で試行錯誤しまくることです。ショットガンのように小さな弾丸を、ジャブのように撃ちまくることです。秘孔を突きまくることです。すると、自分が思っていた場所そのままではないにしても、ほんのちょっとズレたところに『正解ポイント』を見つけることができます。あとは押すだけ。
戦略も戦術も、『正解エリア』を見つけるまでは役に経ちますが、『正解ポイント』を見つけるには全く役に立ちません。最後の最後は実践であり、試行錯誤であり、地道な泥臭い作業が待っています。遠くから一撃で撃ち抜けるようならいいんですが、僕はそうではないのでね。やはりショットガンを持って百烈拳を放つこととします。
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我が人生に一片の悔いなし!

密林の法則


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みなさんこんぬつわ〜、こちらは8桁超えの自己投資をしてきた羅王のブログです。驚異の偏差値『8』を叩き出した高校時代から始まった『The 補欠人生』にピリオドを打ち、人生のレギュラーを目指す軌跡と奇跡を備忘録兼ねて徒然なるままに記しました。同じように悩み苦しむ誰かの『一歩前へ』を応援することにつながればと心から願って!
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今日は、私のアホなブログを見てわざわざ埼玉から逢いに来てくださった税理士のK先生とランチでした。埼玉と東京という別の場所で育ち、年齢も一回り以上違う、仕事も違う、毛色も違う、と何もかも違うのですが、唯一共通しているのは、一昨日のエントリに書いた、かなりの投資を伴うセミナーに期を異にして参加したということぐらいです。
が、話してみると、姿形は全く違うのですが、共通点が出てくる出てくる。特に深いところでの価値観についての一致が、様々なところでありました。K先生はどうお感じだったか分かりませんが、僕は強烈なるシンパシーを感じました。
経験がある方もいるかと思うのですが、次のどれかに類するパターンを経験すると、人は人との結びつきを強固に感じる傾向があるようです。
1、甲子園を目指す体育会系野球部で、全寮制の元、三年間同じ飯を食った。
2、(今回のような)それなりの投資を必要とするセミナーに意を決して参加し、3日間徹底的にともに学んだ。
3、エジプトのルクソールで友達になった外国人に、数日後に全く別の国の街で再会した。
これらまとめてひっくるめて、『密林の法則』と名付けることとしました。戦争が終わった当初から何年もの間、戦争の終結を知らずに彷徨っていた日本軍兵が、同じく彷徨っていた友軍の兵とジャングルの密林の奥で出逢った瞬間に、それまでの階級の違いや利害関係を乗り越えて生きるために一瞬にして強固な友情で結ばれる、と、そんなシチュエーションをイメージして名付けました。(参考図書:『私は魔境に生きた』)
1〜3はいずれも、なんかしらの密林をメタファーとして乗り越えた末に強化された人間関係です。ジャングルの密林の奥地には、並の人間は入っていくことは出来ません。そこにたどり着くには、いくつもの越え難いハードルがあります。そこを越えて出逢うことが出来た人間同志は、固く心が結ばれます。
1は労力的な密林です。三年間もの間、同じ釜の飯を食いながら尋常ではない量、野球ばかり練習するのが高校球児です。そこに一般人の入る余地はありません。この頃のチームメイトは、恐らく大人になってからも強い絆で結ばれ続けることでしょう。
2は金銭的な密林です。今回のような数十万もするセミナーの場合、それにお金を払う善し悪しは別としても、そこまでコミットして学びに来る酔狂な人というのは、そういません。また、コミットしているからこそのセミナーから持ち帰る情報量が他の安価セミナーを圧倒しており、ゆえに成果が出やすい環境が整えられる、そういったことでしょう。金銭的な密林をわざわざ通ってまで学ぼうとする狂った人は、僕の周りにもあまりいません。
3は距離的な密林です。日本から遠く離れた国で出逢った人間に、永遠とも思えるさよならを告げた後、意図せず全く別の国で出逢うことができたとしたら、それはもう一生モノの友情が芽生えるのは当たり前です。泣いて抱き合うでしょう。
これら3つが、仮に密林の奥地に突っ込むことなしに、平野部で易易とたどり着ける場所にあったらどうでしょう?例えば、数年間とはいえ同じ釜の飯をただ食ってるだけの同居人の集まりに、そこまでの絆が生まれるとはあまり思えません。エジプトのドミトリーで数年間同じ釜の飯を食ってる人達を見かけましたが、彼らは一日中トランプをやったりタバコを吸ったりしているだけで、特に集団で何をやるというこも一切ありませんでした。数千円ぽっきりのセミナーで出逢った人達ともう一度出逢い、縁が育まれるケースというのは、経験上あまりありません。お互いにコミットを感じないからかもしれません。ジャングルの奥地ではなく、ハワイで何度知りあいにあったところで、そこは日本から見ても安全地帯、そう大きな感動はありません。あくまで、『労力的』か『金銭的』か『距離的』かのいずれかの密林の奥で出逢う仲間でなければ、そこまでの想いは湧いてこないものと思います。
逆に言えば、『心の通った仲間が欲しい』、『同志が欲しい!』ということ人がいたとしたら、上記いずれかの密林に何らかの方法で能動的に踏み込んでいくことが大切です。ここで重要なのは、1は時間が明らかにかかるため待つことが必要ですが、2と3に至っては即効で行動できるものばかりです。明日からでも、もっと言えば今からでも変えられるものなのです。決して時間がかかるものばかりではありません。
『労力的』、『金銭的』、『距離的』密林を目指して突っ込んでいったときに、それに負けじと突っ込んできてる『バカ』で『アホ』な人が必ずいます。そういう仲間とは、仮に過ごす期間が少なくても、まだお互いのことを全て理解できているわけではなくても、必ず仲良くなれます。だってわざわざジャングルの密林の奥まで来ているわけですから。『密林の法則』においては、三つの密林が奥にあればあるほど、そこにたどり着いた者同志が握手するときの握力が上昇するのです!
そういえば思い出しましたが、この『密林の法則』が一番効いてるのは、『サハラマラソン』かもしれませんね。10kg以上の荷物を背負って約一週間で200km走るという完全な狂人のためのレース!!!勿論一週間に渡りサハラ砂漠に滞在することも頭おかしいし、サハラマラソンを走るには旅費とは別に数十万かかります。サハラへの移動距離はハワイへのそれの倍以上です。アホですねもはや。数年後出ますが・・
さて、ということでどうせ仲間を探すのなら、密林のうんと僻地に行きましょう。(勿論目指す方向の中で!)すると、ちょっとヘンでサバイバル力があって心が通う仲間が必ず出来ます。そういう仲間とともにお互いの成長をみながら人生のマスを進めていくのは、この上なく楽しくアツいものでやんすよ。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
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