ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

3.11という日

time 2013/03/11


 

3.11から丸2年経ちました。信じられないほど多くの人が亡くなられ、家族を亡くし、家や職や故郷も無くしました。
そしてそれよりはるかに多くの人が、自分の無力さや世の無情に打ちひしがれました。ただ一方、無機質に見えた今の社会に、ほんの少しですが希望の光が見えたとしたら、

それは私たちの奥底に眠る、言葉では説明出来ない程細い、しかし強靭な糸が、私たちを繋いでいたことに気づくことが出来たということではないでしょうか。
日本が世界を驚かせたことは過去何度もありました。

その多くは、悲しいかな争いが常態であった頃のものでした。

世界を震撼させていた帝国主義に初めて勝利し、それによってアジアを勇気づけた日露戦争がありました。

これ以上ない程ボコボコに形容しがたいほど負けたにも関わらず、4年に渡り世界最強国と戦い続けた太平洋戦争がありました。

その後驚異的な勢いで、経済戦争という土俵で世界を驚かせ続けた数十年間がありました。
それらは全て、形は違えど争いの中で日本人が如何に優れているかを証明するものであった一方、日本人が如何に素晴らしいかを証明するものでは、必ずしもなかったように思います。
3.11という、危機そのものの状態において、幾つかの絶望的な困難のあと、それは恐らく世界中に証明されました。

『頭が(平均的に)良い日本人』、『造る製品が品質が良い日本人』といった枕詞でなく、頭文字の『○○が』を廃し、単に『素晴らしい日本人』が認められたのだと思います。
それは、決して大きなことを成し遂げた人々だけではありませんでした。
そういう凄まじい活躍の人も、幾人かはいました。しかし世界を驚かせたのは、単に人に先を譲るとか、列に並ぶとか、買った品物のお金を払うとか、困った人を助けるとか、そういう日常的なことをやっていた人々です。

 

そんな当たり前のことを、危機的状況においてもほとんど全員が平然と当たり前のようにこなしていた姿が、世界の感動を呼びました。
過去を振り返ることはできても、過去に戻ってやり直すことは出来ません。出来ることは未来に向かって歩を踏み出すことだけです。今までの歩き方が間違っていて関節を痛めていたのであれば、背筋を伸ばして正しい姿勢の
新しい歩き方をしていくだけです。

 

当たり前のことですが、人は時に、いやしばしばこの当たり前のことを忘れてしまいます。

激変と言われているこの時代に、忘れてもよいことを忘れない一方で、忘れてはいけないことを忘れてしまうのは、とても悲しいことです。

3.11ですら2年前ですが、その10年前の9.11を、対岸の火事とはいえ、今年思い出すことが出来た人は一体どれほどいるのでしょうか。

9.11は私たちにとって『2つ前の大惨事』です。3.11ですら、このままでは『2つ前、3つ前の大惨事』になってしまうのではないでしょうか。

 

あの日、日本人の恐らく全員が学んだであろうことを、私たちは決してセピア色の単なる思い出にしてはいけないと思います。思い出すのではなく、活かすこと。悔やむのではなく、前に進むこと。批判するのではなく、能動的に動くこと。

課された使命は決して軽くはありませんが、それでも小さなことから誰かと手を合わせていけば、明らかに不可能と言えることなど、世の中にはほとんどないはずです。
個人的なことですが、私は今現在3歳になる娘が30年後に、彼女自身が子育てをする世代になった時に、より良い国に日本がなっているよう、力を尽くしたいと考えています。

大掛かり過ぎて、到達点も見えない壮大な目標ですが、そんなことを夢見ています。そして日々、そんな夢につながるのかつながるのかは分かりませんが、もがいてそれに少しでも近づこうとしています。
あまりうまくお話することはできませんが、3.11という私たちにとってとても重要な日に、そんなことを考えました。
犠牲になられた方々に、心よりご冥福をお祈り申し上げます。未だ闘っている方々を、心より応援致します。私たちは、皆様の分も、一生懸命生きていくことを誓います。そしてより良い日本を創り上げていくことをお約束致します。

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。