ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

卒業する君たちへ

time 2014/03/31


卒業式、新学年、新社会人シーズンですね。約10年前に大学を卒業した僕ですが、当時は分からなかったことも、今は少しだけ分かるようになってきたように思います。
 
てなわけで、もし僕がうっかりスティーブジョブズばりにうっかり卒業スピーチを来賓で任されたとしたら、うっかりこんな風になことを言うだろうなと勝手に妄想しながら、当時の自分、そして同年代のアラ22歳たちに届けたいと思います。当時少しでも知っていたら、少しは未来が変わったかなと思えることも含めて。
 
 

【卒業おめでとう】

皆さん、卒業おめでとう。新たな船出の良き日にこういう機会をもらえたことを嬉しく思います。僕は10年後の皆さんです。どんなふうに見えてますかね?太り過ぎ?二重あご?加齢臭出てる?
 
株価が将来どうなるかを正確に予測することは誰にも出来ません。だけど、株価がどうなったかを正確に述べることは誰にでも出来ます。未来を知るために過去を振り返るなんて意味がないとかおこがましいとか思う人もいるかもだけど、それでも、人間は予知が出来ない以上、過去を参考にしながら、教訓にしながら、未来の方向性を決めていくしかありません。
 
そういう意味では、僕が今日、自分のこの10年を振り返って話す話というのは、僕が経験してきた過去を擬似的に体験してもらうことで、これから訪れる上り坂や下り坂やまさかや落とし穴や罠の存在に気づいてほしいという願いもこもっています。
 
 
 

【はじめに】

ちょっと昔の映画ですが、皆さんマトリックスは見ましたか?
 
モーフィアス(ローレンス=フィッシュバーン)は、マトリックスの世界(=仮想世界)から現実世界に初めて目覚めたネオ(キアヌ=リーブス)に対して、‘Welcome to the desert of the real’と言います。『デタラメだらけの仮想世界から、世知辛い砂漠のような現実へようこそ』てな感じでしょうか。
 
皆さんがこれから踏み出す『社会』というやつも、実はこの『砂漠』に似ています。気をつけて下さい。決して『オアシス』ではありません。
 
今まで歩いてきた道、走ってきた道は、言わば舗装されて白線が引かれた競技場のトラックのようなものだったと思います。道幅が決められていて、足に力を入れればそれなりに前に進み、ゴールまでの距離が分かって、誰が走っても100mを20秒程度で走れて、速いヤツに周回遅れにされても、一周回ったらまたそいつの顔を拝むことが出来ます。
 
ところが、社会という砂漠は違います。レーンも距離表示もありません。足に力を入れても思う通り前に進みません。そのくせやたら疲れます。どっちに進めばいいかも分からないし、どれだけ走っても、自分がどれだけ進んだかが分からないこともしばしばで、砂漠の走り方を知ってるヤツと知らないヤツの差というのは、圧倒的なものになります。一度姿が見えなくなったら、ソイツとは二度と会えないと思っていい。オアシス、すなわちゴールだと思ってかけつけてみたら、それは単なる蜃気楼で、本当のゴールはもっと途方もない先にあるなんてこともしばしばです。
 
今までの人生では、小学校から大学まで、皆さんは周りの友達と比較してそう大差ない人生を送ってきたことと思います。確かに差があると感じる友達はいるかもしれない。あいつはすげーなーとか、あいつには負けねぇ、みたいな。でもそんなものはクソ食らえと言えるほど些細な差であることを知っておいてほしいです。これからまさに、まさにホンモノの差がつきます。それが社会に出るということです。
 
砂漠で出まくる汗が結晶化すると塩辛いですが、世間も相当に世知辛いものだと思った方がいいです。
 
 
 
学生時代に他のヤツとの間に出来る差は、そうはいっても皆さんの努力次第なところが多いです。勉強にしろ運動にしろ、努力したヤツは大体報われ、そうではないヤツはそうではないというのは、皆さんなんとなく経験で分かると思います。
 
ところが、社会に出ると、こちらは足をズブズブと沈ませながら汗だくで道なき道を進んでいるのに、ラクダに乗せてもらってラクラク進んでいくヤツが出てきたりします。そして会社というのは、汗だくでちょっとの距離を進む君たちよりも、ラクをしてラクダに乗って距離を稼ぐヤツを評価したりします。これを理不尽だなんて怒ってはいけない。
 
よく言われているとおり、努力は尊いですが、社会や会社が評価するのはやっぱり結果です。それと、もしかしたらそのラクをしてるヤツは、死ぬ思いをして交渉をしてラクダを手配してきたのかもしれない。そういう着眼点を、軽視してはいけない。努力は尊い。だけど、そのベクトルがズレていたら、まさに無駄な努力、なんて言われることもあります。
 
本当に尊い努力とは、ベクトルの正しい、量的にも正しい努力を指します。マイナス273℃も、マイナス1℃も、同じ氷だということを忘れてはいけません。周りから見て分かるのは、それが水なのか氷なのかだけです。
 
 
 
 

【理不尽な世の中】

これからは、学校では想像もしていなかったことが起こると思っておいていいです。それもかなり高い確率で。
 
例えばテスト。これは、君たちの序列を決めるのに最適な仕組みです。基本的には頭が良いヤツが良い点をとって、頭の悪いヤツが点を取れないシステムです。そしてその点数で、君たちが優遇されるか、冷遇されるかが決まります。原則的にはテストの範囲が公開され、そのテストが行われる時期も事前に知らされて、実力の差はあっても公平な仕組みのなかで実施されていることと思います。
 
が、社会で行われるテストは少し違います。まず、頭が良いわけでも努力したわけでもないのにテストで良い点数を取るヤツがいたりします。事前に先生を買収してテストの出題範囲を把握してるヤツがいたり、ネットで試験内容を公開して他のヤツに解いてもらったりしてます。
 
また、テストの時期がいつなのかも公開されず、一部の先生と仲良くしてるヤツにだけ、その範囲と時期が公開されることもあります。知らない間にテストが終わってるというやつです。これはたまらない。そしてそのテストの存在そのものを知らなかった君は、直接バカだのアホだのとは言われないものの、その後の待遇にきっちりとした差がついていきます。
 
誰も教えてくれないチャンスに気付くこと。これはとても大切なことです。
 
 
 
学校生活では、基本的に武力がモノを言っていたと思います。これは勉強が出来るだったり運動ができるだったり。基本的には君たち自身の能力により、ヒエラルキーが出来ていたことだろうと思います。
 
しかし、これからは君たち自身の能力と関係ない力によって、ヒエラルキーが出来るということが頻発します。親が金持ちだからといって人気モノだったり(これは小中高にもあるかもですが)、ケンカをするとなったら自分の拳ではなく、雇ったプロボクサーを出してくるえげつないヤツもいる。
 
学級委員は基本的に誰もやりたくない仕事だと思いますが、社会に出ると学級委員をやりたいというヤツが腐るほどいます。日直を決めたり生き物係が誰かを決める程度ならいいんですが、学校に集まるお金まで学級委員が触っていいとなったらどうなるか、想像してみて下さい。学費も、給食費も、修学旅行費も、よく分からないPTAのお金も、思いのままにお小遣いにできます。駄菓子なら大人買いまちがいなしです。遠足に3万円のお菓子を持ってくるかもですね。
 
そんなヤツをイヤイヤながら監視することも、社会に出たら必要になってきます。
 
 
 

【社会に出ると分かること】

学生時代までは、9対1だと思います。何がって?楽しいことと、苦しいことの割合です。テニスや飲みやゼミなど、僕は9割楽しみました。1割は大嫌いなテストです。
 
これが社会に出ると、逆転します。1対9です。仕事が心の底から命そのものという人もいるけれども、大抵はWantというよりもMustな中で働いています。1日の余暇は良くて数時間、土日の仕事もしょっちゅうです。物理的な時間の配分で言えば、1対9というのは誇張でもなんでもありません。テニスや飲みに割いていた時間が仕事に変わると、WantがMustに変わります。そしてそれは、最初の頃はそれなりに苦しいものだろうと思います。人間だれしも、ラクがしたいからです。
 
ところが、9対1で楽しんでいたものが1対9に逆転して苦しんでいるはずなのに、幸福度はそう低下したものでもありません。むしろ上がっていると言ってもいい。これはなぜでしょうか。数字だけ見たら、何十倍か苦しくなっているように見えませんか?
 
 
 
ところで、僕ぐらいの年になると、君たちぐらいの頃に1ミリも興味のなかったマラソンやトライアスロンに目覚める人が出てきます。どちらも、よっぽど専門的にやっている人を除いても、それなりに中毒者が出てくるスポーツです。これはなぜか?
 
僕の分析ですが、マラソンもトライアスロンも、ゴールという1%以外の99%、つまりレース中ほぼ全てが苦しい作業です。しかしゴールという1%にたどり着いた瞬間、99%の苦しさが全て吹き飛び、余りある達成感や喜びを与えてくれるのがマラソンでありトライアスロンです。数学の方程式としては有り得ませんが、1%が99%に勝つんです。これ、昔はぜーんぜん理解できませんでしたが、今なら僕はこれが正解であることを身体で知っています。
 
現実世界にもこの法則が適用されます。楽しさが1しかなくても、その1が残り9を凌駕するんです。全力で働いた末に達成出来た目標や、金曜遅くまで働いたあとの最初の1杯、死ぬほど追い詰められたお客様からの御礼などなど、不思議と力が湧いてきます。
 
だから心配しなくても大丈夫です。大人になると、幸せの青い鳥じゃないですが、幸せの砂金一粒を見つけるのが、若い時に比べると圧倒的に上手になります。ちなみに、楽しいことばかりやっていると、やがて麻痺していって楽しくなくなるってこともあるので要注意です。スイカには塩を振ったほうが、甘さが引き立つんです。
 
 
 

【KYに注意】

社会には沢山の、本当に沢山のKY(クソヤロー)がいます。クソみたいに使えない上司、クソみたいな同僚、クソみたいな仕事なんてわんさかある。そして気を付けてほしいのは、君たちより頭が良く、経験が豊かで、大人のアドバイスをしてくれるKYです。
 
僕の知り合いが、KYな先輩からこんなアドバイスをされたそうです。
 
『○○君、いいか、よく聞け。大人になるってのはな、成長するにしたがって、夢を一つ一つ諦めていく作業なんだよ。もっとお前も大人になれよ。』
 
・・・
 
ほんとKYですね。クソヤローです。ちょっと格好いいセリフに聞こえますが、言っていることは最低です。こんなふうに、耳障りよく実しやかに、君たちがなにかをしでかそうとするのに釘を刺してくるKYが社会にはウヨウヨいます。君たちに悪影響があると思ってこういうことを言うKYは2割、残り8割は、残念ながら君たちのことを思って君たちの可能性に蓋をしてしまうKYです。
 
こういうKYは、出来ない理由、やらない理由を述べさせたら、ノーベル賞モノの論述能力を発揮します。時にそれに感銘を受けるかもしれませんが、注意してください。見分けるポイントは、そのKYが行動している人かそうでないかです。
 
 
 

【気に食わないヤツがいたら】

人類発祥から200万年と言われていますが、その間、異常な進化を遂げた人間の脇で、猿やゴリラが何故生き残れたのか、考えてみましょう。
 
それは、猿もゴリラも適度に賢く、また必要以上に賢くなかったからです。彼らがもしもう少しだけ賢ければ、きっと脅威を感じた人類によって、絶滅させられていたことと思います。逆に言えば、脅威に感じるほど賢くなかったので、目の敵にされずに済んだ、ということも言えます。
 
 
さて、これから君たちは、社会に出ると今まで以上に気に食わないヤツというものに遭遇するはずです。そんなとき、そうは言っても大人の対応をする必要が出てくるのですが、そんな時のおすすめの思考法を紹介しましょう。
 
すなわち、そんなときは発想を変えてみましょう。そいつのことが気に食わないということは、恐らく君たちはかなり高い確率でそいつを認めているってことです。認めてるということを認めたくなくても構わない。でもきっと、いや間違いなく認めていることと思います。
 
どれだけ出来が良くても、大人は子供に本気で嫉妬しません。100点取れたら褒めます。でも同僚が100点取ったら、いやあいつはこういうところがあるとか、君たちはつい言ってしまうかもしれない。掛け値なしに褒めるということが出来ないかもしれない。それは、君たちがそいつを認めているということと、残念ながらイコールでもあります。人間にとっての猿やゴリラのように、社会に生存する上での視野にそいつが入ってなかったら、きっと君たちは怒りもイラつきもしないだろうからです。
 
だから、まずはそいつをプラスの感情にしろマイナスの感情にしろ、認めてるんだということを認めましょう。そしてそのことをちゃんと認められた暁には、成長速度は間違いなく加速します。彼我のギャップを埋める作業をすればいいだけなので、成長しないわけがありません。
 
 
 

【逆立ちしても勝てないヤツに出会ったら】

よく『逆立ちしても勝てない』という表現がありますが、冷静に考えれば分かる通り、ただでさえ勝てない相手に、逆立ちなんかしたら絶対に勝てません。社会には本当にすごいヤツというのがいて、まるで仕事をするためだけに生まれてきた戦闘民族サイヤ人みたいなヤツがゴロゴロしています。仕事が心から楽しくて人生そのもので、長時間労働どんと来い、ミッションもパッションも無限大だーみたいな頭のおかしいヤツが結構います。
 
そういうヤツに、そうは言っても何らかの方法で勝つ必要が出てくるのが社会なのですが、前述の通り、逆立ちは一番してはいけない行為です。
 
まずやるべきは、同じ素手で戦おうとしないこと。エクスカリバーや勇者の盾、クリスタルの鎧を装備して、魔法も出来るだけ回復魔法と攻撃魔法をバランスよく整える。兵站も大事なので薬草やその他サプリメントもしっかり備えます。1人でダメなら2人、3人がかりで挑んでもOK。地上で勝てなければ、水中に引きずり込んでもいいし、お金を集めてトマホークミサイルを買ってぶち込んでもいい。要は、ルールの中で戦ってダメなら、ルール自体を変える努力が必要になるということです。無謀にも正面に立ってヘビー級のパンチを受けることが勇者の行いなわけではありません。
 
 
 
 

【終わりに】

さて、最初に、社会に出るということは砂漠に踏み出すようなものだということを言いました。それは大変に辛く、長い旅になることは間違いありません。でも前述の通り、楽と苦が9対1から1対9になっても、それなりに楽しめるのが社会であり、大人になるということです。むしろ法則さえ分かってしまえば、めっちゃ楽しい。
 
 
砂漠を歩くのに疲れたら、水を飲みなさい。今まで飲んだどんな水よりも、きっと極上の味わいをもたらしてくれることと思います。
 
一日中歩いて夜になったら、大の字になって夜空を見上げてみなさい。今までに見たこともないような星空に出会えることと思います。
 
どこを歩いているのか、何を目指しているのかわからなくなったら、北極星を見なさい。そうすれば、少なくとも大筋方向を間違うことはありません。ちょっと寄り道はするけどね。
 
もうダメだと思ったら、同じように頑張って横を歩いている人の顔を見てみなさい。そしたら、もうちょっとだけ頑張れるはず。人生の大半は、その『もうちょっと』の積み重ねで成し遂げられます。
 
そうしていつか本物のオアシスにたどり着いたら、それまでの道のりを振り返ってみなさい。確かに辛いことばかりだったかもしれないが、きっとその全てが報われていることに気付くはずです。
 
そして気付くはずです。その道のりこそが素晴らしい人生だったと。
 
 
 
色々言いましたが、振り返って知っておいたら良かったなと思うことを、今日はお話させていただきました。
 
最後に、僕が小さい頃から座右の銘というか、サツキとメイというか、大切にしてきた言葉を二つほど送ります。
 
皆さんがふと立ち止まった時に、思い出していただければ幸いです。
 
本日は卒業、本当におめでとうございます。
 
 
※『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』→安西監督の名言。まさにこれは真なり。
 
※『私の戦闘力は530000です』→フリーザさまの名言。桁間違えたか?と思うような化け物に出逢っても、恐れず立ち向かうこと。
 
 
 
世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただけたことを感謝します。
 
引かぬ媚びぬ省みぬ!
 
我が生涯に一片の悔いなし!

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。