ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

バンバン比較せよ

time 2013/08/29


比較はいけません。

比較はいけません。

比較はいけません。

ある程度大人になると言われることです。比較からは何も生まれない、比較すると不幸になる、自分だけの道を見据えて他人は気にしないように、と。一面これは本当であるように思いますが、徒競走から学芸会、受験、果ては就職そして社会人生活に至るまで、比較を何度もされて大人になるのに、あるとき突然比較することを否定されるのも何だか変な感じがします。が、比較が良くないのは僕も知ってます。

さてさて、この言葉の本当の意味を、多くの人は履き違えているのではないかと僕は思います。ただ、あるものは確かに比較をしないほうがよくて、あるものはバンバン比較をすればいい、そういうことなんです。範囲を明確にすれば良い。では何を比較しない方が良くて、何を比較した方が良いのか、それは下記です。

結果:×

努力:○

誰が昇進した/しなかった、は結果論です。運も味方したかもしれないし、タイミングもあったかもしれない。派閥の問題かもしれません。『半沢直樹』を観てそして原作を読めばこのことはよくわかります。だからそれを比較することは、Apple to appleになりません。比較の対象とパラメータが複雑過ぎて比較のしようがないのです。

反対に、努力であればある程度比較可能です。いやほんとは無理ですよ、無理ですけど、少なくとも結果よりはよっぽどApple to appleな感じがします。仲の悪い誰かと誰かの努力を比べることはそんなにカンタンではありません。しかし仲の良い仲間内の切磋琢磨であれば、努力の比較は大いにすべきです。

大切なのは、結果の善し悪しを比べることではなくて、そこに至る過程においてどれだけ自分が努力できたかの指標やベンチマークとして、他人の努力もカウントしてしまうということです。その人どうこうではなく、あくまで自分の努力の質と量をコントロールし、逓増させるためです。そうして本物の努力が無意識に出来るようになったときに、本物の結果というのはいつの間にか付いてきたりします。

僕は今、走ることに関しての努力の見せびらかしを仲間内でやってます。やれ今日は何キロ走った、やれ今日は何分で走ったなどと、自分がどれだけMかを毎日競ってフェースブックでシェアしあうわけです。ただのアホです。

しかしコレが効くんです。やる気が出ないときも、人の努力の量を見るとやる気が湧いてきます。疲れてるときも、もっと疲れてる仲間の努力を見るとこんちくしょーと思って動くことができます。努力していることを名言出来るようになるには、『きちんとした努力』をしていないとカッコ悪いというエセ漢気根性が働いて、結果的に身体を動かすことに成功します。なんだかんだ言って、人は他人に努力に影響されることで自分も努力出来るのです。そしてそれに付いてくる結果は、概して努力の質と量に相関するのですが、一方で運やタイミングなど偶発的外圧によって振れ幅が大きくなることもあります。だから参考になりません。

努力の比較はバンバンしてOKです。努力の頻度や濃さ、パターン、そして異常さなど、どんどん比べれば良いでしょう。ただしそこから派生する結果については無視です。そんなものを比べるから邪な心が生まれます。努力はウソをつけず、地道でしかなく、ごまかしが利かないものです。だからこそ比べる価値があります。

今現在、自己顕示欲の強いおバカな仲間たちと努力の張り合い、意地とメンツの張り合いをしています。これが超楽しいです。なぜなら結果の比較ではなく、努力の比較をしているから。努力の比較は足の引っ張り合いではなく、ケツの蹴り合いになります。蹴られた以上の強さで相手のケツを蹴り返すのがまた快感。

そんなわけで、先人の教えは大切なことですが、敢えて努力の比較はバンバンしていきたいと思います。

最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。