ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

20kmランとベストセラーと悪代官

time 2013/09/03


人生初の20kmランをしました。10月のハーフマラソン、11月のフルマラソンともに初チャレンジなのですが、それらに向けてのリーチ、の前のイーシャンテン状態をつくるために、仲間を強制挑発、強制徴発して企画しました。記憶の限りでは12歳頃に10kmを走ってなんだかスタンプ集めをしていたような気がしますが、以来20年間、10kmすらまともに走ったことがなく、先々週に慌てて10km、そして今回20kmもうっかり達成となりました。

結果?あー、聞かないでください。ビリでした。フルを数回、そして今や100kmマラソンすら走るようになった友人に伴走してもらって何とか耐え抜いたのですが、キツイキツイ。普段の極真とはまた違った種類の粘っこいツラさが、2時間30分に渡って続いたのです。

しかしツラい経験の後にそれを学びに持ってこようとするのが僕のエライところ。今日はその話です。

20kmのうち、最初の10kmはまぁ余裕でした。しかし一転、15kmに至るまで、いきなり無間地獄が眼前に現れました。20km、それはもう、たった5kmがその三倍にも感じられるほど長い長い戦いでした。86kgの身体が悲鳴をあげました。しかし一緒に伴走してくれた通称ナカノさん(仮)がもう最高。100kmマラソンまで出る猛者なのですが、僕がツラいタイミングで毎回『イイですねぇ、あとたった3kmです』とか『うーん、この時期に20km走ってたら楽勝ですね』など、本当にラン中も、そして終わってからも絶妙のタイミングで褒め称えてくれ、僕はそれに対して感謝と畏敬の言葉を返しました。仲間の存在をこれほどありがたく感じるのは、やはり出来ることだけではなく、出来ないことにも挑戦している証でしょうか。彼は僕にパワーと希望をくれ、僕は彼に感謝の気持ちと自尊心(俺がいないとコイツだめだなぁ、みたいなヘンな意味じゃないけど母性本能みたいなやつ)を与えることができたのではないかと思います。

これに類する現象を、不朽の名作『はじめの一歩』に詳しい方の間では、通称『Mix-up』と呼ばれています。本来の意味は、同じ力量を持つ者同士が全力を以て戦うことで、その試合中に飛躍的に能力を高めていくことを差します。高校野球や高校サッカーしかり、伸び盛りの人間はどこでスイッチが入っていきなり伸びるか分かりませんが、それがライバルとの全力の切磋琢磨によって一つの試合中に起こるということです。今回の場合、ナカノさんと僕の間には力量の差は確かにありますが、同じ人間として、お互いにお互いを高めることができたのではないかと思います。

話変わります。

僕がいつも疑問かつ気持ち悪いなぁと思っていることが一つ。それは新書の帯です。『かつてない驚愕のトリック!!!』、『最後の10ページ、涙が止まらない』、『○○(有名な人)大絶賛!』など、ありとあらゆる美辞麗句が並べられているのが新書です。それはそれで宣伝効果としては良いのですが、それを真に受けて買った本の8割は申し訳ないほどにつまらない。あ、こんなんでベストセラーになっちゃうんだ?と言える感じです。ある程度売れると上りエスカレーターに乗ったように、売れたこと自体を宣伝として本が更に売れていき、帯にそれが書かれることは理解しているのですが、どうにもこうにもイマイチな本が多いなというのが印象です。ミステリーで売り出し中のあの方や、人間モノでかなりの地位を築いているあの方など、ちょっとあんまりだと思います。結果、書店で多くを見て買うよりも、確かな人の紹介が高い満足を得る手段だと理解するに至りましたが、多くを見て目を養うということが出来ないのが残念です。

さて、何が気持ち悪いなと思っているかというと、著者Aさんと著者Bさんが双方ともにそれなりに有名で、双方ともにそれなりに影響力がある場合に、お互いに著書を褒め合うことでお互いのセールスを伸ばすことができる、という法則をどの本も最大限活用しているという点です。もはや中身の優劣ではなく褒め方の巧拙によって本の部数が決まるのではないかと思うぐらい、それが浸透しています。ある意味、褒め合うことによって、部数の『Mix-up』をしているということも言えるかもしれません。

で、実は著者さんや本屋さんにとっては、これが当然のことながら相当に効いてるということです。前向きに考えると、部数、評判、口コミ、実績など、全てのことがこの褒め合いのMix-upによって伸びていきます。どの方面から考えても、それは好ましいことです。繰り返しますが僕は若干気持ち悪いと思ってますが。

更に話を変えます。

赤信号は皆で渡れば怖くないのですが、一人で渡るとちょっと罪悪感を感じます。(ほんとはダメですよ、念のため)ていうのと同様、昔の悪代官さまも、別に一人で悪事をしようとするほど勇気があったわけではないと思っています。恐らくは『お主もワルだのぉ』、『お代官さまこそ』と言える仲間がいて、初めて悪事に手をヒタヒタと染めて浸すことができたのではないでしょうか。これも歪曲に歪曲を重ねて前向きに見れば、彼らのビジネスをするにあたって障害となる良心というマインドセットを、仲間との存在、仲間との会話のおかげで、少しだけ軌道修正して彼らの都合の良いようにベクトルを変え、打算と智略と自己弁護で行為を正当化することができていた、そんなふうに考えることもできます。悪事と悪意のMix-upですね。

段々と例がワルくなっていってしまいましたが笑、言いたいことは一つだけ。

『相手を褒めるのはタダだよ』

そして

『与えるパワーは無限大だよ』

てことです。別に褒めるに特化しなくても良いですが、例えば積極的に声をかける、自己概念を上げる言葉をかける、気にする、配慮する、など、どれもちょっとした気遣いと原価ゼロで量産可能なものです。かつ、相手に与えるパワーは、ひょっとしたらその人の人生全てに影響を与えることもあるかもしれません。

人格者を目指す人はナカノさんを見習ってもらって、不必要な褒め合いで読者を惑わせたいなら本屋さんで色々見てもらって、悪事に手を染めている方は悪代官さまと同様仲間を探してもらって笑、それぞれに私淑すべき人はいると思いますが、とにもかくにもこの原価ゼロのサービスはもっと活用した方が良いでしょう。

仕事に悩んでる後輩がいるようなので、明日にでもフル活用してみたいと思います。こじはるにぎゅっと手を握られて、『頑張ってくださいね』と言われた人は、きっと人生変わってるんだろうなぁ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!
読んでいただいてる方の刺激と気付きになれば嬉しいです。

我が生涯に一片の悔いなし!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。