ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

三つの『無敵』

time 2013/09/04


ご存知の方はご存知でしょうし、ご存知じゃない方はご存知じゃないと思いますが、僕が目指しているのはラオウです。それで羅王を名乗っていますが、そのラオウを象徴する語である『無敵』について今日は考えてみたいと思います。

『無敵』には三種類あります。

一つ目は強さの程度による『無敵』。

世紀末の時代においてラオウの強さは他を圧倒するものであり、技や戦略に長けた他の北斗、南斗の戦士をもってしても、恐らく単純勝負では誰もラオウに勝てません。それは単純にラオウが強いからです。他の戦士も含め強さに関して同じベクトルで並んだ上で、その中で最も強いのがラオウであり、であるがゆえに『無敵』なのです。強さの程度による『無敵』とは、戦って必ず勝つという強さです。この種の無敵さは、戦術的勝利に寄与すると言ってもいいかもしれません。理論上は百戦して必ず勝つという保証はどこにもないのですが、結局のところ戦い終わってみたら力の差で常勝とも言える結果を叩き出した、という感じです。

もう一つは強さの種類による『無敵』です。パーがグーに必ず勝つように、ある意味戦う前から勝ちは決まっています。戦略的勝利とでも言えるでしょうか、とにかく戦えば原理原則に従って必ず勝ちます。パーがグーに負けることはジャンケンにおいてはありえないため、ジャンケンの勝負になった瞬間に、パーしか出せない細身のAさんはグーしか出せない巨漢のBさんに必ず勝ちます。そこに体力有無やケンカの巧拙といった基準は適用されません。

昔から僕が思ってた『無敵』のイメージは、圧倒的に一つ目でした。ま、男の子はみんなそうでしょう。しかし社会人になってしばらくして、第二の『無敵』があることに気づきました。構造上、ウォルマートの価格に一般小売店は勝てないのです。

そして最近、下記の第三の『無敵』があることに気づきました。

第一と第二の『無敵』は、敵となる相手がいました。戦略的か戦術的かは置いておいて、とにかく戦って勝つというもの。しかし第三の『無敵』は、文字通り『敵がいない』というものです。クジラやシャチをはじめとしたどんな巨魚も、深海10000メートルでは生きられません。そこに住む深海魚以外は。深海10000メートルという土俵を選んだ時点で、深海魚はあらゆる生存上のライバルに先行して勝利を得ています。深海魚自体は大した戦闘力がなく、浅い海では間違いなく巨魚に蹂躙されるはずですが、深海にいる限りは何人ならぬ何魚たりとも深海魚たちに脅威を与えることはできません。

人間界においても、とかく非戦闘的で優しく口調も穏やかで、敵を一切作らないという羨ましい性格の方がいたりします。こういう人は、精神上の深海にいるのであり、ある意味『無敵』です。敵がいないので。僕のようにダメなものはダメ、キライなものはキライとはっきり言うようにしていると、本人が意図せざるところで敵ができてたりするものですが、こういった方はまずそんな事態を生みません。敵がいない状態こそまさに『無敵』です。

どの『無敵』を目指すかということは、実は結構重要なことだったりします。バッタバッタと敵を倒していく第一の『無敵』は見た目が結構格好いいもの。しかし当たり前ですが大変です。そしてどの人もが身につけられる種類の強さではありません。一人の強者がいれば、残りは全員弱者となってしまうため、そのオンリーワンになるに向けてナンバーワンを目指さねばなりません。

第二の『無敵』は、場合によっては第一の『無敵』よりも短期間にその『無敵』状態が解除されることがあります。パーを出してグーに連戦連勝していても、ある日先方がチョキを出すようになれば、もうアウトです。相手がよほどのおバカさんではない限り、ジャンケン同様に打ち手を変えられることがあります。お互いに手を変えているうちに、疲弊するなんてこともあります。

第三の『無敵』は、戦う土俵選びさえ間違えなければ、勝利の独占を得ることができます。自分がどの土俵であれば敵がいない状態を作れるか、という選球眼に似た感覚が勝負を分けるのですが、一旦それが出来れば、誰とも戦わずに済み、そこで余裕をもって生きていくことができます。ただし、例えば幼少期に野球選手を目指さずに、よりセンスのあるセパタクローの選手を目指す、といったように、他の人と同じ土俵で勝負をしないということに関する一種の勇気は必要です。他と一線を画するということに対する逡巡や羞恥心との決別は、特に僕たち日本人にはなかなか難しいものがあったりします。

今、第二および第三の『無敵』状態のつくり方を勉強中です。自分を実験台として色々試してますので、この『無敵』状態がある程度出来上がったらまた一回まとめてみたいと思います。僕はラオウを目指してますが、本当は戦って勝より戦わずに勝っていたいのです。だって眠いし。そしてその時間を昼寝に使いたいのです。だって眠いし。そう、惰眠を貪るのって、至上の幸福なのです。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!
読んでいただいてる方の刺激と気付きになれば嬉しいです。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。