ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

プロの悲劇

time 2013/09/05


先日甲子園が終わりました。今年も感動感動の嵐でしたね。今日は『プロ』について。

『貴方は今の仕事に関して、プロですか?』と聞かれたとき

A:ええ、プロフェッショナルです。

B:いやぁ、プロだなんてまだまだ・・

と大きく二種類の答えがあるかと思います。Aと答えた方は健全です。もっともっと精進しましょう。Bと答える方は、厳しい言い方をすればその仕事を辞めた方が良いです。確かに技術の巧拙や実績が若い頃は不安定ということもあるかと思います。が、その仕事の対価としてお金をもらっているのであれば、それはどんな仕事であれ、『プロ』です。駆け出しだとしても、患者さんから見れば立派なお医者さま。何もプロ野球の選手だけが、プロサッカーの選手だけがプロなのではありません。社長も部長も課長もヒラも新入社員も、みんなプロです。

で、甲子園の話に戻します。甲子園を目指す高校の数、なんと4000校。甲子園を目指す高校球児の数、なんと17万人です。そのうち全員とは言いませんが、ほとんどの選手が朝から晩まで、雨の日も風の日も、甲子園を目指して練習をしています。夢に向かって走るという美辞麗句は、その本質としては野球以外の遊びを一切せず、一心不乱にただ野球だけに打ち込み、同じように努力している敵の夢を摘み取りながらの行軍となります。17万人もの真剣な人間が、甲子園に出たい、甲子園で優勝したい、プロになりたいという夢を掲げて全力で数年間戦うわけです。

しかしそんな選手たちの中で、甲子園に出場できる高校にその時点で在籍しているのはわずか、そして試合に出られる選手となると、その数分の一です。そしてその中から更にほんのひと握りの選手が、ドラフトにかけられ、『プロ』になっていきます。そしてその後も、巨人軍に代表される選手層の厚みが眼前に立ちはだかり、激しいポジション争いが繰り広げられます。甲子園優勝選手と言えども、長期に渡り活躍できるのは本当に本当にごく少数です。

それが『プロ』です。人生全てをかけてやってきたことが、すべからく報われるとは限らない世界。そして成功した者が同じくすべからく尋常ではない量の努力をしている世界。しつこいようですが、それが『プロ』です。

ビジネスの世界ではどうでしょう?冒頭でAと答えた人、立派です。僕の周りでも、自分をプロと自認している人が沢山います。士業の方も、まさか自分がプロではないとは言えないでしょう。保険屋さんも同様。

しかし、しかしですよ。甲子園に出場するような選手たち、その後プロになっていく選手たちと同様程度の時間をその仕事に捧げて、命を削って、他に目もくれずに全力を傾け、寝ても覚めても甲子園!と叫べるほどの熱意を以て今の仕事に没頭できている『プロ』の人は、果たして大人の世界にどれぐらいいるんでしょうか。

思うに、世の中にはあまりにアマの延長戦上で『プロ』を語る人が多いのではないかと感じることがしばしばです。アマチュアのマインドで『プロ』になると、それはただの不幸。業績や実績や結果で全てが評価され、それ以外の評価軸がない世界で、出てくるのは結果ではなくて不平と不満だけです。ある意味で、努力したというアピールは何の意味も持ちません。努力はしたけれど患者さんを救えないお医者さんは、ただのヤブ医者と呼ばれておしまいです。

しかし一方で、どの職業においても、プロ野球選手と違い実力ではなく資格や試験でプロの階級を与えられる仕事がわりと多いですよね。結果、本当のプロとアマチュアの延長戦上にしかマインドもスキル置いていない偽物のプロに分かれてしまう。これはプロの悲劇と言っても良いと思います。

結果でしか評価されない世界だからこそ、結果を出すための努力は全力を以てしなければならない。甲子園の球児たちを見ていて、大人であり『プロ』である自分がどれだけの努力を出来ているのか、それだけの努力を出来ているのか、自問自答しまくっていたので、赤裸々に語ってみました。後輩たちに読んでほすぃ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!
読んでいただいてる方のシゲキとゲンキとキヅキになれば嬉しいです。

我が生涯に一片の悔いなし!

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。