ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

2つのファインプレー

time 2013/10/07


スポーツの秋がやってきました。これから娘の運動会のパパ競争、フルマラソン、リベンジ極真試合などなど、イベントが目白押しです。さて、スポーツと言えば心躍るのはファインプレーです。このファインプレーについて今日は考えてみたいと思います。

思うに、ファインプレーには2種類あります。1つ目は、所謂本当のファインプレー。イチローなどのスター選手が見せる、あるいは魅せるプレーのことです。野球で言えば、基本練習を死ぬほど繰り返し、フィジカルを死ぬほど鍛えたアスリートが、それでも通常のプレーでは及ばない場所に落ちそうなボールをキャッチするために飛びついたもの、それがファインプレーです。(ある番組で、本当のファインプレーというのはこういうものだという例をやっていました。それは、派手に見えないファイン=良いプレーこそが本当のファインプレーというもの。ゴロが飛んでくる前に、投手の配球や打者の打撃の癖を読んで、ほんの数歩、守備位置を『事前に』移動するヤクルトの宮本選手などは、本当のファインプレーヤーなのだそう。)

もう一つは、準備が出来ておらず、プロセスはダメだが結果よければ全てよし的に火事場のクソ力で無理やりボールを拾ったもの。ファインプレーに見えるけれども、その実、日頃の鍛錬が足りないがために見た目がファイン(というか派手)になってしまっているプレーを指します。優秀な外野の選手は打球が上がった瞬間に、打球音を参考にある程度まで落下地点を予測して全力で動くことができますが、その動き出しが遅くなると、結果的に飛びついてのダイビングキャッチとなってしまいます。

どちらもファインプレーに変わりはありません。が、前者は実のところ良いファインプレーで、後者は悪いファインプレーといって差し支えないと思います。

僕は大学受験の時に、高校三年生の2学期の受験間近のテストで偏差値8を叩き出しました。ありとあらゆる同級生にバカにされ、奮起して1日15時間×4ヶ月間勉強し、(視力も活かして)何とか現役で大学に合格しました。誰から見てもスーパーなファインプレーでした。が、そもそも1年生からサボリにサボってきたツケが来ているだけということは、自分が一番よくわかっていました。受験が終わってわずか10日ほどで全ての知識が抜けてどっかに行ってしまい、結局あの勉強はなんだったんだと途方にくれ・・・なかったです、はい。悪いファインプレーの典型ですね。

前職でも同じく営業職でしたが、その評価の指標としてリニアリティ(Linearity)というものがありました。これは、クオーターなり年度なりの目標値に対して、『ちゃんと直線的に業績が上積みされていっているか』というもの。結果よければ全てよしじゃないかと当時は思っていましたが、その評価指標によると、最終日に無理やり数字を入れてくるような営業というのは、コツコツと目標を達成した営業に比べて全く評価されないという風潮がありました。組織として数字が読みにくくなるからです。会社として、悪いファインプレーを嫌う傾向にあったと言えるかと思います。

一方で毎日懸命に動いていると、例え目標の達成が遠く厳しいなあと思うような時でも、締めの間近になって想像もしていなかったような大きなご契約をお預かりすることがあります。まるで神様のご褒美なんじゃないかと思うような案件が、本当にいきなり目の前に現れるのです。確かによく考えてみれば偶然の積み重ねであり、そしてそれを手繰り寄せたのは自分自身の努力なのですが、たまに信じられないような場面に遭遇します。これは全力を尽くしているがゆえの、本当のファインプレーです。

僕はタイプ的に悪いファインプレーがとっても得意で、それを良いファインプレーが出来る人間になりたいと思って精進しているのですが、なかなかうまくは切り替えられません。ま、今良いファインプレーをかますための素地は着々と整いつつあるので、これからは大して派手なプレーをしないようにしていきたいと思います。貴方のファインプレー、どちらでしょう???

最後までお読みいただき、ありがとうございます!
読んでいただいてる方のシゲキとゲンキとキヅキになれば嬉しいです。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。