ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

Connecting the dotsなんてクソくらえ(注 ジョブズは好きです)

time 2013/10/10


人生の話をしていると、必ず出てくるのが’Connecting the dots’の話。有名なスティーブジョブズのスタンフォード大学におけるスピーチに出てきた話です。(ちなみにこれを知らないと、ビジネスマンとしてはちともったいないことになるので見たことない方は一度見ましょう。日本語訳のもあります。)

この話、とってもいい話です。だから是非に参考にしたいし一人でも多くの人に知ってほしい。一点気をつけなければいけない点があるとしたら、、dotsをconnectしたときはいいが、dotsをconnectする前はどうすべきかということ。dotsをconnectして初めて、意義を見いだせることというのは世の中に沢山あります。でもそこまでいくんにはどうすんの?

世の中には、たくさんのスゴイ人たちがいます。何についてスゴイかと言うと、dotsをconnetctさせたら天下一品という能力を持っている人たちがそれに当たります。しかも他人や他の会社のdotsをconnectするのに長けている、そういう人たちです。

バブル時代の狂騒にしろ、リーマンショック前の熱狂にしろ、スポーツの悪魔的魅力にしろ、事が起きてから、起きた事象の論理的な理由付けだけを専門的にこなし、それで多くの人に影響を与える暇な人(言い杉?)が、世の中には本当にたくさんいます。

勿論、中には本当に未来が見える人もいるでしょうし、分析に分析を重ねて論理的思考の帰結として正解を出すことが出来る人もいるでしょう。でもそんな人はごく少数で、ほとんどの人は後から必然的に見える『それ』に関する道筋を辿るだけです。リーマンショック前に、全世界の超一流アナリストのほとんどがリーマンショックなどが起きることすら想像していなかったのと同じように、そして事が起きてから不思議なほど『それ』を予測していたという論陣が増えたのと同じように、プロですら当てにならない、そんな感じです。

言葉を選ばずに言えば、『そういう人たち』というのは、決して自分の足で前に進むのが得意なわけではありません。ただ、人が通った道に名前をつけるのが得意なだけです。

常々思います。解説者や評論家になるな、プレイヤーでいろ、と言葉を替えてよく言われるあの格言。よくよく吟味すると、解説者や評論家というのは、道に名前をつける人たちのことです。じゃあプレイヤーは?

プレイヤーとは、途中では何やってるかワケが分かっていない、そんな時期を耐える人のことを言うのだと思います。dotsがconnect出来るのなんて、数ヶ月、数年、もしかしたら数十年後かもしれません。もしかしたら、意義自体が死後に見出される、なんてこともあるかもしれません。ゴッホのように。それでも、ワケわからないながらも前に進むことが出来る人、それがプレイヤーだと思います。

いくらdotsをconnect出来たって、半径1cm四方の面積じゃつまんないよ。どうせならあっちこっち点が飛んで、面積がでっかくなるように生きなきゃ!dotsをconnectして喜んでるだけの人生なんてクソくらえ!ってことです。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!
読んでいただいてる方のシゲキとゲンキとキヅキになれば嬉しいです。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。