ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

めでたい日、そして旅立ちの日

time 2013/10/22


※先日FBにアップしたものを、忘れないために形に残しておきたく、こちらにもアップします。少し手を加えました。

先日、娘の4度目の誕生日を迎えた。1人の被写体に対し、6人の大人がシャッターを切りまくる。ビビデバビデブティックで王家のメイクをしてもらった。芦田まなちゃんがいかにスゴイかよく分かった。引きつった笑顔が、引きつったまま形を変えていき、もはや本当の笑顔を思い出せないようだ。
生まれてきてくれてありがとう。ただそれだけの言葉しか出てこない。君がいなければ、俺の人生の色はもっと単調で、そしてもっとくすんでいたこととは間違いない。人生で踏ん張れる数も、きっと圧倒的に少なかったことと思う。

本当にめでたい日。だけど悲しいこともあった。
俺が高校2年生のときにうちに来た愛犬その2のリキが、娘が生まれた日を祝うちょうどその日に、旅立っていった。ただ寝ているだけのようだ、という表現は本当だった。初めて泊まりに来た日に飯島愛のビデオを勝手に人の家のデッキに差し込むような、最高に最低で最狂なサッカー部の奴らに踏みつぶされそうになりながら、何故かキャプテンに抱かれて寝ていた、赤ちゃんの頃のリキの姿が懐かしい。
遡ること4年前、娘が生まれるほんの少し前、愛犬その1のポポが旅立っていった。ポポとは中1から一緒だった。当時小学校時代から恋してたコの家まで結構な距離を何気なくポポと散歩し、何気なく出逢って何気なく仲良くなる、というのが、1990年代序盤における俺の戦略だった。コンティンジェンシープランを持ってなかったので、一度偶然そのコに出会ってしまい、しどろもどろになった末、この戦略は廃止された。

どちらの犬も、犬ではなく家族だった。家で1番エライ人にひざまずき、それ以下の人には蔑みの視線を送るという家庭犬の性質を、1ミリも逸脱しない極めて優秀な駄犬だった。

二匹はとても仲がよく、よくじゃれあっていた。ポポはコーギーの雑種、リキはヨークシャーテリアの純種だったので、リキの方が血統はちゃんとしていて品もあったが、なにせポポの方がデカかった。縦、横、幅それぞれ2倍ずつあり、体重は8倍(2kgVS16kg)あったので、リキはよくポポに踏み潰されていた。小型犬ゆえの柔軟性でなんとか乗り切っていたが、傍目には犬が犬を虐待しているようにしか見えなかった。

どちらも、男ばかりで寒風吹きすさぶ俺の家に潤いと笑いをもたらしてくれた。どちらもなかなかに出来が悪く、何度教えてもポポは机の下からジャンプしてきて人の脇の下からぬっと顔を出して食べ物をかっさらっていったし、リキは何度言っても飼い主とそれ以外の人の区別も出来ないようだった。

二匹は、それでも段々と歳を取っていった。いつの頃からか、段々足が弱くなっていって、一緒に全力で走っていた日々が懐かしく、そして二度と手に入らないものであることが、徐々にだが分かるようになっていった。

俺は20代のほとんどを名古屋で過ごしたため、なかなか二匹に逢うこともできず、結婚や出産や仕事や引越しもあり、そんなに何度も実家に帰ることは出来なかった。

徐々に歳を取っていった二匹は、人間で言えば100歳近い年齢になった。そして、家族に迷惑をまずほとんどといってよいぐらいかけることなく、いずれもおかんの腕の中で旅立っていった。
その2犬はもうこの世界にはいない。そして娘は、ワケも分からず、でもほんのちょっと事情を理解したらしく、目に涙を浮かべながらリキがお星さまになったと言った。二匹のお星さまは、たぶん本当に娘を見守っていてくれてるのだと思う。

命は紡ぐもの、そして繋ぐもの。そういう陳腐な使い古された、でもとても本質的な表現を、改めて大切なものだと感じた日。
本当におめでとう。そしてありがとう。あと、悲しいけどさようなら。
色んなことに感謝します。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。