ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

フルマラソン惨敗日記 その5

time 2013/11/09


※しばしの間、マラソン関係のエントリを書きます。興味ない人はごめんなさい。

※主な登場人物(本人たちの名誉と匿名性維持のため、どこの誰かわからないように一応仮名にて表記します。)

元帥:ランの師匠。仲間内の最高位に位置する、物腰柔らかい屈強な漢。恐らくどこかの特殊部隊に属してたとしてもおかしくないであろう黒光りした風貌だが、指導は非常に優しい。ITとフィジカルが強い凄い税理士さん。

熊:ライバル。俺が仙道だとしたら彼は流川。俺が丸ゴリだとしたら彼はゴリ。俺が悟空だとしたら彼はベジータ。恐らく熊も俺を逆の立場から同じように見ていると思う。つまりどっちも自分が優位だと思っている。互いに、今回の戦いに焼肉をかけている。De部所属。ラン経験は明らかに先輩。

小僧:ライバル。推定体重60kg前後の小柄な体型のため、俺とは25kgほど違う。1kg=1分のハンデで焼肉を賭けた。フルマラソン完走経験はないが、やはり走るのは早い。De部を強烈に意識していて、夜もよく眠れないらしい。スリム部所属。

愉快な仲間たち:ほとんどがラン初心者。経験者も、初心者のフリをしている。そんな愉快な仲間たち。

De部:俺が部長を務める部活。80kg以上の体重の者のみが入部を許される。80kgを切ったら退部の上、関連子会社に出向。ライバルはスリム部(55kg~68kgらへん。)負けたら倍返し。

【あらすじ】

快調に走り出し、途中まで本当に快調だった俺。しかし、当初『こいつがラスボスに違いない』と考えて入念に対策を打っていた『ヤツ』を倒したあと、その『ヤツ』がただの使い走りに過ぎなかったことを知り愕然とする。本当の敵は、その気配すら感じさせずに、突然やってきた・・・

【25km~30km】

俺には当初、プランがあった。今回の初フルマラソンを走りきり、目標を達成するための大まかな戦略だ。それは、以下の感じだ。

~5km ゆっくり走る:恐らく周りは逸るに違いない。しかしそれに流されず、ペースを堅持すべきだ。実際には心配するまでもなく全体としてゆっくりだったが。

~10km ノリで走る:初フルマラソンの喜び、チャレンジ出来る喜びで、勝手にペースは上がるものと思われた。事実その通りだった。

~20km 実力で走る:ここまで育んできた実力通りの力で、過不足なく走る。とくにここまでの不安はなかった。OPP以外は。

~30km 気合いで走る:さすがに30kmまで『ちゃんと』走ったことはないので、ここは実力以上のものを出し切るしかないと思った。

~40km 気力と音楽で走る:恐らく、カラダが言うことをきかなくなっているはずなので、自分を鼓舞し、ある意味騙しながら走る。

~ゴール 死ぬ気で走る:あとはゴールするだけ。この一番を耐え抜け、とカラダ各所に厳命。

非常にざっくりした戦略だが、素人的にはこれはこれでそれなりの意味を持っていた。とりあえず、5kmまでゆっくり、10kmまでノリで走ることが出来、OPP大戦はあったものの、20kmまで実力で走ることもできた。しかし、25km地点でいきなり『ガクンっ』と『ズンッ』が来たため、目標とした30km地点よりはるかに早く、気合で走ることを余儀なくされてしまった。

急激に重くなるカラダ。特にどこがというわけではなく、カラダ全体がいきなり疲労困憊に追い込まれた感覚だ。もしここで止めたとしても、その日はぶっ倒れて、翌日はがっつり疲労感が残って『もうだみだ~』と言えるほど、疲れていた。元帥の忠告に従って、ここまで補給は完璧にやってきた。俺の中の兵站線は、いちども切れることなく、前線に兵糧を届け続けた。しかし肝心要の軍の戦力自体が、そもそも足りてなかったことに、このとき初めて気づかされた。いや、知っていたけれど、身を以て体感させられた。

ついに歩いてしまった。ほんの少し休んでまた走ろうと思っていたが、『ほんの少し』が『もう少し』になり、『あの看板まで』とどんどん距離が長くなるのに、そう時間はかからなかった。まだいいじゃないか、まだいいじゃないか。心の中のどこかから、あまーい声が聞こえてくる。

しかし体力的に限界にきたわけではない。まだ肺の活力は残っている。問題は足だ。こんなところで休んだら、焼肉を賭けている熊や小僧に笑われる。『うひゃひゃひゃー』とか言われたら、もう殴ってしまうかもしれない。勿論そんなことを言う彼らではない。ナイスガイとナイスベアーである。が、なぜかこのとき、情けない姿の俺をせせら笑う彼らの顔が浮かんだ。追い込まれたとき、ライバルへのちょっとした対抗心や敵愾心、嫉妬心は貴重なエネルギー源となる。元帥は師匠であり、軍の最高位に君臨している。憧れではあるが、なかなかそんな人をライバルと目することは難しい。目標達成には、師匠とライバルの二つのベクトルを持った存在が必要である、そんな自明のことが、改めて俺の腹の中に刺さってきた。

なにはともあれ、ひとつの区切りである30kmを、何度も歩きながら目指す。。人は目標が実現可能に思えない時、自分の中に隠し持っていたり、存在を誤魔化していた弱さが露呈する生き物である。。

【30km~35km】

『応援ありがとうございます作戦』というそのまんまな作戦を、実は元帥からレース前に伝授されていた。これは、見ず知らずの人をボランティアで応援してくれる道路脇の人たちに、『ありがとうございます!』とサインを送ったり、ハイタッチをしたりしてエネルギーをもらうというもの。本番が始まる前は他のことで頭がいっぱいだったものの、とうの昔に限界を迎え、あとは気合いで走るしかないという境地に至って、ふとこの言葉を思い出した。

それまでも、沿道の人たちには積極的にお返しをしていた。自分の走りだけに集中するランナーが多いなか、わざわざ応援に来てくれた人たちに、できる限りありがとうを言ったり、それができずとも反応して応援の手応えを感じてもらえるようにしていた。ありがたいし有難い。その気持ちを伝えたかった。しかしそれは、体力がまだ有り余っている状態では、感謝の気持ちが上辺だけだったかもしれない。

カラダの中に使える資源がもうない、明らかに限界だ、という段に至って、今まで意識的に行っていた『応援ありがとうございます作戦』が、無意識に、そして本格的に発動するのが分かった。つまり、感謝が湧き出てきて溢れ出てきて止まらなくなったのだ。ここまでは意識的に感謝をしていた。そうするべきだとも思っていた。そうではなく、本当に心の底から、『ありがとう!』という気持ちが噴出してきたのだ。

こんなカッコ悪い俺、こんなダラダラしか走れない俺、しかも別にその人と何の関係もないはずの俺を、こんなにも応援してくれる。なかには、家族総出で応援してくれていて、甲高い声で『イェーイ!』と手を出してくれる子供たちもいた。アフロのズラと、無駄にデカイ手のひらオブジェをまとった一団もいた。手のひらがデカイので、とてもハイタッチがしやすかった。梅干や黒糖、塩、雨、チョコなど、自分の家の兵站線を傷つけてまで、彷徨う兵士に兵糧を寄付してくれる人もいた。大会を運営してくれているボランティアの人たちは、その膨大な準備の負荷を微塵も見せずに、笑顔で応援してくれていた。

全ての人の全ての応援が、1かけらたりとも無駄にならずに、カラダの奥底にほんの少しだけ残った力を呼び覚ましてくれる。まだやれる。これ以上早くは走れないけれど、現状維持ならなんとかできる。走っているのではなく、足を前に出しているだけ。もっと言えば、カラダを傾けているので勝手に足が前に出て、それを支えているだけ。そんなカッコ悪い姿で、最大になりつつある応援の渦をくぐり抜けていく。ありがたすぎて、涙が出そうになる。

なんとかたどり着いた35km。トッププロにとってはここからがスパート。しかしアマチュアの、しかも素人にとっては、ここからが本当の地獄と言われている。あと7km。本来ならばあと30分程度で戦いは終わる。その30分が、全く耐えられる自信のない地獄だという感覚。その想いが、俺の心を支配していた。。

~続く~

家族とか教育とかの話

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。