※しばしの間、マラソン関係のエントリに集中します。輝く思い出を忘却の彼方に葬り去りたくないので。
※主な登場人物(本人たちの名誉と匿名性維持のため、どこの誰かわからないように一応仮名にて表記します。)
元帥:ランの師匠。仲間内の最高位に位置する、物腰柔らかい屈強な漢。あとは惨敗日記前半を参照。
熊:ライバル。俺が仙道だとしたら彼は流川。あとは惨敗日記前半を参照。
小僧:ライバル。推定体重60kg前後でスリム部所属。あとは惨敗日記前半を参照。
Mr.フレンド:スリム部所属のライバル。推定体重55kgで、俺とは約30kg差。マラソンという競技において、最もポテンシャルを秘めた男。俺は彼をライバルと思っていたが、彼は全く俺のことなど視野に入っていなかったらしい。
ミススマイリー:ワンピースに出てくる七武海みたいな名前だが、なんと弁護士。七武海は法律を破っているはずだが、ミススマイリーはその精密な頭脳と100万ユーロの笑顔で今日も悪を裁く。
幽閉:俺に無理やり巻き込まれてフルマラソンに出ることになった戦略コンサルタント。ロジカルシンキングが得意だが、結構色んなことにうっかりしている。
愉快な仲間たち:ほとんどがラン初心者。経験者も、初心者のフリをしている。そんな愉快な仲間たち。
De部:俺が部長を務める部活。80kg以上の体重の者のみが入部を許される。80kgを切ったら退部の上、関連子会社に出向。ライバルはスリム部(55kg~68kgらへん。)負けたら倍返し。
 
【あらすじ】
40km地点で完全に足が止まり、しかし自らのプライドをかけて走ることを決意した俺。奇跡的に復活し、その実そのように思い込み、最後に残った1ミリリットル程度のエネルギーを推進力に変えて、今度こそ見えてきたゴールに向かってひた走る。ついにゴール。出し切ったことで、ある意味空っぽの状態でゴールとなったため、感動よりも感無量、というか無を感じていた。
 
【ゴールの無】
事前に『ゴールではすぐに時計を見てしまうが、ナンセンス。
『最後に写真を撮ってもらえるため帽子とグラサンを取りドヤ顔で正面をむくのが望ましい。』という情報を信頼できる情報機関から得ていたので、ゴール直前で時計に指をセットし、ゴールでは点を決めた時のメッシやカカのように両手の指を立て、プラトーンのように天を仰いでゴールをした。
事前予想では感動で泣くかもしれないと思ったが、どちらかというと感『動』ではなく、感『無』だった。何も感じなかったわけではない。ただ、『無』を感じていた。
終わったんだ。もう走らなくていいんだ。自分の限界をはるかに超えて、出し切ったんだ。そう思うと、嬉しかったというより、安心したというのが正直なところだ。勿論、このあと喜びが源泉かけ流しの如く溢れ出てくることになる。
 
完走メダルをもらって着替えを取りにいこうとして歩いていたら、自分が全く歩けていないことに気づいた。
機械油を全く差してもらえなかった機械のように、股関節がギシギシいってて全く歩けない。大腿もふくらはぎも、激痛が走る。イメージはスターウォーズのC3POみたいな感じ。足が全く前に出ないのだ。時速500mぐらいが限界だったと思う。
出走前に着替えを置きにいったときになんとも感じなかった200mほどの道のりが、異様に長く感じられる。とにもかくにも、全く前に進まない。よくこんなんで走ってこれたもんだと、素直に自分に感心する。
 
着替えをようやく手にし、さぁ着替えようとして大事なことに気づいた。今しゃがんだら、きっと二度と立てない。
靴下を脱ごうとふくらはぎに力を入れただけで、間違いなく吊る。つまり、着替えられない。俺は仕方なく道にしゃがむ、のではなくむしろ倒れこみ、悲鳴を上げながら下半身の着替えを諦めた。そしておもむろに上半身の着替えだけを済ませた。
ゴール付近では会えなかったが、やっと見つけ出した娘が満面の笑みで近づいてきてくれた。抱っこをせがまれたが、今の俺はそのために上半身を曲げてかがむことも、持ち上げることも、歩き回ることも全く出来ないので、丁重にお断りするしかなかった。
抱っこも出来ない父親に、娘は軽く失望したようだ。それからしばらく冷たかった。女性を怒らせてはいけないと、改めて学んだ。義母には『おつかれさま、すごかったね』と言ってもらえるかと思ったら、一言、『あんたクサイわよ』と言われた。『限界を超えた人間の汁です』と言い返したが、どこか寂しかった。
 
【仲間、集う】
元帥はこの軍のトップに位置する御仁のため、当然のことながら先にゴールしているはずだったが、他のメンバーはどうか分からない。
探すことにした。・・・ら、熊が山王工業の河田弟みたいな顔をして、『羅王さーん!!!!』と声をかけてきた。熊も無事にゴールしたようだ。
 
最後の数日感を一緒にトレーニングし、最も互いを意識したと思われる熊。二人共De部所属で、体重もほぼ同じ。走っても痩せないという悩みも共通している。
優しい見た目の割に結構嫉妬深く、俺が飲み屋でコーラをただ一人飲んでいたらそれ以降コーラを注文するようになり、俺が手羽先の山ちゃんでカルピスミルクを頼んでいたら、物欲しそうに同じものを頼んでいた。
熊はいつも人がやっていていいなと思えるものをすぐにマネしていたため、『二番煎じ』と言われ続けてきた。が、ある日いい加減独自の特徴を出そうとして86kmマラソンにエントリーして優越感に浸っていたら、となりにいたメンバーが100kmマラソンにエントリーしていたことが判明し、あっという間に話題の中心から外されていた。
今度は『世界一の二番煎じ』を目指し始めたらしいが、実は自分で言うのもなんだが俺自身が人のパクリを自分の力に変えて今のステージまで来ているため、『貴熊は世界二位の二番煎じですね。私が世界一です。』と宣告したら、なんだか嬉しそうだった。
 
その熊と、勝利のハグをした。実はこの二人、仲間内ではほとんど期待されていない二人だった。だってDe部だし。
走るのに明らかに向いていない体型にも関わらずフルマラソンをエントリーし、完走したのは意地以外の何者でもない。このとき、俺たちは流川と桜木のように、悟空とベジータのように、サガとカノンのように、浦飯と桑原のように、翼くんと岬くんのように、承太郎とポルナレフのように、輝いていたものと思う。
ちなみにクリリンとヤムチャと天津飯では、実はクリリンが一番強いということはあまり知られていない。
 
中央パネル付近に移動し、しばらく待っていると、続々と仲間がゴールして戻ってきた。
一人戻ってくるごとに、ゴールの時にあれだけ無だった感情が急激に盛り上がり、嬉しさがこみ上げてきた。一人一人と、がっつりとハグをした。
どうしようもない体力しかなかった俺を、めげずに指導してくれた元帥、ライバルの熊、小僧、Mr.フレンド。他にも、ここには書ききれない多くの愉快な特徴をもった愉快な仲間たちが一人、また一人と集まってくる。みんな、心から出し切ったと言える、最高の顔をしている。
 
本当に本当に、一分の疑いもなく全員で完走を喜んでいた。しかし。。そう、ケジメはつけねばならない。
俺は新卒の時に外資系の会社に入社し、今は完全成果主義の世界にいる。どちらも生き残りが極めて難しい、結果を求められる世界だ。玉虫色ですねと結論を濁して許される世界ではない。
フルマラソンは確実に自分との闘いだ。しかし、今回は少なからぬ割合で、ライバルとの闘いでもあったのだ。そう、熊と小僧、この二人とは、事前に焼肉で握っていた。熊とは同じ体格のためグロスで握り、小僧とは体重差を鑑みてハンデ付きで握っていた。
レース中はそんなことは忘れていたし、完走した今となっては喜びに満ち溢れているのだが、結果は結果として冷静に受け止めなければならない。ここでうやむやにしてしまっては、画竜点睛を欠いたイマイチな小説や、最後の物語がフェードアウトしてしまったHunter×Hunterと同じだ。
銀行員の世界では、結果によって査定や勤務先が変わることは当たり前とされている。それぐらいのことは、あのドラマのおかげで世間も嫌々ながら理解しているはずだ。
俺にともにグロスで敗れ去った熊と小僧に、俺はそっと出向を告げた。。
 
【そして打ち上げへ】
俺たちのチームでは、打ち上げは基本的に焼肉と決まっている。しかしある一定以上の距離を走った時は、ラクーアなどの温泉施設にて療養することにしている。
付近の施設が混むことは予想できたが、なんとか空いている施設へ滑り込むことができた。風呂で互いの健闘をたたえ合う。本当に最高の瞬間だ。スリム部の面々とも、再戦を誓い合った。
俺が滝に打たれていると、向こうで幽閉が頭を洗っている姿が見えた。世界有数のコンサルティングファームに勤めている彼だが、俺に無理やり巻き込まれる形で今回のレースにエントリーしていた。怪我の痛みに耐えながらも、今回一番長い時間、あの地獄を闘い抜いた英雄だ。
得意のロジカルシンキングでいつもメンバーの間になるほどと唸らせるインサイトを提供してくれるが、その反動からかよくうっかりサングラスを無くす。なまじ資金力があるため結構良いサングラスを買うのだが、それでもうっかり無くす。そして電車もうっかり乗り過ごしてレースに出られなかったりする。
ロジカル過ぎるのも考えものだなと思う。この日もうっかりサングラスをなくしたらしく、後から聞いたら失意の底にいたらしいが、カラダを洗う姿はまるでどこかの代紋組織の幹部のようだった。
 
さぁ飯だ。
フルマラソンで消費するカロリーは、体重にもよるが俺の場合は大体5000キロカロリー。まぁ普通にしていて消費する量ではない。腹が減る。
が、胃が何万回も揺れるフルマラソンという競技においては、実は胃を痛めることが結構多いのである。De部もスリム部も、元帥もその他メンバーも、一様に箸が進まないようだった。食欲とは正反対に異様な量が盛られて出てくる料理に辟易しながらも、皆で今日の感動を改めて分かち合っていく。幸せや達成感というのは、こういう時間を共有できる仲間がいるかどうかなのだと思う。
 
もっと正確に言えば、『仲間』が『戦友(とも)』になったと思う。確かに地獄のようにキツかったし、もう一回やれと言われれば無理と即座に答えたと思う。しかし、誰からも後悔の言葉は出てこない。むしろ、次はどうする!次はどうする!と、次々にチャレンジの言葉が出てくる。みんな適度にアタマがおかしくなっているようだ。
ライバルの熊はまるで戦時の米国諜報部隊のように情報収集に勤しんでいて、俺にずっと色々なことを聞いてきた。しかし、熊は自分自身の情報は何一つ出そうとしなかった。テイク&テイクを地で行っていた。嫉妬が最高潮に達したらしく、疲労困憊なはずなのに俺に見せつけるように、階段を駆け上っていった。彼の嫉妬力は侮れない。
 
最後に皆で元帥への感謝を込めて胴上げした。持ち上げる自信はあったが、落ちてくる筋肉の塊を支える自信は誰にもなかった。そんな体力は誰にも残っていなかった。
元帥には一応、『最悪落としてしまうかもしれない』と告げた上で、胴上げのセットポジションに入っていただくことにした。うっかり落ちるかなと思ったが、ギリギリのところで踏みとどまることができた。落としてしまったら、元帥の強靭な筋肉で、下のコンクリートに致命的なダメージを与えてしまうところだった、危ない。
最低最悪の経験をして、最高で最幸の感動を味わったあと、解散。
これで、俺の初フルマラソンは終わった。これにて一旦おしまい。全てに感謝!
~おしまい~

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