日本一赤裸々な野辺山100kmウルトラマラソン日記 その8


59kmのチェックポイントでは、自分の弱さが全面的に侵略してきて危なくリタイヤ受付に駆け込むところだった。

 

がしかし、同じように苦しみ、同じように頑張る仲間たちの姿を見て、少なくとも最初のリタイヤをかますのだけはやめようと思った。

諦めることを諦めた、そんな瞬間だった。

59km〜71km

59kmのチェックポイントである北相木村役場からの出発は、俺はたぶん仲間たちより数分早かったと思う。仲間たちとの会話より、自分の中で絶望的に開きかけた目標と現実とのギャップを埋める方を選んだってこと。

本当は、みんなと話したい誘惑はたっぷりあった。

仙人に、『脚痛いっしょー無理しないでくださいねー』、なんつって。熊に、『血豆大丈夫?間に合わないかもしれないけど、完走だけはしようね』、なんつって。小僧に『いやーこんな時までタバコなんてスゴいわぁ。どうする?どこでリタイヤする?』、なんつって。ハラルに『制限時間に間に合うか間に合わないかは別として、負けた方が鮨オゴることにしようぜ』、なんつって。

外部との同調というのは、最も心に負担の少ない生き方だ。だけどそれは時に、目標の達成からは遠ざかる意思決定にもなりうる。

59km地点での俺は相当弱っていた。リタイヤすら本気で考えていた。そんなときにみんなと話したら、弱音を吐いてしまいそうで、しかもプレゼン力抜群の貫通力ある弱音を吐いてしまいそうで、自分にも仲間にも悪影響を及ぼすであろうことが分かっていた。

仲間は大切だ。だが、大切だからこそ、自分の未達の原因を仲間のせいにしてはならない。胸を張って自分が彼らの仲間として存在するために、今俺がすべきは会話ではなく、回復だ。

だから俺は、皆の姿を横目に見ながら、粛々と一人で回復と決意に努めた。

目標に到達する一番の近道は、目標に焦点を当てることだ。隣を走っている誰かを見ることではない。話しにいくことも、弱音を吐きにいくこともとても簡単なことだったけれど、俺は目標にだけ焦点を当てることにした。

そして、後ろ髪引かれながらも、一人孤独にチェックポイントを出発することにした。(結果的にこの数分早く出たおかげで、制限時間2分前のゴールへとつながった。神は細部に宿る!)

この出発した瞬間から、俺はどこかふっ切れたように思う。ここから先、『もうダメかも』、『間に合わないかも』、『やめちゃおうかな』とは、不思議と一度も思わなかった。

※補足
仲間は大事だ。これに疑問の余地はない。しかし多くの場合、定義を間違えたりしてはいないだろうか。
仲間>目標、となると、妥協が生まれる。これは一見仲良しに見えるが、実のところそれはただの馴れ合いだったりする。仲間が推進力になるどころか、エンジンブレーキになってしまってる例はとても多い。
シビアなようだけれど、逆だ。目標>仲間だ。プロ野球は完全にそういう世界だからこそ、本当のチームワークというものが生まれる。目標を本気で追っていると、同じレベルで競う仲間は本当の意味での仲間になる。言いたいのはそういうことで、なかなかに難しいパラドックスであると思う。なぜなら、仲間を優先すると仲間じゃなくなるからだ。

仙人の背中、小僧の意地、熊との合流

ここから先は、最後の難関である馬越峠に向けて、残存体力を振り絞りつつ、心と身体を調えなければならない。精神的に一番ツラいコースの後半が物理的にも一番ツラいという、コース設計者のナイス過ぎる性格が伺える。

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59kmのチェックポイントを飛び出してしばらくすると、Jo仙人が後ろから追いついてきて声をかけてくれた。

仙人:『最後まで!!!』

俺:『もちろん!!!』

3秒にも満たない会話だったが、俺たちにはこれで十分だった。

Jo仙人はウルトラマラソン2回完走の猛者だが、この日は絶望的に調子が悪かった。元々膝に爆弾を抱えているのだけれど、それが日頃のレースの疲労が積み重なったのか、開始4kmで痛み止めのロキソニンを投入していた。俺と熊よりずっと速いはずなのに、俺と熊になんども抜かされていた。最終的には、用法用量を全く無視した奇跡のロキソニン6錠投入にまで至ったそうだ。

そんな仙人が、先に出たはずの俺に追いつき、そして並走する間もなく俺を追い抜いていく。俺のペースは決して遅くはない。頑張っている方だ。

だけれど、徐々に徐々に、仙人は俺との距離を開けていく。膝、今も絶望的に痛いはずなのに・・・

なんて強さだ。

なんて粘りだ。

こ、この漢・・・底が知れん!!!

・・と、山王工業相手に覚醒した流川楓に興奮する赤木剛憲(スラムダンク29巻ぐらい参照参照)のように、離れ行くJo仙人の背中を見ていた。

その圧倒的な背中を少しでも見ていたくて、及ばないながらも俺はしばらく走ることにした。

今回改めて分かったのは、人間の『限界』なんてものは、60kmも走ればとっくに超えているということ。どんなにペースを抑えて走ったところで、60kmという距離は、『もうダメだ』と100回ぐらい思い知らせるには十分過ぎる距離である。

このときも十二分に限界は超えていた。あと40kmも残ってるのにだぜ?

だけど、だけど、不思議なもんです。

Jo仙人の後ろ姿を見てると、走れるんだなこれが。自分より大変な思いをしてる人が自分より頑張っているという紛れもない事実が、俺にほんのちょっとの力をくれるんだ。

それでもしばらくするとJo仙人の背中が見えなくなって、そのほんのちょっとの力がなくなったとき、俺は久々に後ろを見た。俺は頑張ったはず。限界を超えて走っていたはず。

でも、そこには小僧がいた。

俺がJo仙人の背中を追いかけていたのと同様、もしかして小僧も俺の背中を追っていたのか?

頑張っていたのは自分だけではなかった。限界を超えた状態で脚を前に無理矢理踏み出していたのは俺だけじゃなかった。

普段からチャラチャラしていて、大言壮語に広げた風呂敷はまず確実と言ってよいほど畳まずピロシキばっか食ってるような小僧。チェックポイントではヴァーム片手にタバコを吸って肺を鍛えるという、なんとも真剣味のない雰囲気を醸し出しつつ、数分前に出た俺をしっかりロックオンしていた。

そういえば、確かにフルマラソンは1回しか走ってなかったけど、大雪の中一人で何十kmも走ったり、峠走もきちんとやったり、一人でトレイル出たりと、小僧も努力してたんだな。思わず思った。

こ、この漢・・・底が知れん!!!

しばらく並走した後、小僧とは別れた。二人とも限界状態。休みたいタイミングまで合わせるのは難しい。

大量に水分摂取しているのでトイレを済ますと、今度は熊が追いついてきた。おいおい、血豆潰れてたんじゃなかったのか。

熊はその見た目によらず、平地も上りも下りも、つまり全部結構速く走ることができる。マリオカートのドンキーコングが俯き加減な巨大な背中で爆走する場面を想像してもらえば凡そのイメージとしては正解。

Jo仙人に引っ張ってもらい、その後小僧とも並走した俺に、潰れた血豆を抱えながら追いついてきた熊。

こ、この熊、底が知れん!!!

71kmの咆哮と涙

上りが多くなってきたので、必然的に歩きも多くなる。そして歩きが多くなると、ペースが遅くなる。ペースが遅くなると、ただでさえ遅れ気味のタイムが、もっともっと厳しくなってくる。

ここまで30分以上遅れたタイムは、まったく縮まっていない。

上りはキロ8分で上ることすら厳しく、キロ9分、そして気を抜くとすぐキロ10分になってしまう。これでは、さらに完走ペースとの差は開き、どこかの関門でアウトになってしまう。

馬越峠が近づいてくるにつれ、どんどん険しくなっていく上りは、容赦なく俺の精神と脚を削っていった。もう、無理だ。

結果として、少しでも楽しもうと、熊とゲーム形式で進むことにした。俺が『あそこの電柱まで!』といったら、二人でなんとしてもそこまでは走る。そして少し歩く。熊が『3つ先の電柱まで!』といったら、二人でなんとしてもそこまでは走る。そして少し歩く。以下繰り返し。

そんな単純なゲームだ。

De部の部長と副部長、頑張った。上りでは圧倒的に不利なDe部、地球が俺たちを引き摺り下ろそうとしてくる。ニュートンは残酷で、とんでもない法則を見つけてくれた。

でも、De部、頑張った。

巨大過ぎる目標と問題と肉塊は、因数分解して一口サイズにして頬張るべし

問題解決の基本中の基本だが、いつどこで終わるとも知れない、永遠に続くかに思われる上りを、全体で捉えてしまっては心が折れる。俺たちは、楽しみながら、励まし合いながら、因数分解した坂道を、一口、また一口と口に運んでもしゃもしゃと食べていった。

なんと、坂ではスリムな方々のほぼ誰一人にすら抜かれず、De部二人で抜きまくったように記憶している。

そうして他のランナーが孤独と坂の双方と闘っている間に、俺と熊はいちゃいちゃしながらガンガン上っていった。そうは言っても脚はすぐ止まるし、ほんの少し上ると息も荒くなる。とっくの昔に超えた限界は、すでに限界歴2時間ほどになっていた。

事前の計算では、『71km(71kmレースのゴール地点)のチェックポイントに9時間半で到着できていたら、残りの上りはすべてキロ10分使えて平地でもかなりの時間を使える』となっていたので、9時間半での到着を目指した。

やっと71km地点に着いたとき、『スタートから9時間半』は、とっくの昔に過ぎた後だった。

71km地点には、71kmレースのゴールが設置されている。

『お帰りなさい!』、『あともう少しです!』、『最後ファイトぉ!』

隣を走る71kmランナーには、温かい言葉がかけられる。俺たちへの応援は、『まだあと30kmあるんだ、かわいそうに』とあちらが思ってるであろうことが伝わってくるような、一拍置いたものだった。

71kmのチェックポイントに着いた。ゴールを喜びあってる人がいる。涙を流してる人もいる。

でも俺は、俺たちは、まだ喜べないし、まだ泣けない。

あと29km。知ってる距離だ。

だけど

だけど

だけど

なんでこんなことしなくちゃいけないんだ。

なんでここがゴールじゃないんだ。

なんで

なんで

・・・

あと29kmということは、ここまで7/10は終わったということ。あとちょっとだ。

でも、熊と励まし合いながら、俺は泣いてしまった。泣いている姿を見せたくなくて、『これ、最後までいったら絶対泣けるぜ。最後の最後まで絶対がんばろうなぁばばば・・』と言った最後は、顔をそむけた。

熊には見えていただろうか、俺がツラくて泣いていたのが。

でも、あと29km。あと29kmだ。29?29?肉?俺たちの距離じゃないか!!!!

頑張ろう、あと数時間だ。走ったことのある距離だ。知ってる距離だ。

まだ希望は見えない。だけど確信している。俺たちはゴールできる!必ずできる!

雄叫びを二回あげて、水をぶっかぶって、俺たちは出発することにした。

これからが最後の闘い(とこのときは思っていた)、馬越峠。

俺と熊はがっちり心で握手をして、またゲーム形式で走りだすことにした。

さらば71km地点。絶対に100kmまでたどり着いて、盛大に泣いてやる。

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ省みぬ!

我が人生に一片の悔いなし!

日本一赤裸々な野辺山100kmウルトラマラソン日記 その7


第一関門の42km地点。序盤ゆえに超ヨユーの6時間の制限時間のところを、多少セーブしたとはいえなんと5時間40分以上も使ってしまう。

ヤバい、ヤバ過ぎるぜ野辺山。ナメててごめん。謝るから完走させてください。

そんなことを思いながら、42kmの関門の休憩場所を一顧だにせずに走り始めたのであった。

ここから先、関門という死神が鎌で素振りをしながら、俺が諦めるのを待ってる姿を10時間近く見続けることになる。

 

42km〜59km

次に目指すはまずは50km。半分だ。『あと半分以上ある』のと、『あと半分以下だ』と言えるのとでは、気分が天と地ほども違う。

何度でも言う。

限界を超える闘いでは、『気休めの積み重ね』が大事だ。

『心技体』と日本語ではリズミカルに言うが、個人的には

心>>>>>>>>>>>>>>>体>>>技だ。

テニスの世界トップ100ともなると、技術的には実際はあまり変わらず、メンタルがフェデラーやナダルとそれ以外の選手では違うと聞いたことがあるが、おそらくそれは本当だ。最後は心がすべてを決める。(あと、100kmで言えば技術云々の前に42kmぐらいは走れる体がないと意味ないため、心の次は体かなと。)

42kmからは、なだらかな下りが続く。想定ペースではキロ6分半ぐらいで走れればいいなというところだけれど、何せユルめの予定からすら30分以上も遅れている。

俺は少し頑張ることにした。

頑張ることにした。

頑張ることにした。

・・・んだけど、脚がもう前に出ない。しっかりフルマラソン一回分疲れている。それって、普通に考えれば俺の限界値ってことだ。

仕方ないので、下りは少し早めに、上りは歩くのよりちょい速い程度で、結局足して引いたらキロ6分半ギリギリのスピードで進むことになった。

ほんのちょっとでもペースメーカーになりそうな人を見つけるとその人にしばらく付いていき、振り切られたら次のペースメーカーを探して・・・なんてことをやりながら、気休めを積み重ねながら、50km地点を目指した。

ようやくたどり着いた50km地点には、チームメイトの何人かがいた。やった。なんか元気が出る。

エイドにはこの地方特製のおそばが並んでいる。俺はそばアレルギーのため、重要なエネルギー補給が出来ないまま、旨そうにそばをすする熊を嫉妬のこもった目で睨むしかできなかった。

次の目的地は59km。中にジェルや着替え、よっちゃんやヨックモックやうまい棒などの食べ物をどっさり入れたドロップバッグが待っている。

50km地点のエイドで合流した熊と小僧とともに、少し一緒に走ることにした。

が、途端に熊が離脱。足先の血豆が潰れたようだ。ウルトラマラソンはこういうことが平気で起きる。そして、そういうことが起きたとして、織り込みながら走ることが要求される。トラブルがあったからといってリタイヤを許されないのは、ウルトラマラソンも人生も同じだ。

済まん熊。俺も全く余裕がないため、仕方なく小僧とともに熊の健闘を祈って先に行くことにする。

しばらく小僧と走る。59kmまでは平坦な道はあまりなく、走っては上り、走っては上り。普段ヘラヘラしていて、走る時は軽快に進む小僧も、歩きが多くなる。途中で先に行ってくれと言われたので、頑張って先に行くことにする。

フルマラソンを一回しか走ったことのない小僧には、距離的にキツいものがあるのかもしれない、なんてことをこのときは思っていた。まさかこの後、小僧が6人のチームメイトのうちMVP級の走りをするとは想像だにできなかった。

55km地点手前で、バイク仲間の『うっちゃん』を見かけた。彼は自らが所属するロードバイクのチームメイトが野辺山ウルトラに参加するとのことで、わざわざ東京から応援に駆けつけているとのことだった。

そんな予定だという話を一週間前に聞いていたのだが、まさか見かけるとは思わなかったので、嬉しくなって思わず『うっちゃーーーん!!!』と叫んでしまった。

うっちゃんはなんと自身のバイクで俺と並走してくれて、写真まで撮ってくれた。

並みいる強豪ランナーに囲まれ、背筋は縮こまり自信なさげにうつむく俺。

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気の弱さが全面に出て、クラスで確実にいじめられるであろうオドオドした空気を醸し出す俺。

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『いいじゃん!いい位置にいるよ!この時間でこの位置なら、完走は間違いないよ!』

序盤の遅れが響きここまで何一つ思い通りにいかず、制限時間の完走はちょっと無理かもとだいぶ真剣に思っていた俺に言ってくれた言葉。

こんな遠いところまでわざわざ来て、私心なく全力で他人を応援できる。本当のスゴいヤツというのは、こういう漢を指すのかもしれない。うっちゃん、ありがとう。元気でた。

59kmが近づくにつれ、うっちゃんに引き続き何度も元気をもらえることがあった。

『羅王ぅ〜元気だせオラぁ〜!!!!』

と、うつむく俺にいきなり反対車線から叫びかけてくれたのは、なんと会社の同期だった。ややゲイっぽい濃い風貌だが、野辺山ウルトラの完走経験のあるヤツ。59km地点まで行って休んで折返して今俺に声をかけたということは、相当速いペースで走っていることになる。

スゴいヤツだ。

59kmのドロップバッグを楽しみにしていると、今度は『AKB!!!』とまたまた反対車線から声をかけられた。

『兄さん』だ!

トライアスロンチーム『ポセイ丼』のチームメイトで、一緒に8月のアイアンマンに出る予定の兄さん。開始5分のOPPで俺が戦線離脱したっきり一度も目にすることがなかったが、59kmの休憩所を経てきた兄さんがここにいるということは、正味30分近く差をつけられているということだ。

兄さん、やるでねーか。

いつもそつなくいろいろなことをこなす兄さんに、今回もまた圧巻のそつのなさを見せつけられて、俄然火が点いた。

そうして、開始から8時間経過した13時少し前に、59kmのビッグエイド、北相木村役場に駆け込んだ。

59kmエイド、北相木村役場の罠

ここでは20分休憩する予定だった。予定だったがとにかく遅れを取り戻さないといけないので、10分ぐらいで出ることを決意。

とにかく水とヴァームので喉を潤し、筋肉疲労の軽減と回復に効果のあるアミノ酸、グルタミンを叩き込む。『ハンガーノック』と言われる空腹状態になると、脳の身体に体する停止命令が軍令クラスに厳しくなるので、アンパンやバナナも水と一緒に流し込む。

さて、ドロップバッグの中身を見てみる。ジェルやサプリ以外にはヨックモック選手、よっちゃん選手、うまい棒選手、ミートボール選手、おにぎり選手、クリームパン選手、CCレモン選手、レッドブル選手、コールドスプレー選手など、大リーグオールスター級が勢揃い。

ここで腹を満たし、とにかくハンガーノックだけは起こすまいと考え、用意した選手団だった。長期戦に兵站は不可欠。戦争論に精通した俺にとって常識とも言える作戦は功を奏すかに思われたが、いかんせん食欲が全くない。

結局アンパンとバナナとみそ汁以外全く喉を通らず、食事に関しては諦めることにした。ハンガーノックになる前に、俺の溜めに溜めた脂肪類が目を覚ましてくれるのを期待するしかない。

さてそして歯磨き。思ってた通り、スッキリする。これだけでもめっけもんだ。

身体の調子を確認する。うん、限界。

いわゆる体力の限界というのは、きっちりこの59kmで迎えていた。もう無理。ここで止めても自分を褒められる。それぐらい身体が痛い。脚を前に出すための股関節が、過体重のせいかギシギシ痛む。

そうしてふと目を向けると、あ!と思った。

『リタイヤ受付』の看板が目に入った。エイドの中でもひときわ大きく、誰の目にも留まるように作られたリタイヤ受付の看板。ほかのどこよりも立派に作られたリタイヤ受付のスペース。

俺は、俺は、俺は・・・正直に告白するとこのとき、恥ずかしながらリタイヤを本気で考えた。

もういいじゃないか。よくやったよ。どうせお前、ウルトラマンになるには重すぎたんだよ。シュワッチ!とかいって空に飛び出すにも、重力に負けてんだよそもそも。野辺山は日本一の大会、しょうがないじゃないか。どうせ脚を痛めた仙人だって無理、同じ過体重の熊も無理、うすっぺらい小僧も無理、ハラルはいろんな意味で無理。兄さんだけは完走だろうけど、ほかのみんなが完走できなければそれに隠れられるし、いいじゃない。ウルトラにチャレンジしたってだけでかっこいいよ。アイアンマンに出ればハクはそっちでつけられるし、別にツラい思いしてあと40kmも走んなくたっていいよ。いい、いい。もう止めよう。アイアンマンが本番だ。身体が取り返しのつかないダメージを負う前に、やめとこう。

俺は文字にすればこんなにも長い言い訳を真面目に考えながら、少しずつ自分がリタイヤ受付の方に自分が引き寄せられてるのを感じた。

だけどもだっけっど。

エイドの奥の方を見ると、チームメイトが見えた。

しょっぱなから脚を痛めてるはずの仙人がいる。

血豆を潰したはずの熊がいる。

こんなときもタバコを吸って肺を鍛えてる小僧がいる。

とっくに脱落してしまったと思ったら、まだまだやれまっせみたいな顔してるハラルもいる。

俺は考えた。

俺がここでリタイヤしたら、きっと他のメンバーの誰かもリタイヤしてしまうだろう。そうしてそれがさらに他のメンバーにも飛び火し、最終的にはみんなリタイヤしてしまうだろう。

・・・

・・・

否!!!

ここまで一緒に頑張ってきた仲間が、俺のリタイヤを言い訳として同じようにリタイヤする姿だけは見たくない。彼らの敗北のきっかけや理由に、俺がなってしまうことだけは絶対に避けたい。彼らとともに、難しいかもしれないけれど、ゴールしたい。リタイヤしたあとにあーだこーだーその理由をヘラヘラしながら語るよりも、ぐちゃぐちゃになりながら涙を流して完走を喜び合いたい。

俺は

決めた。

完走することに

決めた。

ほんの少しの余裕もないなか、まだかろうじて残存兵力の残っている箇所を見つけ出し、仲間に先んじて走り出すことにした。

もう、諦めない。

一旦着替えて気分をリフレッシュし、補給が多く必要になることを鑑みて小さめのバッグを担いで走ることにした。

あと40km。フルマラソン一回分以下だ。知ってる距離だ。

死ぬ気で行け。

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ省みぬ!

我が人生に一片の悔いなし!

 

 

 

日本一赤裸々な野辺山100kmウルトラマラソン日記 その6


上りに想定外な苦戦を強いられ、20km地点、つまり全体の1/5が終わっただけの段階で、かなりユルめに作ったはずのタイムからさらに15分遅れてしまっていた俺。周りをみると、ライバル熊やスリム部のハラルも見えたり見えなかったりする。

この15分の遅れを取り戻さねばならないが、何をどうやってというのを考えても答えは出ないので、とりあえず脚を前に進めることにした。

20km〜42km

今回身体で思い知ることが出来た教訓のいくつかは、今後の俺の人生のあらゆる場面で顔を頻繁に出すことになるだろうと思う。

そのうちの一つがこれ。

限界を超える闘いで必要なのは、『気休めの積み重ね』

例えばロキソニン。痛み止め界の雄と呼ばれているが、実際に効いているかどうかは疑わしい。何せ、飲んだってどうせその後も脚をランニングで痛め続けるのだ。痛みた和らいだのかそうでないのかも分からないほど、脚はずっと痛むことになる。

が、『プラシーボ効果』で言われるように、そうと信じて飲めば効果が発揮されることもある。ロキソニンは一応痛み止め界での効果を実証されてるはずだから、そう信じて飲めば痛いものも痛くなくなるのである。所詮気休めであるが。

ちなみに今回のウルトラ隊のリーダーであるJo仙人は、用法用量を一切無視した奇跡のロキソニン6錠投入によって、開始4kmで暴発した膝の痛みを押さえ込んだとのこと。すご過ぎる。

さらにちなみに言っておくと、俺は用法用量を無視して『ゼロシャット』なるOPP対策下痢止めを3錠飲んで挑んだ先日のフルマラソンで、開始10分で腹を下した。

医薬品の用法用量はきちんと守った方が良い。

さらには歯ブラシ。今回はエイドバッグを59km地点と87km地点に置くことが許されたのでその中にいくつもの補給物資やコールドスプレー、ジェルを入れこんだのだけれど、俺はその中に『歯ブラシ選手』なる、一見ウルトラマラソンとは何の関係もないように見える特別招待枠の選手を潜り込ませた。

目的は当然歯を磨くこと。そしてスッキリすること。

極限状態となるウルトラマラソンにおいて、この『スッキリすること』というのはなかなか侮れない。口の中は常に水分を欲しており、たまの塩分でしょっぱく、そして常にジェルやサプリの補給で甘ったるさも混合されたまま十数時間過ごすわけだから、それだけでも結構なストレスだ。

歯磨きによってスッキリすることは、精神力がすべてを決める後半戦において、馬鹿に出来ない効果を及ぼすものと思われる。所詮は気休めであるが。

最後にペース表。現実的タイムと野心的タイムに分けて入念に作ってはみたものの、別にこれを持っていったからといって俺が速く走れるわけではない。確認は別に5kmごとでも10kmごとでもいいし、速い人は速いし遅い俺はやっぱり遅いのである。

それでも俺は1kmごとのペース表を持って、可能な限り細かいスパンで表とにらめっこすることにした。いつ見ても想定ペースよりは遅かったので見るたびにうなだれたのだけれど。所詮気休めではある。

ロキソニン、歯ブラシ、ペース表、いずれも因果と結果のはっきりしない気休めである。でもこの『気休めの積み重ね』があるかないかで、後半でエネルギーを使い果たした後のほんのひと呼吸が出来るか出来ないか、ほんの一歩が出るか出ないかが決まる。

『気休めの積み重ね』は、後から振り返れば、天下分け目の効果があった。人生でもきっとそうだ。

森で出会った『森刑事』

20km〜42kmは、とにかく下りだという地図からの事前情報だった。確かに下りは多いが、上りも合間合間にきっちり入ってきて、想定のペースをやはり守れない。

遅れた分を取り戻すどころか、さらに遅れることになる。

断っておくが、確かに序盤のペースを抑え気味にして体力を温存する作戦ではあった。でもそれは、決して手抜きをすることを意味しない。

はっきり言えばこのとき、俺は出来る限りの全力で走っているにもかかわらず、ユルめに作った計画に今この瞬間も遅れ続けているという醜態をさらしていた。現実はとかく厳しい。

そんなとき、細身で前をふらふらと走っているおっさんを見かけた。サプリやジェル、防寒具(スタート時は5度だった)でガチガチに固めた俺と違って、子供がかぶるような黄色い帽子とヨレヨレのワインレッドのTシャツ、これまたヨレヨレの短パンだけでふらふらと走るおっさんだ。

ただし、ゼッケンの色は俺たちと違って緑。

ん?みどり??

俺は前夜、風呂で出会ったウルトラマラソン数回完走の戦士のアドバイスを思い出していた。

『ゼッケンが緑の人は、デカフォレストと言われていて、野辺山ウルトラを10回完走している人です。序盤でも中盤でも終盤でも、とにかくデカフォレストが近くにいれば、(完走は)大丈夫ってことです。』

・・・

・・・

『デカフォレストだ!!!』

俺がこの数年、自分にとにかく投資をしてきて気づいた不文律が一つある。

それは、

『大したことない粋がったヤツはオーラが出る、ほんとにヤバいヤツはオーラすら感じさせない』

というもの。

見せつける必要も強がる必要もない本当の実力者というのは、本当に自然体である。『精神と時の部屋』から出てきた悟空と悟飯のように、オーラを放つ必要がないのである。

この『デカフォレスト』がまさにそれだった。

まったくオーラが出ていない。ヤバい、こいつはきっとヤバい。

しかし俺は、このとき初めて安心という感情を抱いた。開始から4時間弱経過し、全く守れないペースに先行きの不安が頂点に達していた頃だった。

『デカフォレストがいる。完走・・・大丈夫だ!!!』

でもなんだな、『デカフォレスト』って、なんだか『森刑事』みたいな名だ。めんどくさいので、以後俺は、心の中で『デカフォレスト』を見るたびに、『森刑事だ、森刑事だ』と叫んでいた。

恐る恐る森刑事に聞いてみた。

『あ、あの、デカフォレストさんですよね?すごいですよね?ちょっとゆっくりめのペースかと思いますが、あの、あの、あの、完走できますかね?』

森刑事は俺をちらりと一瞥し、デカフォレストですが何か?といった表情で答えてくれた。

『うーん、まぁ後半落ちなければだいじょぶですが、ちょっと遅いですね。』

結論から言うと、森刑事に付いていけば大丈夫という前夜のアドバイスを、俺は頑に守ろうとして、そして崖から突き落とされることになる。

諜報活動を得意とする熊が森刑事に食らいついていろいろ情報収集したところによると、『全くペースが落ちない前提であればぎりぎりセーフだが、僕は余裕があるからそれが出来る。きみたちに果たしてそれが出来るかな?』のようなことを言われたらしい。

挑発にフンガー!となった熊は森刑事にしばらく付いていったが、さすがにペースの遅さを懸念した森刑事は、ある地点からロケットブースターにスイッチを入れたらしく、過体重を活かして下りを得意とする熊を、力づくで引きちぎっていった。熊は、泡を噴いていた。

『デカフォレストが視界に入っていれば大丈夫』なはずが、当の本人は遠く遥か彼方へ行ってしまった。

ヤバい。ヤバ過ぎる。

そうこうしているうちに、長い下りと少しの上りを超えて、距離を稼ぐこととなった。

途中で脚をまだ痛めて見た目にもツラそうなJo仙人とちょっとだけ並走し、タイムを確認する。

42kmまでの関門の制限時間は6時間。そしてなんと、このまま行けば5時間43分ほどで関門通過。

余裕が・・・ない!!!!!

腐ってもサブフォーランナー。平地であれば42kmは4時間で走れる。これはなんだ!5時間43分!?余裕ならまだしも、しっかりフルマラソン1回分疲れている。

なんだ、なんなんだ!

『のべやま』というほのぼのした名前の野辺山ウルトラマラソンが牙を本格的に剥いてきたのは、この頃だった。

結局、42kmの関門は予定より30分以上遅れて通過することになった。それどころか、関門閉鎖まであとたったの20分弱。後半どんどん厳しくなる関門を考えると、このタイムは痛い、痛過ぎる。

42km地点では、『42kmレース』の人たちがゴールしていた。

羨ましい。休みたい。

しかし、ここからあと58kmもある。せめて半分までは休めない。

俺は、42kmの関門で1秒たりとも休むことなく、次の関門に向かって走り出した。

関門という死神が鎌を素振りするのを横目に見ながら、その鎌から逃れるためにあと10時間近く、俺は闘い続けることになるのであった。

 

 

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ省みぬ!

我が人生に一片の悔いなし!

 

 

 

 

日本一赤裸々な野辺山100kmウルトラマラソン日記 その5


10km〜20km

最初の10kmは、まだまだ小手調べ。これが俺たちが登ることとなった山。キロ8分で上れればいいかなと思っていたが、とんでもなかった。

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10km〜20kmの道のりは、現実を思い知らされた区間だった。上りがキツい、息が苦しい、足が上がらない。まだ序盤だぜ?やばくね?

きっとそう思っていた人は多かったことと思う。

1355mの標高からスタートしたこのレースは、いったんここで最高地点を迎える。

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生命の水

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20km地点のエイドでは、嬉しいご褒美がいくつかあった。

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運営事務局、ボランティアの方々には本当に頭が下がる。今回、この人たちに支えられて、というか生かされて完走することができた。野辺山人ラブ。

まだ元気なDe部とスリム部

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しかし実はこの時点で、このたった1/5しか終わってない時点で、絶え間ない上りとその合間に攻めてくる下りのせいもあり、脚が既にガタガタになっていた。

あとこの4倍の距離が残っている。80km残っている。今まで走った最長不倒距離の倍近く残っている。

残りの距離をどんなに言い換えてみても、既にかなり疲弊してしまった脚が元に戻ることはなく、このあとのレース展開に大いなる不安を抱くのであった。

計画を立てるということ

この20km時点で、すでに『かなりユルめに』作ったはずの目標タイムから、15分遅れていた。

このあとも、はっきりいって事前に立てた計画がすべて台無しになりながらも、なんとかそれに合わせて修正を試みることになる。

今回の例のご多分に漏れず、計画というのは、立てたそばから崩壊することがよくある。ディズニーランドに朝早く起きて行くときの計画しかり、ベンチャーの経営計画しかり、俺たちの人生計画しかり。

すると頭の中には、

『だったら計画なんて意味ないじゃん!!!』

というごもっともな疑問が浮かぶ。どうせ崩壊するなら、立てても意味ないじゃん、という主張に、穴はないように見える。

が、それでも計画は立てた方が良いというのが今回の教訓。

人は、比較対象がないと物事を判断できない場合が多い。紺のスーツは、隣に黒のスーツが並んでいて初めて紺に見えたりする。

『100km』もの距離を『14時間』もかけて走るとなると、意識はしなくても確実に思考が大雑把になる。それこそ、紺も濃い茶色も十把一絡げに『黒!』と言ってしまいそうな感じだ。

が、実際は100kmを10分割して大体のペースを決め、さらに10分割して1kmあたりの具体的なスピードに落とし込んでいかないと、『日本一のウルトラマラソン』は絶対に完走できない。

確かに想定外も誤算も沢山発生するが、それでも計画とのズレを確認しながら微調整して行く以外に、完走という目標に到達する道はない。人間は、ある瞬間にいきなり20kmもワープすることは出来ないのだ。

15分という時間の重さ

予想の範囲内のOPPと、予想以上の上りに脚をとられ、序盤の20kmで、『相当ユルめにつくったはずの計画』から15分も遅れてしまった。

これは痛い。後半に落ちまくるはずのタイムを補填するために、前半で貯金を作っておかねばならないのが今回のレース。疲れないように貯金をつくる、という一見矛盾することを目指していたのだが、この15分は後々致命的になるかもしれない。

ランニングをする人なら分かると思うが、1kmあたり10秒縮めるのは、結構大変だ。もちろん余裕のあるペースの中での10秒程度と思うかもしれないが、終盤に限界が訪れてそのまま数十km走る中で、この10秒が与えられる1kmと与えられない1kmでは、天と地ほどの差がツラさに生じる。

ちなみにかなりユルめに作った現実的タイムにこの15分を足すと、俺のゴールは14時間11分になる。制限時間オーバー。

なんとしても、なんとしてもこの15分をどこかで取り戻さねばならない。

しかし現実は厳しく、『序盤程度』の坂で15分遅れたものを、どこで取り戻せば良いかは全くこのとき見えていなかった。

序盤で既に絶望に近い状況まで追い込まれたのは初めてだ。

だからといって、ここで無理をするわけにはいかない。そんなことをすれば100kmも保たない。少しずつ少しずつ、距離と時間を詰めていくしかない。

なお、これ以降87km地点まで、自分で撮った写真は一枚もない。上記のような理由で、全く余裕がなくなったからだ。

 

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ省みぬ!

我が人生に一片の悔いなし!

日本一赤裸々な野辺山100kmウルトラマラソン日記 その4


野辺山100kmウルトラマラソンがついにスタート。朝5時。制限時間の19時に向けて、14時間の戦いが始まる。

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時間内完走のための戦略

今回の勝利の定義は『時間内完走』。制限時間14時間以内の完走だ。そのための大上段の戦略は以下。

『最悪を想定して最善の準備を、そして最高の結果を』

100km走るということは、14時間の長きに渡って一度も止まらず動き続けるということ。何が起きるか分からない。身体が耐えられるかも分からない。心もヤラれるだろう。だから、最悪を想定して最善の準備をした。

最悪を想定するのと最善の準備をするのは、自分の意思でコントロールできること。最高の結果はその二つの帰結として付いてくるものであって、自分ではコントロール出来ないこと。俺は、自分の意思でコントロールできる範囲に注力することにした。

・体重85kgの身体を支える下半身が悲鳴をあげるかもしれない。
→多少暑いがテーピングの上に両足サポーターを巻き、さらにふくらはぎにはカーフを装着。
→痛み止めのロキソニンを4錠準備。特に膝の小型爆弾には要注意。過去2回のフルでは膝を過体重で膝を痛めている。

・1日の平均OPP同様、この日も戦いが6回あるとして、それぞれトイレに10分ずつ並び、戦闘が5分ずつとすると、マラソンに使える時間が90分も減るかもしれない。
→前回、前々回と全く機能しなかった『ゼロシャット(前田薬品工業)』を馘首し、同僚オススメの『ストッパ(ライオン)』を投入。結果、これが今回時間内完走の決め手となる。

・序盤と終盤に激坂があるのでヤバいかもしれない。
→事前に峠走に2週連続通い、坂のなんたるかを身体で知っておいた。これも今回大正解。峠走を知っていたおかげで、皆が歩いているところを熊と一緒に走れた。

・『日本一のウルトラマラソン』なので、完走自体はっきり言って難しいかもしれない。
→入念過ぎるほど入念に、1kmごとのタイム表を『現実的タイム(13時間56分でゴール)』と『野心的タイム(13時間30分でゴール)』に分けて作成。まさか開始10kmでプランが大きく揺れ動き、20kmで崩壊するとは思っていなかったが。。

ちなみにこちらが野辺山ウルトラのコース図。

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ポイントは5km〜20kmおよび65km〜79kmの上り坂、そして足を最も使う下り坂が中盤に数十km、後半に数km控えている。人が最も調子づいているときに坂で心を挫き、人が最もツラいときに坂で心を折りにくる。作った人は性格が超良さそうだ。

宇多田ヒカルが、ミリオンヒット『Wait&See』の中で歌っていた。

『変えられないものを受け入れる力 そして 受け入れられないものを変える力をちょうだいよ』

受け入れられないものを変える力を身につけようと努力することも大事だが、それは準備段階での話。こと今回の本番に限って言えば、変えられないものを受け入れる力がより大事になってくる。

ウルトラマラソンも、人生に起きることの(特にマイナスなことの)大半も、自分の力ではどうにも出来ない、変えられないレベルのことだったりするから。景気の変動、テロや災害、揺れ動く政治体制、熊のいびき・・・変えられないものは、受け入れるしかない。

『受け止める』と『受け入れる』は似ているようで少し違う。『受け止める』は剛、イメージは鉄。

『受け入れる』は柔、イメージは水。起きてしまったことに柔軟に対応し、包み込む。この水のイメージでいきたいなと考えていた。

小僧のように、いびきをかいている熊を、『ぶっ殺す!』ようではいけない。ちなみに今回のパーティのリーダーでもあるJo仙人は、『ぶっ殺したくなるような』熊のいびきを前にして、完璧な睡眠ととっていたようだ。変えられないものを受け入れる力とは、こういうことを言う。

スタート〜10km

スケートのミキティがスターターとして俺たちを送り出してくれる。なんだかとても幸せな気持ちになる。

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今回のコースは、序盤の5km地点から上りとなり、20km地点からかなりの距離を下る。この上りと下りで足を使ってしまうと、後で崩壊する。どれだけ序盤を抑えるかが鍵だ。

・・・なんてことを考えていると、早速ヤツが襲ってきた。そう、『前門の虎、肛門の狼』の後者の方だ。

名前負けも甚だしい『ゼロシャット(前田薬品工業)』を馘首して、新たに下痢止めの実績十分なDH選手『ストッパ(ライオン)』を投入したにも関わらず、開始5分でまさかのOPP。並走していた兄さんに別れを告げ、俺は簡易トイレに駆け込んだ。

幸い、序盤すぎてトイレに行くようなアホはほとんどおらず、あまり並ばずに一回戦を終えることができた。その代償に、同じように開始5分のOPPに襲われたらしいおっさんと二人でビリっけつになってしまった。(最後尾の興奮で鼻の穴が全開している)

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前後に誰もいない。

応援の牛しかいない。

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ちなみに俺のOPPとの闘いは、初めてこの1回で終わる。ビバストッパ!ラブストッパ!これからは最優先でライオン社の製品を使っていくことにする。ありがとうストッパ。

 

最後尾から徐々に俺たち以外の最後尾に追いついていくと、5km地点あたりでなんとJo仙人に追いついた。

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Jo仙人はウルトラマラソン2回完走の強者。チーム内での精神的解脱度はNO1だ。今回も、12時間台でのゴールを目指すと言っていた。

にも関わらず、OPPで出遅れたはずの俺が追いついてしまった。何かあったのか???

聞くと、既に膝が相当痛いらしい。そりゃそうだ。Jo仙人は野辺山の前にも、痛めた膝で3週連続トレイルマラソンを走ったりしている。完治しないのは当然だ。

こんな序盤でこんなに痛そうにしているJo仙人。口には出さなかったが、もしかしたら仙人は今回厳しいかもな、と思っていた。

体調万全ですら『あんたら野辺山完走なんかできると思ってんの?はぁ?バッカじゃないの?アイアンマンよりキツいわよ。これだからド素人は・・・(言われてないけどイメージではこんな感じ)』と姐さん’sに鼻先で笑われた野辺山だ。

万全でないJo仙人が厳しいのは間違いない。ちなみにこのあと十数時間をかけて、俺はJo仙人の精神力の桁違いの強さに、愛しさと切なさと心強さをもらうことになる。この人がいたから野辺山を完走できたといって、過言ではない。

さて、そうこうしているうちに山道に入り始めた。一つめのチェックポイント、10km地点。まだ余裕はあるが、

『あとたったの90kmですよ〜!!!』

と叫ぶエイドのおばちゃんの声を聞き、現実に引き戻される。この辺りではまだ気持ちが穏やかで、写真も何枚かある。

 

 

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ顧みぬ!

我が人生に一片の悔いなし!

 

 

 

 

日本一赤裸々な野辺山100kmウルトラマラソン日記 その3


そんなこんなで、俺は仲間とともに野辺山100ウルトラマラソンに出場することになった。今までの最長不倒距離、42kmの2倍以上の距離だ。身体が携帯電話のようにバイブする。

前日入り

野辺山高原には前日入り。フルマラソンと違い、スタートが朝5時と早いのでみんなで旅行のノリでバスで向かった。

今回の参加者は、42kmの部、71kmの部、100kmの部を合わせて2000人を超えるようだ。スイスのアルプスを何倍か縮小したような八ヶ岳が雪をかぶったままそびえていたが、それでも十分に感動した。抜けるような青空とはこのことだ。

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地元の人への感謝を込めて、垂れ幕にメッセージを書き込む。『Team Admiral』という名の俺たちのチームは、リーダーであらせられる元帥閣下への忠誠が絶対。地元の方への感謝と元帥閣下への忠誠心を両方示せるように、どちらとも取れるメッセージを書き込んでおく。

写真-3

 

オリエンテーション会場で、一通りの説明の後にMCのおねえさんが、

『野辺山ウルトラが初めての人っ!?』

早めに着いたと思われる300人ほどが参加していたオリエンテーション会場だったが、手を挙げたのはそのうち数十名だった。ふむふむ、初野辺山のヤツも結構いるようだ。

次におねえさんが、『じゃあウルトラマラソン自体初めての人っ!?』と会場に問いかけた。

なんと、ほとんど片手の指で数えられるほどしか、手が挙がっていなかった。暗に、『素人が来るところではない』と言いたげな会場の雰囲気に、俺は飲まれそうになった。

そして、やっぱりコイツをにらんでしまった。コイツの影響でノリで申し込んでしまったのが、この大会である。ほのぼのした名前・・・関係ねーじゃねーか!!このとき震える俺をよそに、小僧は寝間着にしか見えない格好で、ただ一人、寝そべっておねえさんの話を聞いていた。

写真 (2)

 

『日本一過酷なウルトラマラソン』、『野辺山を制する者はウルトラを制す』との噂は本当なのかもしれない。タイムでなく、完走だけを目標にしたのは今回が初めてだ。

ちなみに、初トライアスロン(スイム1.5km、バイク40km、ラン10kmの標準レース)のレースを命からがら完走したあとに、アイアンマン(スイム3.8km、バイク180km、ラン42kmの鉄人レース)を複数回完走している姐さん’sに、報告にいった。

その際言われたのが、言葉はもう少しマイルドだったが意味としては『はぁ?野辺山?あんたらバカじゃないの?アイアンマンよりキツいっつーの、こんのド素人が!!!完走できたら焼き肉おごったるわっ』というようなことだった。

姐さん’sの言っていたことは脅しでもなんでもなく、本当だったのかもしれない。

当日朝

当日は朝2時半起き、3時に朝ご飯、4時に出発だ。外資系エグゼクティブよりも朝が早い。

『戦争論』で有名はクラウゼヴィッツも言っていた。長期戦では補給が大事。そんなわけで色々取り揃えてみた。大変なことになった。

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今回のレースは59km地点と87km地点にドロップバッグを置くことができる。いずれの地点でも、食欲がかなり減退していることを鑑みた。何せ、フルマラソンですら2万回、ウルトラでは5万回ぐらい、胃が揺れるのだ。

ジェルやサプリなど以外は好きなものを最優先とし、結果選ばれたのは『うまい棒選手』、『ヨックモック選手』、『ハッピーターン選手』、『よっちゃん選手』だった。結論から言うと、どれも一口も食べられなかった。ウルトラマラソンとは、極限との戦いである。

内紛、決意、そして戦地へ

『おはよう』、『おはようございます』と、だんだんとチームメイトが集まり始める。しかし、全員が集まった瞬間に叫びだしたヤツがいた。

『ぶっ殺してやろうかと思いましたよ!!!!』

はて誰だ?こんな物騒なのは?と思ってみると、小僧だった。いつもニコニコしている小僧が怒っている。人目もはばからずある男を罵倒していた。

キレた相手は俺のライバル熊。どうやらいびきが地響き級にうるさかったらしく、全く寝られなかったようだ。

ウルトラマラソンとは、自然との戦いでもある。熊がいびきをかいてうるさいというのは、考えてみればこれも自然との戦いだ。小僧はもっと大きくならなければならない。

 

チームメイトで写真を撮る。これからは、チームメイトが『戦友』となる。

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簡単に紹介しておこう。

左から

1、Jo仙人
今回の遠征のリーダー。100km級ウルトラマラソンを既に2回完走し、現世からやや解脱気味。諦めないと言えば、湘北高校三井寿かこの男。解脱系最強、仙人部部長、スリム部特別監事。身体に爆弾を抱えつつも100kmを必ず完走する姿は圧巻の一言。今回も、部員の多くに勇気と希望を与えることとなる。トライアスロンチーム『ポセイドン』での同志。

2、俺
De部部長。フルマラソンは4回完走、うち3回でサブ4。しかし1kgも痩せてない。黒い馬の似合う漢になりたいと常々思っている。

3、小僧
今回のレースの元凶であり、ある意味恩人。ウソップの大言壮語とルフィの勢いを足して3を掛けたような手に余る漢。どんなに心肺がキツいときでも喫煙を忘れない、我が道をゆく見た目15歳の三十路。拡げた風呂敷の大半はきちんと畳まない。

4、兄さん
Team Admiral最年長にして安定感抜群の頼れるランナー。初フルマラソンでサブ4。今回も圧巻の走りを見せてくれた。人格、仕事、家庭、ランニング、トライアスロンとすべて安定していて、しかし国外勤務が長かったせいか、メールやFBでも『アドバイス』を『アドヴァイス』と必ず言う。トライアスロンチーム『ポセイドン』の同志。

5、熊
俺のライバル。脂多め、まごつき多め、動き少なめ。ラーメン二郎で言えば『大ダブル』。とてもいいヤツでもあり、とても悪いヤツでもある。とてもいいのは人柄。いつも100万旧トルコリラの微笑みを浮かべている。とても悪いのは『間』。なんだかいつもタイミングが悪い。たまに外出したら鳩の糞を食らうタイプ。De部副部長。ハラルとサングラスがお揃い。

6、ハラル
(仲間内の)ブログ界の神様。多くの(仲間内の)著名人がハラルのブログに登場し、そしてぶん投げられるという、ある意味有吉的なセンスの持ち主。本人にその気はないが、ぶん投げられた人間は全員受け身が取れずに悶絶していた。半年ほど前に俺がそのセンスに着目し、プロデュースを担当してきたが、最近人気が出てきて、『ぶん投げられたい!』と懇願するファンが後を絶たない。熊とサングラスがお揃い。

賽は投げられた。さあ、いざ戦地へ!!!

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

日本一赤裸々な野辺山100kmウルトラマラソン日記 その2


『100km!面白そうじゃないっすか!やりましょうよやりましょうよ!』

こんな無責任なことを無責任に突然言い出した通称『小僧』。三十路だが、明らかに少年にしか見えないこの男に、最近俺の人生は翻弄されっぱなしである。

写真 (2)

 

ワンピース並みに無茶苦茶な小僧

ワンピースで言えば、ウソップの大言壮語にルフィーの勢いを足して1.5を掛けたような無茶苦茶なところがあるのがこの小僧。

もとはと言えば、2013年3月頃にフルマラソンに無理矢理誘われたのが始まり。そのとき、小僧はまだフルマラソンを走ったことがなかった。結果、俺は現時点で既に4回完走しており(うち2〜4回目はサブ4)、小僧はまだ1回しか完走していない(たぶん4時間40分ぐらい)。

2014年1月には、ある会議で盛り上がったところで小僧が叫びだし、素人から半年でのアイアンマン(スイム3.8km、バイク180km、ラン42km)への挑戦が決まった。にもかかわらず、目下、小僧はアイアンマンへの申し込みはしていない。

そして今回の野辺山100kmウルトラマラソン。同じく2014年1月に小僧が叫びだし、参加が決まった。名前がほのぼのしているからという理由なのか、野辺山ウルトラが出走レースとなった。これを後で激しく後悔することになる。

そんなわけで振り返ってみれば、この1年の俺のチャレンジのハイライトは、すべてこの小僧を経由して、半ば無理矢理申し込まされる形で実現してきたことになる。バルセロナで言えばシャビやイニエスタばりにチャレンジの中継地点として機能してきたことになる。しかも小僧の場合、フィールドにいないことも多い。

が、結果的に、俺は小僧にものすごく感謝してる。小僧の外圧がなかったら、たぶんどれ一つとして、やっていなかった。それを一度伝えたら、

『でしょー!でしょー!?俺ハンパないっすよねー!!!』

日頃鍛えているのも、コイツを張り倒すためだと言えば、みんな納得してくれるだろうか。

身の程を知らずはNo Good、しかし知りすぎるのはToo Bad

子供と大人の最大の違いは何か?それは、特別意識をしないと次の方程式に落ち着くことから証明できる。

子供:能力<チャレンジ(現有能力以上の無茶なチャレンジをしている)

であり、

大人:能力>チャレンジ(現有能力以下の安パイなチャレンジしかしない)

であるということ。

不思議なことに、能力>チャレンジな子供はあまり見ない。筋力が伴わず何も出来ないはずの赤子が、一生懸命立ち上がろうと何百回もチャレンジし、立ち上がれるようになった瞬間、『前から出来ましたがなにか?』とドヤ顔するのがそれである。何も知らない小学生が、卒業時点ではほぼ例外なく九九やひらがなカタカナ漢字を習得していくのもそれである。

反対に、能力<チャレンジな大人もあまり見ない。安パイな中での成功確率の高いチャレンジしかしないため、『あの頃は』といいながら過去を誇ることになる。本来は、色々できるようになった大人のはずが、下駄を履いている分だけ、何にせよ成長は早いはずである。

子供はほぼ例外なく成長し、大人はほんの一部の人間だけしか成長しない、その理由は、この方程式にあるのではないかと思う。

 

身の程を知らないのは良くない。高尾山にすら登れない人が、今エベレストを登るのはダメだ。でも、マジで努力したら数年後にはエベレストに登頂するだけの体力をつけることは可能だ。

身の程を知らないのはNo Goodだが、知りすぎるのはToo Badというのはそういうことだ。子供の頃よりはるかに賢くなっているはずの大人が、子供の何倍何十倍も力を込めて自分の可能性にフタをしようとするのは、おかしいとか奇妙という言葉でしか表しようがない。

だからこそ、だからこその、今回の小僧のような外圧が必要なのである。そして今更ながら小僧にはとても感謝しているが、それを伝えたときのリアクションが上記のようなとてつもなく軽いノリだったため、彼に何かを返すのは定年後にしようと密かに思う俺であった。

 

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ省みぬ!

我が人生に一片の悔いなし!

日本一赤裸々な野辺山100kmウルトラマラソン日記 その1


『100km!面白そうじゃないっすか!やりましょうよやりましょうよ!』

・・・またいつものが始まった。

きっかけはコイツ。人呼んで小僧。

写真 (2)

 

無邪気にメダルを噛んでいるこの少年のような三十路漢が、今回地獄と天国を両方運んできてくれた張本人である。冒頭の小僧の無責任な一言から、このブログの元ネタとなったウルトラマラソンの完走記は始まる。

結論から言えば、状況はこうだ。

制限時間14時間、ゴールしたのは13時間58分3秒。つまり1日の2/3の時間走り続けていたにも関わらず、終わったのが断頭台のたった2分前。

総消費カロリー約9000kcal、ほんとは100kgでチャレンジしたかったが増量が進まず85kgで100kmマラソン挑戦。ちなみに過去の最長不倒距離は42.195km。倍以上の距離だ。

『野辺山を制する者はウルトラを制す』とかなんとか言われているウルトラ界でも極上の大会で、出場選手はみな猛者ばかりだった。間違ってもウルトラマラソン初心者が出てよい大会ではなかったらしい。

『限界を超える』なんて言葉は誰でも知っている日本語だけれど、『限界を超えた状態を超えた状態』で十数時間過ごすというのは、そうあることではない。

ちなみにゴール前とゴール後はこんな感じ。

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写真 (1)

写真 (3)

『野辺山100kmウルトラマラソン』

の完走記に入る前に、なぜこういうタイトルにしたのか、なぜ赤裸々に書きたいと思ったのか、それを綴っておきたい。

 

ブログは沢山ある、でも、求めているものがない

俺は自分で自分を分析すると、『戦略的ネガティブ』だと思っている。『最悪を想定して最前の準備をする』と言えばカッコいいけれど、要はただのビビリだ。でも、敗北はイヤなので最低限の仕込みはする。

今回も、ウルトラマラソンへの挑戦が決まったことで、いつもの通りまずはウェブから下調べに入った。近道があるなら使わない手はない。

有名な大会ということで、様々なブログがあった。たとえばこんな感じ。

1、ある程度ウルトラ経験があり、その経験のone of themとして野辺山ウルトラに参加してる人のブログ。過去のレースとの比較、それなりに速い自分のペースに対する分析などがメイン。

2、レースの風景、特徴を淡々と大量の写真付きで綴るブログ。装備や注意点が勉強になる。

3、『限界だ』、『がんばろう』と、心の浮き沈みを中心に据えたブログ。俺が書きたいことに一番近い。が、本質的な感情表現ほど、文字にすると陳腐になってしまう。

レースが終わってからも野辺山ウルトラ関連のブログを大量に探したが、上記3つのどれかであった気がする。そしてそのどれも、俺が求めているものとは、少し趣きを異にしていた気もする。

 

心のナビゲーターとなるブログを書きたい、というか描きたい

今回思い知ったこと。それは、『成果の80%は思考が決定する』という、どこかで聞いたことがあるような、何千年も前から言われているような言葉の真実性と重み。

ウルトラマラソンのような、『限界を超える』という作業を平気で数百回強いられるレースになると、もはやある程度のフィジカルの強さとか過去の練習量も大事だけれど、最後は本当に心がすべてを決めているなと思う。

そしてその際、『心の強さ』みたいに一括りにして言われている言葉を、もう少し因数分解して、誰もが適応できるように、他のレースや他の競技や仕事や人生そのものにも適用可能なようにして描いてあげることができたとしたら、それはきっとどこかで誰かの役に立つんじゃないだろうか。

たぶん、思考には『強い思考』と『弱い思考』があり、『粘り強い思考』と『諦めやすい思考』があり、『弾力性のある思考』と『剛直な思考』があると思う。あるいはそれらをどのように運用していくのか、そのコントロールする力も、結構大事だと思う。

いろいろな人のブログを読んでいると、それなりに経験があって周りを見る余裕があったり、結構良いタイムでゴールしていたりするのだけれど、それは彼らが限界に挑戦していないことを全く意味しない。

100kmもの距離になると、誰もが死にそうな顔をしている。どれだけ慣れているとしてもだ。

しかし彼らのブログを読むと、心の本当の部分は分からないことが多い。『リタイヤしようと思った』とか『やっぱり復活してがんばれた』という言葉を文字通り読んでも、なぜリタイヤしようと思ったのか、なぜそこで復活できたのか、ということには、なかなか理解が及ばない。

俺が事前収集の段階で必要としていたのは、そういうネタだった。

で、あまりそういうブログを見かけなかったので、自分で書くことにした。たぶん今考えているようなことを赤裸欄に書いておけば、また同じようなチャレンジをするような人が現れたときに、そっとこのエントリのURLを教えてあげることで、『成果の80%に直結する思考』のヒントを提供できるのではないかと思う。

そんなわけで、小僧の無責任な一言で始まった野辺山100kmウルトラマラソンを、次章以降振り返っていきたい。

 

引かぬ媚びぬ省みぬ!!!

我が生涯に一片の悔いなし!!!

 

野辺山100kmウルトラマラソンで逝ってきます


明日、人生初の100kmマラソンに出場します。その名も、『野辺山100kmウルトラマラソン』

過去走ったことがあるのは42kmのみ。今回はその倍以上の距離です。いったいどうなってしまうのか。

ということで、最近限界突破にチャレンジするときに肝に銘じてる言葉を厳選して、備忘録代わりに貼っておきます。自分で考えたこと、パクってつなぎ合わせたもの、偉人の格言など。

   

1、怖いもの:『地震雷火事ゆとり』

思考や身体が弛緩することほど怖いことはない。ほんの少し前までの僕がそうだったように、何も考えずに流れに身を任せて楽な方、楽な方ばかり流されていくと、行き着く先はジャバザハット。

   

2、『精神の限界は、肉体の限界より先に来るものである』

つまりもう無理だ、と思ってるところは実はまだ動ける!のサインでもあるということ。本当に精神の限界と肉体の限界をイコールにもっていけるのは、スケートの清水宏保選手のようなトップアスリートだけ。素人が気にする必要はない。

   

3、『諦めることを諦めよう』

どうせレースは始まってしまう。始まったらゴールしないと恥ずかしい。しょうがない、がんばろう。あきらめたら、そこで試合終了ですよ。

 

4、『百聞は一見に如かず、百見は一験に如かず』

この1つのチャレンジで、数百冊の本を買って読むに勝る経験値が手に入る。経験こそが最大のコスパだ。

 

5、『人間万事塞翁がネタ、人間万事塞翁が含み益』

いますぐメリットがあるか、効果はあるか分からない。でもすべては、後日のネタであり含み益につながる。

 

6、『空腹は最高の調味料』

エベレストにヘリで登ったって感動は得られない。山の高さを知るには、谷の深さを知らなければならない。苦しんでこその喜びを感じよう。

 

7、『死ぬこと以外、かすり傷』

そのまんまの意味。もはや原始時代ではない。死ぬことはリスクだが、もっと確率の高いリスクは、何もやらないこと、だ。

 

8、『大は小を兼ねる』

100kmを走っておけば、42kmがラクになるかななんて。人生大半のことは、100kmマラソンよりはラクなはず。普段からラクばっかしてると、些細なことに不満が溜まり、つまづくようになる。

 

9、『俺の全盛期は今なんだよ』

今日が現役最強、それが一番カッコいい。過去が現役最強で今は当時を思い起こすばかり、ではつまらない。

 

10、『カエルを二匹飲み込まねばならないときは、大きい方から飲み込むこと。それと、あまり長い間見つめないことだ』

マークトゥエインさん万歳!

 

11、『やったことは、例え失敗しても、20年後には笑い話にできる。しかしやらなかったことは、20年後には後悔するだけだ』

上に同じ

 

12、『私がこれまで思い悩んだことのうち、95%は取り越し苦労だった』

上に同じ

 

13、『勇気とは、恐怖に抵抗することであり、恐怖を克服することである。恐怖を抱かないことではない』

上に同じ

 

14、『死んだら葬儀屋も悲しんでくれるぐらいに一生懸命生きよう』

上に同じ

 

15、『努力は必ず報われる。もう一歩。いかなる時も自分は思う。もう一歩。今が一番大事なときだ。もう一歩。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力とは呼べない』

シビアすぎる現実を述べた言葉。そう、まだ僕がやっているのは努力とは呼べない。

 

16、『明日死ぬかのように生きよ、永遠に生きるかのように学べ』

ガンジー万歳。

 

17、『他人と比較して、他人が自分より優れていたとしても、それは恥ではない。しかし、去年の自分より今年の自分が優れていないのは立派な恥だ』

身近に必ず前年比の数字で100%以上をたたき出す人がいるのを思い出しました。

 

18、『ほとんどすべての人間は、もうこれ以上アイデアを考えるのは不可能だというところまで行き着き、そこでやる気をなくしてしまう。勝負はそこからだというのに』

尊敬する戦友でありチームメイトでもあるJo仙人がにたようなことをおっしゃってました。

 

19、『何かを学ぶためには、自分で体験する以上にいい方法はない』

最近これがやっとわかってきたので、体験しまくってます。これまでいかに机上の勉強で時間をムダにしてきたことか。。。

 

20、『人間にとって最高の幸福は、一年の終わりにおける自己を、その一年の始めにおける自己よりも、遥かに良くなったと感ずることである』

ただ以前の自分に比較し、今の自分がよりよい状態でいること。

 

21、『あきらめないことだ。一度あきらめると、習慣になる』

フルマラソンの30kmの壁などで頻出するこの問題。今回の100kmでどれだけ自分のあきらめに抗えるか!?

 

22、『変われない人は成長しない。成長しない人は、ほんとうに生きているとは言えない』

成長をバカにしたりまぁまぁという人もいるけれど、成長しない人生なんて、ブルシットだ。

 

23、『壁というのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁があるときはチャンスだと思っている』

100kmにチャレンジしようとしたから、100kmをクリアするための体力をつける必要が生じた。そうでなければ、一生そうではない人生だったろうと思う。

さて、いろんな格言、至言に勇気をもらったところで、いまいちど誓います。

日本一厳しい野辺山100kmウルトラマラソン、必ず制限時間内にゴールします!!!

世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

娘のお砂場遊びから見える俺の弱点


GWが終わりましたね。僕はたまの休みに娘を近くの公園に連れていくのですが、子供の遊びというのは、大人になってから凝視してるといろいろな学びがあります。

まさに『人間万事塞翁がネタ』です。

今日はお砂場遊びから学んだことを記しておきたいと思います。関係ないですが、このブログは半分ぐらい、将来字が読めるようになったときに、悩む娘にインサイトを与えられるようにと思って書いています。

『パパ、あたしのおしり見てるだけじゃなかったんだ・・・』なんて感動してくれたらうれしいですね。

 

お砂場遊びでの原理原則

何も考えずに本能のままに遊んでいるように見える子供たちですが、時に、というか結構頻繁に、何気ない行動が物事の真理を突いてたりするので、僕はよく彼彼女たちの発想の素晴らしさに、ウンウン唸ってます。

一例ですが、砂でお城を作ることを考えてみます。窓があったり、門があったりしたらカッコいいです。ドイツのお城みたいに、先が尖っていたりしたらナウですね。城壁なんてのも、あるとなおいい。

 

さて、これらを想像しながら砂でお城を作ろうとするときに、まずなにをすべきでしょうか?

誰でも知っている通り、最初にやるべきは『砂を山盛りに盛ること』です。

『窓をつくること』でも、『塔の部分を作ること』でもありません。『砂を山盛りに盛ること』です。

 

お砂場遊びから分かること

最初に『砂を山盛りに盛ること』がまず最初に来るのは、なぜでしょうか。

それは、お城だろうが人形だろうが、砂で作る限りは『付け足し』ではなく、『そぎ落とし』でしかそれを壊さずに作っていくことが出来ないからです。

まず山盛りに砂を盛って、パンパン手で固めて、そこからジェンガみたいに砂をそぎ落としていく。そうやって徐々に徐々に、砂の固まりはお城っぽくなっていきます。

逆に、最初から窓は窓で作り、塔は塔で作って後で足していったらどうなるでしょう?最初は大丈夫でも、いずれ強度不足でボロっと取れてしまいます。

使用する砂は少なくて済みますし、スマートに作れるように一見すると見えますが、結局思う通りにお城が作れず終わる、なんてことになりかねません。

ま、当たり前の話なんですがね。意外と大人である僕たちが普段やっちまってませんかという話です。

 

『付け足す』より『そぎ落とす』生き方のための膨大なムダをゲットせよ

上記の例で言えることは、こういうことではないかと思います。

・   労力を最小限にしようと思って窓を作るのにまんま必要な量の砂で窓を作ろうとすると、塔を作るのにまんま必要な量の砂で塔を作ろうとすると、結局窓も塔も出来ない。

・   お城を作るには、お城を構成する砂の量の5倍の砂の山が必要である。

・   最初から、お城を作るためには、その4倍の量のムダな砂が必要であることを見込んでおく。

・   合理的効率的に必要なものだけ『付け足し』をしようとすると、壊れる。

ということで、いつも思うことですが、こういう些細なことからも人生に欠かすことの出来ない教訓というのはいくらでも得られます。しつこいようですが、『人間万事塞翁がネタ』

 

北斗神拳を駆使するケンシロウが秘孔を一発で突けるのは、その前に『北斗百烈拳』で何万発もパンチを放って、相手の弱点となる場所を事前に当たりをつけているからではないかと僕は思います。

好きなことが見つからないという人は、そもそもチャレンジしている事柄の総数が圧倒的に少なかったりします。

タイガーウッズの300ヤードのドライバーも、イチローのホームランも、それ以前の数万回数十万回に及ぶ素振りや練習の成果です。

フルマラソンにマジで出ているような選手は、42kmを走るために月間1000kmもの距離を走ります。『あとたった42km』とかいって走るらしいです。狂ってますね。

旅行に持ってくる荷物が少ない人ってたまにいますが、それまでの結構な回数の旅行で、あれは要らなかった、これもなくて良かった、それはないと困った、とそぎ落としてきた結果、そうなっているんでしょう。最初から少ない荷物で旅行に行ってたら、たぶんいろいろ不都合が生じてるはずです。

 

最近気づいたことです。僕の人生には、そぎ落とすためのムダがあまりに足りなかった。お城をつくるための砂の量が絶対的に不足していたのです。なんとか効率よく最短距離で、少ない砂で立派な砂の城を作ろうとしていました。そしてしょっちゅう途中で壊れてました。

そもそも最初に盛った砂が少なすぎたんだぜこの青二才がってところです。

だから今は、積極的に砂を盛るようにしています。とにかく盛る、とりあえず盛る。

そうしてどこかでそぎ落とすタイミングが来ると思います。

そのときには、今よりずっと多くのことを経験して、多くのムダを経験して、本当に大切なこと、大事にしなければいけないことが感覚として分かるようになっているのではないかと考えています。

 

砂、盛ってますか?それも山盛りに。それ、ムダじゃないですよ?

 

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!