ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

福袋的思考のススメ

time 2014/01/06


こんばんは、拳王です。正月だけは正月気分にがっつり浸りたくて、シリーズまとめて買ってしまった『プリズンブレイク』ばかり見ているわけですが、本来は『24』派です。いつかジャック・バウアーのように、走る車を乱暴に止めてみたいと思います。

さて、正月気分がまだ抜けきらない僕ですが、そういえば福袋、今年も盛況でしたね。毎年毎年、福袋に関してちょっと不思議に思ってることがあるので、少し考えてみたいと思います。

◆【人は何故福袋を買うのか?】
一部の超優良福袋は別として、一般的な福袋の構成はこうです。1つの袋の中に、およそ1割のお買い得品とおよそ9割のジャンク品が混ざっている、もしくは袋全体のおよそ1割が当たりで、およそ9割がハズレ、大体こんな感じかと思います。何故大体こんな感じとしか言えないかというと、僕自身はもうここ10年以上福袋を買ってないからです。

一度大学生のときに福袋なるものに興味があって、アパレル関係のを買ってみたのですが、センスのない僕から見てもセンスのない服ばかりで、買ったはいいものの、そのほとんどは一度も着ないまま何年かしてゴミ箱へ連行されました。そもそもそんなに服が欲しいわけでもなかったのに買ってしまったので、福袋自身の怒りも買ってしまったのかもしれません。

さて、そういうわけで、人は福袋に関しては1割の当たりの可能性に希望を持ち、9割のハズレの可能性に目をつぶる、そんな選択をしているように思います。決して安くはない福袋に、そういう思考回路を経てかなりの額を払うわけです。

でもこれって、よくよく考えたらちょっと変じゃありません?

◆【1割の当たりではなく9割のハズレを恐れる人たち】
特に日本人に顕著な気質ですが、僕たちは一般的に、1割の当たりの可能性よりも9割のハズレの可能性を(当たり前ですが)より大きく感じ、恐れます。だって9割外れる勝負なんて、普段しませんよね。(宝くじなど、当たった際の報酬が掛金の数百万倍になるような天文学的ギャンブルは別)

僕たちは、とかく『元本保証』を好むことが多いです。100万円預けたら、それが99万円になってしまっては怒り狂うのです。だから9割外れる勝負なんて、問題外の更に外。営業のほとんどは打率ではなく安打数で実績が確定するイチロー方式であるにも関わらず、営業を苦手とする人が多いのは、打率が悪いと何かその分人間性が否定されたように感じるからです。本人が勝手に感じてるだけの場合が多いですが。

まぁとにかく、ちょっとの損もしたくない、もったいない、というのが僕たち日本人に多い気質であり、またそれがある面では有効に働いた結果、世界に誇れる日本の文化やマナーが出来てきたわけです。しかし同時に、この気質が膨大な機会損失を生んでしまっていることも、見逃してはいけないと思います。有名な話ですが、人が死ぬときに後悔するのは、やったことではなく、やらなかったことに対してです。そしてそれは、1割の当たりでなく9割のハズレばかり見てしまった結果の、『やらない』という選択の集積の末路です。

◆【だったら普段から福袋買いなよ】
であればですよ、僕としては、『年がら年中福袋買う』ようなつもりで物事に当たればいいんじゃないのって思うんです。つまり、9割のハズレの可能性でなく、1割の当たりの可能性に希望を見出し、興奮し、財布を開け、お札を取り出し、実際に買う。それを普段からやれればいいんじゃないかと思うんです。

例えば、本を100冊読む。すると、90冊ぐらいは無駄になるかもしれないけれど、大抵の場合10冊ぐらいはかなり示唆に富んだ本が見つけられて、更にそのうちの1冊は珠玉の本との出逢いがあったりします。そしてその1冊は、合計100冊の本を買ったコスト=15万ぐらい?を100倍にしてもお釣りが来るぐらい、大きな気づきや行動の変容を自分にもたらしてくれるものだったりします。

例えば、敏腕と言われるビジネスマン100人と会う。90人ぐらいはピンとこなくても、10人ぐらいは心から憧れられるような、心震えるような、スゴイヤツというのが見つかるものです。そしてそんな10人に出会えれば、ビジネス人生のメンター部門は完璧です。そのうちの1人ぐらいは、生涯の師となることでしょう。

例えば、iPhoneアプリで良さそうなものを10個インストールする。これも大抵の場合、9個は使い物になりません。が、1個がとてつもない生産性の向上をもたらしてくれることもあります。

これらの話に共通する教訓は、たった2つです。

1つ目は、上記に書いたように、10個のうち9個がハズレだとしても、1個に対して希望を持ち、アクションまできちんと起こすべきだということ。

2つ目は、10個に1個入ってるだろう当たりに賭ける度胸も大事だが、10個のうち9個がハズレでも平然としてる胆力はもっと大事なんじゃないかということ。

考えてみれば、『福袋』というのは、上記1つ目も2つ目も包含したよくできたネーミングです。曰くの意味としては、

『この福袋の中には福が入ってますよ。でも福ってのは無形の幸せだから、必ずしもスゴイ物が入ってるとは限りませんよ。ほらだって、福の入った袋ってだけで、なんか得した気分でしょ。それが福袋にお金を払う最大の効用ですがな。プラシーボ効果って知ってますの?そう思い込めばそうなるってやつ。それと一緒やで。だからあんま大したもの入ってなくても文句いいなさんなや。たまーにいいのあるから!インド人、嘘ツカナイ。』

て感じでしょう。

そんなわけで、福袋的な思考は別に正月の専売特許ではなく、むしろ福袋なんて買わなくて良いから正月以外も普段から福袋的思考をすればいいじゃん、ってのが僕の主張です。皆さんどう思います?

最後までお読みいただき、ありがとうございます!
読んでいただいてる方のシゲキとゲンキとキヅキになれば嬉しいです。

我が生涯に一片の悔いなし!

家族とか教育とかの話

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。