ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

人生平泳ぎのごとし

time 2014/01/07


2ヶ月ほど前から、会社のプログラムに従ってお弟子さんをとることになったのですが、それが3名いるためなかなか大変です。

いずれも社歴が後輩だとは言っても、前職で凄腕だったり、今の仕事でもきっちり社長杯に入るレベルの人を相手にするので、何を話せば良いか、自分なりに注意深く考えながら指導をするようにしています。

で、たまに自分で真逆のことを平気で言ってることに気づいたんですね。あるときは『集中しろ。深堀りしろ。注力しろ。』と言ってます。反復こそが力なり、続けることこそが壁を破る、的なメッセージであり、『前への展開』を色々な角度から説明しています。

しかしあるときは『広げろ。拡げろ。手数を増やせ。手法を変えろ。』などと言っています。押してダメならバカの一つ覚えみたいに筋トレして押し続けてないで引いてみる、引いてダメなら横にズラしてみる、それもダメなら他の扉を探すか、その壁自体を遠回りして避けていくか、的なメッセージです。『横への展開』と言ってもいいでしょう。

個人的にはどちらも正しく、どちらも道を拓くのに重要なメッセージなのでいずれも真剣に話すのですが、聞く側にとっては『一体どっちなんだ!』となってやしないかとヒヤヒヤしています。どういうふうに伝えたら一番伝わるかを毎度考えて会議に臨むのですが、さっきトイレの中でアイデアを思いついたので、上記の矛盾はこういうことなんだ!という解説をしてみたいと思います。

◆【人生は水泳でいうと?】
僕がスイミングスクールで一番最初に覚えたのは、クロールでした。なんせ一番早いし、身体も普段使ってるのにひと工夫するだけだし、かっこいいですからね。水泳の基礎、ということで、ほとんどの人がクロールから入ると思われます。

その次にマスターしたのは背泳ぎ、次に平泳ぎ、最後がバタフライだったと思います。背泳ぎは唯一真上を見ながら泳ぐ特殊な種目だし、バッタはうまくできれば一番強そうなので憧れてました。

一方、平泳ぎについては、結局最後の最後まで存在価値があまりわかりませんでした。別にかっこよくないし、確かに長くは泳げるけれど、子供にとってあまりそういうのは重要じゃありません。しかも遅い。なんだかエネルギーの使い方も効率悪い気がする。いちいち減速するからです。

しかし往々にして、子供の頃に分からなかったことが、大人になるとすとんと腹落ちするものです。平泳ぎは、まさに人生の縮図なんだと、先程トイレで気づきました。ビバ、平泳ぎ!

◆【なかなかうまくいかない人生、なかなかうまく進まない平泳ぎ】
人生がクロールのようであれば簡単です。が、なかなかそうはいかない。腕をかくごとに水を蹴るごとに推進力を得て変わらぬスピードでスイスイ前に進み続けることが出来るのがクロールですが、人生も同じかと言えば、全くそんなことはありません。子供の頃は、運がよければ大体友達と同じスピード、同じ進路で大きくなれますが、大人になってからの人生の多様さは、子供の頃の比ではないことは多くの人が身体で知っていることでしょう。まして、水泳と違い、人生はゴールまでの距離と方向が分かっているわけでもありません。ゴールも方向も分からない競技を、僕たちは毎日やってるんですね。おーこわ。

水泳に例えるとするなら、人生はむしろ平泳ぎです。泳ぎの一連の動きのなかで、スピードが加速する瞬間と鈍る瞬間があります。同じスピードで進み続けることができるわけではなく、上から見るとぐわっぐわっと勢いがついたり減衰したりしながら進んでいきます。人生も同じで、僕自身も、非常に勢いがあった時代もあれば、全くもって停滞していた時期もあります。残念ながら明らかに後退していた時期もあります。最近はおかげさまで勢いづいていますが、細かく見ると、加速と減速を繰り返しながら前に進んでいるという印象です。全体として、スピードが一定になることはありません。

平泳ぎと人生って、同じですね。

◆【平泳ぎの構造は人生と同じ】
ではなぜそんなことになるかというと、平泳ぎの構造が人生の構造に瓜四つだからだと僕はトイレで考えました。トイレで。平泳ぎでスピードを出そうと思ったら、手と脚で全力で水を後ろに押し出し、押し出した後は推進力が最大になり抵抗が極小になるように手脚をまっすぐ前後に伸ばす必要があります。『集中』であったり、『深堀り』であったり、『注力』といった、『前への展開』を身体に課します。

しばし前進した後、ゼロに落ちかけたスピードを今一度得るために、更にスピードが落ちるのを覚悟の上で、水の抵抗を感じつつも手と脚を曲げて水を押し出す準備をします。『広げ』、『拡げ』、『手数を増やし』、『手法を変える』といった『横への展開』によって、身体は新たな推進力の源を手に入れます。このとき、全くスピードを落とさずに手脚を曲げることは不可能です。つまり、次の推進力のために、一時的にスピードを落とすことを許容しないと、平泳ぎはなりたちません。そんなことをいちいち考えながら泳いでいる人は皆無だと思いました。敢えてよくよく考えれば、人生もこれと全く一緒です。

ちなみに、無駄を廃して前へ進もうと手脚を伸ばしっぱなしにしていれば、誰でも分かる通りいずれ失速して、プールの底に沈みます。逆に力を溜めようと手脚を曲げて曲げて曲げて曲げ続けても、水をかき水を蹴るという作業をしなければ、やはり全く前に進まずいずれ水底とこんにちはになります。どちらも平泳ぎには欠かせない動きで、この両者があるから、ゴールまでたどり着けるのです。

人生もかくのごとしと思いません?

◆【前へと横へを交互に組み合わせる】
もし働くことだけを考えたら、大学なんぞいかずに、専門学校なんぞいかずに、いきなり働き始めた方が学費の無駄?がなく、早くお金を稼ぐことができます。しかし、特にアカデミックな仕事の人はキャリアアップのために、一時の減速を許容してでも、どこかの段階できちんと学ぶ必要があります。

ボクシングの試合で、強烈なストレートだけで勝ち続ける選手というのはまずいません。強い選手には必ずジャブがあり、フックがあり、アッパーがあり、フットワークがあり、スタミナがあります。が、全部まんべんなくできれば良いかというとそれもそれで問題がないわけではなく、やはり何か強烈な得意技があるという選手のほうが、大事な試合には強いものです。そもそも、ある一時期集中してボクシングだけに専念できるような選手でなければ、試合に勝つことすらできません。

企業経営でも、今現在の利益を支える『金のなる木』を育てる一方で、一時的には『金食い虫』になりかねない未来の新規事業を、社の次の成長のためにも、あるいは環境が変わることへのリスクヘッジのためにも、創りだす必要があります。

上記のように、前への展開と横への展開は結局のところ組み合わせ次第なのですが、ではそのタイミングは人生においてはいつにすれば良いのでしょうか。僕の答えは、平泳ぎで言うところの『身体が伸びきる直前』あるいは『手脚が曲がりきる直前』です。伸びきったり曲がりきったりすると、推進力はゼロになり、機会損失が生まれます。高くジャンプしたければ、膝はお尻につくまで曲げてしまうのではなく、適度に遊びを確保しなければなりません。空手の突きが最も破壊力を得るのは、実は腕が伸びきる直前の状態だったりします。

もし今停滞してるなーと考えてる人がいたら、自分は今平泳ぎでいうとどんな状態なのか、思い浮かべてみてもらえればいいと思います。僕はどちらかというと、見た目に反して手脚を曲げまくって水を一向に蹴らないタイプなので、今期は水を蹴ることを重点的にしようと思ってますね、はい。

そんなわけで、トイレのおかげで今日も大事な気づきを得ることができました。Gracias, el bano!!!

最後までお読みいただき、ありがとうございます!
読んでいただいてる方のシゲキとゲンキとキヅキになれば嬉しいです。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。