ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

『モテパ』について

time 2014/01/08


本日は我々『モテパ研究会』が常日ごろから研究しているコスパならぬ『モテパ』なる単語について、皆さんに知ってほしいと思います。

言うまでもなく、『モテパ』とは、コスパ同様、『モテパフォーマンス』の略称です。どうすれば効率的に『モテる』か、ということを追求する指標です。アホだな、と思いますか?思いますよね。アホだと思うと言ってください。軽蔑してください。『モテパ研究会』とは、そういうことばっかり考えている思考浅はかな集団です。

が、僕たちにも反論はあります。

まず第一に、『モテパ』は、女性にモテることのみを指していません。(指してないわけじゃないけどと言えなくもないこともないわけではないとは言い切れない。)大切なのは、男女ともにモテる、つまり人間的にモテるためにどうすれば良いのか、もっと格好よく言えば、人間的魅力を高めるためにはどうすればいいのか、ということです。

第二に、上記のようなことは多かれ少なかれ、また意識するしないに関わらずみんなやっているということです。経済用語っぽくお化粧して表現すれば、『モテパの追求』とは『人材の市場価値向上』であり、『差別化戦略』だと言えます。ただ、それだとつまらないので、僕たちはそれをコミカルに『モテパ』と呼んでるだけです。教育制度の向上とインターネットによって、これからはどんどん人材の画一化が進んでいきます。そんななかで、自分の市場価値を上げたり、差別化をすることというのは、権利ではなく義務、当然のことになっていきますよね?その論はまたにするとして、今日はその打開方法としての『モテパ』を考えてみたいと思います。

しかし一方、そんなことを『モテ』のみならず、『パ』を考えて効率よくお手軽にってのを考え始めるあたり、やはり僕たちはアホなのかもしれません。でもそんなことも含めて、みんなやってますよね?たぶん。

◆【『モテパ』の定義~何をすればモテるのか?~】
『モテパ』は『モテる』と『パフォーマンス』の合わさった造語なので、当然X軸がモテる、Y軸がコスト(時間、労力、お金)となります。繰り返しになりますが、どれぐらい効率的にモテるかということをプロットしていくわけです。

これはフルマラソンにチャレンジするにあたって仲間内で色々真剣に議論したことがあるのですが、アホな話なりに真剣になり、色々なことが分かりました。あまりロジックツリーとかMECE的なことは得意ではないので、簡単に『モテパ』について、モテるための場合わけをしてみたいと思います。

ちなみに『モテる』とは、告白されるとかそういうことではなく、専門家ではなく一般の人に『おお!』とか『すごいですね!』とか『やるぅ』とか『Cool!』とか『パネェ!』とか『リスペクトしてますよアニキ!』的な単語を引き出すことができる状態を指します。なんと曖昧!外せないポイントは、一般の素人さんがどう思うか、です。

何をするとモテるのか?に関する場合わけは以下。
※著しく独断と偏見と思い込みが含まれてますので、気分を害された方は怒りのメッセージをお待ちしております。あくまで持論です。

①それ単体に着手するだけでモテる場合
②それをすることと本人の間に予想外のギャップがある場合
③その技能の追求の結果が、著しくリスペクトされる場合

①それ単体に着手するだけでモテる場合
ランの師匠と初めて出会ったとき、AV男優のように色黒な師匠はものすごく低いバスの声で、『トライアスロンやってますわ』と宣いました。『おぉ~!!』と一同どよめきました。これが①です。僕が出ようと思っている『サハラマラソン』にしてもそうですね。わりとどよめきます。結果如何でなく、それをやっているだけでモテます。

逆に、大変失礼ながら、『卓球』はダメです。どうしてもあの短パンのイメージがあるからでしょうか。バカにしてるとかしてないとかではなく、どうしてもそう見てしまうということで、残念ながらボツです。セパタクローとかカバディの方が、ミステリアスな分、モテパ高いかもしれませんね。

ちなみに僕は弱いながらも極真空手をやっているのですが、『極真やってます』というだけで、僕の弱さを知りもしないのに勝手に『身体が強そう!』、『意思が強そう!』、『頼りになりそう!』と思い込んで頂ける点に関しては、かなり得してると思っています。

②それをすることと本人の間に予想外のギャップがある場合
僕はDe部のFounder&CEOを務めているのですが、世間で言うところの『動けるデブ』、『走れるデブ』は、この②に当たります。『デブ』とカタカナにすると傷つくので『De部』としましたが、本質は同じことです。だから僕たちDe部は、豊満な脂質異常の身体で高らかにフルマラソンチャレンジを叫ぶわけです。とても走れないように一般の人には見えるみたいです。

『スゴイマッチョだけど気が弱い』ってのもいいですね。『アメフト体型で料理が好き』てのもいい。『細いけど拳法の達人』とか、『軍人だけどMBA』とか、『トライアスロンばっかやってるけどITに強い税理士』とかも素晴らしいギャップです。モテます。最後のは三段論法で一体何屋さんなのか分かりませんが、ギャップの三重奏、エクセレントです。

逆に、ギャップがないとモテません。『男性が料理をする』のと、『女性が料理をする』のとでは、圧倒的に前者が有利なのは自明です。世間のイメージが男性と料理の距離がまだまだ近づいていないことの証左でもあります。

③その技能の追求の結果が、著しくリスペクトされる場合
これは当たり前といえば当たり前なのですが、例えばゴルフのシングル。スゴイですよね、モテます。フルマラソン3時間切り、たぶんスゴイんだろうということぐらいは、走ったことのない人でもなんとなく分かります。(ちなみにフルマラソン3時間切りに関しては、『モテ』はそこそこなのですが『パ』が悪いのです、実は。後述。)

ところで、フルマラソン3時間切りは『おお~!!!』となるのですが、例えばウルトラマラソン10時間切りはどうでしょう?『おお~!ぉ(???)』と頭にハテナが浮かぶのではないでしょうか。スゴそうなのですが、どれぐらいスゴイかの基準がいまいち自分の中ではっきりしない。なのでモテパはいまいちという判断を僕たちはしています。

『大食い選手権日本一』はどうでしょう?スゴイですよね。でもココがビミョウなのですが、『スゴイ』と『リスペクト』の間には因果がない場合がたまにあります。それが『大食い選手権日本一』です。スゴイとは思うのだけれど、それでその人に魅力を感じるかといえば、そうでもない。うーん。(あくまで持論ですよ、持論。大食い選手権日本一の人しか愛せないという人、ごめんなさい)

◆【『モテパ』の『パ』についても考えよう】
『モテパ』を考えるあたって、『モテ』は上記で考えたのですが、『パ』についても考えなければなりません。つまり、仮に圧倒的にモテるにしても、そこに至るために登る山がとてつもない高さと険しさを誇っていては、それは誰もが到達できる場所ではなくて、選ばれし者のみが登頂を許される場所になってしまいます。そういうのは、『モテパが高い』とは言いません。『パ』の部分は、効率よく、お手軽に、なるべく楽に、といった、思考浅はかな『モテパ研究会』が定義する高速道路に乗って誰もがたどり着ける場所である必要があります。

例えばこういうことです。フルマラソンで4時間切りというのがあります。これはマラソンをやる人間にとっては、一つのブランドタイムです。ゴルフで言えば100切りみたいなの。そして3時間切りというのがあります。これはアマチュアランナーにとっての黒帯と言ってもよく、サンクチュアリ、聖地であると言えます。

が、正直な話、一般の人にとっては、4時間切りも3時間切りもスゴそうだけどよく違いが分からない、というのが本当のところじゃないでしょうか?僕自身がそうでした。が、やる方にとっては、全く別モノです。4時間切りは趣味の範囲で達成可能ですが、3時間切りをやるのであれば、家族と仕事以外の食事や体型を含む全てを変えていく必要があります。努力の必要量がぜーんぜん違う。が、外から見てあまり違いが分からない、なので4時間切りは『モテパが高い』、3時間切りは『モテパが低い』と研究会では表現しています。浅はかですね。

同じことは距離を伸ばした場合にも言えます。『フルマラソン』は僕にとってもそうでしたが、一般の人にとってものすごく長い距離です。これが、『ウルトラマラソン(=100km)』になったらどうでしょう?同様にものすごく長い距離なのではないでしょうか?しかし、やる側からすると、フルマラソンとウルトラマラソンでは、次元が違います。これはどう考えても『モテパが逓減している』と言わざるを得ません。賢い研究会員は、フルマラソンで『モテパ』を伸ばしたあとに、速やかにトライアスロンに転向すると表明しています。姑息ですね。

◆【『モテパの誤謬』の誤謬】
『モテパ』を追求することは、言ってしまえばすなわち人からどう見えるか、どう思われるかばかり追求することと同義です。これってものすごく浅はかですよね?『結局人生自分次第だろ?』とか、『人の目ばかり気にしてないで自分の軸を持て』という反論が飛んできそうです。そりゃそうです。浅はか姑息なんですから。これが『モテパ』を追求し続けることによって生じるデメリットや副作用、すなわち『モテパの誤謬』です。

が、ちょっと待っていただきたい。山奥で修行している仙人のような人ですら、『神に生かされている』とか宣うわけじゃないですか。皆さんだって、結婚式とかスピーチするときに、『皆さんのおかげです』とか感謝込めて言うわけじゃないですか。結局誰かとの関わりの中でしか、僕たちは自分の人生を生きられないわけじゃないですか。影がなければ光の明るさが分からないように、僕たちは、他者を通して自己を確立します。勿論自分の軸を持つってすごく重要ですよ?でもそれって、後々から振り返って最大公約数的に定まってくるものであって、最初から準備できるものではない。

だったら、モテパを追求することと、自分の軸を持つとか自分磨きというのをリンクさせちゃえばええやないの!ってことを言いたいのです。自分を確立するって、結局はそういうことなんじゃないのと言いたいのです。他者の目を気にせずに、他者との関わりを持つことなく自分を創ることができる人がいたとしたら、その人はもはや人間ではなく仙人でもなく、ただの化け物です。

『モテパの誤謬』は誤謬なのです。だから一般諸氏は『モテパ』を追求すればよろし。『モテパ研究会』は、そんな浅はかな皆さんを全力で応援していきます。

一つ忘れてました。『モテパ研究会』がどうしても許せない敵対勢力があります。それは、

『最初からなにもしなくてもモテる奴』です。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!
読んでいただいてる方のシゲキとゲンキとキヅキになれば嬉しいです。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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