ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

悟空とベジータだったらベジータなはなし

time 2014/01/17


誰もが恐らく一度は見たことのあるこちらの表、ご存じだろうか。
__
正義の味方と悪の組織、一般的に支持を受けるのは正義の味方だけどもが、この表をよく見ると、なかなか悪の組織も捨てたもんじゃないなと思える。
さて、同じことはどうやら『ドラゴンボール』にも言えるようだ。ドラゴンボール世代諸氏には、以下をきちんと読み込んだ上、これからの人生の方針を決定してもらいたい。

◆悟空とベジータの違い

悟空とベジータで言うと、途中までは悟空が正義でベジータが悪、最後は同じ正義側に立って協業するような感じだが、結局ベジータは天才悟空の二番煎じの感が否めないまま、物語が終了する。俺はあるときから、ベジータがかわいそうになった。
『どれだけ努力しても、あっさり俺の上をいきやがる』、そう漏らしたときのベジータの台詞は忘れられない。高校野球や高校サッカーレベルだと、練習量よりもセンスが実力に寄与しやすく、レギュラーは遊んでいて二軍選手は死ぬほど練習している、という話を甲子園を経験している同僚から聞いたことがあるが、そんな感じなんじゃないだろうか。
同じサイヤ人としてどちらも類まれな素質を持っていた点は共通していたものの、そしてどちらも類まれなほど努力をして自分を追い込むという点も共通していたものの、結局のところ、悟空は天才でベジータは努力の人だった、ということではないだろうか。
だから言いたい。一般人が参考にすべきは、悟空ではなくベジータである。どんなに努力しても越えられない壁があるということを見せつけられたときに、それでも心折れずにずっと上を目指して努力し、ついに悟空以外の壁を全て乗り越えた、そんなベジータは、一般人が目指すべき究極のモデルである。最後に『カカロット(=悟空)、お前がナンバーワンだ』と素直に認めることが出来たベジータに、拍手を送りたい。

◆スーパーサイヤ人になれたきっかけ

特に俺がベジータを参考にすべきと思ったシーンがある。悟空、ベジータ双方が伝説のスーパーサイヤ人に目覚めたときがそれだ。
あまりドラゴンボールを知らないという人はもはや絶滅危惧種だと思うが、念のため説明しておく。
1、悟空は、宇宙の帝王フリーザを元気玉で追い詰めた後、親友クリリンをフリーザに殺されてその怒りが頂点に達してスーパーサイヤ人に目覚めた。その後怒りに打ち震えてフリーザを瞬殺。
2、ベジータは、先に伝説と言われたスーパーサイヤ人になってしまった悟空を意識しながらの修行の中で、あまりに不甲斐ない自分に対する怒りが頂点に達し、スーパーサイヤ人に目覚めた。その後喜びに打ち震えて人造人間19号を瞬殺。
よく考えてみたらこういうことなんだ。悟空は他者に対する怒りでスーパーサイヤ人に目覚め、ベジータは自分に対する怒りでスーパーサイヤ人に目覚めた。果たして、健全なのはどちらだろうか?果たして、人間的なのはどちらだろうか?果たして、誰でもできる限界の乗り越え方をしたのは、どちらだろうか?

◆嫉妬は限界を凌駕する

一般人が自分の限界を越えようと思ったときに、とても大事にすべき感情がある。それは『嫉妬』だ。
ベジータは自分自身を天才だと当初思っていたが、あるときを境に、『天才なのは俺じゃなくてカカロットなのでは??』と疑問を持ち出す。それほど悟空の戦闘力の伸びはすさまじく、ベジータはいつも一歩先を行く悟空を必死の努力で追いかける羽目になった。
結局、ベジータは常に悟空に嫉妬していた。そしてその嫉妬を努力という正しい方向のエネルギーに常に置き換えて、自らを磨くことを怠らなかった。そうして、理想と現実のギャップが最大に開き、自らへの怒りが頂点に達したときに、ベジータはスーパーサイヤ人になることが出来たのである。
嫉妬を上手に使った好例中の好例だと俺は思う。嫉妬は、一般人にとってのロケットエンジンなのだ。

◆これからの嫉妬の話をしよう

よっぽど高潔で解脱している人を除けば、嫉妬と縁を切れている人など、そうはいない。同じベクトルにいて自分よりほんのちょっと先に進んでるヤツを見ると、人は嫉妬する生き物なのである。
悟空は『オラ、強くなりてぇ』という気持ちはいつももっていたが、嫉妬とは無縁だった。ベジータは、言うなればいつもいつも嫉妬をエネルギーに換えていた。嫉妬を足を引っ張る方ではなく、自身の精進のために使うことが出来たベジータは、KING of 嫉妬、嫉妬界の王様であり、カイザーなのである。
きっと、自分の限界にぶちあたり、スーパーサイヤ人になる直前の、自らに対する怒りが頂点に達したときのベジータは、こういって叫んだことと思う。

Fuckin’ 嫉妬!!!

『これからの嫉妬の話』については、また改めてエントリをお送りしたいと思う。
世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただけたことを感謝します。
引かぬ媚びぬ省みぬ!
我が生涯に一片の悔いなし!

家族とか教育とかの話

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。