ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

ソチオリンピックのオトナとコドモについて

time 2014/02/26


久々の更新となってしまいました。なんだかんだで精神のバイオリズムがあるんですね、僕。ガラスの十代ならぬガラスの三十代なんで。カラダもココロも。
 
 
さて、感動のオリンピックがとうとう終わってしまいましたね。長野五輪以来、実はあまりオリンピックで盛り上がることが自分のなかでなかったのですが、今回はもしかしたら史上最高に感動したかもしれません。特に羽生結弦クンと浅田真央ちゃんには、国民全員が感謝していることでしょう。クンとちゃんではなく、様付けで呼ばなければいけませんね。
 

【羽生クンと真央ちゃんのコメントがハンパない】

羽生クン
『リンクにお礼をするっていうのは柔道からリスペクトさせて頂いているっていうか、柔道は3回もお礼するじゃないですか。僕らにとってのフィールドはリンクであって、滑らせていただいているっていう感覚があるので、今回もケガしないで済んだ、最後まで滑らせて頂いたっていうのをちゃんと考えながらお礼をしなきゃなって思いました』
 
真央ちゃん
このスマイルを、見ている方に伝わればいいなと思いました。くじけそうなときもつらいときも、笑顔って素晴らしいんだなと伝えたかったです。(ソチ五輪はどうだったかと聞かれて)バンクーバーもソチも、最高の五輪でした。」
 
 
どうでしょうかね?片や金メダルを取ったあとで、片やある意味天国と地獄を両方味わったあとで、こんなこと言えます?
この二人のコメントを見ていると、何十年も第一線を張ってきた超一流のスポーツ選手の風格がムンムン漂ってます。しかしこの二人、まだ19歳と23歳です。このブログを読んでくれてる多くの方よりも、きっと年下です。にも関わらず、このオトナっぷりはいかなることなんでしょう?
 
 
僕が羽生クンだったら、きっとこうなってます。
『イェーイ、まだ19歳ですけど金メダル取っちゃった取っちゃった!レジェンドっすわ、マジで。見てる?こじはるさん?僕今度金メダル持って会いにいきますんで、会ってくださーい!!他の選手?ああ、チョロかったですよ。パトリックチャンなんて、マイケルチャンに全く似てませんでしたからね。皇帝(プルシェンコ)にはユンケル(黄帝液)あげとけば良かったですね。』
 
僕が真央ちゃんだったら、きっとこうなってます。
『シクシク、今回のは、直前にOPPになっちゃって、それでショートのときにどうしてもどうしても回転にお腹が耐えられなくて、それで回転を落としたら転んじゃったんです。正露丸さえしっかりもってきてたら大丈夫だったのに、ロシアの下痢止めで下痢になりました。シクシク・・』
 
 
・・・
 
 
この二人に限らず、アスリートの多くがその見かけや年齢以上に『オトナ』である例は、枚挙に暇がないと僕は常々感じます。昔の話ですが、元プロテニスプレイヤーの弟が大学生ぐらいだった頃に、6コも下の社会も何も知らない青二才であるはずの弟が、
 
『走った距離は裏切らない』
 
『真夏でも(肩の保温のために)冷房は付けずに寝る』
 
とボソリと言うのを見て、
 
コイツハンパねぇ・・・
 
と思ったものでした。僕は走った距離が裏切らないと言えるほど走ったこともないし、真夏はクーラーをガンガンかけて寝てましたので。。
 
 
 
今回の五輪は羽生クンや真央ちゃんが完全な『オトナ』を見せた一方で、身体的に大人であるはずの人たちが『コドモ』なところを晒してしまった点で、面白かったです。森元首相の失言なんてのはその最たるもので、帰国後の会見で真央ちゃんに一蹴されてたのには笑いました。また、この森元首相の発言自体も、アホなメディアに巧妙に操作されて意図せぬ失言に奉られてしまったという、なんだか悲しく虚しい話だったと思います。
 
ロシアの妖精リプニツカヤ選手に対する報道も誠にオトナゲない。確かにツンツンしてますが、よく考えてみれば、あれこそがまともな15歳の姿です。自分が勝つために集中しなければならないのに、応援してくれる観客はともかくとして、報道陣の確かにウザそうなインタビューやら利権やら、大人の事情で近づいてくる大人の顔をした『コドモ』への対応は確実にめんどくさいに違いありません。それにイライラしてる姿を、いちいち批判するのもおかしい。可愛いんだからいいじゃない。ロシア代表にまで上り詰めたその努力を評価してあげようよ。あの柔軟性異常だよ。スゲーよリプニツカヤ。少々ツンツンしてたって、微笑ましく見てればいいんです。どうせいつか本人が気付くんだから。
 
 

【アスリートがオトナな理由】

上述したように、アスリートの多くが身体は子供でもオトナびたコメントをするのは、事実彼ら彼女らがオトナだからだと僕は思っています。そしてそれがなぜこうも再現性をもって多くのアスリートに見られる現象なのかというと、それは彼らが
 
①明確な目標
②明確な期限
 
を持って、日々想像も出来ないような凝縮した日々を過ごしているからです。凝縮された日々によって構成される凝縮された人生こそが、ヒトを成長させるのではないだろうかと思います。
 
『できたらもっとスケートがうまくなりたい!来年までに!』でもなければ、『オリンピックに出たい!いつか!』でもないのです。『1年後の大会までにトリプルアクセルを含めた3回転ジャンプ5つの成功率を8割まで引き上げてショートでついた僅差をフリーで取り返して220点で優勝する!』なのです。彼らの目指すところは。
 
 
さて、世間を見渡せば、30になっても40になっても50になっても、なにかといえば他人や会社のせいにして、自分の努力をしてなにかを変えようとしない、イタイ大人がわんさかいます。僕はそういう人と幸い付き合いはありませんが、見たことは沢山あります。こういう人は、見た目は大人でも、中身はコドモです。
 
 
 
話変わりますが、昔の主たるアニメの悪役の大半は、『不老不死』を願ってました。ベジータさまやフリーザさま然り。これら悪役の大半は、なんだかんだで主人公に不老不死になるのを妨げられて、無念のうちに沈んでいくのですが、僕は彼らが不老不死を手に入れられなかったことは、実は彼らのためにも良かったのではないかと思っています。
 
僕が知っている限り、唯一不老不死を手に入れたのは、小学生の必須シリーズ『火の鳥』の主人公でした。その主人公は当初不老不死を願って無事その薬を手に入れたのですが、後から愕然とします。まず友達が全員死んでしまう。自分の子供も孫も勿論全員死んでしまう。100年経って知り合いが全滅し、1000年経って文明自体が崩壊し、1万年もすると、自分の肉体も朽ち果てて精神のみの存在になってしまうので、誰も自分のことを知覚できなくなってしまう。一時は王様になってみたりするのですがそれも諸行無常のごとく滅びます。当時存在していた生物すら全滅し、彗星が地球に衝突してもまだ死ねない。森羅万象、輪廻転生を三回りぐらい経験して、結局無為のままに永遠の存在となる。。。そんな話でした。
 
不老不死、ぜんぜん羨ましくないやん・・・
 
うっかりラッキーでどれだけ寿命が伸びたとしても、
 
①明確な目標
②明確な期限
 
のない、凝縮されない間延びした人生がいかに無意味か、この火の鳥を読んでなんとなく理解した小学生時代でした。
 
 
結局のところ、どれだけ長く生きるかではなく、目標と期限と、勿論それに対する努力が人生の成否と質を分けるということなのではないかと思います。ここで言う成否と質とは、成果が出ている出ていないではなく、自分で自分の人生に納得できるか、それに足る経験を積めるか、です、念のため。
 
50歳だから大人で、19歳だから子供というのでもないということです。50歳でコドモな人も沢山いて、19歳でオトナな人も沢山いるということです。精神と肉体は綺麗さっぱり切り離して考えるべきではないかと思います。カリキュラムもテストもない小学校に入った小学1年生は、たぶん小学6年生の段になっても、ひらがなもカタカナも書けるようにはなっていないでしょう。
 
 
ちなみに自身の経験で言えば、特に30代に入ってからの自分は爆発的成長を見せていると思います。が、一方でそれより若かったはずの24歳~25歳の2年間に関しては、ほとんど記憶がありません。明確な目標も明確な期限もなかったんでしょうね。そんな考えもなかったのではないでしょうか。
 
大人とはなにか、子供とはなにか、オトナとはなにか、コドモとはなにか、について、深く考えさせられたオリンピックでした。
 
改めて、羽生クンと真央ちゃんに感謝します。
世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただけたことを感謝します。
 
引かぬ媚びぬ省みぬ!
 
我が生涯に一片の悔いなし!

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。