ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

O保方さん問題に関して論議してる人たちに関する論議

time 2014/04/03


『よっぽど暇な人たちなんですね』と思う今日この頃。
 
普段あまり時事ネタにクビを突っ込まないタチなのですが、あまりの盛り上がりに辟易している感もあるので、勇気を出して少し持論を述べてみたいと思います。
 
話題の『O保方さん問題』について。
 
この話、様々な味方や毀誉褒貶があるようですが、果たしてどれだけの人が、事の本質を理解しているのでしょうか?
 
 

【僕が理解している『O保方さん問題』の本質】

 
現時点での僕の理解がしているのは、
 
1、研究者には珍しい若くてそこそこ美人なO保方さんなる博士が、
2、発見が事実ならノーベル賞モノのSTAP細胞なるものを見つけた『可能性』があり、
3、しかしそれに関する論文の掲載の仕方を意図してかせざるか、ミスった『可能性』がある。
 
というものです。
 
つまりぶっちゃけてしまうと、
 
『本質もなにも、入口すらなーーーーーんも分かっちゃいない』
 
のです。それこそ、100あるうちの1もたぶん分かってない。だって研究者じゃないし。
 
ちなみに上記3つで事実なのは1だけで(好みにもよりますが、僕は潮田玲子さん似でわりと好き。ポッ)、残り2つはいずれ証明されるでしょうが、現時点で何も判明していません。下手したら、皆さんが責めているのは地動説である可能性もまだあります。地動説は最初から事実だったにも関わらず、天動説を曲げたくない人たちに尽くボコボコにされ続けました。
 
 

【サッカーに置き換えるとよく分かる】

サッカーには、様々な反則があります。軽い順にいくつか列挙すると、
 
1、間接フリーキックが与えられる反則(しちゃいけないとこでバックパスしたとか)
2、直接フリーキックが与えられる反則(ハンドとか)
3、イエローカードが出される反則(わざと反則したとか)
4、レッドカードが出される反則(危険なタックルとか)
5、数試合~数ヵ月出場停止を食らう悪質な反則(超危険で意図的なタックルとか)
6、業界から永久追放される超悪質、非人道的な反則(そもそも違う人だったとか・・?)
 
 
ハンドをした程度で業界から永久追放されることはありません。永久追放というと、ツール・ド・フランスに見られるような、業界で絶対に許されていないドーピングをしたぐらいの大事件だと、それが適用されます。
 
大事なことは、少なくとも上記1~5に関しては、反則といえどサッカーという競技のルールにきちんと規定されていることで、つまりは反則ではあっても競技の一部だということです。そして、その適用を判断するのは、きちんと訓練された『レフェリー』というプロの職業の人だということです。
 
 
 

【世間が今やっていること】

さて、『O保方さん問題』に話を戻します。今回、残念ながらそれなりの高い確率で、1~6の反則があったように思います。それは恐らく事実でしょう。
 
しかし、その反則の程度を判断する能力や知識を、僕たちは持っているのかというと、それはその道の人以外に関しては確実にNoです。
 
半端ではない数のO保方さん特集があり、二転三転する報道があり、研究者としての実績や姿勢を論ずる人も、千人や二千人どころじゃないでしょう。
 
が、この人たちのほとんどがやっているのは、『サッカーという競技を見たことはないが、一言言いたい。あの選手が犯したオフサイドというやつは許せん!あいつはサッカー選手をやめるべきだ!出てけ!白い特殊なユニフォーム着やがって!』というのと、ほとんどレベルとしては同じです。
 
つまり、『サッカーの試合を年何百試合も見てる人が』、『今回の反則を絶対許すまじ』と言っているわけではなく、
 
『野球の試合を年何百試合も見てる人が、同じスポーツという括りの最大公約数から判断して』、『今回の反則を絶対許すまじ』と言っているわけでもなく、
 
『サッカーが何かも、スポーツが何かもほとんど分かってない人が』、『今回の反則を絶対許すまじ』と真剣に吠えているのです。
 
分からないモノを吠えても、分かるようにはならないと思うんですが・・・
 
 
レフェリーの能力と知識を持った人以外で、そういう一生懸命な99%以上の人を見れば見るほど、
 
『よっぽど暇な人たちなんですね』と思ってしまう僕は、同じくよっぽど暇な人なんでしょうかね、もしかして。
 
 
 

【優遇される『過去について話す人』、冷遇される『未来について話す人』】

過去と未来、双方に関して話をしたときの世間の反応について述べておきたいと思います。
 
現時点を0として、過去に関して-100、未来に関して+100の距離のある話をしたとします。
 
人類の常として、過去に関して実しやかに話をする人は、賢い人だと判断されます。それは既に起きたことであり、’Connecting the dots’すればいいだけだからです。
 
一方、未来に関して実しやかに話をする人は、ちょっと狂った人だと判断されます。やってることは、出来た道を通ることではなく、ジャングルを素手で伐採しながら進むようなものだからです。
 
今回の話は、そういう類のものなんじゃないかと思います。オアシスを見つけたと思ったら蜃気楼でした、な可能性はあるけれども、それは近づいてみるまで蜃気楼なのかホンモノなのか、誰にも判断できません。そして今論議しているのは、そこに近づこうともしない人たちが、あれはオアシスだ、いや蜃気楼だ、と、今いる場所から一歩も動かずにあーだこーだ言っているわけです。
 
ちょっと皆さん、落ち着いて!と思います。
 
 

【『よっぽど暇な人たち』が実は一番ソンをしている?】

上記『よっぽど暇な人たち』ですが、この人たちは自分が実は一番ソンをしていることに、気づいていないのかなぁと思います。
 
人の体力や気力は、数字には出てきませんが有限です。そして人間の身体のつくりとして、他人事に力を注げば注ぐほど、自分事に関して追求していく力が失われるということに、どれほどの人が気づいているだろうかというのは、常に気になるところです。
 
やらなくてはいけないことが腐るほどあるこの世の中で、上記のような『よっぽど暇な人たち』がやっていることは、極めて合理的効率的に、自分の力を殺いでいるだけ、ということになります。
 
そんなに余力があるのはとても羨ましいことです。僕なんて、ちょっとでも力を殺いだら、もう起きるのも無理ですから!
 
 
 
最後に、僕は決して今回、反則がゼロだったと見ているわけではありません。たぶん、いや恐らく、ほぼ間違いなく、あったと思う。でも、その反則が競技のルールに則った反則なのか、それともそこから明らかに逸脱するものなのかは全く理解していません。理解していませんから擁護もしませんが、上述の『よっぽど暇な人たち』に属しているわけでもないため、攻撃もしません。
 
他にやること山ほどあるんでないの?と、ちょっと世間に言いたかった次第です。
 
 
世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただけたことを感謝します。
 
引かぬ媚びぬ省みぬ!
 
我が生涯に一片の悔いなし!

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。