ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

『たった半年でアイアンマン』その2〜 溺戦〜

time 2014/04/24


トライアスロン、アイアンマン挑戦を決めた2014年1月末から、約半年でのアイアンマン挑戦までの奇跡の軌跡・・・

『ポセイ丼』のメンバーは、元帥閣下を除く三名の子羊のデビュー戦のため、沖縄は美ら島に降り立った。入念とは全く言えないギリギリの準備の末、本番当日を迎えた・・・

【前の日〜起床】

前の晩は、いざ本番を迎えるための準備ということで、大変だった。

何を何回準備しても、心配になってしまう。挙句の果てに、元帥閣下は異様な早寝なので、早々にライトは落とされてしまう。

普段は冷静沈着な兄さんもJo仙人も、部屋中に荷物を散らかして、非常にあたふたとまごついていた。こんなに効率悪い二人を見るのは、ぶっちゃけ初めてだ。

Jo仙人は本番さながらにウェアを着込んでいたが、帽子がライトブルー、Tシャツが赤、パンツが黄色という、なんとも言えないバランスに身を染めていた。センスの塊のようなJo仙人が、こんなにセンス悪く見えるのも初めてだ。

準備するものは準備して、あとは体力の温存のために寝ることにした。

朝は4時に起床した。

直前合宿では、普段謹厳実直な元帥閣下の携帯から、まさかの大音量で『Butterfly(木村カエラ)』が朝4時に流れ、俺たちは度肝を抜かれた。

その風貌で結婚式ソングですか・・・パンケーキ好きとかも含め、どんだけメルヘンなんすか・・・

今回は『大音量カエラ』ではなく、控えめな『ややカエラ』での起床となった。ギャップによる精神ショックを気遣っていただいた模様。

俺たちは颯爽と朝食を掻き込み、会場へと向かった。

【出発〜スタート】

スタートまでもそれなりに大変だ。

フルマラソンと違って、二回競技を切り替えるトライアスロンは、『トランジションエリア』と呼ばれる切り替えエリアを持つ。スイム→バイク、バイク→ランと、初心者だとそれぞれ数分もたつくこの作業を、トップレベルの選手たちになると、ほんの数十秒でこなして駆け出していくという。

俺たち初心者とトップレベルの選手たちのトランジションでの違いというと、こんなのがある。

・俺たちはトランジションエリアに着いてからウェットスーツを脱ぐが、ヤツらは到着した時にはほぼ脱ぎ終わっている。

・俺たちはトランジションエリアでヘルメットをかぶる前に水をかぶったり髪を櫛で梳かしたりシャンプーしたりブローしたりティモテしたりで忙しいが、ヤツらはウェットを脱いで、元々その下に着てたトライウェアを顕にして数十秒で、下手したら十数秒で出て行く。

・俺たちはバイクの装備とランの装備で迷うが、ヤツらは吊るしてあるバイクの右側にバイク用具、左側にラン用具、と分けておき、判断に要する数秒を惜しむ。

・俺たちはバイクシューズを履いてからバイクを押していくが、ヤツらはバイクに固定したバイクシューズを輪ゴムで固定して、裸足のまま駆けていき、バイクに乗りながらシューズを履くという芸当をする。

・俺たちにとってトランジションは一種の休憩だが、ヤツらにとっては第四の競技と言えるほど、Expertiseが要求される。上手いヤツと下手なヤツでは、それこそ競技の成績が分かれる。

全て前者に当たる俺は、あらゆる点でまごつき、アドバイスを求めたJo仙人や兄さんもまごついており、唯一の経験者の元帥閣下は完全に自分のモードに入ってしまって、相手にしてくれない。なんとかかんとか準備を終えると、試泳の時間がやってきた。冷たい海にいきなり飛び込むのととかくトラブルが多いため、準備運動代わりに海に入っておくのが、よしとされている。

しかし俺には、試泳の前にやっておかねばならないことがあった。そう、OPP(おなかPP)対策だ。細かい話は省略するが、とにかく勝負弱い俺の腹は、この日も全力で緩かった。競技者全てと母なる海に迷惑をかけないためにサンクチュアリ(=御手洗)に駆け込んだ俺は、今日の戦いに一抹の不安を覚えながらも、なんとかミッションをこなした。

試泳の時間は、当然ながらほとんど残されていなかった。急に不安になってきた。

いくつかのアナウンスを経て、ついにスタート時間となった。

俺はJo仙人とともに、周りの人たちを見ながらウェットスーツに身を包んだ自分の身体を、パッション屋良のようにドンドン叩きながら、気合をいれた。さぁ、始まりだ。

【スタート】

業界内で、『プァ〜〜〜!!!』と呼ばれている音がある。トライアスロンのスイム開始時に漏れなくなるラッパ(?)の音だ。トロンボーンかもしれない。まぁどっちでもいいが、いわゆる開始の合図だ。

それが鳴ったと同時に、俺はギャル走りとドルフィンキックで、果敢に海に挑んでいった。ギャル走りとは、海辺のギャルが水に入りながら走るときにやるあの女体的走り方だ。かかとを左右にふりながら可愛く走る。元帥閣下が前日の試泳のときに教えてくださったのだが、周りを見ると、俺とJo仙人以外に、誰もやっていなかった。クソ、またこのパターンだ。

さて、俺たちの出走に先立つ部門で、ビギナーの出走があった。いずれも距離が短く、まぁこれからチャレンジする人向けレースだ。ビギナーの部門ということで、やはりスイムは見ていても極端に遅い。全く進んでない人もいる。喘いでいるのか溺れているのか、よく分からない人もいる。『やはりビギナーだな・・』と思ってしまった実はビギナーの俺。彼彼女らが、どんなに激しく厳しい戦いを強いられているかを、ほんの数分後、俺は思い知ることになる。

話を戻そう。スイムというのは、とにかく『海でいかにパニくらずに、自分のペースを守れるか』だ。そして、それが出来ればタイムはどうあれ、まぁ完走は固い。逆に、パニくれば終わり。これだけの準備をしてきても、ジ・エンドである。初戦リタイア、も人魚姫(=アリエル=有り得る)

ちなみに、初心者の段階で長距離を泳ぐのは超しんどい。陸上と違い、波のせいでほんのひと呼吸逃すだけでも一気に苦しくなる。並走する人に触れられたり、乗っかられたりするだけで一気に混乱する。波で酔うこともある。塩辛い水は、肺に入ると死にそうになる。

『1.5kmを30分程度で泳ぐ』という目標が俺にはあった。そしてそのために勢いよく『プァ〜〜〜!!!』とともにギャル走りとドルフィンキックで海に飛び込んだ。最初の入りはいい感じだ。

そして・・・

俺は、たった50mで溺れた。。。

笑わないでくれ。いや、笑ってくれていい。でもマジな話なんだ。本当に俺はほぼ完全に溺れた。

最初にダッシュしたせいと最初に勢いよくクロールしたせいで酸素は一気に消費され、気分の高揚もありいつまでたってもリラックス出来ない。巡航速度にも乗れない。戻れない。周りは人だらけ、触れたり触れられたりがあるたびに、心臓の鼓動が聞こえるほどバクバクする。

プールでもある程度水の怖さと戦いながらの泳ぎとなるが、海はレベルは違った。俺はこれを言語化するのに一週間かかった。

これを読んでいる貴方は想像できるだろうか?

ランであれば、下手でも頑張ればいつかはゴール出来る。バイクも同様。失うのはタイムと自信だけだ。下限が決まっている。

スイムの下限は、タイムのロスではなく、『死』だ。

『死』

しかもそれは、『病魔に侵されて1年をかけて近づいてくる緩慢な死』でもなく、『トラックに轢かれて訪れる一瞬の死』でもない。わずか数十秒から数分先に、期限も割引もなく、いきなり『生モノ』として定時される『死』。

損失の下限が決まっているオプション取引ではない。失敗即『死』の世界。それに数十分間晒され続けるということが、こんなに怖いことだとは思わなかった。

【1.5kmのスイム】

冗談も誇張も抜きで50mで溺れかけた俺は、冷静になることにした。そして冷静になることにした。さらに冷静になることにした。

冷静になることにした・・・

冷静に・・・なりたいのに全くなれない!!!

ドラクエで、『ラリホー』と『メダパニ』と『パルプンテ』を同時にかけられたプレイヤーを想像してみてほしい。そいつはもはや使い物にならないはずだ。俺もそうなった。

あと1450m?冗談じゃない。あと50mですら泳げるか怪しい。

全く戻らない呼吸に恐れをなした俺は、大変申し訳ないことに自分の命を守ることを最優先し、平泳ぎを始めた。トライアスリートの方々からすると、『そんな状態でレースに出るな!』と怒られそうだが、もうどうしようもない。タイムを負うことよりも、完走することよりも、自分の命の担保が最優先課題になってしまった。たった50mで溺れ、たった100mでレースの崩壊を確信した俺は、まさになりふりかまわない状態になっていた。

ところで、海で泳ぐときの必須テクニックが、『ヘッドアップ』だ。プールと異なる海は、とにかくまっすぐ泳ぐことが難しい。そもそも指標がなく、さらに波があり、流れがある。何回か水を掻くたびに頭を上げ、目標となるブイを確認しなければ、全くもって方向を見失ってしまう。

俺は、なんとかパニックから戻りかけ、ヘッドアップをしてブイを確認しようとした。海の上からは、とても見やすく見えたブイだ。泳いでいるとはいえ、たやすく見えることだろう。

しかし・・・見えない。少なくとも、泳ぎながらでは見えない。あとで経験豊かな猛者たちに聞いたところによると、この日の波は過去トップ3〜5に入るほど、強烈だったようだ。完走できたことは、奇跡ですらあったようだ。習ったとおりのヘッドアップをしても全く見えないブイに混乱し、俺はまたパニックになった。

俺が喘ぎながら死にそうになりながら泳いでいると、目の前を魚、ではなく、人が横切って泳いでいった。明らかに目標に対してまっすぐではなく、90度真横に泳いでしまっている。なんて方向音痴な人なんだ。

ちなみにこの人、俺の目の前を真横に泳いでいって、ハタと気づいたようで、すぐに方向修正をしていた。少しして、今度は来た道を戻る、つまりまた俺の目の前を真横に泳いでいった。なんて素敵な方向感覚だ。

そう思った俺は、数分後に全く同じことをやっていた。海というのは、それほどまっすぐ泳ぐことは難しい。余計な距離を泳いで余計な体力を使った俺は、全くリラックスしない身体、心臓のドキドキが収まらない精神を沈めきれず、今だから吐露するが、第一ブイ(推定300m)でもうリタイヤしようと思った。それほど、心も体も恐怖に支配され、全く言うことを聞かなくなってしまった。

『死』というものに長期間晒されておかしくなる人が戦争映画などで出てくるが、気持ちがよーーーく分かった。本当におかしくなりそうだった。とにもかくにも安心したい。ただそれだけで、俺はリタイヤを決めた。

【リタイヤの決意、その後】

リタイヤを決めて、でも格好悪いからもうちょっとだけ泳ごうと思った。せめて第一ブイまで、いやせめて第二ブイまで、いやせめて第三ブイまで、いやせめて一周。(今回は750m×2周)

これ以上は耐えられない。みんなごめん。元帥ごめんなさい、兄さんごめんなさい、Jo仙人ごめんなさい、Admiral(『元帥』という意味の、『ポセイ丼』の母体となるランチーム)のみんなごめんなさい、嫁と娘にもごめんなさい、海にごめんなさい、生まれてきてごめんなさい。

こんなに弱音を吐いたことはなかったかもしれない。圧倒的な力の前に震えるベジータ。昔はバカにしてたけど、おまえの気持ち、今なら分かるよ・・・

しかし、ちょっとずつ、ほんのちょっとずつでも進んでいることが分かった俺。あれ?進んでるぞ?もしかして、進んでるぞ?

よし、もうちょっとだけ、あと5掻きだけしてみよう、あと10掻きだけ、あと20掻きだけ・・・

『死』の眼前に晒されていると、あと30分頑張ろうとかは絶対に思えない。せいぜい秒単位だ。あと5秒、あと10秒・・・

そうしてほんの少しの距離を積み重ねていったら、なんだか今までのことが思い出されてきた。

『アイアンマンってかっこよくね?』と言ってノリで(周りに秘密でこっそり)決意してしまったあの日のこと。

『アイアンマンってミドルネームで入れられますか?』と名刺の発注をしようとして断られたこと。

バイクを買いにいって興奮したこと。

なんのためにトライアスロン/アイアンマンにチャレンジするのか、よくよく考えたこと。

ポセイ丼の先輩方とドキドキしながら参加した合宿のこと。

俺自身の納得できる俺を目指して、沖縄の地までわざわざやってきたこと。

そうだ。まだやれる。いや全然やれる。カッコ悪いけど、最低だけど、全然予定通りじゃないけど、なんとか、最後まで、やってやる。

平泳ぎとクロールと方向間違いと溺れるのをまぜこぜにしながら、俺は一周目を終え、一周目よりはるかに落ち着くことのできた二周目に突入した。

もうリタイヤはしない。リタイヤすることをリタイヤしよう。どんな恥ずかしいタイムでも、完走してみせる。

『トライアスリート』になってみせる!!!

俺は、全く体力を使わず、精神力だけを酷使して、しかし最後には足を吊りながら、息も絶え絶え、40分の戦いを終えた。あれだけの恐怖、あれだけ長く感じた時間も、終わってみれば、たったの40分だった。

トランジションエリアでもしばし呆然とした俺は、気を取り直して、まず死ぬことのない、バイクの戦いに挑むことにした。

【このエントリを読んだ貴方に伝えたいこと】

覚えておいた方がいい人生の法則というものがある。それは、

『精神の限界は、肉体の限界のはるか手前に意気揚々とやってくる』

という法則だ。

経験はないだろうか?もうダメ〜とか、もうしぬぅ〜とか言いながら、終わってみたらなんとかこなせてしまった仕事やスポーツの数々。

人間の身体は本当によく出来ていて、自らの命を守るために、脳は肉体の限界のはるか手前で、『もうやめときぃ』という指令を出す。それが『精神の限界』であり、『心が折れる』ということだ。

てことはだ、逆に言えば、『もうダメだ』と思ってることの大半は、『肉体の限界』にはほど遠い地点である可能性も結構高いということだ。

トップアスリートであれば、この『精神の限界』と『肉体の限界』をほぼイコールの位置まで近づけることができる。それが鍛錬というもの。

しかし俺を含む一般素人は、この『精神の限界』と『肉体の限界』の乖離がすごく大きい。だから、『意外とやれちゃう』という現象が発生するのである。

だから敢えて言おう。皆さんが何かに取り組んだときに、何かに取り組もうとしたときに感じる、『もうダメだ』、『そんなことはきっと無理だ』という感情ほど、アテにならんものはない。全くもって見当違いも甚だしい。

過信は勿論よくないが、『フルマラソンなんてムリムリ・・・』と言ってる人の大半は、いざやってみれば完走できてしまうもの。つまり、それぐらい人間の可視範囲というのは、色んな意味で狭いのだ。

だからどんなことにチャレンジするにしろ、大抵はなんとかなると思っていい。大丈夫だ。

ただし、たまに本当に『肉体の限界』を超えることもある。そんなときは運が悪かったと思って、次回以降きちんと精進しよう。

つづく・・・

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただけたことを感謝します。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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