ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

『たった半年でアイアンマン』その3〜初レース完走〜

time 2014/05/03


『たった半年でアイアンマン』への道

トライアスロン、アイアンマン挑戦を決めた2014年1月末から、約半年でのアイアンマン挑戦までの奇跡の軌跡・・・

スイムをスタートした俺は、意気揚々と海に飛び込み、そしてたった50mで溺れた。そして幾度もリタイヤを決意しつつ、何とか泳ぎきったのであった。。

 

【スイム終了~バイクへ】

スイムが終わった。1.5km、泳ぎきったんだ。たった50mで溺れて、たった100mでリタイヤを決意したけど、完泳できたんだ。

やった!やった!

達成感よりも、襲ってきたのは安堵感。ほんの一瞬、俺は涙した。こんなに生きてて良かったと思えたのは、生まれて初めてだ。

陸に上がって颯爽と走ってウェットスーツを脱ぎながらトランジションエリアに駆け込み、数十秒で着替えてヘルメットを被ってバイクを押して出走!

・・・

とは全然いかなかった。

まず、スイムから上がった砂浜が全然走れない。疲労なのか安堵なのか足がガクガクして全く力が入らない。生きる喜びを噛み締めながら、生まれたての小鹿のようにヨタヨタと歩くことしかできなかった。

トランジションエリアに着いても、一向に動きは速くならない。ウェアを脱ぐために座り込んだら、立てなくなってしまった。メッカの方向に軽く礼拝気味かな。もういいかな、なんて思ってみたり。レースのまだ1/6ぐらいしか終わってないのに!!

事前にシミュレーションしたことを全て忘れ、モタモタと娘の幼稚園の準備のようにモタモタしながら、俺はなんとかモタモタとバイクの出走にこぎつけることができた。バイクはあまり心配していない。

愛機のサーヴェロちゃんがしっかり走ってさえくれれば、タイムはあまり気にしない。ママチャリで普段鍛えているので、スイムほど苦戦することはないはずだ。

 

【バイク6周40km】

一番楽しみにしていたバイクが始まった。40kmの道のりだ。

バイクを買った時に1kmほど乗り、次に乗ったのが合宿でのトータル130kmほど。今日は40km、まぁなんとかなるだろ。死にはしない。

このバイクで気をつけなければいけないことはたった一つ、『出来るだけ疲れないように脚を残しながら、出来るだけ速いスピードで走ること』だ。

簡単だ。明らかに矛盾するこの二つを、うまく両立するほどの実力に、今の俺はない。とするならば、最後のラン10kmに影響を与えすぎない程度に、全力で漕ぐこと、それしかない。

友人のばっしーから聞いてた話だと、『バイクで脚を使いすぎると、最後のランが地獄のウォークになる』との事前情報を得ていたためビビっていたが、そんな計算を出来る実力でもない。フルマラソンでサブフォーを2回達成している自分の脚の耐久力を、信じることにした。

6周の周回コースだったので、兄さんやJo仙人とは何度もすれ違うことができた。何度も何度も『へーい!』と声を交わし、元気をもらった。ありがたい限りだ。ランチームAdmiralの赤いTシャツに、黒いヘルメット、真っ黄色のゲイパンツを履いたJo仙人とはすれ違うたびに、ファッションには気をつけようと思った俺であった。

しかし元帥閣下には、一度もすれ違うことも挨拶をすることもなかった。どこかへ行かれたんだろうか?

もしかして部屋でガウン着てペルシャ猫従えて、ワインでも飲んでいらっしゃるのだろうか?

それなりのスピード飛ばしていたので、それなりに人をガンガン抜くことはできた。大したことない実力なりに、楽しいバイクだった。

しかししばしば、『コォーーーーーー!』という音が背後から迫り、物凄い勢いで抜かれることがあった。それも若い人ではなく、おそらくは後ろからスタートした年上のお兄様方(40~50歳代)だ。

こちらもそれなりのスピードで走っているにも関わらず、全く比較にならない速度で抜かされていく。45kmぐらいでてたんじゃないかな??

当たり前過ぎて当たり前の話だけれど、バイクは『巡航速度』の速い人間が勝つ。時速30kmが巡航速度の人よりは、時速40kmが巡航速度の人の方が、同じ時間で10kmも先に進める。当たり前のことだ。

当たり前のことなんだけど、とても大事なことは、この『巡航速度』の速い人が、日々の仕事の世界でも勝つということだ。『最大速度』でも『馬力』でもなく、『巡航速度』、つまりずっと走り続けられるスピードが速いということは、あらゆる基本動作が速いということである。脳の思考回路、仕事の計画の仕方、進め方、まとめ方、アウトプットの出し方などなど。

だから今よりも成果を出したかったら、徹夜するとか1ヶ月間だけ全力を尽くすとかではなく、この『巡航速度』を高める努力をしなければならない。それはとても単調で地味な努力の結果でしか手に入らないもののような気がしているけれど、だからこそ参入障壁は高い。一度手に入れれば、それはその能力を持っていること自体が競争力になると言える。

営業でも事は同じ。一発屋のようなホームランバッターよりも、数ヶ月で1年分の仕事をする人よりも、この『巡航速度』の速い人が一番強い。会社から見ると非常に頼りがいがあり、実は同様に顧客にも安心感を与えるのである。いつも淡々と、同じペースで、しかもそれを高速で回せる人、これが俺の目指す営業の姿である。

そんな『巡航速度』の違いを見せつけられた俺は、上記のようなことをぼんやり考えながら、それでも自分のベストを出しつつ一生懸命愛機を漕いだ。

40kmの道のりを75分ほどかかって(時速32km平均ぐらい)ゴール。やはりスピードがガンガン出るので楽しかった。以後は巡航速度で40km、45km出せるようにトレーニングを積んでいきたい。

 

【ラン10km】

トランジションエリアではスイムから上がった時と違い、あたふたせずに着替えることができた。しかし走りはじめて気づいた。

お、お、おせぇ!!!

そうか、これがばっしーの言ってた脚の疲弊か。やはりバイクで脚を使ってたのか。。

車で180kmで高速を走ったあとにインターチェンジで100kmに減速すると、めちゃめちゃ遅く感じる。

スピードに目が慣れるからだ。同様なのか、一生懸命走っても全く進んでいない気がする。これがバイク後のランか。普段のランとは別物だ。。

事実、あとでタイムをみたらあまり速いペースで走れていたわけではなかった。キロ5分15秒ぐらい。ほんとはキロ4分50秒ぐらいで走りたかったけど、脚が前に出なかった。

走っていると、兄さんやJo仙人ともまたまたすれ違うことができた。そしてようやく、師匠である元帥閣下も見つけることができた。ガウンを脱いでペルシャ猫を捨ててワインを飲み干して、レースに復帰されたのだろうか。

幸運なことに、『小姉さん』も見つけることができた。『小姉さん』は直前のトライアスロン合宿で知り合った方で、見た目超普通のかなり小柄な姉さん。しかし中身は国際マラソンの招待ランナーで、アイアンマン完走経験もあるという化物姉さんだった。俺が極道の世界にいたら、きっとこういう人を『姉さん!』と呼んで護衛するんだろうと思うような姉さんだ。

『あーっはっは!!!』と、やまびこが聞こえるような豪快な笑い声をその小柄な身体から発する小姉さんに、俺はバイクですれ違うたびに声をかけて、そして全て無視されていた。トライアスリートの集中力は並じゃないのか、それとも単に俺が嫌われてるだけなのか・・・

しかし、ランでヨタヨタ走る俺を見つけてくれて、異様なスピードでかっ飛ばして抜き去ってくれた。

ぐぅの音も出ないスピードだったので追おうという気にもならなかった。

周回コースだったので、あと3周、あと2周、あと1周、とカウントダウンをしていく。肉体は限界に近い。しかしこの肉体の限界値、俺は知っている。フルマラソンに比べたら、全然大したことない。

問題は精神の摩耗だった。これだけは、スイムで使い果たしてしまった。

でも目標は3時間切り。これはフルマラソンで言うところのサブ4みたいなもんだ。ここだけは超えたい。

そしてそれを超えたら、俺は俺を認めてやることができるかもしれない。

もう少し・・・

もう少し・・・

ゴールが近づくと、知ってる顔が目についた。既にゴールしたコンドウさん(仮)が、余裕たっぷりの顔で、『おーう!がんばれー!』と声をかけてくれた。コンドウさんも直前の合宿で出会った方である。

『俺も美ら島がデビュー戦なんだよねー!!』とかなんとか言っていたので初心者かと思って安心して近づいたんだが、よく聞いたら既にマラソンで3時間半は切ってるわ、毎週朝6時から3kmも泳いでるわ、異様に胸筋盛り上がってるわ、伊豆のウルトラマラソンで二日酔い明けに5位になるわ、明らかにビギナーではない。ただデビューしていないだけで、間違いなく実力は天下一武道会優勝クラスである。

そんなコンドウさんにパワーをもらい、俺はあと1周に全力を注いだ。

そして・・・ゴール!!!

俺は、ついに、確かに、『トライアスリート』になった。

メッシが得点を決めた時のように両手の人差し指を天に向かって突き上げ、神様(デンデじゃなく普通に髭のある方)に感謝して、ゴールを通過した。

2時間52分だった。

 

【ゴール後】

先にゴールしていたJo仙人と抱き合って無事を喜び、後からゴールしてきた兄さんと抱き合って無事を喜び、自分に厳しいのか一周多めにバイクを漕いできた元帥閣下に達成の報告と感謝の敬礼をした。

この三人がいなかったら、こんな素晴らしい経験は出来なかった。この三人がいなかったら、俺はこんな場所に立っていられなかった。この三人がいなかったら、俺は『トライアスリート』になれなかった。冗談抜きに、ココロがつながったと思う。ちなみにココロがつながったからかどうか知らないが、兄さんと俺のタイムは、秒まで含め全く一緒だった。

まだ『アイアンマン』までの距離は果てしないけど、それでもまずはカサンドラの門は開いたようだ。賽は投げられた。

ゴール後に、合宿でお世話になったオカジマさん(仮)の言ってくれた一言が嬉しかった。合宿の時は、しばらく引率の受付の人だと思ってしまっていたのだが、やたら風格があるので聞いてみたら、トライアスロン30戦をこなし、フルマラソンで3時間切りをする猛者だった。アイアンマンのチャンピオンシップ大会であるハワイコナ大会に出場したこともある御大だ。

『トライアスリートになれるかどうかは、最初の一戦を完走できるかどうかなんだよね。だから完走できたってことはトライアスリートになれたってことなんだよ。』

俺はこのオカジマさんの言葉で、自分が『ただのDe部部長』から、『トライアスリートのDe部部長』になったことを知った。涙が出そうだった。

(ちなみにオカジマさんのことは、合宿でスゲー!と感じたエピソードがあった。合宿所への食事の配給があまりに適当で放置プレーだったのに面食らって途方に暮れていた俺たちは、合宿の運営を担当、管掌しているオカジマさんに『ど、ど、ど、どうしますか?』と聞いた。オカジマさんはよく見ると俺たち以上に途方に暮れていて、『僕もどうしていいかわかりません。』と完璧な反論処理を俺に叩きつけてきた。どうこうしようとは全く思っていないようであった。トラブルに強いトライアスリートは、松たか子が歌っているように『ありのまま』を大切にしているようだ。起きたことは仕方ない。出来ないことは出来ない、分からないことは分からない、という姿勢は、日本企業も見習った方がいいかもしれない。)

同じレースに出た他の仲間ともひとしきり抱き合って無事を祝ったあと、こみ上げてくる喜びを抑えて、幸運なことに同時開催されたトップ選手のレースを見ることにした。やることなすことにいちいち意味があり、次元の違う迫力とスピードを見るにつけ、レースが終わったばかりにも関わらずフツフツと闘士が湧き上がってきた。

そのせいか、レースが終わって向かった店で大きめハンバーガーとフライドポテトを二個たべ、その1時間後に鉄板焼き1人前をしっかり食べることとなった。

なにはともあれ、俺は『トライアスリート』になった。

『アイアンマン』は限りなく遠い。でも届かない距離じゃない。8月まであと数ヶ月。全力を尽くそうと思った。

全てにありがとう。

 

 

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【このエントリを見た貴方に伝えたいこと】

俺が大切にしている考え方がある。

物事の本当の価値を認識するための法則みたいなものだ。

山の本当の高さは、谷の深さを知らなければ分からない。

お金の本当の大切さは、貧乏をして這いずり回った経験がなければ分からない。

日本の空気や水の本当の美味しさは、窒息寸前な中国の空気を吸ったり飲めもしない泥まじりのアフリカの水で生活した経験がないと分からない。

健康の本当の価値は、病気になってそれが二度と手に入らなくなるまで分からない。

親や友達の本当のありがたみは、その人たちを無くすか亡くすかそれに近い状態にならないと分からない。

同様に、命の大切さ、生きていることのありがたみ、息を吸い、太陽を浴び、自分の足で歩けることの素晴らしさというのは、それが不可能となる状態、つまり『死』を目前にしてそのリアルな姿を見つめた者にしか分からないのではないかと思う。

唯一無二の考え方ではないと思うけれど、おそらく真理に近い心理だと思う。

今回、『死』というものをものすごく近くに感じたことによって、逆に『生』に対してものすごく意識が鋭敏になった気がする。そしてそれは俺だけじゃなく、他の皆もそういう感じだったようだ。トライアスリートに明るく快活で人生を楽しんでいる人が多いのは、きっと『死』から目を逸らさず見つめて打ち勝っているからだろうと思う。

 

それともう一つ。『流されない勇気』も大事だが、『流される勇気』も人生には必要だということ。

実はトライアスロンを本流とする元帥閣下からは、『やらない?やらない?』と1年近くに渡り誘われ続けており、今回のアイアンマンチャレンジを決めるまで、『いややりません、塩水やだし』と断り続けていた。

そういえばフルマラソンも、思い起こせば前職の上司がそういえば一時期熱心にアピールされてた気がする。もう10年も前になるが、全くココロに響いていなかった。

そして時はたち、どちらも今の俺に欠かせない人生の一部になっている。不思議だ。でも事実だ。

『流されない勇気』がまことしやかに喧伝されていて、確かにその通りだと思うこともしばしばある。しかし、人間は赤子の頃から、出来ないことにチャレンジして初めて成長する生き物である一方、出来ることが増えてきた大人ほど出来ることしかしなくなる生き物でもある。

そこに来て『流されない勇気』なんてものをもってしまうと、もう本当に安全領域でしか物事を考えなくなる。俺がこの数年悩んでいた閉塞感の正体がコレだ。ある程度のことはこなせるが、ココロの底からドキドキワクワクしているかというと、そうでもない。出来ることしかしていなかったからだ。

人生、しかるべきときにしかるべき人からしかるべき分野に関するお誘いがくることがある。そしてそれは、おおよその場合において、自分の理解の範疇のちょっと外にあることが多い。

『百聞は一見に如かず』という諺があるように、『百見は一験に如かず』というマッチョな格言もある。

そのタイミングが来たら、ぜひ『流される勇気』を持って流されてみよう。そしたら、強烈な外圧によって、今まで自分が見たこともなかったような世界が見えることは確実である。

『流される勇気』を持って流されてみたあとに、『流されない勇気』を発揮してそれが本当に自分にとって必要かどうかを判断してみればよい。

多くの人は、本当に多くの人は、一定区間流されてみれば沢山のことが分かったり見えたりするのに、その一定区間すら『流されない』ことにこだわり、膨大な機会損失を生んでいるような気がする。何を隠そう、俺自身がそういう人間だったからだ。

だから最近は、敢えて『流される勇気』を持って事に臨むことにしている。おかげで小学校一年生ばりにドキドキしながら毎日を過ごしている。

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただけたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ省みぬ!

我が生涯に一片の悔いなし!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。