ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

チャレンジしたいと思うときに気をつける7つの心のバグ

time 2014/05/05


2012年11月に『チャレンジすることが当たり前な自分作りにチャレンジする』ことを目標にし始めてから、大小いくつかのチャレンジをしてきました。

まとめるとこんな感じ

・内省的にしかまとめてこなかった思考を、誰かの一歩を後押しするインサイトとなるよう、ブログに書き始めた。今ではブログの書き方を教えてくれと言っていただけることもしばしばとなった。

・富士山に登って高山病まがいの症状のせいで前門の虎と肛門の狼に追い立てられ、ひどい目にあった。

・『エンペラーの会』を立ち上げ、広く公に付加価値のある人財となることを目指して、仲間と月1回の会食を始めた。

・一生に一回はと思っていたフルマラソンに強制的に参加させられ、一度目は惨敗、二度目にサブフォーを達成した。

・一生に一度もやらないだろうと思っていたトライアスロンをやることになり、ちょっとハマり気味になった。

・10年ぶりに空手の試験を受け、試合に出て、そしてもちろん痛い目にあった。

・ほか、当然のことながら仕事でのチャレンジ諸々

・日々の意思決定が、『(現時点で)出来るか出来ないか』、ではなく、『やるかやらないか』、『出来たら面白いか面白くないか』を基準とするようになった。

そしてこれからはこんなチャレンジが待っています。

・42kmしか走ったことないのに100kmマラソン出場。

・100kmマラソンを走って満身創痍になった2週間後にまた100kmマラソン、そしてその翌週はトライアスロンのレースに出場。

・スイム3.8km、バイク180km、ラン42kmのアイアンマンに、トライアスロンを初めて半年で出場予定。(普通は2~3年してから)

・サハラマラソン、UTMB(ウルトラトレイルデュモンブラン)に来年再来年目処にエントリー。

うーん、シビア。

ここ1年半ほどで、それまでの人生でそれなりに順調にいきつつもどこかモヤモヤ、モゾモゾ、イライラしていた物質が吹っ飛び、毎日生き生きと楽しくドキドキしながら生活できている実感があります。

おそらく、『チャレンジすることが当たり前な自分作りにチャレンジ』がそれなりの程度、うまくいった結果なのだと思います。

逆に言えば、それまでの社会人生活では、実は見た目に反して大したチャレンジはしていなかったということになります。

なので今日は、チャレンジする自分になりたいけれどいまいちチャレンジ出来ないんだよねという悩める過去の自分へのメッセージも込めて、大小さまざまなチャレンジにチャレンジする際の注意点をいくつか記しておきます。

1、備えあっても憂いは残る

人生、いろいろ考えに考えたとしても、未来が100%見えるなんてことはありません。だからこそ最後はエイヤ!が大事です。

大人になればなるほど、自分の能力に自信がなく、一方で自分の判断には自信があるからか、細部の細部まで詰めてから決断しようとする人が結構多いようです。

しかし、天気予報が100%当たることがないように、渋滞情報が100%正確なことがないように、どれだけ備えたとしても、憂いは消えることはありません。

旅行でその程度のことに頭を悩ませる人はほとんどいないでしょうが、例えばフルマラソンをやるとかやらないとか、トライアスロンをやるとかやらないとか、転職するとかしないとか、結婚をするとかしないとか、それなりの決断力を必要とする事柄になると、人はその根拠を100%を求めます。見えもしないものを一生懸命細部まで見ようとするのです。

で、これこそが最大の思考の誤謬であり、バグです。なぜなら、誰でも客観的にはわかりきっている通り、100%なんてあり得ないからです。

健全に諦めましょう。どれだけ準備したって、憂いは残ります。その憂いが、甘受できる許容範囲ならOKなのです。そして最後はエイヤ!で踏み出しましょう。

2、ブーメランを投げる

人にアドバイスするとしたらどっちの道を勧めるか?を考えてみます。そしてその答えが、自分に矛先を向けたときに進むべき道を示唆しているんではないかと思います。

めちゃめちゃ美味しいという噂のラーメン屋の場所を聞きつけて、しかしちょっと遠いので行こうか行くまいか悩んでる友人がいたとする。そしたらなんてアドバイスしますか?

『今でしょ!!!!』

とか言いません?だとしたら、同じことが自分にも言えたりしないでしょうか。

フルマラソンをどこかの時点で一度はやってみたい、なんとなくチャレンジすることにチャレンジしてみたいという悩める子羊が目の前に現れたとします。でも体力ないし、疲れるし、自信ないし、ウジウジウジ。。そんな子羊に、なんてアドバイスしますか?

『今でしょ!!!!』

とか言いません?だとしたら、同じことがご本人にも言えるわけです。

人にアドバイスするかのように、自分にアドバイスする。そしてそのアドバイスがおそらくベクトル的に正しいなら、迷わずとは言わないまでも迷いながらでもチャレンジしてみる。

迷ったらブーメランです。

ちなみに、すごく品質の良く安価そうなヤクをやろうかやるまいか迷ってる友達がいたら、

『ダメでしょ!!!』

とアドバイスするはずですね。

3、ドッチノジブンガスキカ?

同じ話。あるチャレンジを目の前にして、トライした方がいいのはわかるけれど、色々なダウンサイドがちらちら見えてきたりします。

南米のマチュピチュに行きたい。

でも遠いし。。。

でも南米までの飛行機代高いし。。。

でも南米ってちょっと治安に不安あるし。。。

マチュピチュって登るの大変そうだし。。。

そんなときは自分のココロに魔法の質問をするとよいです。

『ドッチノジブンガスキカ?』

南米に行った自分と行かなかった自分を比べるわけです。こういう場合、悩む事柄な時点で答えはだいたい決まっていて、前者がそれになります。つまり、南米に行くジブンの方がスキなわけです。

麻薬を打った方がいいかどうか?ということで普通は迷いませんよね?てことは、迷うという時点で相当程度、メリットをうっすら感じているというわけです。

『ドッチノジブンガスキカ?』

魔法の質問です。

4、短期VS長期

チャレンジすべきかしないべきかで悩むときのもう一つの考え方の基準は、短期軸と長期軸を自分の中で戦わせることです。

人間、とかく視点は短期に偏りがちなもの。フルマラソンの大会が近づいていていることは分かっていても、ちょっとでも疲れていれば『今日のトレーニングやーめた』となりがちです。

二度寝の誘惑は毎日毎日半端じゃないですが、間違って二度寝に成功してしまったときのあの嫌悪感は、何とも言えないものがあります。二度寝という短期目標に成功してしまったがゆえに、一日をマネージするという長期目標に失敗してしまったわけです。

たばこやお酒をやめようとするときは、既に体験しているものを続けるかやめるか比較するだけなので、意外とその意思決定に時間はかかりません。あとは意志や仕組みの問題です。

しかし、まだ見ぬチャレンジをしようとする場合、当然のことながらその事柄に対して、自分はまだcan not な状態です。だから比較がとても難しい。

そんなときは、短期的に見てどうかよりも、長期的にみてそれにチャレンジする価値はあるかどうか、で判断すると、結構いい感じに意思決定を間違うことが少ないように思います。

短期で見ると振れ幅の大きいことも、長期的に見れば正しいこと、やるべきこと、価値のあることというのは、ある程度収斂していくからです。

単に時間軸を変えるだけで意思決定の質が高まるのだとすれば、やってみる価値はあるでしょう。

5、自己流は最大の時間の無駄

いざチャレンジが決定した後の話です。ここは僕が一番気をつけていることでもあります。どんなに自分に自信があっても、どんなにその分野に自分の力が活かせそうでも、まずは『守破離』の『守』を学ぶことに全力を注ぎます。

言い換えれば、自分のエゴや経験、思い込みを一切排して、その分野での実績のある人に聞いたり、推奨する方法をそのまんま取り入れます。

僕は過去に、今よりずっとずっと自分に自信があった時代に、いわゆる自己流でのチャレンジをしたことが何度かあります。テニスがまさにその典型で、習うより慣れろということで、キホンのキも理解せぬままかっこいいトッププロのフォームだけを真似てボールを打ちまくり、そして全く成長しませんでした。そしてあまりに成長しなさっぷりに、泣く泣くテニススクールに入ったら、それまでの悩みがウソのように、あっという間に上達しました。若い時期の貴重な半年を無駄にしたなと思う経験です。

子供の時代には、『守』を無視することは許されません。大人になると、腕力も経済力も判断力もつくため、それが出来てしまいます。でも、それこそが一番の時間の無駄、そして貴重な人生の無駄になるということは、知っておいた方がいいタブーの一つだと思います。

『破』も『離』も、『守』すなわちキホンが身に付いてからやればよろし。

6、一度目は10倍、二度目は1/10

新しいことにチャレンジするとき、概して見積もりは甘くなります。これはおバカな僕みたいな人種だけの問題だけではなく、超絶頭の良い人たちにも言えることのようです。何百億円もする国家プロジェクトが、進むにつれその何倍もの予算を食い続けるなんてことはよく聞く話ですよね。

プロジェクトでもそう、仕事でもそう、そしてフィジカル関係もそうです。僕の経験だと、初マラソンは想定の10倍ツラかったです。

だから今ではあらかじめ、およその概算×10倍を、その事柄にかかるパワーの一つの目安にしています。

そして全く同じチャレンジだったとしても、2回目は1回目の1/10程度のパワーしかかかりません。人体の不思議ですが、ヒトというのは、超絶スピードで環境にアジャストしようとするもののようです。

事実、僕は初めてのトライアスロンのレース(特にスイム)は想定の10倍怖く精神的に疲弊しましたが、次に同じような距離を泳いだときには、『あれ?こんなもん?』と感じたものです。

たった1回、そのたった1回が、想定より10倍ほど大変なので多くの人はチャレンジから遠のき、そして2回目以降が負荷的には1/10になるので、最初の1回にトライできた人と出来なかった人の差が、どんどん開いていく、そういうものだと思います。

7、本番チャレンジのために練習チャレンジをする

野球やサッカーに練習が必要なように、チャレンジというものにも、練習が必要だと僕は考えています。

言い方を変えれば、いくらチャレンジというものが失敗をある程度許容する傾向にあるとは言っても、チャレンジのぶっつけ本番はよくないということです。チャレンジ慣れしてない人がいきなりチャレンジすると、よくて擦り傷、下手すると骨折します。

なので、大きな一歩よりは小さな一歩ということで、仕事など一生に関わることでチャレンジをする前に、チャレンジ慣れをするために日常に転がっているどうでもいい事柄で、チャレンジの練習をしておきましょう。

ただ、『いつもと違うところでランチしてみる』程度だとあまりに楽勝なので、それなりに負荷のかかるチャレンジをしてみる方が良いかと思います。

例えば、

・夜はむっちゃ高いお鮨屋さんのランチにいってみる。夜と昼は値段だけが違うことを知る。

・憧れの人にフェースブックの友達申請をしてみる。その際、めっちゃ憧れてることを伝えまくる。

・朝4時起きを宣言して、起きれなかったら誰かにランチをオゴることを約束する。

・え?お前が?というおとなしめキャラを捨て去って、何かを企画して人を巻き込んでみる。

・日帰りで福岡と北海道に同時に旅行に行ってみる。始発で福岡、終発で北海道から帰宅とか。

・伊勢丹に10万円を握りしめていって、予算の範囲で言われるままに服を揃えてみる。

・勝算なしでフルマラソンに申し込んでみる。10km、ハーフなどは想定内のためダメ。

これだけやれば、『あれ?チャレンジゆうても大したことなくね?』と、少し頭がバカになるはずです。成功ですね。

以上7つを思いつくままに書いてみましたが、これだけ網羅していれば、まぁチャレンジ脳に近いものが出来上がって、どんどん先に進めるのではないかと思います。

というか、この程度のことも、1年ほど前の僕は分かっていなかったので、よくよく考えてみれば膨大な機会損失を生んでいたんじゃないかなと、ちょっと後悔しています。

そんなわけで、これからチャレンジしたい、チャレンジ野郎/女史になりたいという人のために。

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

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家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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