ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

日本一赤裸々な野辺山100kmウルトラマラソン日記 その9

time 2014/06/03


71km部門のゴール、71km地点にたどり着いた俺とライバル熊。

71kmをゴールとする人たちが祝われているのを横目に見ながら、あと30km近くもあるという現実を前に、ついに緊張の糸が切れ、目から涙が溢れそうになる。

が、あと29km、『肉』の距離。71kmでゴールになってもまだ泣けない。でも、100kmのゴールは絶対に泣けるはず。俺と熊は、『泣けるゴール』を目指して走りだすことにした。

馬越峠はこれから本格化する。

IMG_0037

71km〜79km(馬越峠最高到達点)

『71kmの関門を9時間30分で抜けること、そうすれば残りの上りを1キロあたり10分使える』との情報を、過去の完走者のブログから掴んでいた俺は、実際に71kmを通過したタイムを見て戦慄を覚えた。

関門通過が大体9時間50分過ぎ。『疲れた後半に時間を使いまくるプラン』より20分以上遅い。

しかし問題が一つ。

もはや心が壊れかけているこの状態では、あとの道をキロ何分で走れば良いのか、全く計算できない。ユルめの予定より20分以上遅れているのは分かる。そして、その遅れを取り戻す力がもう自分に残っていないことも分かる。

さてどうしたものか・・・

仕方ないので、また熊とゲーム形式で上りをへこへこと上ることにした。

そしたらここで想定外のことが起きた。

ヤバいヤバいとは聞いていた馬越峠。確かにヤバかった。でも、想像していたよりは全然ヤバくなかったのである。

実は、事前ミーチングでアイアンマン姐さんやJo仙人から『野辺山はヤバい』と聞いてから、山梨県は山北(御殿場の近く)にて、強烈な坂を活用した坂道トレーニングをみんなで2回してた。

これが効いた。めちゃくちゃ効いた。トレーニングが直前過ぎたため、体力的に坂道を克服することは叶わなかったが、坂道がどんなものかは上りも下りも知ることが出来た。しかも、山北の坂道は、馬越峠のそれよりも上りも下りもともに強烈なものだった。

『それを知っているか否か』は、何にせよ取り組む物事の徒労感と生産性を大きく左右する。海外旅行の申し込み、映画のネット予約、自転車の分解と組み立て、相続の手続き、そして坂道の上り方と下り方。

一度でも経験するとそれは、身体知化される。

普段から練習>本番にしておくと、本番がラクになる。

知験でも脳験でもなく、『体験』する。

知ってる言葉のいくつかがフラッシュバックした気がするが、要するに俺は、もっとキツい坂を知っていたのだ。だから、怖くなかった。

脚も心肺もしっかり限界を超えている。隣の熊はぜーぜー喘いでいて、そして俺も同じかそれ以上にぜーぜー喘いでいる。

しかし、俺はこの上り坂よりもっとキツい坂を知っていた。だから耐えられた。

大体の物事は、1回目で面食らい、2回目でギャップを修正し、3回目で改善できる。

同じことだ。2回の坂道練習を経ての3回目だった馬越峠は、想像通りツラくても、想像以上にはツラくなかった。

諦める人、諦めない人

気づいたら、俺と熊はゲームをしながらバシバシと人を抜いていき、ほぼ抜かれることなく上っていくことができた。

途中で、何人かに声をかけた。しかし、

俺と熊:『頑張りましょうね!』

上り人A:『いやーもう無理だと思いますよ。。』

俺と熊:『最後までいきましょうね!』

上り人B:『間に合わないよ・・・』

諦めたら、そこで試合終了ですよ

とはあまりにも有名な安西先生の台詞だが、本当に本当だと思った。諦めたら、そこで試合が終わる。そして追いつめられれば追いつめられるほど、諦める人は増えてくる。

まだ関門には引っかかっていない。そして次の関門もどうやら大丈夫そうだ。だとしたら、どこに今諦める理由があるのだろうか?

たぶんこういうことだ。完走を絶対に誓っていた俺たちは、

諦める理由<諦めない理由 だった。

しかし彼らは、

諦める理由>諦めない理由 だった。

責めはすまい。気持ちは十二分に分かる。しかし、極限状態では、能力は問題にならない。まさに、諦めるか諦めないかだけなのだ。自分に何が出来るか、それのみを考えて行動する以外に、道は1ミリたりとも拓けはしない。

どんなに願ったところで、100kmは99kmにはならないし、今踏み出す1歩は100歩分にはならないのだ。

俺と熊は自分たちに焦点を当てることを決意し、以後他の人に話しかけるのをやめた。期待と失望は、嵩にかかったように疲弊した心をさらに疲弊させようとする。

優しさ

そして順調に上っていたあるエイドの直後。

熊が

吐いた。

ついに

吐いた。

ウルトラマラソンでは、補給が何よりも大事だ。そして吐いてしまってはその後の栄養補給が望めなくなるか、大きく効率が低下する。すなわち『リタイヤ』の4文字がぐっと近づいてくる。

ここまで一緒に走ってきた熊。まさかここで終わるのか。

が、ここからの熊は驚異的だった。ガスター10を飲み干して胃を落ち着かせ、遅いペースながらも復活しつつあった。

しかしそれでも、79kmの馬越峠の頂上関門をクリアして完走まで目指すには、ペースが遅い。もう一段、ギアをあげる必要がある。

にもかかわらず、『下りに備えてちょっと歩きたい』と、頂上が近づくにつれ、走らない言い訳が増えてきた。ここで止まることは許されない。あとで挽回するほどの力は、今の俺たちに残っていない。

 

俺は一つの決断をした。

大丈夫だよ、とか、ゆっくり休んでいいよ、と言える場面ではない。生きるか死ぬかの瀬戸際。苦しくても、誓い合ったゴールのために、犠牲にしなきゃいけないものがある。

それは、悪い意味での優しさだ。

熊が本気でゴールを望んでいることを知っていたからこそ、俺はそっち側の優しさを捨てた。そして、自称『本当の優しさ』を発動した。

『てめー、このままなら負け犬だぞ、それでいいのか!?ゴールすんじゃねーのか!?』

吐いた直後に罵倒された方はツラかったと思うが、罵倒した方もツラかった。

そして

熊は復活した。そして吼えた。

『うぉぉぉぉああああああ!!!』

あの熊が吼えた。

熊は、普段穏やかな漢である。それこそ、キツツキにつつかれようが、ヒルに血を吸われようが、コンビニでおつりをちょろまかされようが、あまり気づかない漢である。100万旧トルコリラの微笑みと呼ばれる癒し系の極みである一方、いつものそのそ動きが遅い。あらゆる点で遅い。

その熊、ついに吼えた。

吼えたアル。

思わず中国人ぽくなってしまったが、とにかく吼えるはずのない熊が吼えた。

親鳥がひな鳥の巣立ちを見るのはこんな気分なんだろうか。俺はひな熊が動物園から野生に帰っていくのを見送る飼育係さんのような気持ちになり、また少し目に埃が入ってしまった。

そうして絶望と復活を乗り越え、俺たちは最後の難関である馬越峠の頂上関門にたどり着いた。

制限時間は11時間40分、たどり着いたのは11時間半頃。関門、間に合った。

あとは下るだけだ。(と思い込んでいた俺がバカだった・・・と後で強烈に思い知ることとなる。)

 

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ媚びぬ省みぬ!

我が人生に一片の悔いなし!

 

 

家族とか教育とかの話

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。