2014年5月18日、俺は野辺山高原100kmウルトラマラソンを完走し、無事『ウルトラマン』になった。
『野辺山を制するものはウルトラを制す』と言われ日本を代表するほどのウルトラレースを相手に、実力的には71kmの部門に出走していれば良かったぐらいだったが、いわゆる限界を越えた状態をはるかに越え、『やれば出来る』とか『念ずれば花開く』とかいう古来より言われている陳腐で本質的な格言を自分の身で体現することができた。
で、なんでか忘れたけれど、たった2週間後の6/1に柴又100kmウルトラマラソンが俺の予定表に書き込まれていて、ウルトラマンになった直後にダブルウルトラマンを目指すことになってしまった。
そうそう、またしても確かコイツのせいだ。コイツのアジテーションで、ノリでポチってしまった2回目のウルトラは、1回目のウルトラの直後だったのだ。
写真 (2)
またお前か・・・まぁいい。なんか、小僧に崖から突き落とされるのは、俺の既定路線になりつつある。
あれだけ苦労して、死にそうになって、号泣してまで勝ち取ったウルトラマンに、2週間後にもう1回チャレンジする???
うーん、間違えた。しかし仕方ない。敗北の文字はあっても、不戦撤退の文字は俺の辞書にない。
周囲には、『いやー、たぶんリタイヤしますわ。むりむり。だって野辺山の二週間後だし。』と最大限の予防線を張って、俺は出走することにした。
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出走までの戦い

マラソンをやっている人とやっていない人の違いで顕著なのは、『マラソンを完走するために必要不可欠なこと』の項目に対する認識だ。
一般的に考えて、高い心肺機能や強靭な足腰というのは、想像するに難くはないことと思う。事実そうだ。
けれど、長い距離になればなるほど、そこに『胃腸の強さ』が加わる。水分、食糧ともにしっかり補給し続けられること。これが、何千年も昔から言われてきた長期戦の要諦であり、戦いの場がランニングに移るウルトラマラソンにおいても必須の能力となる。
ちなみに、フルマラソンを走ると、その後の打ち上げではそんなに食べられない。胃が2万回前後揺れるため、内壁が相当程度荒れるからだ。100kmを走るウルトラマラソンだと、その回数が5万回程にもなる。その消費カロリーの程度に比べて、後半になるほど補給がおぼつかなくなる。
野辺山ウルトラの前に、戦友でありウルトラの長兄であるJo仙人から、『ウルトラはその後1ヶ月は胃腸が戻らないと思った方がいい』と脅されていた俺。事実、野辺山の完走直後は何も食べる気がしなかった。
しかし次の戦いはたった2週間後。失ったエネルギーを取り戻し、もう一度戦える身体を作るためには、この胃腸のケアが必須だった。
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胃腸のケア

野辺山の次の日、俺は自分の胃腸の痛み具合を確認するために、早速リハビリを開始した。『まずはおかゆから』と言われるほど、いたわりが大事だと言われるウルトラ直後の食事。
しかし俺は、『いたわり』では、次の戦を戦えないと思っていた。しばらくレースがないのならいい。俺の戦いはたった2週間後だ。
俺は、『いたわり』ではなく、『いたぶり』によって、胃腸の回復を試みることにした。最初の食事がこちら。
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さすがに2切れ残してしまった。しかし思ったより順調。
次の日は焼き肉。野辺山でウルトラマンになったウルトラの兄弟たちと、盛大に打ち上げをした。その次の日、次の次の日もおかゆやスープというヤワなものではなく、胃腸には通常営業を課した。
結果、ダメージは残るものの、順調に回復することができたように思う。
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脚のケア

次に脚のケア。野辺山の完走直後に靴下を脱ぐと、脚の水ぶくれが破れて大量に破水した。家に帰ってさっさと処置し、乾かすことにした。
大腿、ふくらはぎ、股関節など、主立った部分には筋肉痛以外の損傷は見られなかったものの、今回一番ダメージを受けたのがスネ筋だった。足先を上に向けると少し盛り上がってくる筋肉の部分だ。
ここが野辺山の100kmという距離、盛大な上り、長々と続く下りで相当破壊されたらしく、ダメージを受けた右足と、無事だった左足の大きさの差が1.3倍ぐらいになってしまった。
え?右足、ビルドアップし過ぎじゃないっすか?ぐらい。
当然、押すと痛い。歩いても痛い。腫れはなかなか引かない。
とにかくレース直後は冷やし、柴又が近づくにつれて歩く距離を伸ばして筋肉をほぐすことにした。プールで泳いでも、バタ足をするために痛みが走り、仕方なく浮力に任せて歩くことしか出来なかった。
『回復』というと、とにかく安静にというイメージが先行しがちだが、ある程度年齢を重ねると、動かないより動いた方が回復が早いような気がする。
これは、休日に寝てばかりいると逆に疲れるのと似ているかもしれない。動いて回復させる、ということを、みんなもっと生活に取り入れた方が良いだろうと思う。
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心のケア

最後に心のケア。すなわちモチベーション。これが一番やっかいだった。何せ俺は、既にウルトラマンになっている。もう一度目指さなくても、既に称号は手元にあるのだ。
思えば、野辺山の時は、気がラクだった。『野辺山を制する者はウルトラを制す』と言われるほど敵は強大で、前を向いて全力で戦いさえすればよかった。遠方のため部活のノリで結構楽しく、あまり他のことを考える必要がなかった。『De部でウルトラマン』になることは、全国のDe部(80kg以上か体脂肪25%以上のぽちゃスリート)に勇気を与えるための至上命題だった。
かたや今回の柴又。とにかく出走前からリタイヤの言い訳、制限オーバーになったときの理由が腐るほど出てきた。曰く、
・2週間では筋肉、胃腸ともに回復しないだろうから途中で走れなくなってもしょうがない。
・既にウルトラマンになってるし、2回目に出走するだけでも勇者だからダメでも仕方ない。
・参加することに意義があり、完走できなくてもまぁOK。
・我らがランニングチーム『Admiral』最速の漢、ザックですら、昨年の柴又ではリタイヤしている。いわんや2週間前に野辺山走った俺おや。
まぁとにかく、目標未達がどれだけ論理的かつ合理的か、本当に感心するほど色々な理屈がロジカルに組み上がっていく。
同時に周囲への発言自体もそういう流れになっていく。自分を傷つけないために、どんどん『リタイヤありきだけどもうウルトラマンだし柴又に傷ついた身体と心で出走するだけ結構エラい俺』像が出来上がっていく。
いかん。
このままではイカン。
てめー、それでいいんか!?
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ダメな自分を追い込む外堀の埋め方

俺は、柴又が近づくにつれ、そんな加速する負け犬根性に逆走する形で、自分の中のプライドがめりめりと音を立てて立ち上がって来る様子を感じていた。
それでいいのか。
それでいいのか。
それでいいのか。
よく・・・ない!!!
俺は、慌てて外堀を埋めることにした。
ある人とは、完走できなかったら『この負け犬が!』と罵倒していただくという条件で賭けをした。ある人とは、完走できたら近くの鮨屋で昼飯をゴチになるということで約束をした。公には、野辺山と柴又をしっかり両方完走することが既定路線であるかのように、宣伝をした。そんな自信は全然なかったけれど。
何かにチャレンジするとき、そしてそのチャレンジの達成可能性が50:50かそれ以下の劣勢の時、自分のフルパワーでチャレンジしなければ未達が濃厚な時、
ご褒美とお仕置きと衆人環視
の条件を整えておくと、達成の可能性は飛躍的に向上する。
人は弱い生き物だ。山奥に籠って10年間も春夏秋冬を修行に費やして、誰からも見られず、誰からも褒められず、誰からも貶されず、たった一人で自らを追い込み続けるということは、本当にイカれた一部の人にしか出来ないことだと思う。(ストイックの塊のようなイチローですら、褒められることを喜びとし、貶されることを怒りに変えているように思える)
俺はこうして、野辺山からわずか二週間後、『帰ってきたウルトラマン』として、柴又への出走に臨むところまで、なんとかこぎつけることが出来たのであった。
毎度のことながら、当日に前回以上の地獄が待ち受けていることなど、知る由もなかった。
 
世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
引かぬ媚びぬ省みぬ!
我が人生に一片の悔いなし!
 
 
 
 
 
 

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