55kmの関門を10秒前に越え、80kmの関門を6分前に越えた俺。
残るは2時間40分で20km、ゴールまでばく進するだけだ。フルマラソンで走るより少し遅いぐらいのペースで走り、たまに休憩するぐらいならば、なんとかなる。
え?それって難しくないっすか?頭の中で誰かが言う。確かに計算すると少しキツい。そして、燃料がもう残っていない。エンジンはしばらく前から火を噴いているし、車輪は摩耗しすぎてボロボロ。部品もいくつかは取れている。
さぁ、どうする?
俺は、おもむろに携帯電話を取り出し、電話をかけた。
***

タ・ス・ケ・テ

『なーに?リタイヤしたの?』
リタイヤしたことを報告する泣き言の電話だと思ったのか、ヨメは先制してきた。リタイヤしたことを告白しやすいようにしてくれたのだろう。
同じ泣き言には違いなかったが、俺は無茶なお願いをしてみた。
『今からゴールに来てくれ、必ずゴールするから。』
事前に応援に来てくれるというのを一度断っていたのだが(暑いしいつになるかわからんし)、やっぱり来てほしいという虫のいいお願いをしてみた。
予定が急遽変わることをあまりよしとしないヨメが、このときは了承してくれた。俺の、強さよりもはるかに多種多様で巨大な弱さを知っているヨメが、何かしらの決意を電話口から感じ取ってくれたのだろう。
絶望的な状況下で、ゴールにヨメ娘が待っていてくれているはずという一抹の希望を胸に、かなり厳しいと思える残り20kmの戦いに身を投じることにした。
娘を肩車して、それをヨメに写真にパシャパシャとってもらいながらゴールできたら最高ぢゃないか。
***
そしてもう一つ。普段一緒に戦ってる仲間たちに、FB経由で泣き言を言ってみた。
『残り20kmで2時間40分ですが、心折れなければゴールできるかもだけど心折れかけてます。力を下さい。叱咤、激励、罵倒なんでもありで。』
泣き言をアップしたそばから、猛烈な勢いで罵倒以外の二つのコメントが寄せられた。国内から、インドから、神保町から。
『羅王に20kmごとき、敵ではない!』
『雄叫びでも何でもやって意地見せろ!』
『完走したらラクーアでかき氷と焼き肉です。』
俺の弱さよりも強さを信じてくれる人、心で一緒に走ってくれるヤツ、ご褒美で釣ってくれる御大。。。
なんてありがたいんだ。なんて素晴らしい仲間なんだ。
今更ながら、『Admiral』で一緒に戦える仲間たちがいることに、俺は心の底から感謝した。一緒に走っていなくても、一緒に戦える。一人でないと分かるだけで、力がむくむく湧き上がってくる。
人に助けてもらわなくても生きていける力を付けることはとても大事だが、人に助けてもらわないと達成できないような困難が目の前に現れたときに『助けて』と言えることも、また同じように大事なのだと思う。
***

折れない心

80kmの関門を過ぎた瞬間に、俺の真横で『リタイヤします』とサヨナラバスに向かっていく人が数人いた。しかし俺の目には、もうサヨナラバスは映っていなかった。戦いはこれからだ。
80kmを過ぎて、ゴールがなんとなく頭の片隅に近づいてきても、厳しい戦いが続くことに変わりはない。
80kmまで来たという安堵感と、まだ20kmも続くという絶望感からか、このままいけばまだ大丈夫という時間帯であっても、戦意を失っている人が目に付く。日が落ち始めた景観が、モチベーションの低下にさらに拍車をかけているようだ。
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俺はしかし、ヨメ娘とゴールすることを明確にイメージしていたし、皆からもらったメッセージが背中を押してくれたおかげか、一度も座ったり立ち止まったりしようとは思わなかった。
まだまだ、背筋の伸びた、いいフォームで走れている。
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身体は最低最悪の状態にあるが、ココロは最高の状態にある。
フォームに気を配ることで、各所の痛みからも気を逸らすことができた。
***

フォーム、基本、守破離の守

人間は、疲れると本能的に腰が落ち、背が丸まるようになる。その方が早く疲れるからであり、そうすることにより、脳は肉体にリタイヤと休養をさせたいからだ。
つまりは、疲れれば疲れるほど、より疲れる走り方に本能が引っ張っていくということ。これを知っておくかどうかで、追い込まれる後半の戦いっぷりは相当変わってくると思う。
であるならば、疲れたときほどフォーム、基本、守破離の守に気を配るべき。疲れていないときにフォームを整えることは誰にでもできるが、フォームの本当の価値は後半戦にこそやってくる。それが本来は一番疲れにくく、パフォーマンスの高い走り方だからだ。
言葉にすればこんなに簡単なことも、これを頭で知っているだけなのと身体で知っているのとでは、その引き出しの開き方が全く違う。思い出の品は別とすれば、売れない宝石は、ただのガラクタだ。
俺は事前に何度となく気をつけようと思っていたポイントに再度意識を向けて力を入れ、そうすることでぐっと走りがラクになることを感じながら、一歩一歩、脚を前に進めていった。レイアップの基本は『置いてくる』だが、それは試合の終盤になっても変わらない。ジャンプシュートの基本も最初から最後まで、『左手はそえるだけ』なのである。
***

80km〜ゴール

正直、ラスト20kmの記憶はあまりない。それほど、ゴールまでの道のりの一歩一歩に集中していたんだと思う。
どんどん暗くなっていき、諦める人と諦めない人の差が顕著になってきた。ゴールはもうすぐで、そしてそれは今の頑張りの延長戦上にある。今頑張れなければ、きっと1km先でも頑張れず、そして5km先でも頑張れず、もちろん10km先でも頑張れない。
『明日は明日の風が吹く』という格言もあるが、はっきり言えば『Tomorrow never comes』だ。『明日』というものは永遠に来ず、来るのはいつだって『今日』そして『今』だ。
秒単位でペースを管理し、諦めた人の背中ではなく諦めてない人の背中を追い、そして自分も誰かの追うべき背中になり、必要最小限の休憩を取りながら、黙々とゴールを目指した。
辺りが暗くなり、気温がある程度下がっても、給水と水を被るのは止めなかった。走ってるんだか水浴びしてるんだか分からないレースだと言えるぐらい、水を浴びた。頭に、首に、脚に。
毎度のことながら、『負けないで』や『睡蓮花』や『それが大事』や『熱くなれ』や『聖闘士星矢』にお世話になる。イヤホンを忘れてしまったので、申し訳ないが音量マックスでまき散らしながら聞いた。
さらには、恒例となった雄叫びで自らを奮い立たせながら、『全員でゴールするぞ貴様らぁ!』と鬼軍曹のごとく、周りの人を威嚇しまくった。
***
ラスト10kmになり、あと70分ほど。野辺山の戦友でもあるハラルが、チームAdmiralのページに俺とザックの状況を逐一アップしてくれている。遠隔地なのに、一緒に走ってくれている。
ラスト5kmになり、いよいよ完走が目の前になってきた。よし、よし、よし。野辺山では折れそうになる心のメンテナンスと折れた心の修復にだいぶリソースを取られたが、今回は大丈夫。どうやって娘をかつごうかと思案してみたりした。
ラスト2kmになり、ふと踏み入れた砂利道で、脚を軽く挫いた際に『ズリュ』というイヤな音が聞こえた。水を浴びまくったおかげで、汗と水で相当にふやけていたと思われる左足の裏の皮が総出でズル剥けたようだ。おいおい、ズル剥けはそこである必要はない。
今更負傷したとて、大きな問題ではない。こちとら、脚を吊りながら30kmぐらい走ってきてるのだ。俺は普段であれば大騒ぎするような負傷を、極小の些事と断じて、無視して走ることにした。
***
ラスト1kmになり、光輝く麗しの地が見えてきた。14時間前に俺が旅立ったところだ。こんなにも神々しく、こんなにも愛おしく、こんなにもありがたい。
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果たして、ヨメ娘は待っていてくれてるだろうか。ザックは先にゴールしていてくれているだろうか。ネバッティと教官は、ゴールでハイタッチしてくれるだろうか。
ゴールが近づくにつれ、今までほとんどいなかった人通りが急に活発になる。多くの人が沿道にいて、『おかえりなさい!』、『ナイスファイ!』、『もうすぐゴール!がんばれ!』と声をかけてくれる。
ゴール付近は細かい距離調整のためか、一度ゴールを通り過ぎて300mほど行って折り返すという形になっていた。
一度ゴールを通り過ぎるときに、聞き慣れた声が聞こえた。
『パパ!』
見ると、ヨメ娘がいた!来てくれた!
ヨメが解放した娘は一目散に俺のところまで駆けてきてくれた。おお、愛しの姫よ。ありがとう、ありがとう。
***

最後の試練

思えば、合流が早過ぎた気もしないでもなかった。
ここからゴールを通り過ぎ、300mほど行って折り返し、つまりゴールまであと600mほどある。
あと7分、というところで合流した娘は、しかし一緒に走ってくれることはなく、数歩歩いてすぐさま『だっこ〜』と言い始めた。
本来なら寝る時間に等しい日曜日の20時半手前、俺の無茶な呼び出しで急遽着替えさせられ、連れてこられた娘にとって、父親が99.4km走ってようが14時間弱戦ってようが、あと数分ですべてがおじゃんになろうが、そんなことは関係ない。
ただ、夜に目の前にパパがいる=だっこの方程式があるのみだ。
俺は娘をだっこしようとしたが、その瞬間に全身が吊りそうになるのを察知して、すぐさま止めた。下半身の筋肉だけでなく、上半身の筋肉のどの部分に負荷をかけたとしても、全身が吊ることが容易に想像できた。そして一度吊ったら、たぶん二度と立ち上がれないだろうことも。
ゴール数十メートル手前で娘を受け取り、手をつないで歩いて、最後は担ぎ上げて満面の笑みでゴール!という図式はもろくも崩れ去り、99.4km走ってきた最後の600mに、
16kgの重りをお守りしながら走る
ことになってしまった。そうか、この試練を受け入れて、乗り越えてこそ、帰ってきたウルトラマン、そしてダブルウルトラマンだ。
***
俺は残された力を総動員し、『フンヌラバ!!!』と娘を担ぎ上げた。右手で持っても、左手で持っても、どちらかが吊りそうになる。
沿道の人たちからは、『えらいね〜』とか『かーわいー』とか言われて娘は愛想を振りまいていたが、俺は全く笑えてなかった。5年前は2.5kgだったくせに、重くなりよって・・・
継投ミスに気づいたヨメが近づいてきて娘を引き取ろうとしてくれたが、
『ヤダー』
の一言で一蹴。俺は16kgを担いだまま、総計100kgを越える身体で走ることにした。
あと200m
あと100m
あと50m
***
ゴールゲートが見えてきた。
ふと右側を見ると、ザックがいる。ネバッティがいる。伊藤教官がいる。みんな待っていてくれた。ありがとう。ありがとう。ありがとう!
ゴールゲートの前で、先回りしたヨメがカメラを構えて待っていてくれた。ありがとう。ありがとう。ありがとう!
朝くぐったゲートがこんなにも光輝いて見えるなんて!二週間前に見た野辺山のゴールも素晴らしかったが、今回もまた格別に美しかった。
頭の上の娘を改めて確認し、『君のために頑張った』と『君のおかげで頑張れた』を相互に反芻しながら、俺は、ゆっくりと歩いてゴールした。
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13時間57分で制限時間3分前にゴール。後から知ったが、ウェーブのスタートごとの記録のため、繰り下げられたスタート分を加味して正式には13時間50分でゴール。
どっちでもいいが、とにかくゴールした。
帰ってきたウルトラマンは、これでダブルウルトラマンになった。
なんというか、本当にすべてにありがとう。
汗臭い身体で嫌がるヨメ娘を無理矢理ハグし、同じく汗臭いザック、ネバッティ、教官とハグした。ゴール後の写真がどっかいっちゃったけど、最高の戦友たちだ。
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ありがとう、ありがとう。汗臭いけどありがとう。
※このあと、一瞬笑顔を見せた娘は以後ずっと見たこともないほど不機嫌になり、ぐずりまくり。なんでかと思ったら具合が悪かったらしく帰りの電車のホームでお吐き奉られた。幼児を夜連れ出してごみん・・・
***

いろんな結論

野辺山を言い訳として苦しいレースになることを、あわよくばリタイヤを正当化していた俺は、野辺山の経験のおかげで精神的にははるかに安定した状態でゴールすることができた。
暑さと単調さという双頭の竜は、俺に耐えることの価値を教えてくれた。
中高生によるボランティアがメインのこの大会は、30代といえど若者に折れない背中を見せることの重要性を説いてくれた。
人間というものは、どんな過酷な状況であれ、一筋の希望を見いだせばそれをいかなるジェルよりも優れたエネルギーとして取り込んで力に出来るということが、なんとなく分かった。
そして、経験したことがないことでもやろうと思えばなんとか出来るということと、経験したことがあることは一度目よりずっと楽にできるということも分かったので、なるべく多くの経験を積もうという月並み過ぎる結論にも、身体を使って、というか酷使してたどり着くことができた。
なんというか、人生はその気にならなければ全く昨日と同じ今日、去年と全く同じ今年が繰り返されるだけだけれど、その気になればいくらでも変えられる。これはほんと。
俺が走り始めたのは2013年の9月だけれど、この9ヶ月で初マラソンがあり、サブ4があり、トライアスロン挑戦があり、ウルトラマンになり、そしてダブルウルトラマンになった。おそらく、8月のアイアンマンも大丈夫だと思う。走り始めて1年で、結構なスピードで『駆け抜けて』きた気がする。走れないDe部から、走れるDe部に、まがりなりにもなってきたように思う。
昨日想像もしていなかった自分に今日なることはちょっと無理だけど、去年想像していなかった自分に今年なることは、可能だということが分かった。てことは、今年想像もしていない自分に来年なることも、これまたきっと可能なのだろう。
人生を変える、というと大げさだけれど、人生をより良いものにするとか、人生の角度をもう少し上向かせる程度のことなら、誰もが聞いたことのあることをほんの少し取り入れるだけでいい。
それは早起きかもしれないし、お金を貯めることかもしれないし、ダイエットかもしれないし、フルマラソンに出ることかもしれないし、ウルトラマラソンに出ることかもしれないし、アイアンマンに出ることかもしれないし、UTMBに出ることかもしれない。
(後半になるほど過激だけれど、本質は大して変わらない。やってきたことの積み重ねが今の自分なら、やったことがないことをやれば違う自分になる、というだけだ。)
そんなことを学んだダブルウルトラマンめの、柴又ウルトラ100kmマラソンだった。
出走者1494人、完走者633人、完走率42.4%、リタイヤ数861人の過酷なレースから、俺はいろいろなことを学ぶことが出来た。
すべてに感謝します。
ありがとうございました!
***
世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。
引かぬ媚びぬ省みぬ!
我が人生に一片の悔いなし!
 
 
 
 
 

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