ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

インド5弱の衝撃!8年ぶりに行ったインドの話 その6

time 2014/10/05


8年ぶりにインドで逝ってきました。今回は随一の経済都市ムンバイ。

全く変わっていないインド、大きく変わったインドの両方が楽しめた旅でした。

インド5弱の衝撃をどうぞ。日本が抱える問題点の解決策を持ってる気がするのは気のせいだろうか。。。

***

※主な登場人物

トミー(Tommy):世界屈指の外資系コンサル会社に勤めるエリートな漢。ふとしたきっかけからムンバイに赴任することとなり、今回の旅のホストして活躍。なぜか僕に色々と相談してくる。語学が堪能。ランチームアドミラル所属。

マッチ:某ITベンチャーの若きエグゼクティブVP。カラオケで必ずマッチの曲を歌うところからマッチと呼ばれている。体型もマッチ棒っぽい。息を吸いながら話し続けることが出来る特技の持ち主。ハートが異様に強い。語学は堪能とは言い難いが、魂で話す。

ザック:公認会計士に教える公認会

計士。フルマラソン3時間30分切り(サブ3.5)まであと8秒というとても惜しい漢。会計士仲間の先輩には『おしゃべりクソヤロー』言われるほど普段は饒舌で僕から見てもとても話が上手いのだが、今回の旅では貝になっていた。ランチームアドミラル所属。語学は堪能に見えていたのに、結構とんでもない実力だった。

エンペラーの会:僕が主催する勉強会。共に学ぶ同志。

三人に共通するのは、全員心から尊敬すべき漢たちであり、卓越したビジネスパーソンでもあるということである。

***

変わったインド、変わらないインド

恒例のエンペラーな写真を撮る。一人だけおのぼりさんルック(=青い人)がいるのは仕方ない。なにせ彼は、この国にきてまだほとんど口を開いていない。他の3エンペラーは、インドというのリスクをよく分かっている服装だ。

IMG_8112

IMG_0254_2

タージマハルを後にした僕たちは、全てのエンペラーが集まった喜びを胸に、晩ご飯を前に、少し散歩をすることにした。何せ昼ごはんを食べたのが15時。今まだ18時。ちとキツい。

トミーの案内で、インド人の台所、マーケットに突入していく。

インドのマーケット、すなわちカオス。こう見えて、肉を売る場所、魚を売る場所など、カオスななかでの秩序がある。

IMG_7740

カオスの中で迷子気味のザックとマッチ。マッチはギリギリ風景に溶け込んでいるが、ザックは浮き浮きなのがよく分かると思う。リスクマネジメントのプロとしては、保険をかけたくない漢だ。

IMG_0203

鶏肉が売っている。ハエが全くたかっていないところを見ると、かなり新鮮なようだ。

IMG_0201

なぜなら、下から選ばれし戦士をそのまま捌いて売っているから。このへん、やはりインドは生々しい。ごく普通の風景として、鶏が生と死の境界線を乗り越えて、人間の生のために吸収されていく。

IMG_0202

こんな光景は8年前にも見たけれど、つまりは何も変わっていない。人間の生活なんて、科学技術が進もうが、大して変わらないのだということがよく分かる。

が、一方で街頭に目を移すと、インドのおばはんがスマホを手に大きな声で話をしている。8年前は2006年。そんなに昔ではないが、そのときはこんな光景は見られなかったと記憶している。後ろの女性も、ものすごく敬虔に宗教に身を委ねているのだろうけど、一方で現代人バリバリのスマホを使い倒している。

IMG_0181

変わったインドも、変わらないインドも、すぐそこにある。

***

ムンバイで感じた違和感

マーケットを抜けて静かな通りに出ると、マッチがタカられはじめた。4人の中で最も貧弱に見えたのだろうか、小学校1年生ぐらいの女の子たちが、マネー!マネー!と、マッチを追い込んでいく。着いて早々にインド人(=クマール:成人男性)を追い込んだマッチが、逆に追い込まれているのが絵になった。『やっぱ鍛えなきゃいかんわ〜』と、マッチは珍しく自省していた。

IMG_0256_2

この国には、二種類の物乞いが存在する。陰鬱とした物乞いと、溌剌とした物乞いだ。(改めて断っておくと、言葉として不適切かもだけどそれしか表現方法を知らないので)

ムンバイで僕たちが出逢った子供の物乞いは、全員が溌剌とした物乞いだった。北部のデリーやアグラあたりだと、かなり陰鬱とした物乞いは多いのだけれど、ここムンバイでは不思議なほど溌剌とした物乞いが多い。特に子供たちは、『お茶しない?』とナンパをするかのようなノリで、『お金くれない?』と言ってくる。

特徴的なのは、みんな目が綺麗で濁りがないということ。そして、そんな子たちが、うちの娘とそう変わらないのに、深夜近くまでせっせと物乞いをしなければいけないという現実があるということ。

IMG_0200

IMG_0255_2

ちなみに、マッチは物乞いに襲われたが、ムンバイという街は軽犯罪すらほとんどないと言われるほど、治安がいい。夜の街を女性が一人で歩けるんだって。

アメリカやヨーロッパなどの先進国でも、女性の夜の一人歩きが危ない地域もあるにも関わらず、カオスな中で治安が保たれているムンバイは、はっきり言ってかなりスゴい。交通事故はないわけではないが、街中でありがちなひったくりや強盗のリスクも感じなかった。

僕は空手をやっている手前、海外では襲われてもすぐに反撃できるように、もしくはすぐに逃げられるように気を張り巡らせるクセがあるが、ここムンバイでは、そんな必要を全く感じなかった。街全体が放つ気というのだろうか、警戒心を発動させずとも、普通に生活することができた。(ナメてたとかそういうわけではない。)

ちなみに、アグラでは油断するとすぐになにかやられそうだった。

***

マーケットでも物乞いの子たちを見ていて感じたこと、それは、

『僕たち観光客に興味がない』ということだ。

インド人は、なぜか知らないけれど強烈に人を見る。じーっと、見る。ただ、見る。見たいから見る。日本人にありがちな、視線を感じて見返したら目を背けるということはなく、それでもじーっと見てくる。

デリーでもアグラでも、街を歩いているとじーっと20人ぐらいに見られ、そのうちの何人かからはリキシャやタクシーに誘われ、また何人かからはバクシーシ(喜捨)を求められるというのが普通だった。

インドでは、話しかけてくる人はほとんど悪い人。こちらから話しかけた人はかろうじて3割ぐらいはまともな人

というぐらい残念な不文律があるのだけれど、ここムンバイではそもそも誰も話しかけてこない。観光客だと明らかに分かるザックがいるのにも関わらず、ちらりと一瞥するだけで、ねっとりとした視線を感じることもない。

なんなんだろう、これは。

貧困度合いという事で言えば、デリーの物乞いもムンバイの物乞いも、そうは変わらないはずだと思う。にも関わらず、陰鬱さとか悲壮感、しつこさやがめつさといったものが、全く違うように見える。

これは仮説に過ぎないけれど、察するにこういうことじゃないだろうか。

デリーというのは首都であり、首都であるがゆえに観光客が非常に多い。アグラはタージマハルの観光で保っているような都市である。両都市とも、経済に占める観光客だのみの部分が相当あり、ゆえに市民の大部分が、観光客から収入をあげたり、インド式にタカったり搾取したりすることを覚えてしまっている。

一方、ムンバイはそもそもが経済都市であり、遺跡その他の観光資源がめっぽう乏しいため、自分たちの中だけで経済が完結している。観光客に頼ること自体が発想としてないため、結果としてタカりや強烈な勧誘を外部の人間に対してするということがない。

そんな感じかな。

***

夜は僕たちがOPPにならないようにとトミーが気を使って予約してくれたレストランで、清潔さとローカルさのギリギリのライン上の料理に舌鼓を打ちながら、エンペラーが無事4人揃ったことを皆で祝った。

帰ってからも、4人での熱い話は続く。

日本経済のこと、これからの自分たちの未来のこと、エンペラーとしてどうあるべきかというビジョンやミッションやパッション、最近流行っているドラマ『昼顔』の話。

マッチはいつにも増して口をフル回転させて話し、日本語だと俄然勢いの出るザックがそれに追従する。

IMG_0208

めんどくさそうに話を聞いていたトミーがあまりに話さないので、マッチの機関銃トークに辟易しているのかと思ったら、

IMG_0233_2 2

『日本語でのトークが気持ちいい。その理由は3つあって・・・』

と、久々の日本語のトークのシャワーに、ロジカルなまま悦に入っていたようだった。異国の地で、しかも生活全てにストレスがかかる環境で、つかの間のオアシスを得たようだ。

明日は4人のエンペラーが丸1日一緒にいられる最初で最後の日。

深夜までグータンムンバイは果てることなく続いていった。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

IMG_0208

IMG_0233_2 2

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。