ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

インド5弱の衝撃!8年ぶりに行ったインドの話 その8

time 2014/10/07


8年ぶりにインドで逝ってきました。今回は随一の経済都市ムンバイ。

全く変わっていないインド、大きく変わったインドの両方が楽しめた旅でした。

インド5弱の衝撃をどうぞ。日本が抱える問題点の解決策を持ってる気がするのは気のせいだろうか。。。

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※主な登場人物

トミー(Tommy):世界屈指の外資系コンサル会社に勤めるエリートな漢。ふとしたきっかけからムンバイに赴任することとなり、今回の旅のホストして活躍。なぜか僕に色々と相談してくる。語学が堪能。ランチームアドミラル所属。

マッチ:某ITベンチャーの若きエグゼクティブVP。カラオケで必ずマッチの曲を歌うところからマッチと呼ばれている。体型もマッチ棒っぽい。息を吸いながら話し続けることが出来る特技の持ち主。ハートが異様に強い。語学は堪能とは言い難いが、魂で話す。

ザック:公認会計士に教える公認会計士。フルマラソン3時間30分切り(サブ3.5)まであと8秒というとても惜しい漢。会計士仲間の先輩には『おしゃべりクソヤロー』言われるほど普段は饒舌で僕から見てもとても話が上手いのだが、今回の旅では貝になっていた。ランチームアドミラル所属。語学は堪能に見えていたのに、結構とんでもない実力だった。

エンペラーの会:僕が主催する勉強会。共に学ぶ同志。

三人に共通するのは、全員心から尊敬すべき漢たちであり、卓越したビジネスパーソンでもあるということである。

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スラムドッグミリオネアの世界ーダラウィ地区

ドービーガートの見学を終えてゲートをくぐると、また喧噪を感じることができた。

ガートの中は、バシバシと洗濯物を叩き付ける音や洗濯機が回る音に支配されており、職人たちの発する気が充満していた。

インドでは、かように一つの職業の人たちが集積する場所があり、反対にどこにでも路上生活者というのが存在する。本当に貧しい人たちというのは、洗濯場のような仕事すら与えられていない、こういう人たちのことを言うらしい。ゴミ漁り、残飯処理、物乞いなどをやって、日々食いつないでいく。

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ドービーガートはかなり秩序だった職人のエリアだったためか、そこに生活の不安は一切感じなかった。

もっとインドの奥深いところを知りたい、ということで、スラムに連れていってもらった。

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ムンバイ最大のスラムを形成しているダラウィ地区(だと思う)を橋の上からチラ見。スラムということで最大出力の覇王色の気を身にまとい、何が起きても最低限、自分と自分以外の2人(トミーとザック)を守れるように、気合いを入れる。マッチは、たとえ捕われの身となって縛られたとしても、たぶん関節を外せそうな身体付きなので、僕の守備範囲からは外す。

橋の上から見えるのは、ものすごい数のバラック、そして路上にところ狭しと並ぶう◯こ。画面で茶色いのは、ほぼ全てがう◯こだと思ってもらえば良い。ここでは、衛生観念の常識が異なるようだ。画面手前の少年も、どうやら仕掛かり中。

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おぼっちゃまくんなザックを見ると、やはりどんどん涙目になっている。宿についた時から涙目で、今は溢れ出そうなほどの涙目。彼の瞳は、この旅で一度も乾いていない。

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橋の途中までいくと、子供たちがワラワラと寄ってきた。僕は、少し身構えた。

過去の経験からいって、こういう場所にいる子供たちの主な役割は、バクシーシ(=喜捨)をふんだくることだからだ。単にバクシーシを要求されることもあれば、写真を取らせた上でバクシーシを要求されることもある。道を教えてもバクシーシ。とにかくバクシーシ。

親に命じられて何も分からないままそういうことをやっている子もいるし、幾分色々なことが分かるようになって、自分の意思でやっている子もいる。

ただ、あまりに他のトーマス同様に目が綺麗で、こちらを歓迎しているふうだったので、写真を撮ってあげた。各、子トーマス、思い思いのポーズをとる。

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バラックの奥から出てきたふとっちょトーマスは、なんやかんやと話しかけてくるくせに、カメラを向けると家に閉じこもってしまう。最初は怒っているのかと思ったら、どうやら極度の恥ずかしがり屋さんらしい。

しきりにiPhoneを自慢してくるので、こちらもiPhoneを見せたら、iPhoneホルダー同士、少し打ち解けることができた。そしたら、写真もとらせてくれた。笑顔が100万ルピーで素晴らしい。というかトーマス、お前、iPhone持ってるのか!?

 

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結局、身構えた僕はただのピエロでしかなく、彼らは笑顔をくれることはあっても、喜捨を求める手を差し伸べてくることはなかった。

『よく来てくれた、マイフレンド。また来てくれよな。』

といって手を出してきた青年の手を握るその瞬間、ほんの少しの間だけ握手することを逡巡してしまった自分に嫌気がさした。う◯こだらけの道を歩いてきたから仕方ないのかもしれないけれど、自分という人間の小ささと、向き合わざるを得ないのがインドだ。

驚くほど綺麗な目をもったスラムドッグミリオネアなヤツらと、サヨナラを言って別れた。

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ムンバイは、『明るい貧困』が蔓延する街だ。

客観的状況として、貧困であることは間違いない。衛生状態は悪く、アフリカの絶対貧困国のように食べるものまで不足しているのとは少し違うけれど、僕たちの基準からすれば何もかも足りない。

でも、それは『物質的な貧困』であって、『心の貧困』とは明らかに違うということが、この旅で改めて分かった。

カーストが親の世代から孫の世代まで厳密に決められているので、その間を彼らが生きている間に行き来することはあまりない。その他の世界がすぐそこに広がっていることは知っているのに、その境界線を越えようとは誰もしない。

仮に隣に住んでるのが大金持ちで、境界線を挟んだこちら側が貧困の巣窟だったとしても、彼らはそれに対して不満を漏らさない。全てをあるがまま、受け入れている。

一生をある地域に住み、ある職業に捧げ、物質的にあるレベル以下に人生が留まったとしても、外の世界に羨望することもなく、自分たちの生活に失望することもない。すべてを、『そういうものだ』と思ってるフシがある。今流行りの『ありのまま』とは、本来こういうことを言うのだろう。

日本で言うところの『ありのまま』とは、件の映画の通り希望への架け橋だけれど、この国で言うところのそれは、絶望からの脱却というか、変え難い現実の受容。

生まれた場所で全てが決まる世界に生きるというのは、どんな気分なんだろう?カオスと秩序が同居し、絶対に越えられない一線がすぐそばにある。それは別に越えたくても越えられないとかそういうのじゃなく、明確な線が存在するにも関わらず、その境界線が意識されない。

制服に身を包んだいわゆる普通の女子校生がいる一方で、その女子校生が乗るリキシャを押す、同年代の子供がいるのがインド。日本だったら間違いなく問題になるその光景が、この国ではあまりに当たり前だ。

僕は彼らの何百倍の収入があると思うが、この国では消費するばかりでまだ1ルピーすら稼げていない。この国で価値を生産しているのは、僕ではなく一体何の仕事をしているかも見た目には分からない彼らなのである。

生まれた国が違うだけの幸運でこうして恵まれた人生を送らせてもらってる僕は、一体何のために存在しているのだろう。努力だとかなんだとかいう前に、単なるラッキーで今の境遇にいられることに、たまらなく感謝するとともに、なんだか申し訳ない気持ちになる。

少なくとも、目の前のことに全力で打ち込む彼らは、ほとんどの日本人よりヘルシーな精神状態にあるように見えた。なんだか、見習いたい!と素直に思った。

僕の思考もカオスになりかけているけれど、そんなことを考えた。

ちなみに、日本の自殺者は約3万人、インドでは自殺者なんと約25万人。そのかなりの部分が、上流階級になるのだという。これは一体、何を示すのだろうか。

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ガンジーの家

かのガンジーはムンバイを起点にして活動していた時期もあるとのことで、ガンジーハウスに向かった。道中、世界遺産にも指定されているムンバイ中央駅なる場所に行ったが、ここで驚いたのは、コレ。この写真のスゴさが分かる人挙手!

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実は、なんでか知らないけれど、インド人というのは列に並ばないことで有名だ。映画などでチケットを買おうと並んでいても、後から後から人が最前列に割り込んでくる。そして、一人一人の感覚が異常なほど近い。マサラなかほりのする彼らと汗べっちゃべちゃな状態でくっついていると、大変申し訳ないことにイヤになってくるのに、さらにそこに横入りが常習化されると、地球に着いたときのサイヤ人ナッパのように、『クンッ』をやりたくなってくる。

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(出典:DB)

しかしここムンバイ駅ではそれがなく、整然とあらゆるトーマスが列をなしている。ムンバイ、スゲー!常識あるじゃん!

・・・と思っていたらやはりここはインド。赤いシャツを着たトーマスが、最前列に割り込んできた。本当に何食わぬ顔で。

怒るかなと思ったら、全員、何も言わなかった。赤いトーマス以外のトーマス、皆大人だ。

 

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ドライバーのトーマスの待つバンに戻ろうとする道を横切ったのだけれど、横を見るとトミーしかおらず、マッチとザックが来ない。どうやら、歩く人間に一切の遠慮なく走る車に恐れおののいたらしく、一向に道を渡ってくる気配がない。

こういう国では3秒程度の隙間があれば、そこで決心して前に踏み出すしかない。前に踏み出すと、ドライバーもバカではないので少しスピードを緩めてくれて、さらにスペースが出来る。

明かりの無い夜道をハンドライト片手に進むようなのと同じで、少し進むと次に進むべき道が分かる。逆に、一歩も踏み出せないと、いつまでたっても車の往来が止むことはない。いつまでたっても車の往来が止むことがないので、いつまでも渡れない。

この国で最優先されるのが牛、次に車、最後に人なのだ。

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見かねたトミーが、ため息をつきながら二人を向こう側まで迎えにいく。エリート戦士であるザックの教科書に、こういう道路の渡り方は記されていなかったようだ。マッチは、全てに喰い気味なのにこのときは珍しくディフェンシブだった。こういうプレーも出来るポリバレントな漢のようだ。

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安堵したザックの目から、涙が少し乾いていくのが見えた。

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ガンジーの家に着いた。

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修学旅行もしくは社会の授業の一環なのだろうか、明らかに服装の整った女子校生なトーマスたちが、ガンジーハウスの前に整列していた。ドービーガートや、ダラウィスラムを見た後に彼女たちを見ると、複雑な気持ちになる。彼女達は、一生に一度でも、彼らとの人生の差を意識することがあるのだろうか。

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ガンジーハウス内部には、僕の知っているおじいちゃんガンジーだけではなく、弁護士を志した頃の若いガンジーから、4日間で3日も投獄されたガンジー、有名な『非暴力、不服従』を掲げて独立を志したガンジー、妻を亡くしたガンジーなど、様々なガンジーが当時の様子を模したフィギュアとともに祭られていた。

そのどれもにストーリーがあり、ただただ遠い存在としてしか認識していなかったガンジーが、ああ見えて肉も食べまくり、ケンカをし、悶え、悔しがり、様々な葛藤の末にあの有名な主義主張にたどり着いたのだということが英語のスクリプトに綴られていた。

ほんの少しで滞在が終わるかと思ったがつい読み込んでしまい、正味30分ほどはそのフィギュアとスクリプトを読んでいただろうか。

ついにガンジーが暗殺される場面となり、一人の偉大な漢の一生に幕が降ろされると、緊張が解けたのか、ついふーっと息を大きく吐き出してしまった。

感極まって隣にいたザックに、

『どうだった?』と聞くと、

『そうですね、ここがガンジーの家だってことは分かりました。』

という答えが返ってきた。必要最小限にして、何も間違っていない本質を突いた答えだった。

このあとはこの日お待ちかねの、シェフクマールによるカレーの披露だ。僕たちは、流行る気持ちを押さえながら、ホテルGODWINに戻った。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。