ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

『致知』が易しくならなかった唯一の理由

time 2014/10/30


僕がこの5年ほど、毎月欠かさず読んでいる雑誌があります。

その名も『致知』。最初は読めませんでしたが、『ちち』と読みます。少しだけドキドキしますね。

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(出典:致知出版社

さてこの雑誌、日本で唯一の人間学を特集した雑誌なのですが、書店では売っておらず、定期購読になっています。出版社が出してるのに書店で買えないなんて・・・

一見して分かると思いますが、表紙にはおっさんやおばさんしか出てきません。勿論全員スゴい人なのですが、間違ってもトムクルーズやジョージクルーニーのようなハリウッドスターや、嵐のようなアイドルが表紙になることはありません。

これだけでだいぶ潜在購読者を失ってると昔は思ったものです。というか、とっつきにくすぎて、購読を薦められてから、足かけ3年ほどは全く手につきませんでした。

一見するとちょっと疲れ気味な見た目で、しかしハンパではない困難な道のりを経て成果をたたき出してきた日本の現代の偉人たちが、これでもかというほど出てきます。が、そのほとんどが文章で、図なんてほんのたまにしか出てきません。

20代の多感かつ敏感な時期にこれを尊敬する方から薦められ、しかしあまりの文字の多さをおっさんの多さに、数年単位で辟易してたのもうなづいてもらえるのではないでしょうか。20代では、こういった雑誌よりも、ジャンプやマガジンの方が楽しいのです。(小学生から変わらず)

が、そうはいっても尊敬する方の薦めなので意を決して読んでみたところ、これがめっぽう学びになりました。自分に足りないと思っていたことが全て書いてあり、どの号も本質的なのに陳腐ではなく、過去と現在と未来のどの時点においても一貫して大事にすべきことが綴られていました。

そんなこんなで、飽き性の僕が、購読しはじめてかれこれ5年になります。

偏見があるかもしれませんが、欧米式の派手な成功と凋落よりも、長期的、漸進的な成長を目指す方は、この雑誌、読んでみてください。きっと、人生や仕事で大切にしなければいけないもののいくつかは見えてきます。

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さて、縁あってこちらの致知出版社の藤尾社長の講演を拝聴する機会がありました。その中で藤尾社長がお話されていた、こんな話がとても印象に残りました。(2ヶ月前の話なので大体のイメージですが)

まだ致知がほんの数万部しか読まれていなかった頃、ある有力な方から、

『致知を若者にも読ませたいと藤尾社長はおっしゃるが、だったらなぜもっと易しくしないのか。表紙も古くさいし、内容も難解。もっと取っ付きやすく、易しく読める雑誌にしてくれれば、うちの息子や会社の人間にももっと薦められるのに。』

と言われた。もっともな指摘だ、と私は思ったが、しかしこう切り返した。

『どこが難しいんだ。難しいからこその致知だ。難しいからこそ、それを読めるレベルまで上がってきてほしい。易しくしてしまったら、それこそそんなレベルのものしか読めない若者ばかりになってしまう。そうなったら日本は終わりだ。』

 

数年前から考えていた謎が解けた瞬間でしたね。致知には、現代の偉人の信念や志の話だけでなく、四書五経や歴史の話も頻出します。『んなもん知るかい!』という、先人には大変失礼な知識しか持ち合わせていない20代でしたし、そもそも最初は興味もありませんでしたから、読むのに大変苦労しました。

英語がある程度出来るようになると、『英語は聞き取れるけど文脈が分からないので意味が分からない。』という現象が起きます。一つ一つが聞き取れても、全体として自分の中で意味をなさないんですね。それと同じで、日本語が読めない訳じゃないけど、言ってる意味が分からない。

でも、心のどこかで、『これはきっととても大事なことが書いてあるぞ。』と、必要最低限のアラートが鳴っていたので、なんとか読み続ける事が出来ました。そして、いつしかそこに書いてあることのほとんどが分かるようになりましたし、自身の経験と組み合わせて全体像を把握することができるようにもなりました。

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娘の話ですが、うちの子は女の子なので、『プリキュア』が大好きです。お花畑や、マウンティングをしない女子が一杯出てきて、それはそれは微笑ましいアニメです。親の財布の紐を何回もほどこうとするのはやめてほしいですが。

で、数ヶ月に一度はプリキュアの映画があるので、それを観にいかされるわけです。大体2回から3回は同じのを観ます。一種の援助交際ですね。

一方、プリキュアだけではなく、大人でもそれなりに難しい『テルマエロマエ』や『思いでのマーニー』を一緒に見たり、家では『天空の城ラピュタ』を見たりします。

そうして、敢えてそれなりのレベルのものを見せることで、自然と国語のトレーニングになるよう仕向けています。テルマエロマエを観たあとは、

『あのおしりからおならぶーってしたひとのえいが、またみたいねー』

と言ってきたり、ラピュタを観たあとは、

『どうしてさっきパズーはシータとさよならしたのにたすけていったの?』

と聞いてきたり、理解出来ていることは極めて断片的ですが、しかしこちらが思ってるよりはるかに多くのことを、娘は把握しています。

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子供を相手にするときに、膝を折って手を携えて、子供が全部分かる言葉で話しかけることだけが、子供のためになるわけではありません。

敢えて大きめの服を着せることで、子供はいつのまにか、その服の大きさに合うよう成長するのではないでしょうか。

感覚的には、3割程度理解できていれば大体の内容は分かるので(テルマエロマエで言えば、『裸の男の人がおならぶーしてゴボゴボいって誰かと戦う』。ラピュタで言えば、『パズーとシータがラピュタにいくときにおばさんと仲良くなってお空に飛んでって、バルスって言ったらなんだか全部バラバラになった』程度のあらすじでOK.)、残り7割に関しては少し努力したり、反復したりすれば理解出来るようなレベルのものを常に目の前に提示してあげて、本人が

分からないものにチャレンジしてそのうち分かるのが楽しい

と思えるような環境を用意してあげられたらと思います。

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子供に対しては当たり前のようにこういうことをしている親御さんは多いと思いますが、致知が敢えて難易度を下げずにやってきたことも、まさにコレでした。

そう考えると、人間は大人になればなるほど視野が狭くなり、分かるものにしか価値を見出さなくなってしまうのですが、本当は

分からないことにこそ、成長のカギが眠っている

のかもしれませんね。

『分からない』ということについて、僕も確かに避けてきました。でもこれからは、『分からない』に娘のごとく猪突猛進していく所存でございます。

 

 

 

 

 

そんなわけで一人では絶対に行かないであろう、『ロボットレストラン』なる異様な場に逝ったんですよ。また書きますけどね。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

引かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

 

 

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。