ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

がめつい目標設定

time 2015/01/14


僕はわりとがめついんですが、何に関してがめついかというと、『目標設定後に目標に求める成果』について、結構、というより極めてがめついです。

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目標の立て方が上手いなのではない、◯◯が上手いのだと思う

週末と昨日、合計で10時間以上、しゃべり倒してきました。本業以外の話を。

僕が講師となって、人生を変えるなんちゃら凡人編、みたいな話なんですが、基本的には聞いていただいた方の思考を3年分、前に押し進めることを目指して話をしています。しかも自分が位置する凡人の目線から。多少なりとも喜んでいただけたようで何よりです。

自分が気づくべきことに気づいてないかも、それがボトルネックなのかも、という危惧があって、あわよくば3年分思考を前に進めて年収3年分の価値を得たい方はお声がけください。人数が揃えばお話します。

さて、お話する中で、何度か同じ質問を受けました。

『羅王さんはお仕事でも成果出してらして(と、参加者の方が好意的に勘違いしてくれてるだけですが・・・)、マラソンもやられていて、トライアスロンもやられていて、囲碁もやられていて、全てが有機的につながっているような印象を受けるんですが、どうしてそういう有効なものにたどり着けたんですか?しかもぜんぶスゴい目標じゃないですか。師匠の見つけ方というか、目標の立て方というか、そういうところのアンテナの立て方を教えてください。』

ふむなるほど。そういう見方見え方があるわけですね。スティーブジョブズ的に言えば、’Connecting the dots’なんですが、それは経験値の後付けの話なんですね。

僕の場合はちょっと違って、『目標の立て方』が上手いというよりは、勿論それにも自信がないわけじゃないのですが、どちらかというと、『立てた目標に意味を持たせる』ことが上手なんじゃないかと思うわけです。

そしてその理由は、僕が『極めてがめつい』からです。

 

一石五以上鳥の目標設定

1年と少し前、僕はマラソンを始めました。ほとんどノリです。大した計算はありません。『富士山もマラソンも、一生に一回ぐらいは』と思ったので、ノセられるままにやることにしました。周囲の人は言いました。『体力付けるんですね』と。あるいは、『ダイエットするんですね』と。

『ええ、まぁ』と一応は答えるわけですが、がめつい僕はマラソンをやることに対して、求めるものを以下のように定義しました。大事なことからしょーもないことまで。いくつかは最初から分かっていたことで、いくつかは完走して初めて分かったこともありーの。

▼体力をつける
▼ダイエットをして往年のカラダを取り戻す
▼人生はマラソンなので、現実的にも比喩的な意味でも長距離を走れるようになりたい
▼苦しいときに一歩を踏み出すということを身体知化したい
▼85kgのカラダで挑むという、一見無茶なことにチャレンジする自分を習慣化したい
▼苦しい事の先にある喜びを、苦しみを甘受しつつ目指せる人間になりたい
▼走ることが好きな人たちの気持ちが知りたい
▼そういうことをやってる経営者の気持ちが知りたい
▼娘を肩車してゴールしたい
▼何かを継続するということをカラダに叩き込みたい
▼正直走るのは好きではないが、好きではないことを乗り越えられたら何でもできそう、そういう練習をしたい
▼ランナーズハイみたいなゾーンにはいるという経験をして、それを自在に超サイヤ人になれるレベルにしたい
▼以下略

などなど、まぁかなり色々あります。

大抵の場合、アイアンマンの世界選手権にしても、囲碁でアマ五段にしても、とくにプライベートの目標に関しては、ノリと勢いを大事にしてます。

なので、正直にいえばちょっとズレた目標もあるかもしれません。しかしやると決まったからには、その事柄から得られるモノを、マラソンで言うところの『ダイエット』、『体力づくり』程度に抑えてしまうのはとってももったいないことだと僕は思います。

とにかく、ある目標に、どんどん求める成果を乗せてく。日本昔話に出てきた武士盛りのご飯のように。そうして、例えば

『え?マラソンって、そんなにメリットあるの?すごくない?』というところまでもっていって、初めてやる気が出ます。『ダイエット』、『体力づくり』という一石二鳥程度では動けないんですね、がめついから。

せっかく時間やお金や労力を使うのだから、一つの石で五羽以上の鳥は落としたい。そういう感じで、設定した目標にどんどん意味を持たせていくと、結果的には継続することにもつながるし、心が折れにくくなるように感じています。

これが出来るともう一つ良いことがあって、『目標が何でも良くなる』んです。だって、究極の後だしじゃんけんですから。何か間違ったとしても、そこに意味を武士盛りにしていけばいい。

『盆栽』をやることになったら、どうしようとはちょっと思ってますが。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。