僕には師匠が何人かおり、その方々の人生の今際の際には、『あなたのおかげで人生が変わりました、ありがとうございました!』と手を握りながら看取りたいと思っています。正直なところ。
ケツを蹴られ続けた期間を経て思ったことを少し考えてみたいと思います。
IMG_0287

ケツを蹴られ続けた1年間を振り返る

たとえばこの1年ちょっとで僕がやってきたことというのは、
▼マラソンサブ4
▼ウルトラマラソン2回完走
▼トライアスロン4回完走
▼アイアンマン完走
▼囲碁アマ五段チャレンジ
▼ブログ毎日(のつもり)更新
▼メルマガ毎週(のつもり)更新
▼エンペラーの会(勉強会)
▼セミナーの講師
▼娘のクリスマス会でピエロのようなサンタに扮して出演
▼社長杯8年連続入賞、MDRT継続入会
とまぁよくぞこの薄っぺらな能力にしてこんなにと思うほど、色々やってきました。
ほとんど僕の前向きな意思から始まったものはなく、『えー!?』、『だってー!』、『ヤダー』と、僕とのキスをイヤがる娘のように後ろにのけぞりながら、半分ぐらいイヤイヤ、そして少しドキドキしながら始めたものです。
師匠たちにケツを蹴ってもらって初めて踏み出せた一歩があって、そこから少しずつ加速し始めて、結果として2014年は過去最高の輝きを放つ一年となりました。(実際は暗闇もたくさんあります。書いてもしょうがないので書きませんが)それは、過去最高にチャレンジをしたからだと断言できます。
正直に言えば、始める時点で勝率が50%を越えて見えていたチャレンジなど、一つもありませんでした。今思えば、フルマラソンですら怪しかった。良いところ30%ぐらい。しかし終わってみれば全て達成出来ていました。何かが見えた気がしていますが、それはまたセミナー開催の機会があれば話します。お問い合わせはコチラまで。
 

ケツを蹴られることに慣れたらどうするか?

さて、上記のように、僕は2014年、ケツを蹴られて色々なことをしてきました。それなり、というにはあまりに強烈な達成感があったことは事実です。
一歩踏み出すことの大切さ、ツラいときは耐えればツラくない瞬間が必ず訪れるということ、継続は力なりという格言、努力は自分を裏切らないということ、自分を成長させるためには自分の安全地帯から出るということ。
色々なことを学びました。自分自身の能力というものは、それで大きく向上したと思います。毎度の経験をブログで言語化することによって、言葉に宿るパワーというのか、そういうものが大きくついた一年でもありました。
一方で、何かが足りない、何かがおかしい、何かがズレていると思っていたこともまた事実。
それが何なのか、最近ようやく分かりました。
人生というのは、まず間違いなくその人が持っている『影響力』の多寡によって左右されます。影響力のないヤツより影響力のあるヤツの方が、他者に働きかける力も、結果として行動を促す力も強いからです。ミーティングで同じことを話してるのに、びんびん伝わるヤツと全く伝わらないヤツがいますよね、あれです。
『影響力がない』ということがどれだけの悲劇をもたらすのか、それはこちらのブログを読んでもらえばよく分かると思います。同じ『エンペラーの会』の会員であり、CFOを務めているザックのブログです。日本ではとても優秀な人間なのですが、ある条件下では自分が無力化されて何も出来なくなるという経験をしたみたいです。
話を戻すと、その影響力というのは、必ずしもその人の実力に比例するかというと、そうでもないように思います。例えば、山に15年籠って修行ばかりしている仙人のような人は、本当に山で誰とも逢っていないのであれば、それは誰かに影響力を及ぼしていることにはなりません。スゴい人なんでしょうけど。
僕の仮説ですが、影響力というのは、『人にケツを蹴られる』だけでつくものではありません。実力は付きますが。
むしろ、『人のケツを蹴る』ことで、付いてきます。ケツを蹴ることでその人が行動したとしたら、それは蹴った人が引き起こした事象であり、すなわちそれこそが影響力です。
僕が錯覚していたのは、確かに有形無形に影響力が拡大した(自分で言うのもアレですが)一年ではありましたが、『人にケツを蹴られてマラソンやトライアスロンをやることによって実力が付いて、影響力が拡大した』のではなかったということです。
実際は、『人にケツを蹴られてマラソンやトライアスロンをやることによって実力が付いて、そのことによって人のケツを蹴る機会が発生し、何人もがマラソンやトライアスロンにチャレンジするに至った』んですね。
ブログでの言語化や、セミナーでのしつこいほどのチャレンジの押し売り(?)によって、本当に幾人もがチャレンジを決断してくれました。実際にそのうちの何名か見事チャレンジを完遂され、さらにそのうちの少なくない人が、名指しで昨年の影響力MVPに指名してくださったりしています。嬉しいことです。無茶ぶりしただけですが。
僕の結論は、ケツを蹴られて何かにチャレンジするのがまず第一歩。しかしその第一歩が当たり前のようになってきたら、今度はそこで培った実力を活かして人様のケツを蹴りにいくことが大事な二歩目になります。
勿論、実力もないヤツにケツを差し出す人もいないでしょうから、そこは最低限の実力をつけなければなりません。アドバイスはするが自分は出来ない、というのは、ちょっと恥ずかしいです。
けれど、一方で自分だけ修行して、その力を自分の中にだけとどめておくというのも、それはそれで寂しい話です。というよりもったいない。
人生は、自分以外の誰かの人生の質を向上させることによって、初めて上向きになります。そしてそれには影響力が必要であり、すなわちケツを蹴られる段階の次の、ケツを蹴る段階に移行しなければ、決してなし得ないことだと思います。
冒頭の写真は、大事なお客様夫妻に囲碁の師匠をご紹介して、ケツを蹴った時のものです。(どうしてもブログに出演したい!という、後ろから見るとマリオカートのドンキーコングにしか見えないご主人たっての希望で掲載しました。)出されたお菓子を全て平らげながらご夫婦のケツを蹴りましたが、これでまた彼らの人生が加速する可能性が高まるかと思うと、実は僕自身が一番幸せを感じるのでした。
人のケツを蹴るのは、自分だけのオ◯ニーであってはいけません。
***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事