ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

面白い漫画と面白くない漫画の違いを考えてみた

time 2015/01/26


 

『理由のない成長などない』

最近僕が思うことです。人も動物も、よく見るとほっといても成長することはまずあり得ません。

なーんてことを、漫画を読み比べながら考えてみました。

 

細かすぎて伝わるかわからない、面白い漫画と面白くない漫画の違いその①

僕はドラゴンボール世代です。ジャンプが一番面白かった、あの頃の生まれです。ストレスが溜まっているときに時間が空くと漫喫に駆け込んでたりするのですが、ドラゴンボールは今読んでもやはり面白い。

ところで、なぜ面白いのかについては、『ジャンプが一番面白かった頃の漫画だから』とか、『フリーザ様が3回変身するから』、『俺も超サイヤ人になりたいから』みたいな理由になっていない理由しかいままでなかったのですが、最近面白くない漫画を読んで、ドラゴンボールの面白さの秘密を少しかいま見た気がしたので、書いておきます。

ドラゴンボールにおいて絶対的とも言える法則が一つあります、それは、

『強いヤツは圧倒的に強く、弱いヤツは圧倒的に弱い』

ということ。序盤の頃のちまちました戦いを除けば、とくにフリーザ編あたり以降からは互角の戦いなんてものはほとんどありません。同じキャラが戦っていても、

弱い悟空VS強いフリーザさま(平常時)
強い超サイヤ人悟空VS弱いフリーザ様(クリリンが殺されて怒った緊急時)

と強弱が逆転することはあっても、拮抗することはほとんどありません。

 

上記二つの戦いを比べたときに、悟空が強くなった理由は、『伝説の超サイヤ人なった』からです。それ以外に理由はありません。

その他の事例も見てみましょう。あるキャラが、戦闘力を飛躍的に上昇させるときには、必ず何らかの理由が存在します。

▼ご飯が最長老さまに潜在能力を引き出してもらって、戦闘力が飛躍的に上がった。
▼『死にかけたサイヤ人は、復活すると戦闘力を大幅にアップさせる』という法則に従って、ベジータはわざと負傷して復活した。
▼100倍とか300倍のクレイジーな重力室で徹底的に修行をして、それまでにない強さを手に入れた。
▼1日で1年分の修行が出来る『精神と時の部屋』で修行したことで、限界を越えた力を手に入れた。
▼超ベジータにボコボコにされたセルは、人造人間17号と18号を呑み込んだ結果、完全体として無敵になった。
▼竜の紋章を1個しか持ってなかったのに、死んだ父親バランから2個目を継承し、ダイは大魔王すら圧倒する超人になった。
▼ネイルや神様と融合したピッコロは、自分が最強としか思えないような力を手に入れた。
▼戦闘力の類似する二人がフュージョン(合体)して、信じられないような力を手に入れた。

その反対もまたしかりです。

▼序盤に活躍したヤムチャは、天下一武道会を最後に、二度と役に立つことはなかった。修行もほとんどしなかった。サイバイマンの強さを証明するだけの墓碑になった。

 

ちなみに、ドラゴンボールと『あの頃』の双璧をなすスラムダンクにおいても、同じような現象が垣間見えます。すなわち、主人公桜木花道の属する湘北高校は、花道の成長がダイレクトに湘北高校のチーム力向上に寄与するという設定になっています。

その花道はなぜ成長したかと言えば、ど素人からレイアップとキソを覚え、ダンクを覚え、少し戻ってリバウンドを覚え、少し前進してゴール下シュートを覚え、かなり前進してジャンプシュートやフェイクを覚えたからです。

そしてそれらの前には、必ず朝昼晩の徹底した練習や、1週間でシュート2万本などの合宿での努力があります。天才花道くんといえど、何もしないで成長したわけではないのです。

ドラゴンボールのケースも、スラムダンクのケースも、登場キャラが強くなるときの興奮は、小学生中学生当時、手に汗握るものがありました。

そして、しつこいようですが、キャラの成長には必ず理由があります。本人がガチガチに修行した場合や、『サイヤ人が死にかけると強くなる』みたいな設定上の不文律があるわけです。

 

細かすぎて伝わるかわからない、面白い漫画と面白くない漫画の違いその②

一方、最近読んだあまり面白くない漫画だと、稀に、というより頻繁にこういう場面が散見されます。

『キャラが理由なく成長する』のです。

『強い敵と遭遇し、なんだか分からないけど追い込まれてなんだか分からないうちに思い出したように真の力を発揮していきなり強くなって敵に勝つ』という、あまり理由のない成長が多いんですよね、そういうのって。

そしてこれが漫画を通して1回ならまぁ『大事なことを思い出して強くなる』というのもありなんですが、そう何回も何回も続くと、『真面目に修行して強くなってる皆さんに申し訳ないだろ!!!』という気になってきます。

先日読んだ漫画も、この手のタイプでした。本来は、どんどん強くなる敵やそれに応じて成長していく主人公に、周りはどんどん水を空けられていくのが普通です。上記のヤムチャやチャオズが、序盤以降ほとんど役に立たなかったように。序盤では悟空を凌いでいた天津飯ですら、後半ではもはやピエロでした。(ちなみに僕は人造人間18号と結婚したかったので、その18号を奪ったクリリンのことはキライです。)

しかしその漫画では、『主人公が強くなった理由はいくつも散見されるのに、周りが強くなる理由は一つもない』にも関わらず、主人公同様、あるいはそれ以上に、周りのキャラが強くなっていくのです。それ、おかしーやろ。力学崩れとるやん。

 

理由のない成長などない

冒頭で申し上げた通り、

『理由のない成長などない』

というのが、つとに感じていたこと。成長していたとしたら、それは『死にかけて復活した』とか『重力室で修行した』とか、『融合した』とかいう理由があるはずです。

逆もしかりで、成長していないのだとしたら、それにもちゃんと理由があります。成長に寄与することに挑んでないから、成長しないのです。ヤムチャが超ヤムチャになれなかったのは、そういうことに一度も挑まないまま、女の子の尻をおっかけ、幸せにしようと思っていたブルマをベジータに取られ、最後の方は観覧席から戦いを見ているだけだったからです。

また、僕が面白いドラゴンボールと面白くない漫画を比較して抱いた違和感の通り、『理由ある成長は人を惹き付ける』ということも、加えて述べておきたいと思います。

人が成長するには、必ず軌跡があり、時にそれは奇跡的でもあり、大体の場合それは面白いのです。逆に、理由なく成長しているヤツがいて、『がんばったら出来ちゃったんだよね、スゴいこと』などと言われようものなら、それはセンスや才能であって僕たちには真似の出来ない類いのことのため、interestingではないし、bull 嫉妬というほかありません。

高校には容姿にも才能にも恵まれて、本当に勉強しなくても素晴らしい成績をたたき出す人間が何人かいたので、そいつらにはいつもbull嫉妬を感じていました。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

 

 

 

 

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。